第213話 走竜
「おー、かっけー。か? これ」
「なんかマヌケね」
サリアが相変わらず素直だ。
目の前に走竜がいる。ランニング・ドラゴン。空は飛べない亜竜。走るのが得意で強くて丈夫。雑食なうえ燃費が良い。強い者にしか懐かない気難しい生き物。
と、聞かされていた。希少な騎乗動物だ。南の平原地方で買い付けたのがやっと届いて、通商部の偏西風部隊のロイが中心となって完熟訓練中だ。
それが先ほど訓練の遠征から帰還した。商会ではなく屋敷の厩舎に呼び寄せた。
で、今それを見ているところなのだが。
「なんでこんなにもふもふしてるんだろう」
「竜、なのよね?」
「いや、亜竜だから本当の竜種じゃなくてトカゲに近いっていう話じゃなかったかな」
「ええ? どう見たってコレ、鳥でしょう」
鳥ではないよなぁ。くちばしじゃなくて口だ。歯がある。しかも奥歯を見ると平らな歯がある。草食の部分がこれなのかもしれない。
見た目は二足歩行だ。だけど前足も発達していて、羽じゃなくて毛がある。全長は二メートル半から三メートルほど。頭の上の毛の形に個性があり、シュっと後ろに向かって一本立っているもの、二本立っているもの、モヒカンのようなもの、ライオンのように広がっているもの、前髪のように垂れているもの、様々だ。
全体の色も黒、白、緑、青など様々だ。ただ、全体的にもふっとしている。
「で? これのどこが狂暴で扱い辛いのよ」
「くぅ~」と甘えた声を出しながら桃色の走竜がサリアに頭をすりすりと擦り付けていた。
走竜が来たという報告を受けて四人の婚約者と一緒に正面玄関を出た瞬間、前庭で整列していたすべての走竜がひっくり返って腹を見せた。それを見てロイたちがガックリしたのも見えた。
今はキュロスがチェックしている。全部で十二頭の走竜がいるが、連れて行くのは三頭だ。
「これでいいわ」
キュロスが選び始めてから一分で連れて行く三頭が決まった。白と黒とサリアに服従を誓っていたピンクの三頭だ。キュロスはたぶんあまり考えて選んではいない。
「選び放題かよ」
「お前とお前とお前」と、指差した三頭が大人しくキュロスに付いて来たのを見てロイが嘆いた。
キュロスが「白!」とか呼び始めたので慌てて止める。
「キュロス、そいつらの名前決まったから! えーと、えーと、白いのはヴァイス、黒はシュバルツ、ピンクのはローザね!」
「ヴァイス、シュバルツ、ローザね。お前達の名前だよ。覚えておきな」
わかったのかどうなのか三頭が「クェー」と鳴いた。
白いヴァイスがシェリルに挨拶に行き、黒のシュヴァルツがオルカ、ローザはサリアにべったりだ。どいつもこいつも媚を売ってるようにしか見えなかった。
シェリルとサリアがこっちの準備の間一度屋敷に戻って行った。
「ロイ。こいつらホントに使い物になるのか」
「うーん。俺たちが一週間掛けてやっとまともに手綱が握れるようになったところだったんだけどなぁ」
「そうか。そのお陰かご苦労」
「あ、いや、それとこれとは違うような」
「ロイのお気に入りはどれだったんだ? ウチが取ってたらそいつは返すよ」
「ああ、俺のはあそこの白黒のやつなんで大丈夫なんだけど」
「ふーん。それはそうともっとこう、カッコいいのとか強そうな騎乗動物がいたら引っ張って来ていいから」
「ああ。だけど、馬の代わりで足の速さと強靭さならこいつが一番なんだ。今回、飼育含めた連中を一挙に連れて来れたお陰で西部辺境初の走竜部隊が創設できたんだ。いったいどんな手を使ったのやら」
もちろん、南の無法者が支配する地域を解放して無理矢理走竜牧場を運営させられていた一家を奴隷解放してここまで連れて来たのが事のあらましだ。というかこの一家が奴隷化されてるという話を聞き付けて解放しに行ったらしい。
「中間基地とスラムのクラン本部に走竜用の厩舎を作るから往復便の運用から始めて慣らしてみてくれ」
「ボスはすぐに旅に出るって聞いたんだが。本当に俺たちが付いて行かなくていいんですかい」
「本当はもう少しあとに出発する予定だったんだよ。その時は交易路の整備とか南か東の外国とか海とかまで行くつもりだったんだ。その旅にはロイを連れて行こうと思ってたんだけどなぁ」
「いやいや、それでも俺たちを『連れて行く』なんだな。俺たちが案内役だと思うんだがなあ」
「ロイたちには楽園の開拓に集中してもらう。走竜に慣れたらすぐに街道整備から頼む。土石竜の移動を始めるよう伝令は出してある。資材と開拓団もだ」
「ああ、さっき聞いたぜ。春には稼働させるって」
「うん。時間が無くなってしまった。最悪は壁とバリスタがあればいいよ」
