第216話 ご自慢の愛車で
今日使う竜車は街中用の小型のやつだ。大型は仕上げを急がせている。手伝いでウチのメカニックも派遣した。今日は小型竜車に二頭立てだからちょっと不恰好だけどテストだからいいや。
竜車の内装は商会の工房で俺がデザインにこだわって作ったものだ。これはまだ外に出せない社外秘の特別仕様だ。さて、うちのお嬢様方の反応はどうかな?
「あーによ。なにニヤニヤしてるのよ、イヤらしい」
ほう? ずいぶん強気だなサリア。シェリルの横に立つサリアに近付く。サリアがブルっと震えるのがわかった。俺が何を言うのか期待してそうだ。
「サリア、俺の自慢の愛車に乗ればこれがどれだけ君との逢瀬のために考え抜かれて作られたものかわかってもらえると思うよ」
そう言われて早く乗り込みたくてウズウズし始めたのがわかった。
「ロック、私と過ごす場にはしていただけないのかしら」
マジか。シェリルがこれにノってくるのか。今までは赤くなって聞こえないフリをしていることが多かったのに。これは手強くなってきたぞ。いったいどういう心境の変化だ。
「まさか。すべての初めてはシェリルのために取ってあるよ。この竜車が何なのか説明させてもらえる今をどれだけ俺が楽しみにしていたことか。さぁ、中を見てよ。サリア、君は最後だ。そこでよだれを垂らして待っていなさい」
シェリルの左手を左手で取って階段を上がりながらそっと右手を腰に添える。
黒いベールを潜って中に入る。
中に入ると外から見た印象とはまったく違う広さに驚く。外からは前後座席にどう見ても二人ずつしか座れない四人乗りの細身の箱馬車だが、ドアを開けて暗黒の壁を越えて中に入ると、五人が余裕で並んで座れる長椅子が食事も摂れるほどのテーブルを挟んで向かい合っている。しかもテーブルは前後に行き来できるよう左右と真ん中で隙間がある。
馬車のイスは特注デザインだ。一見、長椅子の背もたれは一枚の板のように見えるが、一人分ずつセパレートしていて、フルフラットにリクライニングが出来る。そしてヘッドレストと肘掛け付きだ。シートベルトも付いている。
「あら。これはずいぶんと過ごしやすそうね。街中用なのにすごく広いのね」
「そうだね。お金は掛けられたんでね。大型車の前にテストも兼ねて作ったんだ。テーブルは取り外すことも出来るよ」
シェリルを座らせて座席の説明を続ける。シートベルトは説明したけど有用性がいまいち伝わっていないようだった。まぁ、これは車体に揺れ軽減効果も付いているので、常時装着するものでもない。揺れ軽減の無い一般販売の車体にはかなり有用なはずだ。
「それでね、背もたれが倒せるんだ。ここのレバーを引き上げながら背中側に体重を掛けると簡単に倒せるよ。少しずつ倒してみて」
シェリルが遠慮がちに体重を掛けていくと少しずつ背もたれが倒れる。
「あら。あらららら」
リラックス体勢に驚くシェリル。
「これは楽ね」
「それでね、足元のレバーを引くとね」
ひざ下をささえるレッグレストが跳ね上がる。
「ほら、ふくらはぎをささえるから足のむくみ軽減にもなって楽でしょ」
さらに背もたれを倒してやるとほぼ寝転んだ状態になる。俺が座る隣のシートの背もたれも倒すとそれだけでダブルベッドが出現した。
驚きを湛えたシェリルの柔らかく茶色の髪を撫でる。
「うふふふ。サリアに言ってたのはこのことかしら」
「そうだね。でももっとすごいよ。これ、全部のシートの背もたれが同じように倒れるからね。靴を脱いで横になれば、ね」
「これは本当にイスなのかしら? なにか他のものに思えてきたわよ」
「長距離移動ではこの中がそのままテント代わりにできるんだよ。今度の旅では人数も多そうだからね」
「これなら彼女たちも快適に過ごせるでしょうね。でも、ちょっと残念だわ。最初に寝るのが私ではなくなりそうだもの」
いたずらっぽくそんなことを言う。
「ああ、だったら大丈夫だよ。大型車両も昨日から急ぎ仕上げに入っているからね。夕方には届く予定なんだ。二人で事前テストする時間があるよ」
「あらあら。それは素敵なご提案だわ。人に貸すなら先にしっかりと不具合がないかチェックしておかないとダメよね」
