第228話 お人好し
「ねえ、これではちょっと軽装すぎて心許ないんだけど」
ソフィアが抗議の声を上げる。肌着の上に膝下までのやわらかく着心地の良い、淡い薄い緑のグラデーションの半袖ワンピースを着ている。足元は低いが踵のあるサンダルだ。この世界にはまだないデザインだ。ちなみに色はソフィアが自分で選んだもの。とても可愛らしく、現代的なデザインで、夏にぴったり。超絶美少女に着せることができて俺は満足だ。
「まぁ、そうは言ってもノリノリで色を選んでたし」
「うっ! それはそうなんですけどぉ」
「ソフィア、あきらめなさい。コイツが大丈夫って言ったんだから大丈夫なのよ」
薄いピンク色のグラデーションのワンピース姿のサリアがふわりと髪をかき上げながら言った。かわいい。
「にゃははは。ソフィアはロックとの野営は初めてだものね。怖いのはわかるけどね、力を抜いてぜーんぶロックに任せておけばいいのよ。今ここはね、世界一安全な場所だからね!」
「なんだかものすごーく不穏な言い方だなぁ。ソフィア、本当に大丈夫だよ。この場所の、そうだなぁどうしよう? 半径百メートル? 二百メートルにしようか? 魔獣も危険動物も近寄らせないから。あと、虫もいないでしょ? これは俺とサリアとシェリルがやってるから。え? オルカもできるの? すごいよオルカ! さすがだ!」
青のグラデーションのワンピースを着たオルカを抱き上げてクルクル回る。
「あー、またなにかやってるのね?」
ソフィアがちょっと信用してくれてそう。
「そういうこと。それでも何か不安があったら言ってよ。装備は向こうに行ったらすぐに返すからね。着ていたものはウチの方で洗っておくから」
「あー、さっきの、ね」
「あら、ソフィア、肌着は処分していいわよね? 今着てるものの方がいいでしょ? これにしたらもうあのゴワゴワしたやつには戻れないわよね?」
ソフィアだけでなく奴隷女中もモジモジしていた。
「いいのよ。ロックにもっとあれをちょうだいっておねだりなさい。この男は女にそういう願いをされると断れないから。その代わり、しっかりと目を見て二人きりの時に言うのよ? じゃないと本気の願いだとは思ってもらえないわよ」
ものすごく酷い野郎扱いされているがそういうことならウェルカムだからにこやかに受け取っておこう。サリア、ナイスアシストだ。そして、晩飯後のお茶を飲んでいる時にソフィアがそっと近寄って来て耳元で懇願したので快く下着を融通した。とりあえず一週間分ほどだ。足りなくなったらまたいつでも言ってくれと伝えるのを忘れない俺。お代わり希望!
遠くでサリアがドヤっていた。サリアは俺がソフィアにそう言われて喜ぶところを見て喜ぶという高等技術を使いこなしていた! さすが人の心を弄んで愉悦を感じる癖がお強い第四婦人。かわいい。
さて、晩飯だ。既に風呂を知ってる野郎共も長風呂だったっぽいが、女中も付けずにだいぶ放置していた。まぁ、女の支度は時間が掛かるものだ。許せ。
「人数が多いから思ったより時間を食ったな。おまたせ。夕食にしよう」
ライラと打合せながら出来立ての料理を次々に【排出】していく。時間が無い時用の豪華食事セットも当然準備済みだ。東屋のテーブルセットを丸テーブルに変更。長テーブルに各種料理をセット。そう、この世界にはまだない『ビュッフェ』スタイルだ。サラダやステーキや焼いた丸鳥の切り分けなどはライラがメインとなってサービスを提供する。
「よし、準備できたよー」
「早っ! え? 準備開始から五分も経ってないんだけど!? うわぁおぅっ!」
カシムが相変わらず盛り上げてくれる。芝居には見えないけどきっと気を使ってくれているのだろう。
「これはね、家名口上の時にやったのと同じでビュッフェスタイルっていうんだ。好きなものを好きなだけ取って、何度でもお代わりして食べていいんだ。この料理を楽しむコツはね、まず第一に、お代わりすることを恥じてはいけない! 特に俺の前ではね。それ、意味ないからね」
ソフィアと奴隷女中に向かって言う。
「たくさん食べるためのワンピースでもあるから!」
そう言ったらその四人がハっとした顔になった。サリアが「またお前は適当なことを」という顔をしていた。
「そしてもうひとつのコツは、一度にたくさん取り過ぎないこと! 初心者がやりがちなんだよね。同じものを大量に取ってしまって他のものが食べられなくなったり、食べきれなかったりね。最初はどれぐらい盛ればいいかわからないだろうからライラに任せるといいよ」
そういった説明の間にライラがとりあえず最初のプレートをどんどん作ってくれていた。それをビュッフェ初心者に配る。その間にも女中が飲み物を配る。
「じゃあ、とりあえず旅の最初の晩餐の乾杯をしよう。時間がないから今夜は主催の俺が音頭を取らせてもらうね。明日からは順番にしよう。乾杯の時に翌日の乾杯の音頭を取る人を指名することにしようか。さて、みなさん。皇都までの旅が始まりました。まず最初の夜をみんなで元気に迎えることが出来たことを喜びましょう。せっかく一緒に旅をするからね。お互いこれが良い機会になることを祈って。明日の音頭はロイド、頼むよ。乾杯!」
「乾杯!」
「うっま! なんだこれ! 冷え冷えじゃないか!」
