第212話 傾国の美女たち
「ラグナロク様、お話があるとのことで参りました。どのようなことでございましょうか」
高貴なる金色の瞳には感情の光は見えなかった。やはりただ静かに問うて来るだけか。まだ今は侯爵令嬢の自分を殺すことでしか生きられないのだろう。
君ほど生まれながらにして高貴な女性が第三皇子まで順番が回らなかったのはなぜだ? 生まれてくるのが少し遅かったからかな?
「そうだね。俺の用事は君を見たことでだいたい終わったんだけどね。まぁ、君も無関係ではなさそうな話だからそこに座って食事でもしながら聞いていくといい」
「かしかこまりました。失礼いたします」
それだけ言って俺の近くのソファーに浅く腰掛けた。ここにいる者たちと同じように女中が食べ物と飲み物を目の前に置く。主と席を共にすれば客人待遇だ。
セーラは「頂戴いたします」と静かに言うと優雅に紅茶を飲んだ。すると少し驚いたような顔をした。
「お気に召したかい?」
そう聞くと微かに微笑みながら「大変美味しいです」と言った。
それはいいけど誰もが立ったまま頭を下げ続けている。鬱陶しいな、まったく。
「ウォーカーさん、話の続きがしたいんですけどいいですか?」
ウォーカーがそーっと目を上げる。セーラが紅茶を飲むフリをしながら微かにうなずく。
「失礼します!」
ウォーカーがことさら大きな声でひと声掛けて着席すると全員がそれに倣った。
「えーと、どこまで話したんだっけか」
ライラがスっと俺の右側から出て来た。
「第一皇子と第二皇子が北方の直轄領で配置換えになり、第三皇子が東の要衝、ロードリンゲン侯爵家を滅ぼし、その地の支配者に納まるのではということでした」
カチャン!
ライラが言い終える前にセーラが茶器をぶつける音がした。誰も何も言わない。
「そうだったそうだった。ウォーカーさん、これは俺の想像なんですけどね、なんで第三皇子がロードリンゲン侯爵家の三女を娶ろうとしたのか。皇帝側が金目金髪が欲しいなら第一皇子じゃないと意味が無いじゃないですか? 単純に皇帝直系以外で金目金髪の男子が生まれる可能性を摘みたいのかと思ったのですが、第三皇子に金目金髪の息子が生まれようものなら返って未来に遺恨を作る話になりそうですよね。となるとやっていることは相当に頭が悪い」
ウォーカーは苦笑いをするだけで相槌さえ打たない。
「それで思ったんですよ。貴族の息子って本当の馬鹿しかいないんじゃないかって」
「ゲッホゴッホ」あちこちでお茶にムセて咳込むやつらがいた。セーラはもうお茶を飲んでいなかった。俺の顔をじっと見ていた。
「ソニー。お前たちの故郷を燃やした主犯は誰だ」
『誓いの剣』の二枚目担当。金髪碧眼の見た目完全王子様が間髪入れず、感情を押し殺しながら答える。
「バーランド西部辺境伯です」
「ところで、ソニー。十年前のその日より以前に第一皇子はソフィアに会ったことはあるか?」
「なんですって? いや、まさか、なにを言っているのですか」
「会っているのか? 会っていないのか?」
ソニーとダッジが苦しい顔をしている。
「会っています。これはソフィアから聞いた話です。襲撃より遡ること三年、ソフィアが六歳の時です。当時、第一皇子は二十三歳でした。皇帝が地方視察のための移動でソフィアの両親が治める子爵領を通った時に居城に一泊しました。当時からソフィアの際立った美しさは貴族の間で噂になっていました。その夜、ソフィアは第一皇子に襲われそうになっています。たまたまソフィアに付いていた騎士の機転によりふたりを引き離すことに成功したのだそうです。そしてそのすぐあと、父親同士が旧知だった縁でロイドとソフィアは婚約しました。形だけでも婚約していれば手出しはできないだろうという配慮からでした。形だけの婚約でしたが、あまりにも両人が直接顔を合わせないのは不自然だろうということで急遽、初顔合わせとなったのが例の日でした」
マジかよ。キモすぎるだろう第一皇子。チラと横を見るとセーラは血の気の引いた顔でテーブルの一点を見つめていた。
「そこにバーランド伯爵が付け入る隙が出来た。第一皇子の望みを叶える形で画策したのだろう。ロイドと北方の領地が失くなればソフィアも土地も手に入る。たまたまその日にソフィアがその場にいたのか意図したものかはわからない」
話の流れから本当に偶然だった可能性が高そうではある。
ウォーカーを見ると何かが引っ掛かっているがそれが何か出てこないという顔をしている。
「さて、五年前のグランデールの政争はデミトリーの次男がシェリルを奪おうとしたことをバーランドが利用した。あるいはそうなるように仕向けたものだ」
ウォーカーが狼狽える。
「そ、それは、最もあり得ない、まさかそんなことでということで潰した可能性だ」
「だが、そう思える証拠がいろいろあった。シェリルが手に入るならと自領に敵を招き入れ、婚約者であるウォーカーの兄を亡き者にしようとした。結果、デミトリーの次男含め主要な若者が皆亡くなったことは、ひょっとしたらバーランドにとっては好都合だったかもしれない」
ウォーカーもオーサーも反論するための材料を探しているがうまく行かないみたいだ。
「さんざん策謀を巡らせて肥え太ったバーランドにとって、第三皇子がセイレイン・ロードリンゲン侯爵令嬢を欲しがるように仕向けるのなんか簡単だったろうな。金目金髪の息子も手に入ると言えばいいだけだ。問題は第三皇子と公爵家三女の婚姻では治めるべき土地も自由になる兵士も、なにもかもが足りないことだ。だったら奪えばいい。理由なんざなんでもいい。要は戦争さえ起こせばいいんだ。一時的な婚約破棄も、平民の女がひとり斬首刑になるのもなんてことはない。ロガリウス帝国に反旗を翻した東の端の領地が隣国に蹂躙されても助ける義理も無い。充分疲弊したところを奪えばいい。バーランドにとっては侯爵家を滅ぼしたところで自分がそのあとそこで領主となった木偶の第三皇子を操れば万事解決だ。しかも、そこで力を付ければ金目金髪の息子を正当皇帝だと擁することだって出来そうだ」
ライラが冷たい水を渡してきた。ふた口飲んでグラスを返す。
「バーランドはうまくやっている。皇帝側にも敵国にも通じ、両陣営に取り入り、最終的に何を目指しているんだろうな? しかし、デミトリーが潰されたのは想定外だっただろうなぁ」
反対勢力がまともな兵隊も持たないウォーカーぐらいしかいないと踏んでたんだ。そこを俺が蹂躙した。
ニヤケが止まらん。ギャラリーが青い顔をしながら俺のことを悪魔を見るような目で見ている。なんだよ。この場で俺の味方は興奮しっ放しのライラだけか?