実際の旅ではどうだろう。ログハウスを出せる場所ではそこで寝られる。だったら小さい方のログハウスに彼女たちを泊めるか。ベッドルームは余裕を持ってるから、俺たちが一緒に寝れば彼女たちもいっしょに屋内で過ごせるか。まぁ、そうなるんだろうな。
ログハウスが出せない場所では見張りを立てるからこの中で順番に寝れば寝床も足りるだろう。ぶっちゃけ俺の身ひとつで、家族でいつでもどこに逃げ出しても困らないほどの物資は収納し終えている。旅はもう旅じゃない。俺のいる場所はすべて永住の地に成り得るのだ。
「さぁ、今は残念だけど時間が無い。そろそろ行こうか」
席を元に戻してみんなを中に入れる。
「キュロス、ゆっくり頼む」
中に入ってドアを閉めると竜車が動き出したのはわかったが、ほとんど揺れはなかった。時間が無い。前の席に座るサリアの元に行くと壁ドンよろしく、座ったサリアのつま先の浮いた足の間に立ってのしかかるように手を伸ばして背もたれのレバーを引いたまま、もう片方の手で背もたれを押し倒す。
「きゃ」
かわいい声を出すサリアをニヤけた顔を作ったままシートを押し倒す。
「あ、あんた、これ、なんなのよ」
「ほう? ずいぶんと強気な口を利く。ベルトもしてるし何もできないのではないか?」
「くっ! 卑怯者! 好きにしなさいよ!」
手足もぜんぜん自由に動くくせに勝手に盛り上がるサリアだった。
「うん。それが俺がサリアに対して持ってる権利だからね。明日からの旅を楽しみにしててね。今は時間がないからここまでだね」
『着いたわよー』
御者席との伝声菅からキュロスの声がした。ゆっくりって言ったけどね。一瞬だね。
サリアのベルトを外して手を貸して起き上がらせる。サリアは肩で息をしていた。背もたれを戻している間にオルカがさっさと出ていった。ライラが身を出して階段をセットして降りて行く。
サリアの手を取って外に出ると、レッドショルダーが整列して己が主人を出迎えていた。キュロスも先に降りてバリウスたちに出迎えられていた。こいつらの親分はキュロスなのだ。
一部の使用人や冒険者が、やけに上気したサリアを見てぎょっとしていた。サリアを降ろすと竜車を駆け上がってシェリルをエスコートして降ろす。俺が竜車に戻る姿を見ていた連中が「まさか」という顔をして注視して、シェリルが姿を現すと「おおお」というどよめきのあとに片膝を着き始めた。
「あ、そうか。サリアもシェリルもここに来るのは初めてなんだっけ」
「ええ、そうね。お互いに忙しくてこちらまで伺う機会が取れなかったものね」
レッドショルダーが全員、跪いた。
シェリルは『天狼商会』の名誉会長だ。冒険者クラン『再生の大地』は『天狼商会』に内包されている。『再生の大地』のボスはキュロスだが、その上部組織である商会のトップがシェリルだ。奴隷の冒険者にとってシェリルは雲の上の存在だ。組織の長が貴族でもないのに家名持ちのとんでもない美女ということで奴らは喜んで膝を着いている。当然、声掛けを期待もしている。
シェリルはみんなの前に立った。
「みなさん、初めてお目に掛る方もいらっしゃいますね。私は横にいる夫となるラグナロク卿より賜った『天狼商会』の名誉会長を務めています、シェリル・シリウスです。『再生の大地』の皆さんにお目に掛れて大変うれしく思います。今後もクランのため、商会のため、我が夫となる方のため、そしてあなたがた自身のため、懸命に勤めに励んでいただくことを望みます」
そして、荒くれ共に向かって淑女の礼をした。作法のわからぬ荒くれの男女がそれぞれの礼節でもって頭を下げた。
「お前たち。話は聞いているな。俺たちはしばらく旅に出る。闘いに備えるための旅だ。ここら一帯は戦争になる可能性が高まってきた」
戦争と奴隷といえば連想するものは使い捨ての末の死だ。それ以外ありはしない。犬畜生以下の死が待っているのだ。
「お前らはいい時に奴隷になった。俺がお前達の主人をやってやってるんだからな!」
立膝の奴隷たちが一斉に「わははは」と笑う。
「だから残念ながらお前らは戦争で名誉の戦死が出来ない!」
「おーぅ」と不満の声が上がる。
「なんだ。ここには死にたがりの命知らずしかおらんのか。この野蛮人どもめ!」
「おおおお!」と賛同の声が起こる。
