第232話 書簡
「しょうがないなぁ。えーと、ロイド、じゃなくてローダンの生家であるオルレアン家に連なる者たちのその後の話だ」
冒険者たちがグイっと身を乗り出す。圧が! むさくるしいなぁ。間にテーブルがあってよかったよ。
「数万人規模の街だったんだ、当然生き残りがいる。正確な数はわからんが、千の単位にはなりそうだ」
「おお」という嘆息が漏れた。セイレインも興味津々だ。この場になぜ自分がいるのかはあまり疑問に思ってないのかな。ローレライは眉間にシワを寄せている。
「カシムが生き残ってるぐらいだしな。それに地方に行っていた者もいるだろうし、当然皇都で仕事をしていた者もいただろう。ところでローダン殿、セイレインたちに一緒に聞かせてもいい話か? 人払いなら出来るが」
俺の奴隷だからな。じゃあなんで今ここにいるのかってことだ。ロイドが鷹揚に答える。
「ラグナロク卿、そなたが必要だと思い同席させているのかとばかり思っていましたが? ええ、もちろん。卿が必要だと思うのであればそのようにしていただき、何を話していただいても当方は一向に構いませぬ」
幼少期に野に下り、相当な悪ガキでしかなかった男が今も人の上にたつ者の矜持を忘れずにいることに感動するね。こいつは自分で自分を育てたんだ。子供が理想の大人を作ろうとするから歪みもする。手直しは手伝おう。お前はイイヤツだからな!
「関係があるのかないのか。いい話なのかそうではないのか。決めるのは誰だろうな。さて、俺は嘘は言わないよ。嘘は大嫌いだ。嘘つきは信用しない。一生な。俺がオルレアン家に関する話をちゃんと聞いたのは口上の儀の酒席で二人が離席の折、ソニーから聞いたのが最初だ。つまり数日前ってこと」
そう言うとソフィアとロイドが赤くなった。うう、イジリたい!
「だから生き残りがいるという話は俺が集めたものではない」
「だ、誰が、なんのために?!」
ソニーが混乱していた。
「治世が滞りなく行われ、伝わる評判も良かったオルレアン家が滅ぶなんていうのは国を揺るがすビッグニュースだ。すべての貴族が情報収集に動くのは当然だ。その中で、商業に強く、外商のために別動隊まで持っていたシェリルの生家であるワイマール家は策謀の匂いを感じ、執拗に情報を追った。ワイマール家は商家だ。武力を持たない故、生き残りに必要な情報収集は欠かさなかった。まぁ、とにかくそんなわけでワイマール家の商業部には様々な情報が集まっていた。そのほとんどはカルチェンコに奪われたが、それは全て俺の元に再集結し、元々それを扱っていたワイマール家の商業部だった者の元に戻った」
少し温くなったコーヒーで喉を潤す。飲み干したカップを下げてライラが冷たいコーヒーを出す。氷入りだ。これはこの惑星でやってるのは果たして俺以外にいるだろうか? グラスを傾けると氷の転がる涼やかな音が鳴った。
「オルレアン領の生き残りは密かに身を寄せるうち、皇都に集まり始める。十年を掛けて少しずつコミュニティを拡大し、皇都のあちこちに集団を形成している。それとな、腕に覚えのある者は地方で冒険者をやっている者も少なくない」
「グランデールではほとんど見なかったのだ」
「ロイドが来るのが少し遅かったかな。ロイドたちがグランデールに来たのが三年前、五年前の紛争で西地区の徴収兵は壊滅的な打撃を受けて死んだ者が多かった。そして生き残りのほとんどは南のコナンが囲ったか、フロンティアに逃げ込んだんだ。知っての通り、フロンティアはバーランドが仕切っているが、一応は皇帝直轄都市となっている。独立性が高いからダンジョンに潜ってフロンティア所属と言うとバーランドの束縛から逃れることも可能だ」
「フロンティアにもいたのか!」
「いる。そっちは今コナンに任せてる。フロンティア、グランデール、皇都の全戦力合わせて千人だ」
ロイドの瞳を見つめる。メラメラと燃えている。口角が上がる。
「ロイド、俺が手を貸せるのは人集めまでだ」
「ははっ! 充分だ!」
ロイドがセイレインを見る。
「セイレイン殿、貴女の生家のロードリンゲン侯へのお取次ぎを願えるだろうか。俺の全戦力で参戦させていただく。俺の望みはロードリンゲン侯爵領を守り切った後、全戦力を以て帝国へ反旗を翻し、我がオルレアン家再興に尽力いただくことだ」