「ラグナロク様、発言の許可をお願いしたく」
「なんだい、セーラ。発言を許可しよう」
「隣国をけしかけてロードリンゲン家を滅ぼし、それを平定する第三皇子がその後釜に就くとお考えなのですね」
「不安にさせてしまうことを言ってすまないな。しかし、最初に言ったけど全部俺の妄想だから。物的証拠も無いしね。何も起こらないで欲しいと願うよ。その上で、隣国が攻めてくるのは今までのパターンだね。第三皇子って本当に軟禁されているのかな? ウォーカー、皇都の兵、バーランドの兵はどうなってんの?」
「バーランドの兵が西部辺境の伯爵領から動いていないのは監視しているから間違いない。皇都の兵、第三皇子の動向はわからない。すぐに確認する」
「セーラ、というわけでまだわからない。しかし、いずれにせよここには遠征に出せるような兵力は無い。大都市とはいえ辺境だ。俺もウォーカーも大兵力を持てるような立場にない。自衛がせいぜいなんだ。仮に数千の兵士がいたとして、兵站を考えず、今すぐ遠征に出たとしてもロードリンゲン侯爵領に到着するのにはひと月でも足りないだろう。我々に出来ることはない」
「はい。理解しております」
悲壮な言葉だ。頭が良過ぎて言ったところでどうにもならないことが理解できるから、感情に任せて「助けて!」と言えないのだ。
良かれと思って自領とは真逆に走った。それは故郷を捨てる覚悟だっただろう。だが、その行為はこれからの結果によっては、燃え落ちる故郷からの脱出行になってしまうのだ。ソニーがセーラを見ていた。そうなった時の辛さを誰よりも知る者だった。
「ユーリ。ロードリンゲン侯爵の動向はどうなっていたかな」
「はっ。ロードリンゲン侯爵夫妻は領地に戻られたらしいと聞き及んでおります」
セーラがハっと顔を上げる。愛する両親は逃げ切った!
「相当な強行軍だな。東の地に着いたことが大陸を跨いで早くもここまで届いているというのはそういうことだろう。いざという時のために各地に逃走用の馬を待機させていたのかな。きっと夜通し駆け続けたのだろう。侯爵閣下はなかなか油断ならぬお方のようだ」
これはさっきウォーカーと共に確認済みの話だ。街娘セーラの立場を崩そうとせず毅然としている少女へのちょっとしたプレゼントだ。
「そうだ、ユーリ。今日合格となった戦闘教官にモールの子供たちにも稽古を付けてもらうのはどうだ? それなら住居もスラムのクラン本部ではなくモール内の寮にした方が良いかもしれんな。本人に聞いて希望通りにしてやれ」
「ははっ。そのように」
「あとはなんだ。女中希望だったか? オズワルド、はまだ手が離せんな。本人に言って聞かせろ。出自のわからぬ者を屋敷に入れるほど世の中甘くはないとな。働き口が欲しいならモールの孤児の寮母がまだ決まっていなかったな。もしくは貴族向け飲食店の給仕スタッフあたりか。オズワルドではなくミランダに応対させろ。それで充分だろう」
セーラの緊張が解けた。実家のことよりここまで付いて来てくれた配下の者を心配するのか。これで同居にもなる。
「セーラ。大儀だった。人は出来ることしか出来ない。だが、その小さな繰り返しでいつかは大きなことを成すこともあるだろう。セーラ、『天狼商会』はお前を迎え入れた。お前が『天狼商会』の会員である限り、俺たちはファミリーだ」
「家族」と言ってやれなくて悪いな。その言葉は俺の中では特別な女のためのものなんだ。だから悪の秘密結社みたいな言葉で代用することを許せ。
立ち上がってセーラに右手を差し出す。愁いを湛えた微笑の金色の少女が俺の右手に左手を添えて立ち上がって優雅に一礼する。そのまま踵を返すとひとりで毅然とホールを出て行った。




