第218話 きっかり一時間
モールの搬入口から竜車を入れる。キュロスが走竜に向かって「ここで大人しく待ってな」と命じている。わかったのかわかってないのか「クェ」と鳴いていた。厩番には水だけ出して近付くなと伝える。
すれ違う店員たちに小遣いを渡してモールで大量の焼き菓子を買ってきてもらう。
「ありがとう。これは職場のみんなで食べて」
買って来てくれた店員にもお菓子を渡す。
大量の焼き菓子と共に寺子屋を覗いて子供たちを懐柔する。とは言っても俺は顔を見せない。こどもの俺が子供に菓子を渡したところで効果はない。そういうのはキュロスやシェリルの役目だ。今日はローラにもその役を任せた。子供たちに囲まれてとても困っている姿が新鮮だ。
乳母、教師役の女性の中に見慣れぬ若い女性がいた。身長もそこそこ高いが、青空色の髪と瞳が魅力的なすこぶる良い女だった。さっきからサリアがじっと見つめている。
「あんた。徹底して女しか相手しないのね」
俺と一緒に子供たちから距離を取って見ているサリアが酷い! なんでだよ! どえらい誤解だし謂れなき誹謗中傷だ!
なんかサリアの中で俺が比類なき女ったらしとか思われてないか? そんなに俺がモテる男に見えているのだろうか? そもそも男にも見られないのだが? とりあえずサリアから見た俺はそういう男ってことなのかな。だったらその期待には応えてやるのが男の甲斐性ってやつなんだろう。知らんけど。
「ふふふ。サリアはかわいいね。相手をして欲しい時はちゃんと心と欲情を込めて「欲しい」って言うんだよ?」
「だ、だれがそんなこと言うのよ! 子供たちの前で変なこと言うんじゃないわよ!」
もちろん子供たちに聞こえるようになんか言ってないんだけどね。これはきっともっと言ってくれってことなんだろうなぁ。
サリアの後ろに立っていろいろと言ったら足をガクガクさせてオルカの肩を借りていた。
オルカはサリアに頼られてうれしそうだった。サリアはオルカの師匠だもんなぁ。何の師匠かよくわからないけど。
焼き菓子を配り終えた三人が戻って来る。
「やぁ、ローラ。君には今後、子供たちの相手もお願いするって話だったからね。顔見せにはなったかな。ただね、ひょっとしたらしばらくは会えないかもしれないけどね」
「それはどういうことでしょうか」
赤銅色の髪と瞳が真っ直ぐ見つめる。うーむ。真面目か?
「まぁ、すぐわかる。とりあえず今日一日、何でもいい彼らに何か教えてやってくれ」
走竜の慣らしがてらこれで三人の顔も覚えた。そろそろ屋敷に戻って旅用の大型の箱馬車の到着を待とうか。あとは、あいつらどうなったかな?
モールから屋敷は本当にすぐご近所という感じで一瞬で帰宅。帰りは御者席に乗ってみた。小型馬車はふたりが並んで座れるぐらいのベンチシートだ。もちろん、硬い板っ切れなんてことはなく、程よいクッション性と背もたれ付きです。
正門から入って馬車回しに入ると、使用人に混ざって見知った顔がある。
「おかえりなさいませ。旦那様」
まずはオズワルドがにこやかにお出迎え。主人を玄関前で出迎えるという当たり前な仕事を喜んでくれている。
「ただいま、オジー。変わりはない?」
「箱馬車が届いております。それと、ベルガーから連絡がありました。後ほど人物の訪問があるそうです」
人物? ベルガー経由ってことは冒険者絡みか裏組織絡みだ。
「ということはまたクラン本部に逆戻りか。あまり時間はなさそうだな。さて、ロイド、おはよう」
もう昼もとっくに過ぎた時間だ。『誓いの剣』は目の前に四人しかいない。憑き物が落ちたようなロイドがどうしていいかわからないという風情で俺を見ていた。
「ロック、少し話せるか」
「もちろん」
家族が正面玄関から屋敷に戻る中、ロイドと連れ立って庭に向かって歩く。あちこちにドワーフが庭や外構工事に従事している。庭にポツンと立つガゼボに差し向かいで座る。
「ライラ、コーヒーを頼むよ。ロイドは?」
「強い酒、と言いたいが俺も同じものをもらおう」
シラフでは話しにくいみたいだが、子供相手に酒の力を借りるわけにもいくまい。
ライラが注文を聞いたがその場を動かない。オーダーを聞いた直後にさりげなくハンドサインで母屋の方からこちらを見ている別の女中に発注を掛けているからだ。戦闘女中ちょっと怖いよ。ライラの影響でうちの女中ってばみんなこんな感じになってるもの。ハンドサインが独自に進化しまくってて俺でももう付いて行けない。独自の手話に進化していて、隠語だらけで暗号通信になってるんだよね。なんでハンドサインのやりとりで笑えるんだよ!
