第235話 夜の散歩
翌日、頑張って早起きして野郎共を風呂に入れた。カシム、諦めたらそこでゲームセットだぞ! 朝風呂に付き合ってシャンプーリンスを教える。一連の付き合いのお陰で少しはみんなと仲良くなれたかな?
こいつらって冒険者の中ではダントツに強いんだよね。攻撃に極振りといってもいい育ち方をしている。あとは俺のようにズルくなればいい。そういうふうに舵を切らせるのは俺にとってはそんなに難しい話じゃない気がする。要するに、悪い遊びを教える感じだな! この旅が終わる頃には立派な不良にしてあげなければ。
旅は三日目に突入していた。午前中に到着した集積所には撤退を指示。この集積所は襲撃目標に近過ぎる。
集積所で馬車を一台と契約屋をひとり借りて空荷で追随させる。昼は車内で食べられるサンドウィッチにしてひた走る。そして西部辺境地域のグランデールから最も近い大都市バルタロードの近郊に到着。ここがグランデールに攻め込む時の最前線になるってことだ。
街からも街道からも見えない場所にキャンプを張る。
母屋で女中服に着替えて外に出る。
「というわけでこの街の穀物倉庫を空にしようと思うんだ」
「思うんだって言われても」
カシムが「無理だけど?」って顔してる。
「そこで『誓いの剣』に依頼をしたい。街に潜入するのにソニーとカシムを貸して欲しい。カシムは御者、ソニーは地方から商売のネタを探しに来た力のある商人あたりを頼みたい。俺とライラがお付きの奴隷女中として付いて入る。明日の夜明け前に俺とライラで穀物庫を襲撃して中身だけいただいてそのまま出るだけだ」
ソニーが疑問の声を上げた。
「え? 私とカシムは何をするのですか?」
「宿で寝ててくれ」
「二人だけでやるのですか?」
「うーん、ひとりでもいいって言ってるんだけどダメだって言われてしまってね。とりあえず今回は二人でやって実績作りだね」
「えーと、奴隷女中というのは?」
「そのために契約屋を借りてきた!」
契約屋は三十歳手前ぐらいの若い男だ。大役を任され緊張気味だ。
鋼の声が珍しく戸惑いを含む。
「ロック、実際に奴隷契約を結ぶのか? 模様を描けばいいだろう」
「え? 誰が描くの? それ、すっごい時間掛かって面倒だよ?」
「面倒だから奴隷契約を結ぶというのはいささか理解に苦しむのだが」
「やっぱりそうだよね? ライラ、君を奴隷にするのは本当に心苦しいんだ。だからやっぱり留守番していてくれないか」
冒険者たちが「いや、そうじゃなくて」みたいな顔になった。何か間違ってたか?
「おっほっほ。ご主人様、すでに私は貴女様の絶対の僕でございます。紋様があった方が市井の者にそれを誇示できるというもの。どうか一晩の夢を叶えてくださいませ」
深々と頭を下げた後に契約屋の下にスタスタと歩いて文面も読まずにどこから出したかわからないスローイングナイフで親指に傷を付けると嬉しそうに契約書に指を押し付けた。
『誓いの剣』の面々はそのやりとりを呆然と見送るしかなかった。
「じゃあ、頼むよ」
シェリルに手を差し出す。
「はい、承りました」
シェリルと手を繋いで契約屋の下に歩くと全員がぞろぞろ付いてきた。
親指に傷を付けて自分の奴隷契約書に押印、そのままライラの主人になるべく押印。ライラが契約書に手を伸ばして来るのを目線で窘めて【収納】する。こいつ、自分で確保して解除させないつもりでいやがった! ちなみに契約内容はそもそも明日の昼までという時限契約だ。
シェリルが押印して契約書を持ってくる。
「はい、ロック」
主人が奴隷に契約書を渡すのを【収納】する。シェリルが俺の手を取ると傷のついた指に右の手に平を翳す。暖かみのある白い光が生まれたと思ったら傷が治った。続いてライラの傷を癒す。俺とライラの左頬から首筋にかけてトライバル模様にも似た奴隷紋がくっきりと浮かび上がる。元ご令嬢の奴隷娘たちが離れたところで呆然とその様を見ている。
