第208話 間に合う間に合わない
給仕してくれたライラを横目で見ると頬を桜色に染め伏し目がちに下がる。俺とソニーの会話に興奮しているらしい。変な娘だ。
「十年前、お前たちの故郷が燃やされた」
俺の声に耳を傾けようとしていた者すべての間にピリッと緊張が走る。特にソニーたち『誓いの剣』の連中にそれが顕著だ。殺気というオーラが立ち昇る。
「絵図を描いたのはバーランド西部辺境伯。追随するは傘下の貴族と隣国」
言葉を切るとソニーが頷く。この事実は俺がロイドから聞いた知識しか持ち合わせていないことをソニーは知っている。
「その場所は今、何処のどいつが仕切っているんだい?」
俺はそんな基本的な事も知らない。知る気が無かったからだ。ソニーは俺が新たな情報から何を考えつくのかが知りたいんだ。新たな視点から別の考察をもたらす者がいるかもしれないと。
「第一皇子です。あのあと、皇帝は奪われた領土を取り返すために国を挙げた大軍で出征してあっさりと焼かれた土地を取り返しました。そこは皇帝直轄領となり、第一皇子の国作りの教材になりました。いずれ第一皇子が皇帝となれば第二皇子と入れ替わるのでしょう。隣国は私たちの領土のものを奪うだけ奪って逃げ帰りました」
ほら、わかりやすくなった。だから俺にとってはどうでもいいんだ。野蛮人のやることに興味がない。知れば腹が立ってすべてを壊したくなる。
「すべてはシナリオ通りか。では、五年前のグランデールの紛争は?」
ウォーカーを見る。眉間にシワを寄せる。
「なんだと? デミトリーの画策じゃないって言いたいのか?」
まぁ、今の話の後にこの話に持って行けば俺の言いたいことはわかるよな。
「十年前、遠く北方の領地でバーランドが動いていたのがわかってるんだよな? それなのに五年前の紛争が奴のお膝元のグランデールが絡んでいるのにバーランドが無関係なのは不自然だと思うんだけど」
「いや、そもそも南のアゼリア正教国が先に攻めてきて」
そこでウォーカーの言葉が途切れる。あの夜、ロイドも同じようなことを言っていなかったか? さっきソニーにも確認したぞ。隣国が襲ってきたと。まぁ、国境を巡る戦争なら当然といえば当然の経過ではある。変、ではない。
「そして今度は東の国境付近の領地がきな臭いんだよな?」
「あっ」と言ったのはウォーカーの側近か。
「なぜだ。なぜそんなことをする必要がある?」
ウォーカーが当然の疑問を口にする。自分の国を襲わせてなにしてるんだって。
「そんなことは知らないよ。興味ないし。だけどこの国って何やってんだ? 皇帝が暴力で国民を支配している国なんだよな? 独裁制なんだからどんなに取り繕おうがそういうことだろ。外に勢力を広げないで停滞なんかしていたら貴族どもを養えないだろう? 常に国外に侵略して部下に土地と褒賞を与え、せいぜい栄華を誇るしかないだろ。この国、何年侵略戦争やってないんだ?」
人同士の戦争をしないなら黒の森に入って戦果を得て発展に繋げることも出来るはずなのにそれも適当だ。
皇帝が仕事が出来ないのはまぁ間違い無い。だが、一体、何代に渡って無能なんだ?