「ローダン様、それは願ってもないことです。ご主人様、奴隷の分際でこのようなことを言うのは大変申し訳なく思いますが、発言をお許しいただけますでしょうか」
「いいよ」
「ロードリンゲン侯爵宛にローダン様参戦の御意思と、その対価について確証をいただく書状を認める許可をいただきたいのです。それに伴うラグナロク様への対価はロードリンゲン侯爵の威信に掛けた額をお支払いするようお伝えさせていただきます」
そう言って深く深く頭を下げる。ここが屋外なら地べたに頭を擦り付けただろう。ローレライとマリナリアも同じく頭を下げる。
「ふむ。頭を上げなさい。対価をもらえてそれが見合った額だと思えば断る理由はない。俺は商人だからな」
「ラグナロク卿、俺は対価として貴殿に何を支払えば良い?」
「そうだなぁ。商会を動かす以上は友人の頼みってやつでは済まないからなぁ。対価はもらうよ。俺が作る都市への永久的な口出しの禁止。俺の商会の通行税の免除。自由通行の許可。領地内における商会の完全な自由を保障してもらおう。期限は百年。違約金は一族の命」
「それはうちの領地の商会と相互に同条件と考えていいのか?」
「おー! いいね! そこに気が付いたか! はっは! もちろんだ。この場でそれを口に出したお前の勝ちだ!」
「取引成立!」
テーブル越しの力強い握手の後、【出納】から契約書を二枚出してそれをロイドに渡す。ソニーと一枚ずつ読んで、読み終わると交換してもう一度読む。そしてソニーが二枚を並べて文言の違いが無いか確認する。まったく同文であることを確認後にロイドに頷く。
【収納】からペンを二本とインク壺を出す。契約書を一枚受け取って同時にそれぞれの契約書に署名を入れる。サインを入れ終わるとお互いの契約書を交換してそれにも署名を入れる。
「まったく、今話した内容の契約書が予め用意されているのか」
「署名までは入った。次の集積所に契約屋がいたら契約させよう」
一枚を【収納】して、もう一枚はソニーが鞄に大事そうにしまった。この紙一枚で嘘つきと呼ばれないために俺が全力でロイドの戦力を集めるのだから大事にもするよね。
ロイドから受け取ったペンを【収納】する。手に持つペンをセイレインに渡す。正式書類にもできる高級紙を何枚か【排出】してセイレインに渡す。セイレインが礼を言ってそれを受け取る。しばし、紙を見つめるとペン先をインク壺に落とす。そこでソニーが口を開いた。
「セイレイン殿、しばし待たれよ」
そう言われてセイレインは不思議そうにソニーを見た。
「どうかされましたか? ソナリウス様」
「ラグナロク卿、三人の奴隷女中殿にお値段は付きませんか?」
セイレインがハっと俺を見て、二人のお付きも顔を上げた。
「うーん、奴隷は売り物じゃないんだよね。俺、奴隷商人じゃないから」
「ああ、そうですね。尋ね方がよくありませんでした。彼女たちを奴隷から解放するにはどうすればよろしいですか」
「逆に聞きたいね。元侯爵、子爵、男爵令嬢だ。しかもこの美しさで清い身体だという。市場価値はいくらだ? ちなみにシェリルは男爵令嬢で身請け金は金貨一万枚だった。本人が自分の分はいらないと言ってくれたから半額の金貨五千枚で済んだんだけどね」
端っこでデカい身体を縮めていたダッジが思わずデカい声を出す。
「金貨ご、五千枚! 払ったの!?」
この旅が始まって初めて声を聞いたな。寡黙な好青年だ。
「もちろん。だからシェリルには奴隷紋がないでしょ」
堪らずセイレインが震える声で呟く。
「しぇ、シェリル様は元奴隷なのですか?」
「あれ? あー、そうか。セイレインは十五歳だから知らないのか。ローレライは知ってるよね?」
「はい。存じ上げております。五年前、貴族子女の間でも随分と話題になっておりました」
「そう。五年前のバーランドの画策のせいでシェリルは家族を全員殺され、自らは娼婦奴隷の身分に落とされた。オークションに上がる直前、グランデールの『最高級娼館 一夜の夢』の女将、『女帝』ジーナが掻っ攫った。以降、身請け金に金貨一万枚の値段を付けて誰にも触れさせなかった」
「誰にも触れられていない奴隷娼婦だと?」
ロイドも驚いてる。