俺はシェリルの奴隷になった。だが、なんともない。精神的に負担を感じない。シェリルに仕えることに抵抗がないからなのかな。『赤竜の爪』にいたころとはまったく違うなぁ。
「シェリル、ありがとう」
ライラも深々と頭を下げ丁寧に礼を述べる。
「奴隷の主人が奴隷とか初めて見るぜ。どういう光景だこれ」
呆れるカシムを横目にオルカに近付く。
「オルカ、すまないな。この街は田舎ならではの閉鎖感が強くてね。獣人奴隷が同じ屋根の下に泊まるのも厳しい。そんなところに君を連れて行きたくない」
「うん、わかってる。わたしがどうしてもいやだ、いっしょに行くって言ったら連れていってくれるのも。だからわたしはここでみんなを守るの。ロックが安心して帰って来られるように」
「うん。だから俺は戦える」
シェリルが歩み出る。
「私があなたの主人として命じるのはただひとつ。なにがあっても無事に戻ってください」
「うん。奴隷は御主人様の命令は絶対だ。あまり遅くならないように戻るよ。今回はちょっとお土産は無理そうだけど。じゃあ、ロイド、そういうことで二人を借りていいかな?」
「もちろんだ。俺は客じゃない。お前の護衛だ。ただ命じろ」
「いや、客のつもりだったんだけどな。じゃあ、間をとって友人同士の旅行っていうことにしておこう」
「はっはっは。ソニー、カシム、友人だそうだ」
「友人の頼みとあらば喜んで引き受けるしかありませんね」
「しゃーねーな! 弟分の面倒は兄貴の領分だからな! 連れて行ってやっか」
「はいはい、よろしく頼みますよ。アニキたち」
四人で馬車に乗ろうとしたら契約屋の若い男が話しかけてきた。
「ら、ラグナロク様、私も同行した方が自然な訪問者と見られないでしょうか」
「え? それは確かにそうだね。奴隷を二人も連れているなら自前の契約屋がいるってのはいかにも仕事を取りに来た感じがあるね、じゃあ、よろしく!」
実際、彼らには危険は無いはずだ。動くのは奴隷だ。なんなら奴隷が宿泊の途中で行方不明になったとしても問題ない。人権無いから。
カシムの御者で馬車が進む。まずは道の無い荒野から、人の目の無い瞬間を見極めて街道に戻る。
「いや、これは思ったより、ですね」
「うん。無理」
街道に戻るまでの荒野はほとんど歩いた。契約屋の男は三十歳ぐらいで名をカイロと言った。
「こんなに違ったのですね」
げっそりとした顔で言った。竜車が快適過ぎたのだ。馬車は乗っていられなかった。
「なるほど、馬車旅をみんな嫌がるわけだよ。想像以上にダメだ。でもまぁ、何年か待ってくれ。馬車の乗り心地も改良しているから。問題は大量生産が出来るかだなぁ」
「でもラグナロク様、新しい所では普及するのですよね?」
「もちろん、まずは自分たちの分だな。だけどなぁ。これって一回売ってしまうと技術全部真似されちゃうんだよ。だからある程度大量に在庫して最初に全部売り切るのもありなんだよな」
「ああ、良いですね。それ、売りに行きたいです。ふっふっふ。いくらで売り付けてやりましょうかねぇ」
ガタガタと揺れる馬車の中でこの苦しみを金に換えてやるぜと悪い笑顔をするのは奴隷女中と契約屋のはずだが、おそらく悪徳商人にしか見えない顔をしていただろう。
ゴンゴン、と車体が叩かれた。カシムが街の入口に近付いたことを知らせてきたのだ。
やがて馬車が止まるがなにも起きない。誰も動かない。入口の検査待ちだ。
ゴンゴン。そしてまたカシムが車体を叩く。ライラが中からドアを開けて階段を降ろして地上に降り立つ。背筋を伸ばしてまるで媚びる様の無い、じつに堂々とした態度だ。まるで高位貴族のお付きのようだ。憲兵はそのあまりに堂々とした態度に彼女が奴隷であることも忘れたように負けじとピシリと背筋を伸ばした。
