第24話 遠き春よ
若い娘ふたりが風呂場を先に出て行った。
このまま帰ったりしないよな。シェリルに聞いたら外でお茶でも飲んでるから大丈夫と言われてほっとした。ふふふと笑いながら変わった子ねと言われた。よく言われますと言ったらもっと笑われた。
ふたりきりになったので思いきって聞いてみた。
「シェリルさん、こんなこと聞いて失礼だったら申し訳ないのですが。今夜のみなさんにはおいくらお支払いすればよいでしょうか」
「あら。失礼ではないからぜんぜんいいのだけど。お金はもうウォーカーさんからいただいているから気にしなくていいのよ」
「うーん。それでは俺の気が収まらないというか……。またお願いしたいのでぜひ俺に払わせてください」
シェリルは、あらーという風に目を見開くと楽しそうに、ウォーカーさんからは大銅貨一枚もいただいているから本当に気にしないでいいのよと言われた。
おーおー、ウォーカーのおっさん、やってくれるなー。それ、俺が渡した金じゃないか。自分では受け取らずに全部突っ込んでるのか。よゆーだねー。あの人、さては本物の金持ちだな。知ってたけど。
「なるほど。そうなんですね。聞かせていただきありがとうございます」
さすがにこれ以上はのぼせそうだし、なにより腹が減ったので上がることにした。この宿ならルームサービスぐらい頼めるだろう。
ふたりで脱衣所に戻るとそこには最初の女中さんがにこやかにバスタオルを持って待ち構えていて有無を言わさず拭かれてガウンを着せられた。ちょっと長湯が過ぎて待たせ過ぎたかと思ったが、お陰でゆっくり休めたとお礼を言われた。本当かな? だったらよかったけど。
脱いだ服は捨ててくださいと言って装備の入った竹籠を持って部屋に戻った。
そこでは先に上がっていた黄色い髪の猫耳っ娘のキュロスと薄桃色髪のサリアがソファーで氷入りジュースを飲みながら楽しそうにおしゃべりをしていた。
風呂から出てきた俺たちを見ると、おつかれさまーと氷入りの水差しからジュースを注いでグラスを渡してくれた。バスルールから出てきた女中さんがそれを見て、あらあらまた私の仕事を取っちゃってと楽しそうに言った。顔見知りなのかな?
長風呂のあとの冷えた一杯の美味いことよ! 同じジュースなのにユセフと飲んだ時とはまた違う美味さだ。どっちの方が美味いか聞くのは野暮ってもんだ。
今俺は、見目麗しい女性四名に囲まれて風呂上りに氷入りの冷えたジュースをソファーでくつろぎながら飲んでるのだ。なに? 最終回なのこれ? 抜けきった今世の緊張感を取り戻せる自信がかなり揺らいでいる。
捨てる服や使い終わったタオルの入ったカゴを持った女中さんが声を掛けてきた。
「それではお食事の準備をして参りますのでしばしお暇いたします。御用の際は扉の外に控えている者に遠慮なくお申し付けくださいませ。お食事のあとの酒席の際は我が主のウォーカーも同席させていただきたいとのことなのでご容赦くださいませ」
そう言って頭を下げて出て行こうとしたので慌てて呼び止める。
「すいません! 俺、服がないんです!」
女中さんは微笑みながら「そのままで結構です。お気になさらず」と言って出て行った。
本当かよ……。えー? という顔をしていたらキュロスとサリアがふたりそろって「だいじょーぶだいじょーぶ」とか言ってる。本当かよ……。
シェリルから「髪を乾かしましょう」とテラスに誘われる。俺は思い出したことがあって皆に待ってもらって部屋扉を開けて廊下で待機している侍女さんに声を掛けた。
部屋に戻ると三人がテラスに飲み物を運んで準備をしていた。
「お待たせしました」
「こちらにいらっしゃい」
シェリルさん、いちいち艶っぽいね。だが、そこがイイ。三人とも髪を解いて下していた。
でっかいソファーの上に四人で乗って髪を乾かす。キュロスの髪に両手を翳すようにしてサリアが風魔法でブローしていた。キュロスは目を閉じて気持ちよさそうにしている。
ただ、ね。みんなガウンなのよ。丈はしっかりとしたロングスタイルだからいいんだけどさ、ソファーの上に座ってるもんだから、はだけ気味というかなんというか。
キュロスちゃん、あぐらかいちゃうのはどーかと思うのさ!
……もういいや。そういえば散々一緒に風呂入った仲だったわ。諦めて何も気にしないことにした。
シェリルが後ろから俺の髪を抑えていたタオルを外してくれた。おお、髪がうしろに垂れる感じがする。ボンバーレゲエな俺はもういないぜ!
すると、すぐにふわぁっと風を感じた。なんともやさしくて気持ちの良い風だった。夜空には白と青の月が眩しい光を投げかけていた。月光に遮られてはいるが、それでも前世の世界のどこよりも激しく星が瞬く夜空が広がっていた。
知っている星座を探してみるがそんなものはどこにもなかった。
ワンチャン多元宇宙とかタイムトラベルを考えていたが、それはなさそうだった。
月……ふたつあるしね。
いつの間にかキュロスとサリアの乾かし合いは終わったらしく、ふたりで俺を乾かしているシェリルの髪を乾かしていた。
それを意識した瞬間、なにかが流れ込んできている気がした。
なんだろうこれは?
流れに意識を集中する。
風……春の桜舞う川沿いの道を歩いて俺は……
それはいつどこのできごとだっただろう
あぐらを組んだ膝の上で両方の手のひらを上にして
手のひらを見る
風よ
その瞬間、やさしい風が舞い上がった
うしろの三人が驚いたような声を出す
自分の髪が舞い上がるのを感じる
春の温かい、それでも夜になり冷えた空気が
ドライヤーならもう少しあたたかくてもいいよね
……あー、そうそう
ドライヤーの熱い風は嫌いだったな。髪が痛むしね。スキンモードに切り替えて
温いぐらいでいいんだよ
なんかうしろが騒がしい気がしたので振り返る。
「なななな、なに?! ロック、いまのなに?」
とはキュロス。
「え、ドライヤーで、あれ? 風出た?」
「ロックは風魔法使えるのかしら? まだ成人前よね?」
シェリルが不思議そうな顔をして聞いてきた。
この世界では生活必需の水魔法は物心ついた時から使えるように教え込まれるが、火魔法は火事が怖いので成人前の子供に教えるのは禁止というのが一般的な風習だ。俺は野営が必至な戦闘奴隷としての訓練の一環として仕込まれたので使えるだけだ。そこから先の魔法は適性を見てからになる。
俺はその適正検査の前に売りに出されたので、初期の水魔法と火魔法以外は知らないし使えない。他に使える魔法は軍事キャンプで訓練した身体強化と、森での実戦で身に付いた探索、走査だけだ。
「三人の風魔法を受けていたらなにか流れ込んできたので、やってみたら出来ました! ありがとうございました!」
と言ったらキュロスが「そんなことあるんだ」とはしゃいで、サリアが小声で「ありえない」と繰り返してた。シェリルは口元に人差し指をあてて「ん~」と言っていたのが相変わらずの艶っぽさだった。
その後はふたたびお任せでブローしてもらって終了したが「はい、おしまい」の言葉で振り向いてあらためてお礼を言ったら三人が黙ってしまった。
え? なに? 俺がなにか失礼をしたのかと思って口を開こうとしたら部屋の方から女中さんの「お食事の準備が整いました」という声が掛かった。
待ってました!
まぁ、なんということでしょう。
今世初のちゃんとしたお料理です!