「さすがにそれよりは形になってると思うが。村や街より軍事拠点でいいんだよな。ユーリには目立てって言われたんだが」
「それでいい。派手にぶちかませ」
「ハハッ! 初日以来の滅多に無い楽しいヤツだなぁ。それが春まで続くのか」
「んー、春にはもっといろいろあるかもだけどなー」
ロイは「そりゃそうか」と豪快に笑った。この紳士なんだか荒くれ者なんだかわからない金髪碧眼に無精髭という『誓いの剣』のソニーの出来の悪い兄貴みたいな男は、とにかく頼りになる。一を任せたら三にも五にもして戻ってくる。せっかくの長旅なのにこいつを連れて行けないのはマジでつまらない。
「ボス、今回は誰もお供が居ないって聞いてるんだが」
珍しく余裕の無い顔で聞いてきた。気持ちはわかる。俺とシェリルを失うことは、こいつらの生きていく柱が失くなるのと同じだからだ。
「まぁ、心配するのもわかるがな。この世界の人間が全員死んでも生き残るのが俺とシェリルだ。それはもう気にするな」
「そうか。わかった。じゃあ俺はアヴァロンのことだけに集中するぜ」
ロイが覚悟を決めたのがわかった。人生ってやつはたまに自分じゃどうにもコントロール出来ないことが起きる。特に他人が絡む事のほとんどがそれに該当する。そんな時は自分に出来ることをやるしかないんだ。それがいずれ良い結果を生むことを信じて。
出発は明日に決めた。ダラダラするといつまでも出られない。皇都に向かう。皇都に向かいながら商会の網を強化する。名を変え、場所を押さえ、貴族どもの隙をついて根を伸ばす。
買える物を買い、経済と裏社会に足掛かりを作る。あとは集めた軍需物資を根こそぎ収納する。皇都以東はどこまで行けるかはわからない。秋の収穫に合わせてUターンして西部辺境に戻る。
午後はスラムのクラン本部に顔を出しに行く。バリウスとベルガーに最終指示を出さないとならない。
「オルカ、クラン本部に行くよ」
「ロック、馬車を出してみよう」
キュロスが遊びに行く気楽さで呼び掛けてきた。
「それはいいね。テスト走行だね」
ヴァイスとシュバルツを馬車に繋ぐ。ローザは馬車の後ろに繋ぐ。二頭が引いて、その間、三頭目は後方で休憩だ。もしくは単騎で遊撃でもいい。走竜なら一頭で馬車を引く力がある上に今回は人間以外の荷物がまったく必要無いから馬車が軽い。ところで馬車は馬車でいいのだろうかと疑問を呈したら、こだわる人はやはり竜車と言うらしい。こだわりはないが竜車と言おう。
キュロスが牧場の責任者親子から走竜と竜車の繋ぎ方をレクチャーされている。親子は、初めての人間がレクチャーを受けながら鞍と竜車の接続をしているのに、これっぽっちも嫌がらない走竜を見て何度も首を捻っていた。
「いや、こんなのありえんよ。なんでこいつらこんなに大人しいんだ」
キュロスとオルカと俺の方をチラチラと見ながら牧場主の親子が緊張しながらそんなことを言っていた。
「なるほどね。わかったわ。馬ともそんなに変わらないね。お前たち、こっちは慣れてないからね。我慢せずにどうすればいいかちゃんとこっちに言うんだよ。我慢してスピード落ちてたらそっちの方が許さないよ!」
走竜たちが「クェー」と一声鳴いた。
「ライラ、シェリルとサリアに準備が出来たと伝えて来てくれ」
「かしこまりました。マイ・キング」
最近ライラは屋敷の人間の前では憚ることなく俺のことを王と呼び始めた。まぁ、ギャングとかでもイキってキングとか言うしな。身内の中だけなら好きに呼べばいいよ。マスター呼びの方が元日本人としてはくすぐったさがあるってのは内緒だ。もえもえキュンとか言われそうな気がしてしょうがない。それは二人きりの時にサリアに言わせるぐらいでいい。とは言え、屋敷の女中はロックという名前呼びを許してるのに、マスター呼びがほとんどだけどね。昨日、家名を名乗ってからはご主人様呼びが流行り始めている。あれ、たぶん俺がくすぐったがってるのバレててワザとやってる気がするんだよな。
身体が回復してメシも美味くて仕事が順調で生活、人生が安泰だとわかると彼女たちは急激に安定し始めた。今では夜に怯えることなく始終笑顔で生活している。辺境の女は強く逞しいのだ。
屋敷中が若い女性のキャッキャッウフフなのは良いことだよ。それを見て微笑む俺にサリアは「あんた、なんかジジ臭いわよ」とか言われるけど。
モールも屋敷もここまでのものにするのに三ヶ月も掛ってない。新天地もきっと間に合うだろう。ドワーフの連中にはまた頑張ってもらうさ。
ライラに呼ばれた女神と小悪魔がやって来るのが見えた。