「憲兵殿、ご苦労様でございます。こちらはここより南方の都市、マサリウスより参りましたロザリア商会の開拓担当番頭であらせられますユリアル様の馬車になります。訪問目的は新規通商開拓に相応しい商材の視察、並びに契約にございます。ユリアル様、憲兵様の監察にございます」
まず俺が階段を下りる。憲兵たちがゴクリと唾を飲む。続いて契約屋が降りて商会専属の契約屋であることを告げて俺の横に立つ。
最後にスラっと出て来る金髪碧眼、高身長イケメン。超一流冒険者ならではの体幹の良さでスタイル抜群だ。徒歩で並んでいる群衆がライラの口上あたりからこちらに注目していたのだが、ソニーがドアに立った瞬間に「おお~」という感嘆の声が上がり目を伏せた。貴族だと思ったのだ。本当に貴族だった時、不敬だと言われたらどんな目に遭わされるかわかったものではない。だから、とりあえず貴族だと思ったらこうするのだ。
監察官は完全に飲まれた。ライラの口上からそんな感じはしていた。自分の主に様を付けたのだ。そもそもソニーは本来貴族だから間違いじゃないけど。
ソニーは地上に降り立つと憲兵をゆっくりと見渡した。そして柔和とも言える口調で声を掛ける。
「憲兵の皆様、ご苦労様です。ロザリア商会のユリアルと申します。皆さまの警備に対する意識の高さに感服いたしました。この街はさぞかし治安がよろしいのでしょう。この場で怒声のひとつも上がっていないことが皆様の仕事の質の高さを何より表していますね。こういう街であれば私も今後も長く良いお付き合いをさせていただきたいと思います。きっと領主様も皆さまの働きぶりには満足されているのでしょうね。良いご挨拶のネタができました。ありがとうございます」
そう言って爽やかに笑った。歯が光ってた。
「ははっ。過分な評価をいただき光栄に存じます。どうぞ商談がうまくいくことをお祈りしております」
憲兵はそう言って目を伏せた。ソニーは笑顔で「ありがとうございます」と言って踵を返して階段を上った。車内に入る寸前、ソニーが俺に合図をして呼び寄せる。腰を屈めて俺に耳打ちすると中に入っていく。俺が階段を下りると契約屋が車内に戻る。
俺は応対していた憲兵の下に歩み寄る。
「憲兵様、我が主が今回の皆様の仕事ぶりを大層感激しております。商会が街に立ち上がった際はぜひお立ち寄りいただきたいとのことでした。街の警備という尊いお仕事は大変意義のあることではありますが、商会も新規立ち上げの際はその土地に詳しい警備担当などの人材集めには苦労するのです。ご興味ありましたらその際はぜひご相談に乗っていただきたいとのことでございます。これは皆さまの英気を養うのに役立てていただければという少しばかりの気持ちでございます。お納めくださいませ」
そう言ってそっときれいな革袋を渡す。警備員がにぎる袋からチャリと音がする。袋はわざと口がゆるく開いている。チラと見えたそこには銀色があった。ひゅっと息を飲む警備員。
この社会において賄賂は特段不思議でもなんでもない。ただ、タイミングだ。普通は検閲の前だ。検閲の後のこのタイミングで出す事の意味よ。警備担当は思った。「こいつは本物だ」と。今までにお目にかかった事のないほど高貴な人物だと。
「街の警備に対するロザリア商会とユリアル様のご理解に感謝を。おい! そこ! 道を開けろ! こちらの馬車はチェック完了だ! 先に通せ!」
そう言って革袋を握りしめたまま馬車の前に出て「どけどけ!」と道を作る。俺が馬車に乗るとライラがひらりと乗り込み階段を引き上げてサッとドアを閉める。
ソニーは外から見えるように窓を開け憲兵に笑顔で手を振った。
街中に入ると窓とカーテンを閉める。ライラはカーテンの隙間から外をじっと見ている。
「さすが貴族。人心掌握のうまいこと。見習いたいけど俺には無理だ」