「うむ。熱々の料理がすぐに出るのだからな。冷えた飲み物が出るのは道理から外れた道理だな。ふっふっふ」
ロイドが自分の冗談に笑っているのを見てソニーとカシムが驚愕の表情をしていた。いや、笑ってやれよ。
男たちは危険な野外で女性たちが無防備ともいえるそろいのワンピースで現れたことに仰天して、危険じゃないかと訴えてきたが「お前らが守れば問題ない。ここには魔獣はいないから森の中よりぜんぜん平和だ」と言ったら一応納得した。そして宴が進むにつれて華やかな女性に囲まれていることに気が緩むのだった。女慣れしてないの怖いな。お前らまで緩むなよな。
「おまえら、野菜もしっかり食えよ。冒険者の身体を作るなら野菜だぞ」
「いやいや、肉だろ!」
「だからー。肉は普段から食ってるだろ? それをやめろなんて言ってないの。野菜も食えってこと。お前は獅子じゃないだろ。人間は人間の食う物をしっかり食わなきゃダメだぞ」
「ほう、それはおもしろい。言われてみればたしかにそうだ。獅子と同じものを食ったからといって獅子になれるわけでも獅子のように強くなるわけでもないからな」
ロイドが大量に野菜も食い始めた。
「ふむ。生の野菜も美味いな。このソースがいい。なぜどこにも生野菜の料理が無いのだ?」
「掛かってるのはドレッシングね。いろいろな味があるから少しずつ試して一番美味いもの探しなよ。あと、生野菜の料理が無い理由ね。生野菜は採れたてじゃないとダメなのと、よく洗ってから食うんだけど、必ず魔法の水を使うこと。じゃないと腹を壊すか、下手をすると死ぬからね」
「ああ、そういう理由なのですね。病は水が原因なのですか」
「そう。昔からの知恵は正しい。理由がわからなくてもやり方が正しければいいということの好例だ。その理由というのが水だ。どんなにきれいに見える水でも必ず火にかけて沸騰させるんだ。最低五分だが、十分沸騰させ続ければまぁ大丈夫だ。生水で飲んでいいのは湧き水で、それも湧いた直後のものだけだ。魔法で水が出せるならそれを飲めば絶対に大丈夫だ」
「それもきっと理由があるんだな。水の何が悪いのだ?」
「理由、あるけどね。うーん。水はすべての命の起源だ。水の中には目に見えないほど小さい生き物がいる。しかもとんでもない数な。それが腹に入ると暴れる。だから沸騰させて全部殺してから使えば大丈夫だ」
「目に見えないほど小さな生き物? 風呂は沸騰はしていないぞ」
「そいつが身体に入っても身体が勝てば問題ない。要するに食ってしまえればな。胃袋が溶かしきれないほどたくさんいるとマズい。水なんかあっという間に胃を通過するから危ないんだ。風呂な。飲むなよ?」
「そういや、お前、俺らにしつこく手を洗わせるよな」
「まあなぁ。お前らの胃は強いから今まで生活が出来てんだから何も変える必要は無いといえば無い。だけどな、たとえば病で弱っている時とか、自分以外の人間にも同じことが出来ると思うなよ? 最悪なのは弱い赤ん坊や子供に同じことをさせて殺すことだ」
「なんだと。まさか、そんなことで? いったい今まで何人死んだんだ? 死なせたんだ?」
「ロイド、深く考えるな。知らなかったことを悔いてもそれこそ時は戻らん。ものを疑問に思い、知らぬ事を新たに知ることは人を導く者に必要な資質ではある。知ったことを活用することもな。ただな、盲目的になるのはどうかとも思うぞ? お前ら、俺のこと信用し過ぎだ」
そう言ったらみんなが笑った。
「はっはっは! お前な、自分から自分を信じるなとかいうお人好しは見たことねーよ! わっはっは!」
カシムが大笑いしているけどさ、いやいや、こいつらチョロすぎるぞ?! そう思ったらサリアとライラが俺にだけわかるようにニヤリとした。かわいい。
「ロック、わたしたちそろそろ中に入るわ。夜更かしはほどほどになさい。男同士の飲み会なんてロクなもんじゃないわよ」
嫌味だらけだが「たまには男同士の馬鹿話でも楽しんでいらっしゃい」って言ってくれてる。かわいい。
母屋に戻る彼女たちは少し俺に触れてから歩み去る。この辺が前世の生活習慣と違うところだ。照れも遠慮もない。俺も「違うよなぁ」とは思うが違和感も無いし俺もそうしている。心穏やかだとまだ時々「前世では」と思う時がある。最近ではそれを余計なことと捉えている自分に気付く。俺は今の環境によほど満足しているらしい。
ライラだけを残してサリアが女性全員を引き上げさせた。奴隷女中とソフィアが「でも」と言って母屋に入ることを遠慮する。だがサリアが「いいからいらっしゃい」という女主人としての一言で片づける。ライラが外に残ることで残りの女中は女主人たちの世話役として付いて行かざるをえない。ライラは完全に俺以外の命令に従う理由が無い。ライラは俺の直下という意味では婚約者たちと同等の位置と言えなくもない。オルカも自由で好きにしているが、家族の一員として振る舞う自由だ。
ロイドの頷きひとつでソフィアも母屋での泊まりが決まったらしい。彼女も女友だちだけで過ごす時間なんてそんなにあることじゃないだろう。ロイドはそこまでは考えてなさそうだなぁ。ベッドは俺も一緒になりそうだということは黙っておこう。
俺にとって男友だちとの飲み会は転生最初の夜にウォーカーと過ごして以来だと気付いた。




