第219話 お涙頂戴
一時間しっかりとチェックした大型の竜車は家族以外を乗せるのは特別な理由がある時だけだ。俺の中では寝室と同じぐらいプライベートな空間だ。というわけで小型の竜車を使ってクラン本部に移動する。
繋ぐ走竜は白のツヴァイだけ。御者はキュロス。乗り込むのは俺とオルカとライラ。そして『誓いの剣』の五人。ソフィアも出て来た。
正面玄関に行くとソフィアに離れたところに呼ばれた。
「あのね、ロック、その、いろいろゴメンネ」
「ん? なにが? 謝るようなことは何もなかったと思うけど」
「そう。そうね。じゃあ、ありがとう」
それだけ言って恥ずかしそうに馬車に乗り込んだ。
「ロック、御者台座らせてもらうぜ」
カシムが断りを入れてきた。キュロスの隣に座ることへの断りだ。手をヒラヒラさせて乗り込む。キュロスが先に許可を出しているなら構わない。御者の講習会だ。
中に入ると前列に座る『誓いの剣』の面々が内装の豪華さに驚いている。イスとテーブルの使い方を簡単にレクチャーしたところでクラン本部に到着。みんな名残惜しそうに竜車を降りたのを見てカシムが不思議がっていた。ソフィアとダッジが興奮気味にカシムに説明していた。
「お早いお戻りで」
ベルガーがニヤリとしながら嫌味混じりのご挨拶。
「誰かさんと違ってモテる男は忙しいんだよ」
「なるほど。ただ、どうせモテるなら相手はむさ苦しい男じゃない方がいいですな」
「それをむさ苦しいおっさんに言われてもなぁ」
周りの奴隷連中が大笑いした。
ソニーが奴隷の部下との気安い会話に目を見開いて驚いている。野に下って十年も経つというのにいつまでも育ちがいいというか貴族が抜けてないというか。こいつもダッジも一皮剝いてやらないとダメだよな。
「相手はなんだ」
「『南の守護者』が捕虜交換の交渉に来ます」
『南の守護者』は南地区のスラムを仕切る冒険者クランだ。冒険者クランなのに俺と同じように犯罪組織を潰してスラムの治安をコントロールしている。とはいえ、その冒険者たちがどうしようもないクズなんだけどね。
『南の守護者』は十年前、南スラムに流れ着いたひとりの男がきっかけで出来たクランだという。そのデタラメに強い男の名はゴダン。パーティーも組まずにたったひとりでソロ冒険者として活動を始め、瞬く間にランクを上げた。当然、周りから目を付けられる。ちょっかいを掛けて来る輩をことごとく返り討ちにし、不愛想なくせに面倒見が良い故に徐々に慕う奴が現れ、やがてソロのままクランを立ち上げる。
そうしてできたのが『南の守護者』だった。南地区の顔になる決定的な出来事は五年前の争乱。俺が戦災孤児として奴隷にされたあの戦争だ。
侵略され蹂躙された国境沿いの街々を解放するために、グランデールの東西南北それぞれを預かる貴族を頭とする臨時部隊が編成された。スラムの住人で戦える者は男女問わず強制徴収された。当然、冒険者は全員その対象だ。
その時、ゴダンは『南の守護者』だけではなく、広く他のパーティーやクラン、さらにはスラムの住人にも声を掛け臨時編成の部隊をでっち上げた。
強制徴収に来た正規軍は、大荒れも覚悟して突入したスラムで、『南の守護者』を中心に整然と整列するスラム住人に驚くことになる。
ひとり前に進み出るゴダンが正規軍の指揮官に出撃体制の準備完了を報告すると、装備も性別も年齢もバラバラなくせにやけに統率の取れた連中を前にその叩き上げだという指揮官は大笑いし、ゴダンを褒め湛え、その場でスラム臨時軍の指揮官に任命する。
南スラム臨時軍は使い捨てにされることなく、叩き上げ指揮官の下、遊撃部隊として存分に結果を出した。その他の地域の市民兵部隊が壊滅的な損耗率で被害を出した中、南スラムの『南の守護者』に付き従った市民はその多くが再び故郷の地を踏むことができた。
これをきっかけにゴダンは名誉男爵への叙爵を打診されるもこれを固辞。代わりに壁の中での冒険者クランとしての活動許可を求めた。願いが叶い、この五年の間に南スラムの希望者や組織を併合、勢力を拡大しつつある。ただし、自らリクルートや他の組織に対して吸収を持ちかけることはないので、地域全てを支配しているわけでもない。
俺がこれを知ったのはこっちで組織を立ち上げたあとのことだ。聞いて感じたのはゴダンの中途半端さだ。立身出世を求めているわけでもないし、組織を盤石にして地域を安定させようという積極性も無い。いったい何がしたいんだ?
