第217話 都会のイケメン
確かに都会の女だった。キュロスと並んでも見劣りしないほどの高身長。赤銅色のフルアーマーを着ているのにスラリとした体躯だとわかるのは、そのアーマーがフルオーダーで体形に合わせて作られたワンオフ品だからだろう。佇まいが洗練されている。きちんと訓練を受け、作法を身に着けた者の優美さだ。
そもそもアーマーの赤銅色は彼女の髪と瞳に合わせた配色なのは一目瞭然だった。黒の差し色と尖ったデザイン、そして全てを射抜かんとする鋭い眼差しが男に触れられることを拒絶しているかのような印象を受ける。彼女の周りには敵しかいない。女の身で公爵家三女の唯一の騎士。どれほど過酷な試練を自らに課してきたのか。
鋭い眼差しは、しかしやはり女性らしさを捨て去ること叶わず、凛として涼やかな印象となり、恐怖を抱くことは難しかった。要するにカッコいいお姉さんで俺の好みに弩ストライクだ。
辺境の旅ではなかなか身だしなみに気を使うのも難しいし、気を使えば使ったで悪目立ちする。わざと手抜きした化粧も地の美しさを際立たせるだけだった。
片手長剣とやや小振りの盾を手に辺境の荒くれ虎獣人と対峙して一歩も引く気の無さそうなその表情から読み取れるのは戦いへの集中か、それとも目の前の戦いだけを見ることでの現実逃避か。
どうも、わざと粗野であろうとしているな。だが、まだまだ付け焼刃だ。だからスティングと同じパーティーの斥候犬獣人のファルあたりに都会者呼ばわりされる。
「注目!」
審判役の獅子獣人のゴードンが俺を見ながら大声を出して直立不動になる。対峙するふたりは構えを解くことなく、スティングだけがスっと後方に下がってから構えを解いてこちらを見た。そこでようやく赤銅色の女戦士もこちらに視線を向けた。
「訓練に水を差して悪いな。ちょっとそこの彼女に話があるんだが。まぁ、訓練が終わってからでいいよ」
それを聞いて嬉しそうにスティングがまた向き合おうとしたらゴードンが声を掛けてきた。
「ボス! 賭けに乗りやせんか!」
「あのなぁ。上官は部下と賭けはやらんもんだ」
そう言うと何人もが視線を逸らせた。あのね、部下に賭けで勝って金を巻き上げるのは賛成しないぞ。お前ら、いつか後ろから撃たれるぞ。
「負けたら威厳を失い、間違えて勝ってしまって金を巻き上げようものなら戦いの最中に後ろから斬られかねんぞ。しかし、勝負に水を差した詫びだ。賭けはやらんが賞金は出そう。勝った方に銀貨一枚だ」
そう言ってゴードンに銀貨を投げる。「うおおお」と盛り上がる馬鹿たち。スティングが勝てば集る気満々だ。だがこれが正しい金の使い方だろう。
女戦士はローラと名乗っている。ローラは片手長剣をクルクルと回す。
対するスティングは両手剣を両手持ちでクルクルと回す。
なんの切っ掛けも無くスティングが剣先を正確にローラに向けて突っ込んだ。ローラからは剣の長さがわからないはずだ。
スティングが獣人ならではの強靭なバネで間を詰めると、鋭く剣を突かなかった。そこからさらにもう一歩踏み込みながらタイミングをズラした必殺の突きが繰り出される。
ローラはスティングが踏み込んだ瞬間微かに身を引いたが、二回目の踏み込みに合わせて前に出ていた。左手の小振りな盾を前面に押し出して、しかし両手剣の突きにはまったく当てることなく、盾をクルリと回してリーチを伸ばすとスティングの右腕を盾の先端で微かに削った。
ローラの片手剣が白銀の線を残してスティングを頭上から襲ったが、両手剣が下からはじき返した。
ガッチュイィィィィン
二人の立ち位置が入れ替わる。一瞬の間のあとにギャラリーの歓声が上がる。
「うおおおお!」「やっちまえ!」
一合の打ち合いでこの盛り上がり。こいつら、打ち合うことも出来ずに負け続けてたかな。
スティングが両手剣を背中に戻す。対するローラは構えを解こうとはしない。
ギャラリーが様子がおかしいことに気付いて叫ぶのをやめた。
「はいはい、終了。スティングの負けね」
みんなポカンとしている。スティングは憮然とした表情だ。
「ボス、なにがなにやら」
ゴードンが遠慮がちに説明を求める。
「まぁアレか。賭けてるもんな。納得できないか。お前ら見てただろ。スティングの右腕に盾が当たったんだよ」
「いや、しかし、掠っただけで」
「これ、なんの訓練なんだ? 対人戦だよな? ローラの盾な、先端をよく見ろ。あれな、鞘だ。わかったか? 打ち合う前にスティングの右腕は使い物にならなくなってたはずだから負けだ。オマケでおれだったらあの先端の刃に毒も塗っておくぞ」
