第229話 荒野の夜
みんなからは晩飯も冷えた酒や飲み物も大変好評いただいた。もちろん風呂もトイレも。
野営地のあちこちに街灯を立てて歩くのに困らないようにしてある。
野営地が明る過ぎて遥か遠くからも目立ってて逆に怖いらしい。冒険者と奴隷たちは見張りの算段をしていた。
「見張り? いらないと思うけどなぁ」
「なんでだよ、いるに決まってんだろ?!」
「まぁ、やりたいなら止めないけどな。とりあえず御者をやってる人は除外でよくね?」
って言ったんだけど、交代で御者やってるし見張りぐらいなんともないと言う。
「ローレライは見張りはさせないよ。彼女は車内休憩の時も寝てないから見張りはやらせん。ローレライ、いいか? 御者をやっている時に眠気を感じたら、集中力が少しでも落ちたと感じたら交代を申し出ろ。それが車内にいる人間の命を預かる御者の大事な仕事だ。俺はあくびを噛み殺しながら御者をする奴がいたらそいつには二度と手綱は預けんからな」
「はっ! かしこまりました御主人様」
律儀な奴隷騎士。
「お前、やっぱり変わってんな。御者に、しかも奴隷なのに眠くなったら昼寝しろって言ってんのか?」
カシムはどうしても俺を変人扱いしたいらしい。
「ロック、わたしたちそろそろ中に入るわ。夜更かしはほどほどになさいよ。男同士の飲み会なんてロクなもんじゃないんだから」
サリアは相変わらず嫌味だらけだが、言ってる内容は「たまには男同士の馬鹿話でも楽しんでいらっしゃい。でも女のわたしを待たせ過ぎないでね」だ。かわいい。
母屋に戻る彼女たちは少し俺に触れてから歩み去る。この辺が前世の生活習慣と違うところだ。照れも遠慮もない。俺も「違うよなぁ」とは思うが違和感も無いし俺もそうしている。心穏やかだとまだ時々「前世では」と思う時がある。最近ではそれを余計なことと捉えている自分に気付く。俺は今の環境によほど満足しているらしい。
ライラだけを残してサリアが女性全員を引き上げさせた。奴隷女中とソフィアが「でも」と言って母屋に入ることを遠慮する。だがサリアが「いいからいらっしゃい」という女主人としての一言で片づける。ライラが外に残ることで残りの女中は女主人たちの世話役として付いて行かざるをえない。ライラは完全に俺以外の命令に従う理由が無い。ライラは俺の直下という意味では婚約者たちと同等の位置と言えなくもない。オルカも自由で好きにしているが、家族の一員として振る舞う自由だ。
ロイドの頷きひとつでソフィアも母屋での泊まりが決まったらしい。彼女も女友だちだけで過ごす時間なんてそんなにあることじゃないだろう。ロイドはそこまでは考えてなさそうだなぁ。ベッドは俺も一緒になりそうだということは黙っておこう。
俺にとって男友だちとの飲み会は転生最初の夜にウォーカーと過ごして以来だと気付いた。
「ふむ。眠気のある御者は不合格ですか。道理ですね。そして、私には今の言葉に反論出来るものがありません。ロック、奴隷とソフィアにも見張りをさせるつもりが無いのはなぜですか?」
ソニーが暖かいワイングラスを手に静かに問うてきた。夏でも荒野の夜は冷える。初めてのホットワインがお気に召したらしい。