「はっはー! 俺は意地の悪い主人だからな! お前たちには不満しか与えてやらん! 俺に付いて来たヤツは誰も死なせん! そのつもりで死ぬ気で働け! お前らにはドワーフの下に就いて俺の国を作る名誉を与えてやる!」
「うおおおおおおおおおっ!」
数百人の荒くれ冒険者、この場にいる使用人、なんとか組織に入れてくれと願った若者やスラムで燻っていた冒険者、誰もが声の限りに叫んだ。
「冬の前には戻ってやる! それまでに俺の満足する働きをしてみせろ! 生きろ!」
剣を持つ者は抜き身の刀身を盾に打ち付け、何も持たない者は手を叩き、足を踏み鳴らして叫んだ。
ベルガーとバリウスに案内されてクランハウスに入る。広々として清潔な応接室に通されるとライラが茶を淹れた。奴隷のハウスメイドがライラの一挙手一投足を見逃すまいとものすごい集中力を発揮していた。その中で平然といつも通りに茶を淹れ、配った。
「ありがとう、ライラ。いつも通り美味しいよ」
「もったいないお言葉です。マイ・キング」
俺とオルカにはカフェオレ、他のみんなには紅茶を淹れた。それを同時に仕上げて同時に給仕した。そして俺の後ろに立つ。
「マイ・キング」と言った時にベルガーがピクリと反応した。
「座れ」
そう言うとベルガーとバリウスが目の前の席に座る。
「お前達への命令はさっき外で言ったことがそのままだ。新天地の建設が前倒しになった。しかも春までに戦う場にしなければならん」
二人とも悲壮感漂う真剣な顔だ。外の連中は興奮状態だが、戦争がやって来るのだ。
「というのは建前でさっき言ったのは本当だ。誰も死なない。俺の戦争ではな。だから俺のいない開拓中の魔物には気を付けろよ。そこで死ぬともったいないぞ」
ふたりとも怪訝な顔だ。
「あ、お前らご主人様の言うことを信じてないだろ。この戦はな、俺たちの新天地がグランデールより先に攻撃されたら完勝だ。グランデールは守れないのはわかりきってるし俺も守る気は無いからな。だからアヴァロンの建設を派手にやれ。いいな」
奴隷への命令だから気持ちがどうであれやるしかない。
「で? 昨日入った教官のローラって今いるの?」
「はい。います。これからスティングが相手しようかというところでした」
「怪我する前にやめさせようかなぁ。お前らさぁ、ちゃんと教えてもらう気ある? 喧嘩してるなら止めてやらないぞ」
立ち上がって建物奥に向かうとオルカとライラ、そしてバリウスが付いて来た。シェリルとサリアをここに連れて来たのは、ここを一時離れる前にレッドショルダーに顔見せして士気を高めるためだ。その目的は達したのでふたりはもう今日の仕事は終わりなので席を立たない。シェリルがここにいるのでキュロスも動かない。
バリウスが先導して中庭に通じるドアを開けた。
「スティング! 都会の女に辺境の厳しさを教えてやれー!」
そんな声が聞こえてきた。微妙に情けない応援だなぁと思いながら外に出た。
みなさま、お盆休みはいかがお過ごしですか?
サービス業の方などお盆休みの無い方、ご苦労様です。
あなた方のお陰で社会は動いています。
感謝しかありません。
本作を二百話を超えて尚、読んでいただけていることをありがたく思います。
また、最新話まで追って評価記入まで入れてくださっている方がいることは大変励みになっております。
ありがとうございます。
カクヨムでは別作品の方ですが、応援レビューいただき有頂天でございます。
わざわざお時間を取ってまでレビューを書いていただいたことには感謝しかございません。
過分なお褒めの言葉に赤面しつつ何度も読み返す気持ち悪い人が出来上がってます。
ありがとうございました。
もちろん! フォロー、いいね! そして☆星を入れていただいている皆様もありがとうございます!
まーじーで、それが執筆の燃料です。
商業作家は本を買うことで
同人作家は読者から反応をもらうことで続きを書きます。
投稿小説は読むだけでは続かない場合もあるのですよ…ということをぜひわかっていただきたい。
『最弱スキル【地図】が【こうしえん】になった!? - 高度戦術支援地図で最強クランに成り上がれ!』
上記作品も投稿連載中です。
よろしければ御一読いただければ幸いです。




