第206話 権力万歳
「ユーリ様は今しがたお呼びが掛かったご様子で会場を出て行かれました」
ライラがスっと寄ってきて耳元でそれだけ言うと元の位置に戻った。
「えーと、そろそろ報告が来るかもしれません」
そういえば珍しくキュロスがパーティー会場に戻ってきたな。酒とメシが足りなかったかな? シェリルのところにサリアが残っているからまぁ大丈夫か。
俺がシェリルをひとりきりにすることはまず無い。俺がいない時でも必ず誰かが側にいる。キュロスが空いていれば必ずキュロスが。キュロスが俺の側にいる時は必ずサリアが。誰も付いていなかったのはデミトリー討伐の夜だけだ。あの時はウォーカーに託した。
ウォーカーやカシムと馬鹿話をしながら会場に目をやるとキュロスが客として来ている兵士達と飲み比べをしていた。
オルカは食べ物を求めてフラフラしていた。オルカがフラフラと歩く度に、キュロスの所の輪に入りそびれた若い兵士がチラチラ視線を送っていた。だが、彼女はあまりに自由奔放、あまりに孤高。更には身に纏う荘厳な軍服に気後れもするのか、誰も声を掛けられずにいるみたいだ。まぁ、声を掛けられたところでこれっぽっちも相手にされないと思うが。
よく見るとオレンジ髪のダッジも時々さりげなくオルカを探してるな。若いなぁ。いや、幼いのかな。カシムはあの性格だし、パーティー加入の経緯がひとりだけ違うみたいだから、それもあって程よく力の抜き方がわかっているみたいだ。
他の連中はダメだ。かと言って俺がこいつらを色街に案内するわけにもいかないし、代わりに案内を頼める知り合いもいない。
ソフィアが戻って来たと思ったら俺の右横に座って、さっきからハイテンションで飲み食いしている。この場の主賓の俺がひとりでいる時を狙ったかのようなこれは誘ってるようなもんだぞ。背後ではライラがまったく表情を変えずにいるがいつ暗器が出てくるか気が気じゃない。
「ねーねー、あの旗って紋章じゃなくて家紋よね? どうして紋章じゃないの?」
俺の腕に肌を寄せんばかりの距離感で甘ったれた声を出す。
「ん? ああ、そこまでわかるソフィアって本当に見た目通りお姫様なんだね。えーと、俺ってほら、貴族でもなんでもないじゃない? 個人の紋章なんか作っても悪目立ちするだけで良いことなんてひとつも無いんだよね。そもそも家名を立ち上げたのもシェリルと商会のためだから家紋だけあれば事足りるんだよ」
「へー。でもさ、ロックってデミトリー討伐の立役者じゃない? この街で死女神の二つ名を知らない人なんていないんだし、貴族に名乗りを上げてもいいのにそれもしないのよね?」
なに? なんて言った? ん? ウォーカーとオーサーが引きまくってる?
「そ、ソフィアさん、酔っちゃったのかなぁ? 乾杯のワインで」
カシムがソフィアを俺から引き剥がそうと来たけどギリギリ間に合わなかったな。
「ソフィア、「しにめがみ」ってなに? 俺の二つ名って?」
「あら? 知らないのぉ? あなた、白の月の女神に対局を成す死を司る葵月にちなんだ化身だから死女神って呼ばれてるわよ? 銀狼と剣姫と人形姫という天使を従えて無慈悲に死を振り撒くって、吟遊詩人が毎晩あちこちの酒場で歌ってるじゃない。え? ホントに知らないの?」
「酒場、行ってないからなぁ。死女神ってそういうことなのか。何回か聞こえたことあるんだけどさ、俺のことだと思わなかったし、なんのことかわからなくて聞き間違いかと思ってた」
「え? マジ? あはははははは、やぁだぁ」
バシっと肩を叩かれた。その瞬間、ライラの右手がピクっと反応しそうになったのを反射的に左手の指で合図して止めた。手出し完全無用。
ライラがそのまま自然な動きで飲み物を運んでいるバンケットスタッフに合図を送ってワイングラスと果実水を取ると俺とソフィアの前に置いた。そして爽やかな笑顔と共に立石に水が如くソフィアに語り始めた。
「こちらグランデールよりやや北東寄りの産地より取り寄せました赤ワインになります。乾杯の時にお出ししましたものより渋みを抑え、軽やかな飲み口となっております。明るい時間に軽く嗜むのにも適しております」
飲みやすいけどアルコール度数が低いとはまったく言っていなかった。俺の前に置かれた果実水はワインと見た目がまったく同じだ。グラスを持つ。
「かんぱーい。あ、ライラ、これならロックバードの照り焼きが合うんじゃないかな」
「はい、マイマスター、すぐにご用意いたします」
どこまでも爽やかにニコやかに応える一心同体のマイ・コンバットメイド。怖い。
ほんとにすぐ来た。スタッフ同士で目線だけでやり取りしてる。
「ソフィア様、こちら、我が当主が、恵みの森の中間地点で建設中のクラン拠点近くにおいて獲ってまいりましたロックバードの照り焼きにございます。照り焼きは遥か東方の国より参りました調味料にて作られる料理法にございます。塩焼き、塩だれのものと比べていただけますとより、違いを楽しめるかと思います」
そう言ってチーズ盛り合わせなどと共に素早く並べる。もちろん、スタッフ総出で一瞬にしてみんなの前にも並べられた。
尚、ソフィアに出したのと同じワインはなぜか供されず、各人の好みに合わせたであろう、あるいはリクエストの飲み物が並んだ。
俺の名誉のために断っておくが、今回の給仕に関して俺は何の指示も出してはいない。なんなら目線のひとつも、合図も、とにかくなにもしていない! 手出し無用のサインを一瞬送っただけだ! ライラが勝手にやってるんだ!
