第230話 姉と娘
「ただいまー」
「あら、思ったより早かったわね。わたしの元にちゃんと帰ってきて偉いわぁ。ん? あんた、ライラになにかした?」
ドキッ! なんでわかるんだ?!
「まぁ、隙あらばいろいろやるよ。だからサリアもちゃんと隙を見せなよ」
「いや、さすがにそれじゃ誤魔化せないわよ」
サリアが執拗に追及するのは、困る俺が見たいだけだからほどほどに付き合って腰に手を当てて「まぁまぁ」などと言いながら少し強引に引き寄せてリビングソファーに一緒に座ればそれはもうサリアの勝ちでご満悦だ。
「あ、サリア、テーブルの果物が美味しそうだよ。取ってもらえるかな」
「しょうがないわね」とか「わたしに命令なんて生意気ね」とか言いながら食べさせてくれる。かわいい。
お願いの形で何かをさせると喜ぶ歪んだ性癖を隠してる風でまったく隠れてないのはたぶんワザとだ。
「ねーねー! ロック! これ、すごいわね!」
化粧水と保湿クリームでテカテカになったソフィアが「見て見て」と近寄ってきたので目の前のラグに座らせて手を取る。
「うん、効いてるね。ソフィアの手は普段から注意してケアしていたからすぐに効果が出てもっともっと綺麗になるよ」
そう言ったがソフィアの視線は俺の右隣りに座るシェリルの白魚のような手に注がれる。
「シェリルのことが気になるかい?」
「え!? ううん、そうじゃないわ。シェリルさん、綺麗だなって思っただけよ」
「ソフィアさん、私は籠の中の鳥だっただけです。なにもしていない私の手は意味のあるものではありません。私は私の手が恥ずかしいのです。ソフィアさんの手は美しいわ。でも、同じ女性としてソフィアさんがお感じになるものもわかります」
「うん。大丈夫。今までと同じ生活のまま、今より美しくなれるよ。いろいろあるから試してみてよ。合うものが見つかったらモールでも売ってるし、俺たちが居ない時も窓口の担当者に相談してみて。必ず役に立つよ」
美少女は放っておけないよね。もう他の男のものだから手を出す気はない。ないったらない!
屋外で仕事をするソフィアの手はどうしても荒れてしまう。弓を使うから特に指先の感覚が大事で手袋も出来ない。だが、肌も、爪の手入れも出来ることは多い。
「帰ったら指の無い薄手のグローブを作ろうか」
「ソフィアの手をどうこう言う男がいたら見る目のない馬鹿よ。あなたの手が良いという男を見つければいいだけよ」
「さすがサリア。良いこと言うね」
「あ、でもこの男はダメよ。あなたの手みたいな技術を持った手が大好物ですからね。これにはあまり近付かないことよ」
「俺にべったりくっついたまま言うのはどうかと思うんだけど? それと俺は他の男の女に手を出すほど外道じゃないし、困ってもいない。というかこれ以上、女性と親密になる気は無いから。オルカ、ちょっと来て」
キュロスにお酒を注いで遊んでいたオルカが呼ばれたことに満面の笑みを浮かべて飛んできて抱きついてくる。その右手を取ってソフィアに見せる。
「見て。オルカの手。綺麗でしょ?」
シェリルやサリアとは比べるべくもないが、きちんと手入れされた爪、しっとりとクリームで手入れされた手の甲、日焼けはだいぶ落ちた。
野生の戦士の手を取るソフィア。過酷な十二年を生き抜いた美しい手だ。今は俺の宝物だから一緒になってからの三ヶ月、大事に育てている最中だ。
「彼女たちと俺が毎日見てるんだ。俺の美しい手だ。特別にソフィアに見せてあげるよ。これから一生を懸けて育てるんだ。いいでしょ?」
「ああ、だから美しいのね。オルカちゃんが綺麗な理由なのね。オルカちゃんが綺麗になりたがっているのね」
「ソフィアは当たり前のこと言うんだね。でも誰もそんな当たり前のことを言わないからきっとそれって大事な事なのかな?」
「オルカは賢いなぁ。俺がひとつ教えるとそれを三にも五にも十にもしてしまう。オルカといるといつも教えているつもりが教えてもらうばかりだなぁ」
「あなたたちが羨ましいわ」