「あー、実はそれの根拠を突っ込まれるのはちと痛い。それはね、彼女達が美しい女性だからだ。不規則だったり短い睡眠は美容に良くないからだ」
変な沈黙の時間が降りた。
「ん? 終わりですか? 美しくあるために寝かせる? そう言ったのですか?」
「うん、そう。いや、だからさ! 先に言ったじゃないか! そもそも見張りが不要なんだよ。だから彼女たちにそんな負担を掛ける必要は無いし、お前らもやらなくていいって俺言ったよな?」
「ふっ。確かにそんな事を言っていたな。だが、それでは俺たちが納得しないだろうから勝手にやれと。その勝手に女達を巻き込むなってことだな?」
「まぁ、そう。お前らがこの軟弱な野営に慣れるのも良くないとは思う。ソフィアの件はだな、ロイド、とりあえずしばらくウチの女性たちに任せろ。お前ら、年頃の娘さんの扱い方とか知らんだろ? 良い機会だからいろいろ教えてやる。この旅の間に知見を広めて今までの男としての未熟さを知って身悶えするがいい」
カシム以外が思いっきり不安そうな顔になった。五人もの美姫を侍らす十歳児の俺は元貴族のこいつらからしたら大して違和感もないだろう。そういう相手に対して自分たちの経験不足を指摘されれば何も言い返せなくなるのだ。カシムが時々ニヤつきながら、時々言い過ぎるなよお前みたいにひやひやしている。
「今頃彼女たちは美しくあるための大事な時間を過ごしている。ソフィアだってそういう時間を持っているはずだが、お前たちそういうの気にしたことないだろ? それか、それが当たり前ぐらいにしかな。その時間を与えようとしたことがどれだけあるのか不安になるのだが?」
こればっかりはカシムの眼が「もっと言ってやれ」と言ってる気がする。三人の若者が目を逸らす。
「野営してるし、大事なことはいろいろあるからな。気持ちはわかる。でもな、せめて死ぬ時は綺麗な顔と身体で逝きたいと思うだろうことぐらいはわかるだろ?」
カシムも含めてハっとする。まぁ、お灸は据えた。
今ここにはライラだけが付き従い、晩酌の手伝いをしている。俺の客人扱いで冒険者たちの分も世話をしている。
「お前ら、ライラが酒席の用意するのは当たり前だと思ってるよな? まぁ、間違いではないがな、ライラは俺個人のメイドだが護衛でもある。奴隷でも契約でもないのには気付いてたか?」
「なに?! むっ? 契約紋が無いだと? それはいったい」
契約紋の無い使用人がいないわけではない。それは信頼の証ではある。ただ、護衛を兼ねるほど身近に置くなら契約で縛らないと危ないということもある。
「しっかりしろよ。ライラは完全に自由意志で今ここに立っている。言ってみればお前たちと同等だ。俺はライラに報酬としての対価は支払っているが、それだけだ。ライラは完全に自由だ。今やっている全ては彼女の意向でもあるし、俺の命でもある。お前たちの給仕はな、実はライラは仕方なくやっている。与えられるもの全てを当たり前に受け取るな。命を落とすぞ。まぁ、俺は主人としてゲストをもてなす義務はあるけどな。なぁ、これって宴会かなにかだっけか?」
全員の目を見渡す。冒険の野営と言っているのはお前たちなんだけどなぁ。見張りは必要と言いながら酒飲んでるし。言ってることとやってることが中途半端だぞ?
