第234話 飲み会。男子の。
荒野を進む竜車はほとんど揺れもしない。車窓だけがのんびりと流れる。遠くに見えるあの山脈の上には何が棲むのか。
車内に目を移すとオールフラットにした前席の上でソフィアとサリアが向かい合わせにうつ伏せで寝転び、クッションを胸の下に抱いて肘をついて本を読んでいる。ふたりとも時々足がパタパタしていて、真ん中に置かれた大皿の中のジャガイモを薄くスライスして揚げて塩を振ったものをパリパリと食べている。なんとも微笑ましくかわいらしい少女の姿だ。若干、ほんの若干、自宅感が出ているがそれもまた若者っぽくていい。
ジャガイモは発見した時に興奮した。全力で確保しろと命じて買えるだけ買った。この秋に開拓地で本格作付けに備えて栽培実験中。ジャガイモとコーヒーは随時仕入れ中でルート開拓中。
「ねぇ、ソフィア」
「ん? なぁに」
薄く切って揚げて塩を振ったジャガイモを食わえながらソフィアがこっちを見る。
「えーと、後ろの竜車の中ってどんな雰囲気なのかなと思って」
ソフィアの眉根が寄る。パリっと小気味良い音がする。
「ん~、良く言うと~、お葬式?」
「うわぁい」
思ったより酷い! しゃべらないでおなじみのロイドとダッジがいて、カシムが御者台だと真面目ソニーしかいないのか。あとは奴隷だから私語もしてないんだな。仮に奴隷に私語を認めても身分差のある彼女たちがロイドたちを前に楽し気に私語を交わす姿は想像できない。
「カシムが中にいる時も?」
「あー、でもカシムも交代に備えて寝てるか食べてるかかなぁ」
足をパタパタさせながら言うソフィア。この娘、いまの自分の恰好がきっと想像できてないな。サリアもわかってないから、ぜひ放っておこう。
「そうか。うーん、俺が行って何言っても命令みたいでリラックスにはならないだろうなぁ」
「そうかしら? ロイドとソニーは喜ぶんじゃない?」
「あ、そういうこと? じゃあ、俺が向こうに行って、彼女たちをこっちに連れてくればいいのか?」
「うーん、それはそうだけどね、みんなはそう思わないんじゃない?」
ソフィアが困った顔のままチラチラと周りを見る。俺に婚約者の相手をしないとダメだろって言ってるんだろ? 自分はそれの邪魔をしているかもしれないって思ってないのがまだまだ子供なのかなぁ。この娘は襲撃を脱出してから四六時中あいつらと一緒だったんだろう。ひょっとしたらあの日以来初めて彼らから離れて過ごしているんじゃないか? たぶん、今ものすごく楽しいはずだ。けどその事にも気付いていなさそうだな。
しょうがない、一肌脱いでやるか。そう思った瞬間、左から微かに舌打ちの音が聞こえた。
「ライラ、なにか言いたいことが?」
「とんでもございません。私ごときが皆様に思うところなどあるはずがございません」
「まぁ、そうだよね。俺が後ろに行ったらライラは?」
「当然、お世話のため、一緒に参ります」
にやり。じゃないんだよ。どういう意味なのかさっぱりだ。
「ロック」
「なんだい、シェリル」
「ずっとじゃなければいいのよ。せっかくだもの。旅の間だけでもみんなと仲良くして過ごしたいわ」
なんと慈悲深い。
「シェリル、我慢はよくないよ?」
「ふふふ。私も一緒にお邪魔することもあるかもしれないわぁ。ローダン様とは友誼を結ぶお家になるんでしょ? だったらそれなりにお付き合いも続くんですもの」
第一婦人として! だけど、向こうの婦人はね? シェリルもそこまで言ってハっとなってソフィアを見た。
「あらやだ。私ったら。あちらの車に行く理由が無くなってしまったわ」
ソフィアはキョトンとしていた。夫人同士、ソフィアと仲良くしていればそれでいいのだ。
「え? あ、ひょっとしてわたしがお邪魔し過ぎてた!? ごめんなさい!」
慌てるソフィアをサリアが眠そうな目で見る。
「ちがうちがう、ソフィア、気にし過ぎよ。誰もあんたのことで遠慮なんかしてないから。この馬車に乗ってる全員が本気でやりたいことしかしてないから。あ、あそこの年中発情メイド以外はね。あんたがここに来てからたまたまそういうことが起きてないだけよ。わかったら好きにしてなさい。あんたがここにいてもわたしたち誰も不快に思ってないから」
「そ、そう? だったらいいけど。でも、そうね、わたしもなぜここがこんなに気楽でいられるのかしら?」
それはたぶん靴を脱いでごろごろしてお菓子とジュースを飲んでリラックスできる雰囲気をこのヤンキーメイドが意図的に演出しているからだとは言わない方がいいんだろうなぁ。いつのまにか恰好も無人の荒野を移動中の竜車の中なのにふわもこのワンピースになっとる。ものすごい金髪美人なのに庶民っぽさがすごいことになってる。北欧あたりの王家の血を引く美人が日本の家にホームステイしてる感がある。たぶんもう少ししたらライラが薄布を掛けて寝かし付けに入るところだったと思う。
「ライラ、今日はこのまま野営だよね?」
「その通りです、マイ・キング。本日はあと二時間ほどの走行になります」
シェリルが右手を握ってきたので振り返るとコクリと頷いた。くっそー、カシムめ。サボリやがったな。これはお前の仕事なんだぞ。マジでずっと働いてるよ俺。
「シェリルはやさしいなぁ」
「あなたにしか出来ないお仕事ですからしょうがないわぁ」
ライラに向かってうなずくと席を立って御者のローレライの元に停車を命じに行く。シェリルの横で寝ていたキュロスが目を覚まして伸びをすると御者台に向かった。やがて停車するとライラが外からドアを開ける。
奴隷女中と車両入れ替え。
後車はダッジが御者だったらしくカシムと交代になった。ライラが補助席なので
後席の右はロイドのままにしておく。左が俺。向かいにソニー、右にダッジで走り出す。
竜車が走り出すと男たちが誰ともなく「ふー」とため息にも似た息を吐いた。
「きみら、ヤバイね」
全員が「なにが?」って顔をした。酷い!