「またまた。あなた方の口から出まかせのお陰で私が出る時にはもう私の人物像が勝手に出来上がっていたではないですか。私はそのまま演じるだけの存在でしたよ」
「その演じるってのが誰にもは出来ない、ソニーの金髪碧眼は武器だよ。俺を見てよ。この街じゃ悪い意味で目立ち過ぎる。紛れられる夜しか外に出られん」
「お三人とも目立ちます。宿に着いたら私が少し見てまいります」
「まったく無理しなくていいから。本当に楽しく遊んでいいよ。ぜったい朝までに戻れ。待たないからな」
金を渡してそう言いくるめる。本当に、まったく偵察はいらないから、これは本当にボーナスだ。
「偵察なので夜までに戻りますから」
苦笑いしていた。
馬車が停まって車体が叩かれる。カシムが選んだ宿に着いたらしい。
契約屋がチェックイン手続きをする。契約屋とカシムが一階の隣同士。ソニーは二階のお付の人間の寝室付きの部屋だ。この宿で最上の部屋だ。とりあえず七日分の宿泊費を先払いすると宿の従業員は支配人を呼んで来た。まずは疲れを癒すのでと部屋食を希望した。カシムと契約屋は外に出るということで食事は不要とした。
宿の食事は別容器に移して【収納】して、手持ちの料理を出して済ませる。
すると契約屋が帰って来たので報告を聞く。
「なんだ。本当に真面目に偵察しただけで帰ってきたのか」
笑いながらそう言うとカイロは苦笑いだった。
「仕事ですから。穀物倉庫にはまだ夕方にポツポツと入庫があるようでした。地方の在庫を集めているみたいです。ただ、殺気だった様子などはありません。そうですね。印象では今年の収穫が悪かった時のために念のため備蓄をしているんだ、という雰囲気です」
「ふうん。でもなぁ。そんなこと毎年しているわけでもないだろうに。そういう意味ではぼんやりしているな。よっぽど手出しされないと思って油断しているのか」
「見張りなどはしっかりしていました。だらけている感じなどはありません」
穀物庫は全部で五棟。小麦や大麦、ライ麦が主で飼料となる雑穀も貯められていると報告が上がっている。襲撃は雑穀の穀物庫が最後だ。小麦から奪う。
カイロが律儀に余った金、というかほとんど使っていない袋を返そうとしたので、二袋にして返す。
「こういうのはな、贅沢に使え。結果を出すためにな。そして、返さなくていいんだ」
三十前後に見えるけどひょっとしてもっと若いのかもしれん。ソニーが柔和な表情でやりとりを見ている。部屋で飲めと酒とツマミを渡して部屋に帰す。
それからはソニーと雑談をして過ごした。ソニーと二人きりで話すことなどなかなかない有意義な機会だった。
必要はないがカモフラージュのために宿にお湯を頼み、こちらで持ってるお湯を足して行水もしてさっぱりすると、女中用の部屋を空っぽにしてベッドを出し直してしっかり睡眠を取る。
◇
すぐ左でもぞっと動く人の気配でゆっくりと目を覚ます。
ふわりと灯る魔法の明かり。窓は昨夜のうちに目張りがしてあって明かりは外に漏れないようにしてある。
ふたりともひとこともしゃべらない。ベッドから起き上がって着ているものを【収納】して裸になる。真新しい肌着を身に着け、前世の忍者のように全身黒装束の動きやすい服を着る。頭と顔を覆って素性を隠す。靴も音が鳴りにくい隠密作戦用の特製のものだ。部屋の隅に移動して調度品を元に戻すと魔法の明かりを消す。窓の目張りも【収納】。
高級宿だけあって窓は嵌め込みではなくヒンジで開くガラス窓だ。外は二つの月の角度が良いのだろう。暗い。そっと窓を開ける。ライラが目を伏せる。先に行けという合図だ。
窓枠に足を掛けずにふわりと跳ぶ。そのまま一階の窓からも見えないように植え込みの向こう側に着地。見上げると、ライラが窓枠にぶら下がって窓を閉めている。音も無く窓枠を蹴ってクルリと一回転して俺の真横に降りる。空中にいる時、ライラは俺の目を見て笑いかけていた。
さあ、楽しい夜の散歩に出かけよう。