俺が『赤竜の爪』にいた頃のレイド戦でゴダンを見掛けたことがある。最初は槍と盾を持っていたのに、すぐにそれを投げ捨てて、背中に背負ってたデカい戦斧を両手それぞれに持ってぶん回して無双していた。あの戦斧の届く範囲には近付きたくはない。
傷だらけの顔面凶器っぷりではウチのベルガーやオーサーのおっさんとタメを張る巨体のジジイだ。伸ばしっぱなしの白髪と傷だらけの巨体から『白髪巨人』の二つ名を持つ。しかし、その凶悪な見た目からは想像できないほど繊細な組織戦が出来る謎の人物だ。
そいつが捕虜交換が目的でやって来るらしい。
「カシム」
呼びかけるとソフィアとダッジの説明に困惑の表情をするしかないカシムが俺を見た。
「おん? なんだ」
「バリウス! 誰か付けてカシムを走竜のところに案内しろ。カシム、一頭選んで竜車の牽引を繋ぎ代えておいてくれ」
「お、おう」
キュロスを付けてやりたいがここのボスはキュロスだ。当然、ゴダンが会いに来るのはキュロスということになる。ただまぁ、最初からキュロスを出すつもりはない。
会いたいと言ってきたのは向こうだ。こっちには会う理由がない。バリウスを付けたベルガーが相手をすればいい。こっちが奴隷で組織されていることは周知の事実だ。文句は言わせないし、言ってくれた方が俺的にはおもしろい。
「ロイドたちも一緒に行った方がいいかもね。なんかよくわからないけど走竜ってナメられたらダメとか言うんだよ」
「え? こんなにカワイイのに?」
ソフィアがヴァイスを撫でていた。うーむ。よくわからん。
ロイドたちが竜車を裏に回しに行った。そのまま竜舎で走竜選びだ。
俺たちは本部の中で待機。間もなく『南の守護者』が到着と物見から連絡が入る。ベルガーを中心にバリウスの『蒼い月』が側近として対応する。正面玄関前ではシェリルを出迎えた時と同様、本部に滞在している『再生の大地』が整列して待ち構える。
正面に正規部隊のレッドショルダー。入り口近辺は青い腕章の下部組織、ブルーショルダーが並ぶ。奴隷紋の無いブルーショルダーが下部組織となっているのも変だけど組織の成り立ち上しょうがない。
『南の守護者』の到着が告げられ正門が開けられる。
一頭立ての馬車が一度も止まることなく正門を潜り、『再生の大地』のメンバーに囲まれた前庭のど真ん中に停車する。
御者が降りる前に箱馬車のドアが中から開けられ、ガタイの良い白髪の大男がドスンと飛び降りる。武器は身に着けていない。御者が階段を降ろしたあとに五人の若いパーティーが出て来た。顔を見る限りビビってるヤツはいなさそうだ。
レッドショルダーが三人、それぞれテーブルとイスを持ってゴダンとベルガーの中間位置にセッティングする。
交渉の席のセッティングが終わった三人のレッドショルダーが退くと、ベルガーとゴダンがそこに向かって歩き出す。その後ろをそれぞれの親衛パーティーが付いて行く。
ふたり同時にイスに座る。
「『南の守護者』のゴダンだ」
「ベルガーだ」
周りに聞かせる意味もある。ふたりはいつもより大きな声を出す。
「ウチのもんが世話になってる。引き取りたい。そっちの預かってるのと交換の話にきた」
「そうか。だが断る」
「ふん。理由を聞いてもいいか」
「ウチの者でそっちにやっかいになってるヤツはひとりもいない」
ゴダンが片眉を上げる。
「お前、ゲットーのナンバーツーのベルガーだよな。全員お前の知ってる者だろう」
「なんだお前? 俺個人に話しに来たのか? こんな大げさにしやがって、どう落とし前付ける気だ」
おお! ベルガー! やるなお前! そうだよ、それでいいんだよ!