「セイレインたちが降りてホッとして欲しくないんだけど?」
全員がバツの悪そうな顔をする。ライラがお茶を淹れながらクスっと笑った。はっきりと声に出して笑った! 完全に女が男を下に見るときのそれだ! 怖い!
「な? こういう感じだよ、女性から見た今のみんなへの批評は」
ここはあえて乗っかる。男たちは白旗を上げた。この二日間ですっかり心が折れていた。こいつら、商人の護衛任務はしたことはあっても、ご令嬢、お嬢様相手には仕事もしたことがなさそうだ。ソフィアがいなければ逆にもっと女性と関係を持てたのかもしれない。身内に女性がいたからこそ、こうなったのか。高潔な貴族ってやつだ。社交性はゼロらしい。
「みんなのその高潔さは俺には好感しか抱かせないんだけどね」
救われた! みたいな顔はあまりして欲しくないんだけどなぁ。
「えーと、一番年上は?」
「私です。二十二歳です。ロイドはひとつ下、ダッジは二つ下です」
この国じゃあじゅうぶん大人だ。
「なるほど。ぶっちゃけさあ、ソフィアがいたからだよね。君らが女性に耐性がないのって」
「そ、そんなことは」
「あるよ。ソフィアいなかったら娼館にぐらい行ってたかもしれないでしょ。でも、ソフィアいたら行けないよね。ちなみにカシムは通ってるはずだよ」
全員が衝撃を受けた。言われれば思い当たるフシがありまくりだろう。
「別に娼館に通う必要はないよ。俺だって行っていないし」
十歳だしね。
「でさ、ぶっちゃけどうだった?」
「なにがでしょうか?」
「いやいや、ソニーくん、そこでそのおとぼけはいただけないなぁ」
ジョッキを掲げて見せてからぐびりとやる。ジョッキを掲げられたソニーは自分の目の前のジョッキを掲げてぐびりとやる。それ、果実酒ね。緊張で喉が渇いていたみんながジョッキに手を伸ばしてゴクリゴクリとやる。もちろん俺のは果実水。
「なんのためにソフィアをこっちで引き取って俺の大事な奴隷女中をこの男だけの空間に放り込んだと思ってんだ。押し倒すのは論外としても口説くか最低でもお悩み相談ぐらいは期待していたんだが? せめて好感を持たれるぐらいの話はしたんだろうな?」
全員が目を逸らす。うう、初心な中学生かよ。
「それで? ソニーは誰が好みなんだ?」
「こ、好みとは?!」
「もちろん、俺の婚約者以外でだよ? 俺の婚約者はダメだよ? 向こうもぜったいに乗って来ないしね。ぜったいに」
ライラを見る。
「はい。この方は王です。女王が他の男のものになることはありません。そうしたいならまずは王を倒すところから始めなければお話になりません。ただし、王が亡くなればすべての女が後を追います。王のいない世界に生きる意味が無いからです」
重っも! でも今はライラよ、ナイスアシストだ。
「というわけで選択肢は三人だ! ソニーは誰?」
「ラグナロク卿、それはいささか」
「あ、あ、あ、酒席で卿とか殿はなしでしょ~。今は冒険者のソニーと話してんだから。ここには俺らしかいないよ。ライラは誰にも何も言わないの知ってるでしょ? で? 三人のうち誰が好み? 別に結婚相手を聞いているわけじゃないんだから」
「マイ・キング、この場合、まずはご自分の意見から述べなければみなさん話し辛いものです」
「なるほど、一理あるな。さすが俺のメイドはいいことを言う。みんな、ここでの会話は俺たちだけの秘密だからな? 本音で行けよ? 俺か~。う~ん、悩むなぁ。みんなそれぞれ違った良さがあるよね?」
ダッジが頷いている。
「セーラはさぁ、やっぱりキレイだもんなぁ。あの金髪の髪質、見た? すっごい細くて柔らかそうじゃない? こう、さ、指を差し込んで梳いたらどんな感触なんだろうね?」
指を差し入れて髪を梳くジェスチャー。ジョッキを口に付けたまま離さないソニー。