「えー! なにこれー! こんなの始めてー!」
ソフィアが照り焼きにハマった。というか、ここに暮らす女性でこれにハマらない人はいないでしょ。
グラスが減るとスッと満タンのグラスに交換され続ける。まったく減らないグラスが恐ろしい。そして、たまにちゃんとレモン水や軽いスパークリングなども供され、口直しをするとまた、中身が残ってようが容赦なくグラスが交換される無限接待天国のような地獄!
各人の間を時に料理、時に酒の説明を調理法や産地の情報も交えて言葉巧みに場を盛り上げるスタッフ。この娘たちはゲットーのところで奴隷だった娘たちだ。
酒場や娼館で奴隷として虐げられていた中で、彼女たちはただ虐げられていただけではなかった。
俺と同じように、主人たるゲットーの奴らを裏で手玉に取って生き残っていたのだ。ある意味、彼女達は俺以上に強かで怖い存在だったのだ。そして、これは俺の思惑通りの展開でもある。ただし! 俺はこれを馬鹿な貴族共から金銭を巻き上げるためにやってもらおうと思っていたんだけどね。たぶん、そっちはそっちでもっとエグいことやってそうだけど。
「えー、そーなんだー。それは行ってみなくちゃね! ねぇ、ロック!」
「あ、ごめん、聞こえなかったよ。なんだって?」
「あん、もー。お風呂見せてくれるんでしょ? いっしょにおふろー」
ライラの顔を見るが完全な能面だ。すげぇなぁ。俺、何もしてないのにソフィアが落ちてる。これが権力ってやつなのか? なんて魅力的!
「ロイドー」
名を呼ばれたロイドと目が合う。食ったことのない美味と酒にソニーが興味津々でロイドがそれに付き合って食べまくっていたようだ。
「ソフィアがウチを見たいっていうからロイドも付き合ってあげてよ。初めての場所だしロイドも一緒の方がいいと思うんだ。きっとロイドも気に入るよ」
頭に?マークが付いてそうなロイドが立ち上がる。デカいなぁ。
接待上手な美人女中が三人付いてソフィアとロイドを案内して消えていった。
誰かが俺の肩に手を乗せた。
「お前、やっぱりスゲーな。歳下だけど尊敬するぜ」
カシムはそれだけ言ってウォーカーとオーサーの輪に入っていった。肩の荷が降りたようなスッキリした表情をしていた。
ライラは微かに首を傾げていた。ライラにだけ聞こえるように話し掛ける。
「ライラ、良い仕事だった。今後も期待するよ。ただ、ね、これはこれでいいんだ。俺は何も不自由してないよ。満足してる。家族にも、君にも。あぁ、そうそう。手伝ってくれた彼女たちにも礼を言わないとな」
「マイ・キング。それはほどほどに願いたく」
「あれ? 嫉妬かい? 女の子をけしかけといてからのその言葉はなかなかに興味深いね。まだまだライラのことも知らなくちゃならないみたいだ」
「それはいつでも喜んで」
サリアと同じように言葉遊びができる相手が出来てうれしいね。彼らのことは三人ものスゴイ手練れが付いて行ったからね。これでダメならロイドもソフィアが誰かに取られても文句言えなくなるだろう。次があるならもう遠慮はしないからね。
ライラが俺の背後の定位置に戻る。
その視線の先にユーリが見えた。