ゴダンがひとつ息を吐いた。
「そうか。今のは失言だ。取り消そう。なるほど、今は『再生の大地』か。ならば、確かに構成員でウチが預かってる者はおらんな。では、どうすれば返してくれる」
「そんなもん知るか。テメーで考えやがれ。手ぶらでおまけに頭空っぽかよ。お前らがウチの下に就けば同じことだろう」
ピシリと空気が張り詰める。
ベルガーはお怒りだ。手土産も、提案のひとつもなく「返せ」「方法はお前が考えろ」と言ってきたのだ。喧嘩を売りに来たとしか思えない話だ。ベルガーは組織の長であるキュロスと俺を呼びつけている。俺に対して、こんな茶番に付き合わせたという負い目を感じている。
「ほう? 街のチンピラの頃とはずいぶんと変わったな。いや、この時点で手を出してこない方がおかしいのか?」
ベルガーは話さない。というかこちらから話すことがもうない。
引きすぎた弓の弦が耐えられずに切れようとしていた。
冷酷な瞳をした『白髪巨人』の身体がひとまわり大きくなったのかと思うほどの圧が出ていた。巨人が最後通牒のために口を開く。
「お前のところの頭を」「うおおおおおお!どけどけどけどけとまれとまれとまれとまれええええええっ!」
建物の脇から真っ赤な走竜が引く竜車が慌てて飛び退くレッドショルダーたちの間を抜けてふたりのおっさんに向かって突っ込んで行く!
「かあああああああっっ!」
ゴダンが裂帛の気合を発すると、ぶつかる寸前だった走竜が急ブレーキを掛けて停止して、その場で頭を下げて伏せをした。
「うおわぁぁぁ! ぐえっ!」
急ブレーキのせいで前に飛び出したカシムがテーブルを踏んでひっくり返った。
「カシムー!」
建物の横から『誓いの剣』の連中が飛び出す。
「あったたたた」
カシムが痛がりながらも何事もなかったかのように立ち上がる。
「ん? お? わりぃわりぃ、今すぐアレどかすから許してネ」
ひっくり返ったテーブルを戻しながら竜車を指差していつもの軽い調子で戻ろうとする。そこに『誓いの剣』が駆け寄ってきた。
「カシム! 大丈夫ですか!」
『誓いの剣』サブリーダーのソニーが心配そうに声を掛ける。
「ちょっと! 危ないじゃないのよ!」
ソフィアがプンスカしている。
「誰にも当たらなくて良かったね」
ダッジがホッとしていた。
「まったく、肝を冷やしたぞ」
鋼の声には少し笑いが含まれていた。こいつは少し変わったな。思わずドアを開けて外に駆け出てしまったが怪我人もいなさそうなので部屋に戻ろうとした時だった。
「ローダン様! ローダン・オルレアン様ではございませんか! そちらはソナリウス様とソフィーリア様! ドーソンよ、生きておったか」
白髪を振り乱して両目から滂沱の涙を零して大声を出す巨体のじいさんが両手をダラリと下げたままガックリと両膝を着く。
「お前、コナンか? コナンなのか!?」
ロイドが訝し気にゴダンに問う。
「コナン翁?!」
えーと、なるほど? 訳ありってやつか。歩み寄って声を掛ける。
「ベルガー。なんか話が変わってきたみたいだ。一旦、ここは解散させろ」
「ボス、わかりました」
ベルガーがバリウスを振り返ってハンドサインで解散を命じた。
「よし、お前ら! 今日の出し物はここまでだ! 持ち場へ戻れ!」
命令は絶対だ。お涙頂戴っぽいドラマが目の前にあるが、全員が部外者だ。ほとんどの者が「なんだよ喧嘩じゃねーのかよ」といった感じで解散になった。実は俺もそう思っている一人だ。




