第227話 却下
「入るよー!」
「早くいらっしゃい!」
脱衣所から声を掛けるとすぐに中からサリアの声がした。覚悟を決めて自分の服を【収納】して裸になると何も持たずに浴場に入る。
夏だから寒くはないし、もちろん虫もいない。湯気の立つ風呂と見渡す限りの草原。そして全裸の美女たち。すごいよね~。全員が文句なしの美女だもの。今ここに俺のハーレム風呂が完成を見たのかもしれん。もちろん俺の顔はムヒョだ。支配者として堂々と振る舞え!
恥ずかしそうにしているのは奴隷女中ぐらいだ。風呂に入る時、女中や洗い子の前で裸でいることは平気なくせに、対等と思う相手と一緒だと途端に自分の裸を見られて羞恥心を感じるのはなんなんだ? 相手が異性ならわからなくもないが同性でもそうなんだよな。ま、それが身分の高さを表しているともいうけど。ソフィアは覚悟を決めているのか婚約者たちと同じように平気そうにしている。
とりあえず自分に熱い湯を降らせて立ったまま頭をガシガシとやろうとしたら手を引かれた。ライラだ。
一緒に頭から湯を浴びながら手を引いて洗い場に連れて行かれて座らせようとする。
「あー、ライラ、先にサリアを洗わないとダメなんだ」
「かしこまりました。マイ・キング」
サリアの座っている後ろにイスを置かれたのでそれに座る。あらためてシャワーを降らせる。髪がじゅうぶん濡れたところでシャンプーを泡立ててからサリアの薄桃色の髪をやさしく洗う。
洗い場の全てに鏡が設置されている。気が付くとすぐ隣にソフィアが座った。
「あれ? まだ洗ってなかったの?」
「え? うん、もう一回洗いたいなって」
俺がサリアの髪を洗っている横でマリナリアがソフィアの髪を洗い始めた。時々ライラが指導している。
「サリア、どう?」
「ん~、いいわね。気持ちいいわぁ。特にアンタに洗わせているっていうところがイイわね」
なんという傲慢! だが! そこがいい!
隣ではライラの指導を後ろから新人奴隷が真剣に見つめている。
「いや、見てないで自分たちも洗いなよ」
「え? それは」
ローレライが驚いたように声を出す。
「いや、風呂入りな。一日中御者台にいたんだから髪も汚れてるよ? 洗ってやろうか?」
「いいいいえ、いえ、我々は『洗い子』ではないのですか!?」
全裸のローレライ元子爵家令嬢が戸惑いの目で聞いてくる。うむ。鍛え抜かれたアスリート体形の女剣士は美しいね。でもまぁ、キュロスを見て驚いたろ?
「洗い子だって風呂に入るでしょ」
「いえ、洗い子は風呂に入りません」
「は? なんで? 洗い子が汚れてたら洗われる方が気分良くなれないでしょうに」
そう言うと理解不能というような顔になった。
「しかし、高級な石鹸は使用人が使えるものではありません」
「あ、そうか。なるほど、そういうことね。じゃあ俺のところは使っていいからドンドン使って」
サリアの洗髪中にこれ以上他のことに意識を持っていくと怒られる。
「みなさん、当家に仕える女中は全員が石鹸を使用して毎日風呂に入ります。自分自身を身綺麗にしておくことは御主人様を喜ばせるための義務でもあります。己が女であることを常に忘れてはなりません」
「さすが俺のメイドだ。身の回りのことはライラに任せておけば完璧だな!」
でもなんか俺の癖っぽい言い方はどうなんだ?
「過分なご評価をいただき望外の喜びに御座います。本来であれば女中頭の領分のことにつき余計な口出しのほどご容赦を」
「そうか。ではこの旅の間だけ特別に可能な範囲で女中頭も兼任してくれないか」
「しかしそれはマイ・キング」
「望みの報酬を出そう」
「喜んでお引き受けいたします」
食い気味で返事をする怪しい使用人。新人奴隷が気安い主従のやりとりと、舌なめずりをしながら主を見る己が欲がダダ漏れのメイドに目を白黒させていた。
そして奴隷女中に温泉作法をきっちりと仕込むライラだった。まずはソフィアを磨き上げて湯舟に送り出すと今度はセイレインを使って実施訓練。
途中、サリアを洗い終わった俺をシェリルが洗いだした時にひと悶着があった。
「奥様、それは私どもが」
そう言ってローレライが手を出そうとした。
「ローレライさん、私を奥様と呼んでいただけたのは嬉しいのですが、それはお譲りできないわ。この方の浴場でのお世話は私だけのものなの。ごめんなさいね。これだけはたとえ皇族のご命令でも聞けないわ」
堂々と不敬で謀叛を想起させる言い方にぎょっとする元貴族令嬢たち。
「はっはっは。お前たち、まだ皇帝とか称する無能のことでビビってんのか? お前ら、誰に何をされてこれから自分たちが何をしようとしているか本当にわかってんのか? どうもお前らを見ていると遊んでいるようにしか見えないんだよなぁ」
自分たちの命懸けの行動を遊びと言われておもしろいわけもなかった。
「アリテウスなんて馬鹿だろ。そいつの顔も見たことがないがな、どう考えてもそんな奴より俺の方がよっぽどマシな政治ができるぞ。代わってやるつもりはこれっぽっちもないけどな。そういうのはやる気のある有能なやつがやればいい」
一度洗われて綺麗なシェリルの身体を軽く洗い返してふたりで湯舟に歩く。ライラがあとを着いてくる。
オルカが風呂の淵に座って振り返りながら一部分が赤くなりつつある草原を飽くことなく見ている。湯舟の中、近付いて白い両足の間に入って太腿にアゴを乗せて同じ地平線を目で追う。薄い脂肪の奥にしなやかで強靭な筋肉を感じる。弾力のある、ほど良い肉付に満足する。あの頃のガリガリに痩せ細った足の欠食児童はもういない。