飲み物が置かれるとここにはライラを入れて三人だけになる。
静かにコーヒーの香りを楽しみ、ゆっくりと味わう。この世界でこんな時間が過ごせるようになるとは思わなかったなと思う瞬間だ。
「ライラ、美味しいよ。ところで少し男友達と馬鹿話をしたくてね」
「御意。いつでもお声がけください。マイ・キング」
ライラが少し離れる。ロイドがピクリと反応したのはわざとだろう。聞こえないフリもわざとらしい。きちんと聞こえたぞ、とアピールしたのだろう。聞こえた上で知らんふりしてる、つまり許したっていうことだ。ライラがけっこう危ない橋を渡り始めている。だが、悪い気はしない。
「人払い、かたじけない」
俺に言ったのかライラに言ったのか。たぶん両方だ。使用人、女に気を使えるようになったかな?
鋼の男がこの話をどう切り出したものか迷っている。あえて言うなら「モジモジしてる」かな?
「広い屋敷で持て余してるんだ。まだまだ慣れないよ。五人の女性と暮らすにも『夕暮れの泉亭』の部屋で充分なんだよね」
「そうか。お前は欲が無いのか欲望塗れなのかわからんな」
「そう? 俺は俺の欲にはどこの誰よりも忠実だし、素直に欲望のまま生きている自覚があるけどね。ロイドはどう? 欲に生きるのは」
「う、うむ。悪く、ない。それを齢わずか十の少年に教わるとは思わなかったがな」
「いやいや、子供ほど欲には忠実だからね」
「はっはっは。それはそうか」
ロイドがコーヒーを美味そうに飲む。
「ロック。ありがとう。しかし、お前は本当に十歳なのか」
「どうかなぁ。精神年齢は三十とか四十なのかなぁ。それに俺、嫁四人! だからね。あとそこに愛人もいるし!」
声を大きくして振り返るとライラがニコリと笑った。
「げっほごっほ! う、ううん! お前、本当に貴族じゃないんだよな」
「違うよ。ロイドもソフィアも貴族でしょ? まぁ、良かったでしょ。大事なもの、失くしかけてたぞ」
瞳を覗き込む。
「ふー。怖い目をやめろ。わかっている。お前には大恩が出来た。おそらく一生掛かっても返しきれん。今思い返しても背筋が凍える」
「恩は感じなくていいよ。だが、その恐れは本物だからな。忘れるな」
「うむ。嫁が四人と愛人を抱える勇者の言葉だ。肝に銘じておこう。さて、もうひとつの案件だ。ロック、なにをやるんだ。大事な軍議を仲間外れにされてな。何もわかっておらん」
「でもその場にいなかったのは」
「わかった! ひと言余計だった。それ以上言ってくれるな」
顔を赤くするひとりの若者がそこにいた。
「ま、いいか。ん~、元からちょっと皇都に行く用事があったんだ。そのついでに今回いろいろやることができちゃったんだよね」
「お前はついでで戦争をするんだな。それで、だ。俺たちを護衛に連れて行かないか。もちろん金はいらん」
「え? いきなり仕事すんの? 新婚なんだからしばらくイチャイチャしてればいいじゃん」
「いや、おま、け、結婚はしておらん!」
冗談が通じなくて逆におもしろいな。
「似たようなもんだろうに。で? 目的は? 前回は皇都から逃げて来たんだよな? 大丈夫なのかい?」
「ああ、前回はたまたま俺のことを覚えてる奴がいてな。ソフィアと一緒にいることろを見て思い出されたんだ。それでそいつを黙らせたんで逃げ出すはめになっただけだ」
だけだ、じゃないだろ。物騒な奴だな。
「うーん。護衛はいらないなぁ」
ロイドがきょとんとした。一晩でずいぶん人間っぽくなったな。
「いらないのか? ふむ」
「自分が皇都に行きたいってこと? 連れて行ってもいいけど。一生背負う秘密が出来るけどいいかい?」
雰囲気が変わった。スイッチが入ったかな。
「ほう。一生背負う秘密か」
「そう。俺の縄張りを荒らさないこと。俺たちの秘密をバラさないこと。パーティーメンバー全員で守ってもらうよ」
「俺たちの護衛は必要なく、俺たちを連れて行くと言うんだな」
「俺はこの国を必要としない。欲しくないんだ。政治をする気もない。俺は俺だけのものを作る。それには手を出すなよ」
「俺は奪われた物を取り戻す。取り返せないものはそれ相応の報いを与える。それは譲れない。覇を唱えたいわけではないが、奪い返すことで結果そうなるならそれでいい。お前とお前に連なる者に関して見知ったことはあの世に行っても話すまい。もちろん仲間も同じだ。俺を連れて行ってくれ。お前のすることには興味がある」
「いいよ。じゃあ竜車二台で行くか。小型の方を『誓いの剣』で使っていいよ。俺はさっき納車された車体をチェックしてくるから一時間後クラン本部に向けて出発だ。走竜をもう一頭選ばないとね。メンバーも呼んでおいて。走竜を操れないならこの話はなくなるから」
それからきっかり一時間、シェリルと共に大型の箱馬車の納車チェックをした。完璧な仕上がりだった。