「ソフィア、それは正しいけど間違いだよ。みんな他人が羨ましいものだよ。俺はソフィアたちのシンプルな生き方もいいなと思うよ。でもそんなの当人にとったら迷惑な話でしかなかったりするでしょ。俺はソフィアを幸せにする自信があるよ。けど、俺より幸せに出来る相手がいると思った時点で俺の負けだ」
「あら? わたし、幸せになれるのかしら?」
「可能性は高いでしょ? 君たちはまだまだ若いからね。俺たちのことをいいなって思うのはしょうがない。ソフィアは俺のお気に入りだからね。そうだなぁ、近所のお姉ちゃんか娘のようだから困ったことがあれば助けてあげるよ」
「あら? うれしいわ。でも、お姉ちゃんはわかるけど娘ってのはなんなのかしらね」
そう言って少し困ったように笑った。俺の婚約者たちは慈愛の笑みを浮かべるだけだった。
ソフィア、俺にもなぜそんな風に思うのか理由はわからないんだ。ただ、そんな両方の気持ちが俺の中に同時に存在してしまう。
「さぁ、明日もまた夜明けには起きなければならない。そろそろ寝ようか。ライラ、セイレインたちを部屋に案内してやって。ソフィアはどうする? セイレインたちと同じ部屋にもベッドはあるけど、俺たちの部屋に来る?」
「え!? さすがにご夫婦の寝室には入れないわよ」
「ソフィア、いいからいらっしゃい。あなた、コレの姉で娘なんだから遠慮しなくていいわよ。たぶん今夜は何もないし。こいつ、あなたには絶対手を出さないから大丈夫よ」
「え? 手を出さないから大丈夫なの? 手を出したら止めてくれるでしょ?」
全員が「なんで?」って顔をする。
「え?! わたしが間違ってるの?! 浮気を許す、のね?」
「違うわ。コイツが手を出し返したら浮気じゃないもの」
「どういうこと?! ちょっと怖いんですけど!」
「だから大丈夫って言ったでしょ。こいつは手を出さないから大丈夫よ」
「なんか、それはそれで屈辱な感じがあるわね」
「ソフィアは小さい時からモテモテだったからなぁ。自分が女として求められないわけが無いって信じて疑わないんだよねー」
「そそそそんなことないわよ! そんな自意識過剰じゃないわ!」
「慌て方が怪しい。いや、でも本当に俺からは何もしないよ」
婚約者たちがピクっとなった。いかん! バレた! 向こうから出されたらそれはその時って思ったのバレた!
「アンタ、今なんて言ったのかしら?」
「手を出さないと言った! とりあえず寝室に行こう。俺も今日は昼寝してないから眠いんだよ。さ、寝よう」
そしてみんなで寝室に行くと、そこには巨大なベッドがひとつだけ。リビングとの間に小さな部屋があり、そこはライラ用の使用人の部屋になっている。寝るだけの六畳ほどの部屋だ。
ライラは主寝室で全員が着替えてベッドに入るまで手伝った。
「それではご主人様、おやすみなさいませ。何かありましたら遠慮なくお申し付けください。お待ちしております」
「なにを待ってるのかな! おやすみ。今日もありがとうライラ。また明日もよろしく頼むよ」
頭を下げて隣の部屋に引き上げる。あの娘が今からちゃんと寝るのかどうかは気にしてもしょうがないから忘れる。
「えーと。ホントにベッドがひとつしかないのね」
薄い寝巻きのワンピースに着替えたソフィアが左の方から話す声が聞こえた。今夜はそっちにはサリアがいる。
「ま、旅の間はこれでいいでしょ。あなたも気にしないで気楽にしなさい」
「はっ! ここ、荒野のど真ん中だったわよね?! またこんなカッコしちゃってるわむぎゅ」
サリアが頭から抱きついたらしい。まぁなぁ。俺は何もしないって言ったけどね、他の人がどうするかまではなにも言ってないからなぁ。そこは保障外だ。
オルカはもう静かに寝息をたてていた。今日は旅の一日目だからこの配置なのかな。右側のシェリルはまだ起きてる。旅の初日、目的はシェリルを大聖堂に連れて行くことだ。不安はあるかもしれない。まあ、大丈夫だよ。根拠はないけど自信はあるから。
「マイ・キング。朝でございます。みなさまそろそろご朝食のお時間でございます」
のしっと乗られてる。シェリルがこっちを見ていたはずだ。記憶はそこまでしかない。身体強化を切ってると七つ歳上のお姉さんは重いんだけどなぁ。ライラはわかってやってるけどね。ということはベッドにはもう誰もいないんだな?