しばらくそうしていたらオルカの身体が倒れ掛かってきてそのままふたりで湯舟に沈んだ。
「ぷは。のぼせそうだよ」
風呂のヘリに横向きに座って右足だけを湯舟に入れる。背中で同じ格好をしているキュロスにもたれかかる。
「ふふふ。まーったく。こんなところに連れて来て、あたしにこんなことさせるなんて。ホントに人生おもしろいわー」
サリアが俺の前にノシっと入ってきて湯で暖まった身体を預けてくる。
「これよ、これ。アンタがわたしを連れて行くって言った時に目に浮かんだ景色だわ」
「うん、そうかもしれない。でもね、サリア。これはその内のたったひとつにすぎないよ。これで終わりじゃない。旅はまだまだ始まったばかりだ」
サリアとキュロスの身体がブルっと震える。
「良いわぁ。そういうの、もっと聞かせなさいよ。そうしたらアンタが行く道をわたしが全部燃やしてきれいにしてあげるわ」
そう言って俺が回している腕を両手で掴んで美味しそうに歯を立てた。
ふと気配が揺らいだ感じがして振り返ると湯冷ましのためか後ろに立つセイレインと目が合った。
「セイレイン、言いたいことがありそうだな。発言を許可する。なんでも言っていいよ」
「なぜ私たちを連れて来たのですか」
身体を起こしてセイレインに向き直る。キュロスとサリアがスルリと湯に入る。代わりに風呂に浸かっていたオルカとシェリルが俺の横に来る。熱い身体に触れて俺の体温も上がる気がした。
「気になるだろう。だが、すまないがその答えは俺にもまだわからない。皇都に元々用があるのは本当だ。だから今回もそれがメインではある。そこに争乱の話が紛れ込んだだけだ。それ自体は俺には大したことじゃない」
「辺境伯爵と皇帝が攻めてくることが大したことがないとおっしゃいましたか?」
「うん。そうだよ。俺個人の話でいうとまったくどうでもいい。見てわかる通り、俺たちはいつどこにでも行ける。追いつける者もいない。そして、何千、何万の大軍と対峙しようとね、俺は負けないんだよ」
「いつでもどこにでも逃げられるというお言葉に関しましては、今のこの現状と行軍速度を体験すれば信じる根拠があることは理解できます。しかし」
俺は口に人差し指を当てる。
「今朝の出発前の時点で俺が同じことを言ったとして、お前は俺のその言を信じたか?」
「……いいえ。おそらく信じられなかったでしょう」
「うん。正直で大変よろしい。素直な人間は可愛い。なんとかしてやりたくなるね。さて、後半の話だな。それはこれ以上話してもしょうがないだろう。俺は出来ると言った。俺がそう思うからだ。誰かにそれを信じて欲しいとは思っていない。そして、お前たちを連れて来た理由だな。お前が俺に頭を下げて自分の身分を打ち明け、東の両親の元に戻してくれと言えばそれは叶っただろう。もちろん、相応の対価はいただくがな。俺は商人だから。それをお前は俺の個人的な空間である竜車を奪い、俺の愛する婚約者たちに刃を向けたのだ。お前たちを許すに足る理由があるなら聞こう。この国を統べる皇帝を馬鹿と言う俺を納得させられる言葉を持っているなら弁明の機会を与えてやろう」
全裸で直立不動の高位貴族の娘が唇を噛むしかなかった。見誤ったのだ。最後の最後に間違えた。それは、一刻も早く帰るというそれだけのことに盲目になった故かもしれない。三人で戻ったところで何の役にも立ちはしないのだ。ただ、死に場所を求める行為なだけだ。だから盲目的に行動したのだ。婚約破棄されたその足で勘当の手続きを取って馬車を走らせた策士はもういなかった。
俺のことも女の子にしか見えない小さな子供と思ったのかもしれん。いま、この少女にしか見えないだろう子供の身にしなだれかかって侍る五人の美姫たちを見て圧倒的な何かの差を感じているだろう。
この小さな男に全面的に全てを委ねている女たちと、そうしなかった自分たちでこれだけの差が出来たのだ。
この世界は一度目のチャンスさえ無いのが普通だ。お前たちはその有意な機会を逃したのだ。さあ、取り戻せるか?
「閣下! 恐れ大き事ながら我が願いをお聞きくださいませ! 不肖、ローレライ・バルベリーニ! 女子としては硬く、御満足させ得ること叶わぬかもしれませぬが! 未だかつて一度も男を許しておらぬ清き身体でございます! この身の隅から隅までを、生涯に渡り貴方様に捧げさせていただきます! どうか、どうか! セイレイン・ロードリンゲンを両親の元にお届け下さいますよう、お願い奉ります!」
「マリナリア・グローブナー! 先のローレライ・バルベリーニの言と完全に同義にございます! よろしくお願い申し上げます!」
全裸の女騎士が立膝を着いて騎士の礼を取る。
全裸の魔法少女が土下座をする。
「却下だ。残念ながら今のお前たちはすでに俺の奴隷だ。もうお前たちの全てが俺のもので、それは当然お前たちのその清いという身体を俺が今すぐに汚すことが出来るということだ。お前たちの言葉に価値は無い」
セイレインが口を開きかける。
「セイレイン、お前も俺の奴隷だ。どうもまだ奴隷というものがどういうことかわかっていないようだな。まだ時間はある。よく考えろ。それとも俺が直接その身体に教え込まねばならんほどお前たちは愚かなのか?」
顔を上げることができない三人をライラが連れて行く。
俺はそれからゆっくりと気分良く風呂と景色を楽しんだ。