「ライラは俺に従順だ。それの常軌が逸していることに気付いている者はいたか? 今俺が望めばこの娘はどんな要求にも喜んで応じるぞ。どんなことにも喜んで、だ。この娘は俺の要求に応えることに喜びを感じるために俺の側にいるだけの存在だ。ライラ喜べ」
そう言って傍に立つ彼女の腰をまさぐる。
ライラの恍惚の表情を見て唖然とする若者たち。
ライラの手を引いて座る俺に向かい合わせに跨らせる。十歳の黒髪長髪の女の子にしか見えない子供の上に十七歳の青髪メイド服の美少女が歓喜に震えながら跨り、しな垂れ掛かる。そうして欲しくてたまらない相手に求められることは何物もにも変え難い喜びだ。。そのご褒美を他人に「どうよ? 羨ましいでしょ?」と見せびらかしてさらなる愉悦を感じる異常者だ。
「わかったか? ライラは俺に害をなすであろう者を良しとしない。お前ら、飲食物に毒を入れられない保障が無いぞ? 近衛やメイドとはそういう存在だ」
「いやいやいやいや、そういう存在じゃないだろ!? 貴族のメイドなんか貴族教育を受けた貴族のご令嬢だろ?!」
「まぁ、そういうのもいるだろうけどな。ライラだって文句なしのご令嬢だしな。どうだ? うらやましいだろ? これはもう俺のお気にだからな。絶対にやらないからな! 平和だっていうならわからんが、危険な場所で俺に娘がいたとしてメイドを付けるならライラみたいな娘を付けるけど、お前たちならどうする?」
そう言うと誰も何も言えなくなった。
「え? ってことは、そのコも戦えるってこと? そんな若くて綺麗なのに?」
「それはどうだろう? 若くて綺麗なのは間違い無いがな。とにかく、お前らは冒険者なんだから、常に自分に出来ることは自分でやれ。高貴な自分でいたいなら常にどんな相手にも敬意を持て。敬意を持てない相手だけ見下せよ。酒を注がれるのを待つな。隣の者の酒は注げ。注意を払え。感謝しろ」
「面白い。そうして来たつもりだった。野に下ったつもりだった。俺とお前の何が違って俺の目は曇っているのだ?」
「うーん、それはな、生まれた時に既に身分制度があり、お前がそれを当たり前だと思ってるからだ。今は奴隷や身分制度を気にしていないと思ってるだろ? 俺から見てもお前たちはその通り生きているよ? ただな、どうしても自分の立ち位置が上になってるんだよ。無意識にな。いや、勘違いするなよ。お前たちは間違ってるわけじゃない。俺とは少し違うだけだ。俺は庶民だからな。カシムと俺が似てるのはそのせいだ」
「俺!? いや、お前と俺はぜんぜん違うだろ!」
「な? 似てるだろ? カシムは俺のことを上だと思ってない。貴族かそうじゃないか、それぐらいしか気にしてない。俺と同じだ」
「あなたは、彼女たちを奴隷として見ていない?」
「見てるよ? だれがどう見ても奴隷だろ?」
「いえ、だったらもっと酷い扱いをするでしょう。同じ卓で食事をしないでしょう。なぜですか? いつか奴隷じゃなくなることを想像している? 対等になる日を考えて今から接しているのですか? 彼女たちを許す日のことを? あなたの愛する人に刃を向けたことを許せるのですか?」
「だから悩んでる。まったく、厄介な事をしてくれたよ。実際さ、婚約者たちに危険はなかったからね」
ライラの手を取り立たせる。身体から離れた瞬間からメイドであり護衛であり殺し屋に戻った。
「実際に目の前でのあの戦いが危険のない争いだったと? あなたは今この瞬間も危なくないと言う。ソフィアに言いましたよね? 半径数百メートルを安全にすればいいのか、と」
さすが、安全に関する情報共有はしているね。
「言った」
それ以上は言わなくてもいいことだ。俺だってこいつらのスキルを知らん。
「まあ、わかった。俺たちは俺たちのやることをやるだけだ。どうせ明日からの竜車の中も休むだけだしな」
「うん。暇な車内の過ごし方は考えておいた方がいいからね。さて、男同士の語らいも彼女たちは俺に必要だと寛容に許してくれる。だが、それに甘え過ぎるのも良くないし、俺自身もあの中にいる方がお前らといるより楽しいだろうからな! そろそろ行くよ。今夜はまだ初日だ。旅の間中、ここにある飲み物と食い物は全部好きにしていい。楽しく見張りをしててくれ。女の扱いについてはカシム先生によく教わっておけよ! じゃあ、また明日。おやすみ」
完全歳下に散々コケにされた若者達が苦笑いで夜の挨拶を口にした。
歳上の男たちに向けて偉そうなことを言った俺は今から彼女たちの前で何もわかっていないダメ男に成り下がるのだ。
面倒な奴隷たちの問題は未来の自分に先送りにしてライラと手を繋いで母屋までの短い道のりの夜のデートを楽しんだ。これって浮気になるのかなぁ?




