第207話 天狼
「冒険者ギルド長官ウォカー様、商業ギルド長官オーサー様、お越しいただいた皆様、本日はお忙しい中、我が家の私的な儀礼にお立合いいただけましたことに感謝申し上げます。兼ねてより商業ギルド長官のオーサー様より、屋敷に住むのであれば家名は必要だと伺っておりました。その御助言に従いまして本日、このような儀礼の運びとなりました。これより、家名口上の義を執り行います」
バッ!
レッドショルダーのスティングとゴードンが俺の背後で長大な棒を立てる。ふたりが抱えて立てた二本の棒の間には旗が張られている。家紋の刺繍された家紋旗だ。俺個人の紋章ではなく、家名に由来する家紋旗だ。俺個人はちょっと金を持っているだけの平民だ。紋章は不要だ。
「ただ今、この時をもちまして、私は、名を、ラグナロク・シリウスと改めます」
ふたりの屈強な獣人が誇らしげに掲げる家紋旗は、真中の俺と四人の女性を表す五芒星を中心に、白と蒼の月、銀狼、長剣、炎が絡み合っていた。
スティングとゴードンが同時に叫んだ。
「ヘイル(万歳)、ラグナロク! ヘイル、シリウス!」
それに合わせて整列しているレッドショルダーたちが声の限りに唱和する。
「ヘイル、ラグナロク! ヘイル、シリウス!」
うわー。聞いてない。これは聞いてないって! ヤベーよ。変な宗教か私兵軍団やん!
ほら! ウォーカーの顔が引きつってる! こら! 銀狼の牙! お前らそういう羨望の眼差しをするな! あ! ロイドがニヤニヤしてる! とっとと終わらせなければ!
「今より! 婚約中の我が最愛の女性、シェリル、オルカ、キュロス、サリアの四名も、正式な婚儀の前ではありますが、暫定的な措置として、共にシリウスの名を冠することになります。それに伴いまして、本日より『偏西風商会』は、名を『天狼商会』と改め、『偏西風』の名は都市間、国家間の交易を担当する行商部の個別名称となります。人事に関しては今まで通り、『天狼商会』名誉会長はシェリル・シリウス、会長をカレン、番頭をユーリが務めます。以後、よろしくお願い申し上げます」
頷く程度に軽く頭を下げる。
響く拍手の波が引き始めると、使用人とレッドショルダー以外の全員にワインが配られる。俺とオルカはワインに見える果実水だ。判断の鈍る酒は俺の好みではない。特に大事な女性たちと一緒にいる時は。
全員にグラスが行き渡ったとオズワルドから合図が入る。もうこれ以上は恥ずかしいから余計なことは言わない。グラスを掲げる。
「乾杯!」
「乾杯!」
グラスを持った全員が唱和の後、ひと口だけ入れられたワインを煽る。
「ヘイル、ラグナロク! ヘイル、シリウス!」
「ヘイル、ラグナロク! ヘイル、シリウス!」
スティングとゴードンが叫ぶとレッドショルダーの連中が自動的に叫び返す。
うるせー! ハズいからやめろ!
「あー、ちなみに俺のことはラグナロクだと言い辛いから今まで通りロックって呼んでもらっていいんで。それでおねがいしますね。っというわけで堅苦しいのはこれで終わり! 宴会開始!」
商会の家名登録はユーリが商業ギルドのサビーネを通して手続きをしてくれる。
招待客を招いてのパーティー。家の出発点となる家名口上の儀は家令のオズワルドの初仕事だ。
シェリルに貴族ではないが再び家名が冠されたことがとても嬉しそうだった。キビキビと働く使用人たちも誇らしげだ。これは彼らのためにこそ必要なことだったのだ。
中庭に次々と酒と食べ物が運び込まれる。酒とメシの入ったドワーフの連中が本領を発揮して大騒ぎし出すまで大して時間は必要なかった。
職人の誰かが酔った勢いで調子に乗って「ヘイル、ラグナロク! ヘイル、シリウス!」と叫んだ。するとレッドショルダーの連中が間髪入れずに「ヘイル、ラグナロク! ヘイル、シリウス!」とやったものだから大盛り上がり。中庭は時々「ヘイル、ラグナロク! ヘイル、シリウス!」の大合唱が起きる変な儀式会場になりつつあった。
「こいつらもうダメだ。うるせー。ウォーカーさん、中に逃げよう」
『北の瀑布』のエルダー親方に挨拶をして中に逃げる。もう中庭はドワーフとレッドショルダーに任せる。
「バリウス! レッドショルダーの連中にほどほどのメシと酒を許す。ドワーフの職人達と仲良くなっとけ。そのうち一緒に仕事をする連中だ。彼らドワーフ族は人類種の風習をあまり気にしない。敬意を持って接すれば飲み食いも問題ないだろう」
人類種の風習で奴隷は平民以上の身分の者と一緒にメシを食うことはタブーだ。