「それじゃあセイレイン嬢の故郷が危ないのは気のせいじゃなく」
「もう間に合わないと思うんだよなぁ。だからどうしようもないんだよ」
俺たちが東の事態に気が付いたのが昨日だ。ここから皇都まで個人の旅行でも一ヶ月は考える距離だ。今から軍隊を東に派遣するなど夢物語だ。この世界の文明度では今さら物理的に何も出来ないのだ。
侯爵家の両親が急ぎ戻ったなら軍備に関することはこれ以上ないほどの良いタイミングで準備できているだろう。今この瞬間にも奇襲を受けている可能性は高いけど。そして相手は皇帝軍じゃなくて本来の仮想敵である隣国だ。
「バーランドはデミトリーが消えて大事な手駒が減ったはずだ。なのに未だグランデールを平定しに来る気配がない」
「それどころじゃないからか」
「ウォーカー」
俺の呼びかけに思考の海に沈みそうになっていた顔が上がる。
「グランデールを獲るなら今だ」
「は? お前、何言って」
「獲れる。けど続けられるかはわからん。土地ってのは獲って終わりじゃないからなぁ。維持できなきゃダメだ。この街の経済的な維持は難しくない。だが、バーランドとアリテウスとかいう皇帝を退けるなり弑逆できなきゃ意味はない。大軍でもって攻め込まれるだけだ。ウォーカーとかロイドたちってその辺はどう考えてんの?」
周りの誰も殺気も怒りもない。俺が現政権にまったく好意を抱いていないこと、政権奪取に興味が無いことはわかっているからだろう。ここにいる連中が思い悩んでいることはたったひとつだ。ウォーカーが口に出すタイミングを計っていたやつだ。政権奪還という甘い言葉だ。
「ロック、お前はどうなんだ。俺が打倒アリテウスを唱えたらどうするつもりなんだ」
「俺の戦力を当てにされても困る。個人としては破格だろうけどさ、たかが数百の兵しかいない。千だとか万だとかいう軍隊相手にはなにもできないよ。俺ができることはせいぜいグランデールを空にしてもその間は秩序を維持しておいてやるってことぐらいだよ」
それでも普通は出来ないし、頼むやつもいない。留守をよろしくといったらそのまま奪われるなんて当たり前の世界だ。地球でだって誰もやらない。
オーサーが真剣な表情をしてる。
「ウォーカー、親父殿に忠告だけでもするべきだ。東の後にこっちに来ないとも限らないぞ。やるやらない以前に、迎撃の準備だけはしておかないとダメかもしれん」
そういうことだな。くそ! やっぱり五年足りない! 五年あればウォーカーとその家を中心に地方領主を束ねて西から中央に勢力を広げられるんだ。ロイドの北方奪還の足掛かりだってできたはずだ。
「五年足りないんだよ。五年あればここいら一帯を平定して安住の地に出来るのに。ん?」
全員が俺の顔を見ていた。
「あぁ、違うよ? 平定するのは俺じゃないからね?」
オーサーが当然の疑問を口にする。
「じゃあ誰がやるんだ?」
黙ってウォーカーを指差す。「おおっ」と家臣たちの顔が明るくなる。
「いや、なんで?! お前、政治には興味が無いって!」
オーサーが手を伸ばしてウォーカーの肩を掴んだ。
「思い出せ。ロックはな、一貫して自分が政権を取る気は無いとしか言ってないぞ。俺たちと知り合ってからずっとだ。ロガリウス帝国のことも一貫して馬鹿にしていたがな! がっはっはっは!」
ウォーカーとオーサーの部下たちに笑顔が広がった。
「いやいやいやいや! なんで俺なんだ?!」
「え? いや、だって、オーサーのおっさんとふたりでそんな話してたんじゃないの? ちがった?」
「それはお前! なんだ。男の子はみんなそういうの好きだろ?」
四十超えてなにが男の子は、だ!
「俺は好きじゃないけどな。めんどくさい」
「で? 今はどうなんだよ。やっていいのか?」
ウォーカーとオーサーの配下の者たちはもう立ち上がってソファーの後ろに立って俺を見ている。なんだよこれ。軍議じゃないか。俺の家でやめろー! ここを不穏分子の溜まり場にすんなー!
「いや、だからマジでわかんないんですって。言ったでしょ? グランデールの東西南北の政治関係も知らないって。ましてや中央政権のこととかわかんないですよ。俺、ウォーカーさんのお父さんの名前も知らないからね?」
「なにー! って、お前はそういうヤツだったわ。あー、それでか。さっき言ったのも全部本音だもんな。お前の場合」
ウォーカーが天井を見上げる。
「グランデールは落とせる。東に集中している今なら余裕ってことだな。あー、皇都の兵が出てるなら皇都も攻める対象なのか」
天井に向けた視線を俺に戻した。
「そう。だけど東を平定したあと、そのまま転進してこっちに来る可能性もある。でもまぁ、どんなに急いでも何か月? 一、二ヶ月は先。第一皇子を中央に戻すのか? 北は第二皇子に譲って東の地は第三皇子に? その時にセイレインを娶って現侯爵家を廃嫡か皆殺しにして完全支配出来るな」
ウォーカーに向かって話す内に思考の海を漂ってしまった。気が付くとまた全員が俺のことを悪魔を見るような目で見ている。チラっと振り返るとライラが上気して口角を上げていた。この娘は美しいなぁ。
「マジか。それはお前、非道すぎるだろ」
真面目くんか! セイレインの金髪が欲しいし、ついでに領地だって欲しいんだろ? セイレインは三女だから娶っても手に入るのは金目金髪だけだ。それも第三皇子が娶ったところで将来に禍根を残しそうなだけじゃないか? なんか変だぞこれ。
「ユーリ。セーラをここへ呼べ。顔が見たい」
ざわり、と空気が動いた。