と、思って左を向いたら見覚えのないすごい綺麗な金髪の女の子が寝ていた。マジか。
「ライラさんや、この状況は良くないよね。君がいてくれて良かったよ。よかったけどさ、普通はメイドが一緒にいてもダメだよね」
「はい。完全にアウトです。メイドは奴隷とは違いますがやはり一緒にいた者にカウントされません。なので、普通であればマイ・キングは婚約者でもない美しい金髪美少女と褥を共にしている状態となります」
「うわーい。俺、この娘の男にぶん殴られちゃうよー」
「お任せ下さい。やられる前にやります」
「それは頼もしい、なっと!」
身体強化を入れてライラを抱き起こしながらベッドの上で上体を起こす。
「しかし、なんでまたこの娘はこんなに眠りこけてるんだ? 薬は使ってないよな?」
「はい。ご命令でしたので、仕方なくなにも使っておりません」
「なんで仕方ないんだよ。俺の女を増やしたいのかい? ローテが回って来なくなるだけだろそれ」
「私は貴方様の望みを叶えられればそれでよいのです」
「なるほど。留意しておこう。ソフィア、起きてー」
「ふぁい、なに? んー? あれぇ? ここ、どこぉ?」
さすが冒険者。肩をゆすったら一発で起きた。
「ソフィア、しっかり。ここは俺と婚約者の寝室でベッドだよ。いわゆる秘密の花園ね」
「ふーふのしんしつ。ひみつの、花園……えっ!」
ガバッ! と起き上がる。目の前にはメイドを抱き抱える黒髪長髪の美少女、だろ?
「あ! ロック? おはよう」
「おはよう。そろそろ朝食だってさ。ライラ、セイレインたちは? 誰かいる?」
「全員で朝食の準備をしております」
「じゃあ、ソフィアの面倒見てあげて。俺は服だけ着ればいいから」
そう言い残して誰もいないリビングで着替えて外に出る。
「お、ロック、おはよう」
カシムがいち早く俺を見つける。
「おはよう。みんなよく眠れた?」
ロッジとベッドの出来が良すぎると文句を言われた。理不尽。三人の奴隷女中が慣れない手付きで朝食を準備していたが、お人好しのソニーとダッジが手を貸していた。ロイドが手を貸そうとしたので止めてカシムと席に着く。カシムは一切手を出そうとしない。さすがだ、わかってる
「ロック、その、ソフィアはどうしたのだ」
鋼の声が少しの不安を乗せていた。
「疲れが溜まっていたみたいだ。俺がさっき起きた時にはまだ寝ていたよ。いまライラが着替えを手伝ってるからもうすぐ来ると思う。まぁ、あと一日、二日で万全になるだろう」
「そうか、いろいろ世話になるな」
「ソフィアに約束したしなぁ。旅の間は俺が座長だ。任せろ」
結局、朝風呂入れろだのなんだの出発までえらく時間が掛かった。それでも撤収は一瞬だ。誰もが仰天する中、出発。
◇
「ラグナロク様、穀物の大まかな流れが解明出来ました」
昼過ぎ、街道から少し離れた集積所に寄った時に欲しかった報告が聞けた。




