第220話 紳士非紳士
ベルガーが「で? どうしますか?」と視線で訴えてくる。うーむ。人数が多くて部屋に入れるのも面倒だ。前庭にあるいつもは適当にバーベキューなんかをやる東屋に移動させる。向こうの護衛役だった若い冒険者たちも、突然泣き出したクランマスターにどうしたらいいかわからなくなっている。
夕闇も迫ってきたのでクラン所属の奴隷女中たちがデカい鉄板で肉と野菜を焼き始める。エールも出す。若い冒険者たちは突然始まったバーベキューパーティーに戸惑いを隠せないでいるが、視線はボア肉の串焼きに釘付けだ。
俺は『誓いの剣』から少し離れてバリウスたちに紛れて席に着く。オルカとキュロスに挟まれて適当につまむ。ライラは相変わらず後ろにいるが、キュロスとの間に立っているので、ワンチャン俺じゃなくキュロスに就いているいるように見える、かなぁ。
しばらくするとカシムがやって来たので、キュロスが気を利かせてクランの連中のところに酒を持って顔を出しに行った。カシムが俺の隣りに座るが、奴隷のバリウスたちとメシを食うことは気にもならないみたいだ。こいつの出自が気になるところだ。
こっちのテーブルで密かに乾杯して勝手に晩餐を始める。向こうのテーブルはボソボソと話していてよく聞こえないのでカシムの解説に任せた。
「えーと、ロックってどこまで知ってるんだっけ?」
「いや、なんにも知らないよ。この前話したのが全部」
「そうか。まず、あのゴダンって名乗ってたジイさんの本名はコナンってんだ。ロイドの家、オルレアン伯爵家の重鎮というか、叩き上げの重戦士だ。元は平民だったけど腕一本でのし上がったっていう豪傑だ。騎士爵に任命されてる。自分には嫁もなく、当然子供もいなかったんだけど、面倒見が良くてロイドとか貴族の子息たちの武術師範みたいな役目をやってたらしい」
酒と肉と野菜がドンドン回され始める。ロイド達を挟んで向こう側には『南の守護者』の連中のテーブルがある。そこにも容赦なく酒と食い物が並び始める。若い連中が手を付け始めると、あまりの美味さにもう手が止まらなくなり、遠慮なく飲み食いを始めた。
ありゃ護衛っていうより社会勉強の一環ぐらいで連れて来てんな。確かにゴダンってのは面倒見が良さそうだ。
「で、例の襲撃の日な。こりゃヤバいっていち早く悟ったコナンじいさんが独断で部隊を離れて単騎でロイドたちを守りながら城から逃がしたんだ。すごかったらしいぜ。最後の最後に戦線を突破した後に殿になって敵を足止めしたお陰でみんなで逃げ切れたんだとさ。で、てっきりお互いに死んだと思ってたところでアレだ」
「へー。カシムってそれは聞いた話なんだよね? ロイド達とは長いの?」
「ああ、それなりに長いよ。俺はその時は街にいたんだ。悪ガキやってたからな。なんでもやって生きてたぜ。俺は燃える街から脱出した生き残りのひとりだからな」
「おー! すげー!」
「まぁな! そんでしばらくしてヘマやったところに冒険者になったばっかりのロイド達がいて拾われたんだ。まあ、いろいろあってこいつら腕はあるけどなんか危なっかしくてよ。その内そんな内情知ってさ、今に至るのよ」
めちゃくちゃ端折ったな。いつかその逸話を笑って話してくれる日が来るだろうか。
「カシムたちってグランデールに来て何年だっけ?」
「俺らはここに来て三年ちょいだな。ここの西側が金になるって聞いて居着いたから他の地域のことはまったく知らなかったぜ」
「ふーん。ここもずいぶんと風通し悪い変な街だからなぁ。さて、明日っからどうなることやらだなぁ」
「俺はさ、逃げるのも食うのもギリギリだなって時に拾ってもらったからよ。ロイドの旦那には返しきれねー恩があるんだわ」