ゴードンに向かって手を出すと預けた銀貨を差し出した。それをローラに弾くと小気味よい音をたてて左手で受け取った。
「当然、賭けは自分に賭けてたんだよな」
即席の賭場と化していたテーブルに銅貨が山と盛られている。いったいいつから追加されまくってるんだ。ローラの視線を感じて振り返る。
「先ほどの御当主様の言に感銘を受けました。目下の者から賭けで財を奪うのはいずれ己の足元を掬うというのは至言です。そちらの銅貨はお返ししましょう。ただこの銀貨は賭けではなく賞金とのことですからありがたく頂戴いたしましょう」
剣を納めながら実にイケメンらしい気風の良さだった。
「そうか。じつに良い教官っぷりであなたがうちに来てくれた僥倖を嬉しく思いますよ。だが、これをこいつらにそのまま返すのは教育上よろしくないな。この賭けは私が引き取りましょう」
ライラがローラの元に行くと金貨を三枚渡した。
「ゴードン。これはローラ教官からお前らへの就任挨拶だ。『金獅子の醸造所』を呼んでこの金で買えるだけの酒を買え。その代わりその酒は今日中に全部使いきれ。都会の女に歯が立たなかった不甲斐ない田舎者の自分たちの弱さを反省しろ! わかったか!」
「ヘイル、ローラ! ヘイル、ラグナロク!」
スティングが叫ぶ。
「ヘイル、ローラ! ヘイル、ラグナロク!」
田舎者の男女が叫び返した。叫んだあとに走り出した奴は醸造所への伝令だろう。
「ローラ、ちょっと話がある。付いて来てくれ」
ここでの用事は済んだ。中庭から正面の馬車回しに歩く。
やがて毛繕いをして大人しく待っている竜車が見えてきた。
「走竜?」
思わずローラが声を出していた。
「まったく。なんで竜が毛繕いなんだかなぁ」
俺にはまったく納得できるものではなかった。オルカが近付くとシュバルツが甘えた声を出して頭を擦り付けていた。
正面玄関に人の気配がするので視線を送るとこちらを見て微笑む女神がいた。手を取ってローラに向かって紹介する。
「ローラ、彼女が俺の第一婚約者のシェリルだ」
ローラが指を揃えた右手を胸に当て軽く頭を下げ騎士の礼を取る。
「名誉商会長様、お初にお目に掛ります。『再生の大地』教官とモール孤児院の指導を仰せつかりましたローラでございます。どうかお見知りおきを」
「ローラさん、優秀な方にお手伝いいただいていると報告を受けております。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「ローラ。自己紹介が遅くなってすまない。俺がラグナロクだ。ロックと呼んでもらってかまわない。それで、走竜にじゃれつかれているのが第二婚約者のオルカ、このかっこいい戦士が第三婚約者のキュロス。キュロスは『再生の大地』のボスでもある。そしてこのかわいい人形のような美少女が第四婚約者のサリアだ。まぁ、為人は今後ゆっくり知ってくれればいい。それなりに長い旅になりそうだからな。よし、じゃあモールに行こう。ローラは御者台でキュロスから説明を聞いてくれ」
ローラが二の句を告げずにいるがあまり時間もないのでとりあえず進行していく。
キュロスが御者台に近付くと走竜たちが立ち上がった。ライラが階段をセッティングしてドアを開ける。俺がシェリルをエスコートすると自然とローラが階段脇に立って護衛位置に付いていた。呼吸するように自然な動きだった。慣れている。
シェリルに続いてサリアをエスコート。俺が入るとライラが続く。オルカが入ると外から扉が閉められた。
やがて静かな振動を感じることで竜車が走り出したことがわかる。ローラはキュロスの横に座ったらしい。
背もたれから肘掛けを出して前方席の真ん中でサリアがふんぞり返ってる。
「まったく。この車いったいどうなってんのよ。さっきの応接室より落ち着くじゃないの」
「それはそうだよ。大事な婚約者たちが気持ちよく過ごせるように俺が設計したんだから」
「ふふふ。なんだか旅が楽しみになってきたわ」
シェリルがゆるい感じでそんなことを言う。目的と目的地を考えるとこれっぽっちも楽しそうな要素がない旅だけどね。唯一の救いはこのハーレム空間に彼女たちと共に四六時中閉じ籠って何をしても誰も文句を言わない時間がたっぷりとあるだろうということだ。
おや? なんだか俺もシェリルの言う通り楽しみになってきたぞ。