「侯爵家の三女だもんね、婚姻で家の絆を深める役割を担って育てられている。美しくあることそれ自体が生きる目的だ。まさにそれを体現した細い腰、彼女は自身が戦うことはそのスキルからも放棄して育てられている。ソニー、だからこそ! 掻き立てられないかい? 庇護欲が!」
「それは、そうです。市井の冒険者にはいません。街の酒場にもいません」
「じゃあ街のどこだったらいそうかなあ?」
宿屋の娘、どこそこの鍛冶屋の娘、厩舎で働いていた馬好きだった娘。結局、薬師の元で修行している弟子の少女に落ち着いた。誰だよそれ。
「マリンは控え目なところがいい! 三人の中で親の爵位が一番低いからってのはあるけど、それでもあの控え目なところが萌えだよなぁ。ん? 萌えとは? そこからか。まぁ、こう、グっと心に刺さるモノっていう意味だ。それが萌えだ。グイグイと前に来るよりも常に半歩後ろを付いてくるあの奥ゆかしさ。セーラとはまた違う庇護欲だ。だってさ、あの娘、イザとなったら攻撃魔法で戦える実力を持ってるんだぜ? これがギャップ萌えだ!」
「確かに」などと前のめりになる男たち。ジョッキは三杯目だ。ロイド、お前は前に出て来なくていい。
「最後にローラだ」
あえて偽名の方を使って貴族っぽさを失くして話題にする。本人たちには絶対に聞かせられない話ばかりだ。
「あれはじゃじゃ馬だな! だが、そこがいい! 彼女はお前らの女バージョンだ。この国のああいうのは遊びで異性と付き合うことはしないからなぁ。彼女、二十五歳だぞ。まぁ、言ったら悪いが婚期は完全に逃した。だろ? きっと本人もとっくに諦めている」
みんながそりゃそうだって顔してる。馬鹿どもめが!
「俺はぜんぜんいけるね! もう二十五? ちがう! まだ二十五だぞ! あの鍛え抜かれた腹を見たか? 全身バネだ! え? バネって何だって? そうか。そこからか。バネってのはな、こう、うっすーい鉄の板だ。それをな、こう、ぐいーっと曲げるだろ? で、片方だけ離すんだ。ほら! めっちゃ戻った! この、力を入れるとバン! と跳ね返すものを言うんだ。足を曲げて高くジャンプするようなことだ。あの肉体美はセーラとは真逆だぞ? たまらんな! おい!」
果実水を飲む。こいつらはもう五杯目だ。目が座ってきてる。強い酒だぜ。
「くーっ、ひとりを選べってか? 難しいよなぁ!」
「セーラ殿が不憫です! まだ十五ですよ? 家を思い、そしてまた自分を捨てて家に戻りたいのです! でも、戻れない! 彼女はいま奴隷なのです!」
ソニーが勝手に何か叫び出した。
「そうだな。彼女は健気だよなぁ。そして芯の強い娘だ」
「そーです! 可憐だ」
「ろろろローラさんが、かっこいいんです! 黙って御者をやってます。すごいです。剣だって、すごいんだ! かっこいいんです! 赤毛がききききれいなんだ!」
なんだ。しっかり好みあるんじゃないか。
「ロイドは?」
一応、聞いてみた。
「ぐくぅっ! お、おれにはソフィーリアがいる!」
おお! がんばるじゃないか!
「うーむ。お前、皇帝になるんだよな? 王様でもいいけど。第二夫人どお?」
「俺が、王?」
「あれ? 北方の領主だけでいいのか? だって、この国の皇帝がいなくなるんだろ? 誰がその後釜に座るんだ?」
「うむ。まぁ、序列で言えばロードリンゲン侯だろう」
「その辺が難しいところだな。お前がロードリンゲン侯と争うところは見たくはないけどな」
「ふっ。北の大地を取り戻すことこそが俺の使命だ。それで良しとするさ」
「お前らの気持ちはわかった。素直になれ。機会は一度あればいい方だぞ? そしてちゃんと口説け。お互いすぐ先の未来で命を落とすのかもしれんのだ。その上で、勝って生き残った時のことを考えろ。俺は商人だからな。良い取引を待ってるぞ。あ、でも奴隷だからな? 押し倒したら殺されるからやめろよ?」
野営地に着いた時、冒険者の男たちはメシも食わず風呂にも入らず翌朝までロッジで眠りこけた。そしてカシムが俺に礼を言って徹夜で見張りをやった。女たちは呆れていた。もうダメかもしれん。