だからお前には付いて行けないと言われた気がした。
「そっか。まぁ、そっちが落ち着いて暇になったらいつでもこっち来なよ」
「そうだな。俺には貴族の世界とか理解出来ないし、したくもないからな。そんときゃ世話になるぜ。それはそうとよ、お前、すげぇな。見ろよ、ロイドが笑ってるぜ。あれはお前がやったんだ」
酒を流し込みながら涙を拭い続けるゴダンと差し向かいで笑顔で酒を飲むロイドがいた。ソニーもダッジも感極まっている様相だ。命を懸けて血路を開いた老戦士との再会など、この文明の遅れた世界では奇跡以外の何物でもない。
捕虜交換の話はこのあと再開するのかちょっと心配になってきた。
「次はソニーとダッジもなんとかしてやりたいんだけどよ」
カシムくんも大変だね。
「あの二人もお堅そうだもんね。大変だね!」
「ちぇ、そうだよな。お前には他人事だよな。みんな元貴族っていうのが足枷にもなってんだ。貴族はこうあるべき、とか、死んでいった者たちに、みたいな。まぁ、お前には一番大変なところをやってもらったからな。あとは俺がなんとかすらぁ」
「あー、どうでもいいけど俺の周りの女には手を出すなよ。屋敷の女中とかモールの店員もな」
「えー? 女中とか店員はよくないか?」
「もちろんいいよ。一生面倒見て、一瞬でも彼女たちに不幸だと感じさせない自信があるならね。遊びで手を出したらどうなるかは知らない方がいいぞ」
「なるほど。そういうやつね。お前はこの国の貴族にはまったく似ても似つかないけど、どこの皇族よりも貴族っぽいな」
「そういえばさ、みんな金は持ってるんでしょ? 最高級娼館『一夜の夢』に行ってきなよ」
飲み食いしているバリウスたちの動きが止まった。こいつら聞こえないフリしてしっかり聞いてやがる。
「おおー?! その手があったか。でもよ、あそこは一見は入れなくないか?」
「そうなの? あー、正規ルートでは入ったことないからなぁ。作法もルールも知らないんだよな。スティング、知ってる?」
「えあ?! あ、あそこはなぁ。俺らみたいなのは敷居すら跨げないんだよなぁ。中に入れるヤツの推薦があって、その後に店から許可が出たら入れるとかなんとかいう噂があるだけだな」
「ふーん。ま、あの二人なら大丈夫だと思うから一回聞いておいてやるよ」
「マジか! そりゃ助かるぜ!」
「カシムはどうする?」
「え!? 俺?!」
カシムの頭の中を何かが駆け巡っている。
「いーやめとく!」
スティングたちから「はぁ?! なんでだよ!」とブーイングが飛び交う。
「俺にはお高く止まりすぎだぁ。俺はそういうのはいいや」
「めんどくさい」って口に出さなかっただけ好感が持てた。
「そうそう。あそこは手を出すと人生変わるからな!」
スティングたちが身を乗り出して十歳児の娼館話しの続きを聞きたそうだった。この中であの秘密の花園の味を知っているのはこの場で最年少の俺だけだ。全員がいつになく真剣だ。
「お前らもそろそろ消してもいい頃だろ」
バリウスの方を見ながらそう言って左頬を撫でる。バリウスがシニカルな笑顔を見せる。
「ま、そりゃこの騒ぎが終わったらってことでいいさ」
それが贖罪だと言わんばかりだった。スティングたちもそれに関しては何も言わなかったが、やはり気になるものは気になるらしい。
「ボス、俺らキレイになったら店、入れますかね?」
「お前はどーだろーなー! 厳しそうだけどなー」
「ぎゃっはっはっは! やっぱり俺ぐらい紳士じゃなきゃダメだってことだぜ!」
獅子獣人のゴードンが悪人面でドヤっていた。夢を見る権利は誰にだってあるからこれ以上は何も言うまい。
「ロック! ちょっといいか」
ロイドから声が掛かった。