「まさかそんなことが!」
鋼の声に感嘆が混じる。奴隷女中の三人の瞳に希望と羨望が去来する。
ライラの冷たい声が暖かな車内の空気を一変させる。
「勘違いなさるな。シェリル様はご自分を買い続けることで自らの身を守り続けたのです。その資金が尽きる寸前、我が主が金貨五千枚を用意するというあり得ぬ偉業によりシェリル様をお救いしたのです。我が主は奴隷娼婦を身請けしたのです。皆さま、シェリル様に奴隷紋が無い意味をよくお考えになるがよろしいでしょう」
「そうだわ! なぜ!?」
セイレインが少女らしい好奇心を押さえられない。まぁなぁ。まるで読み物のお姫様の御伽噺みたいだもんね。
「それは今のお二人をご覧になれば簡単におわかりになることでしょう」
そう突き放されてあらためてライラを見るセイレインだったが、奴隷紋はおろか契約紋さえないメイドが主の一番近くにいることに恐怖にも似た思いを抱く。セイレイン、考えろ。竜車を奪って以来、ただの十五歳の少女になってるぞ。
この三人の奴隷の中で一番身分が低い魔法使いのマリナリア・グローブナー元男爵家令嬢がシェリルと同じ爵位だ。皇室からも熱い視線を受けていたシェリルとは違うが、彼女たちが自分たちがどういった対象でいるのかは充分すぎるほど理解できただろう。
「君らさ、自分の価値をわかってる? 君ら全員が元貴族だからね。奴隷商人がオークションに掛けたらいくらの値が付くと思う? シェリルは自分で稼いで金貨を払えば解放される契約奴隷だった。君たちは主人がそうしない限り、何をやっても解放されることのない犯罪による永久的な誓約奴隷だ。ソニー、どうだい?」
困った顔の金髪碧眼のイケメンが答える。
「わかりません。たとえばセイレイン殿を救出したとすれば、親御様次第ではありますが、爵位を授けて領地を分け与えるという話になってもおかしくありません」
うまくごまかしたな。それは最高値の話だ。
「そう。君らさ、平民になったら家とは関係無いって思ったんだろうし、実際に制度上はそうなんだけどさ。そんな君たちは周りの人々が付加価値を見出す対象なんだよね。じゃあ、どうすればよかったんだって思うよね? 自力で追撃が振り切れないなら、縁を切ってそのあと誰かに捕まる前に命を絶つしかないよ。捕虜になりたくない兵士は自決するんだ」
そんなことも知らないのか、とは言わないでおくよ。もうこの娘たちは詰んでるんだよね。ソニーが悲痛な面持ちでセイレインを見る。
「みなさん、もうお分かりですか? 貴女方はグランデールに来て商会に入って以来ずっと、ラグナロク卿に保護されていたのですよ?」
ソニーにそう言われて驚愕の表情で俺を見つめるご令嬢たち。まぁなぁ。散々脅しているからなぁ。いつ寝室の扉が開けられるか気が気じゃないんだろうなぁ。なんとなくソニーのお陰で俺が『良い人』になりかけている。
ソニーが慈愛と憐みと自らの力の無さを嘆くような瞳でセイレインを見る。
「セイレイン殿、お父上にご相談なさい。ただ、うまく書いてくださいね。奴隷の貴女の主人がラグナロク卿だと言った時、卿に敵対するような素振りを少しでも見せたらそこで全てが終わりです。その瞬間、我々はロードリンゲン侯爵家を見限らねばなりません。これは今ここではっきり名言しておきます。侯爵家を前にしても、我々はシリウス家との同盟を最優先とします。それでよいですね、ローダン」
「もちろんだ。我がオルレアン家は全ての関係においてシリウス家との恒久的に友好的な同盟を最優先とする。この男を侮った奴に待っている未来は悲惨なものとなるだろう。今のところ勝てる気がせんからな。武人としても、男としてもな」
十歳の子供に勝てないと言ったあとに不敵に笑った。もう、恰好いいんだか恰好悪いんだかわからん。
「俺から言うことはもうないよ。聞きたいことがあればいつでもどうぞ。書簡、出来たら教えてね。次の集積所に間に合えばそこから直行便を出すよ」
ライラに頷くと目を伏せたあとに走る竜車のドアを開けて出て行った。しばらくして竜車が止まって外からドアが開けられた。まずローレライが降り、俺が降りるとソフィアも付いてきた。そのまま先導している大型竜車に乗り込む。
集積所まではまだ数時間の距離がある。