「はっ! 話のわかるご主人様の下での仕事は働き甲斐があるぜ!」
「奴隷がなに言ってんだか。じゃーよろしくな」
それだけ言ってゲストの後を追う。主役の俺が居ないのはマズいわ。
中庭から直接、屋敷の中の舞踏会の出来るホールに入る。ホールは玄関からも土足のまま入れるようになっている。人数も少ないので今日は立食ではなく、ティーテーブルセットやソファーセットも置いてある。食べ物と飲み物も充実している。セルフでも取れるが、リクエストをすれば切り分け、取り分けもしてくれるし、新しい料理はスタッフが配ってもいる。オルカはとっとと自分で好きなものを食べに行ってしまった。
昨日の秘密会談の連中がソファーで飲み食いしているから顔を出しに行こうとしたら横から声を掛けられた。
「ラグナロク様。ご無沙汰しております」
オーサーのところの私兵のライアルだ。
「ライアルさん、いらっしゃい。俺のことはロックでいいですよ。俺、ただの平民なんで。様付けとか変ですよ。ライアルさん、貴族家の出ですよね」
「恐縮です。申し訳ありませんが、ラグナロク様と呼ばせていただくことをお許しいただければと思います」
「いや、まぁ、それは構いませんけども」
「この度は家名襲名、誠にめでたきことにて、お祝い申し上げます」
「わざわざご丁寧にありがとうございます」
「ラグナロク様、不躾なお話で申し訳ないのですが、いつでも構いません、キュロス様のお時間のある時に我が部隊とぜひ手ほどきをとのお願いでございます」
「キュロスの手ほどき? 訓練がしたいんだね。あ、ちょうど本人が来たから直接聞いてみてください。俺がキュロスの好きにしていいって言ってたって伝えてもらっていいんで」
「け、剣姫様にちょ、直接! は、はい! それでは、不肖ライアル! いってまいりまっす!」
敬礼して行ってしまった。いきなりで思わず答礼しちゃった。俺、軍人じゃないんだけど。なんだったんだ。
あ、着てる服のせいか!
主人の俺には声掛けられるのにキュロスに声掛けるのは難しいのか。うーむ。
飲み物と食べ物の皿を手にウォーカーたちがいる場所の空席に座る。こういうことするから威厳がないのか? と、両手に持つものを見て思った。
「みなさん、今日はすいません、わざわざこんなことのために来てもらっちゃって」
「こんなことってことはないだろうよ。しっかしお前さん、なんかすっごいの着てるな。そんなすげーの見たことないぞ。皇都の流行り、でもないよな。お、このスープなんだ? うめぇな!」
下品な冒険者ギルド長官だな。会うたびに若返ってないか?
「ロック!」
うわ! びっくりした! 真横の至近距離から金髪金眼の超絶美少女が顔を出した。あ、いまシェリルもオルカもいないや。
「ソフィア、来てくれてありがとう」
「ううん。ロックの家の旗、かっこいいわね。それでね、これがすっごく美味しいわ!」
それでこんなにテンション高いの? いやこれ、なんか飲んだな? そんな強い酒出したかなぁ。
「あ、それね。コンソメスープっていうんだ。お好みで何か具材を入れてもいいんだけどね。そのままちょっと硬めのパンを浸して食べるとそれだけでも美味しいよ。モールの貴族棟の一番奥のレストランで食べられるから今度遊びに行ってみてよ」
「ホント! わかったわ! 行ってみるしやってみるわね! カシム行くわよ!」
「え? ハイハイ、んで、どこに行くんだよぉ」
カシムがおそらくちょっと酔った超絶美少女に連れられてパンを取りに行った。
「ロックよ、しかしこれはどうなってんだ。ホントに美味いな」
「あー、ウォーカーさんもやっぱり貴族家の人なんですね。これの美味しさがわかるんだから」
「ん? 美味いものは誰が食っても美味いだろ?」
オーサーが「あちゃー」という顔をした。
「ウォーカーよ。お前もいつまでも冒険者の顔だけじゃ娘に嫌われるぞ」
「いや、このパーティー会場で一番ガサツなお前に言われたくはないのだが?」
「ふっ。俺は商業ギルド代表だからな。日々上質なものと向き合ってるからな! 違いがわかるんだぜ?」
「ふーん。で? これはなにがどうしてこうなって美味いんだ?」
「ああん?! そりゃーお前! いろいろだよ」
「だと思ったわ。それで、ロックよ、アレはどうなったよ」
「あれ?」
「おいおい、お前もかよ。例の令嬢だよ!」
「れいのれいじょう、ですか。知りません。忘れてました。あ、そうだ! ウォーカーさん、ウチの風呂見ます? 家族風呂は見せられないけどゲスト用の風呂もなかなかの出来ですよ」
「お! 風呂か! いいな!」
「いいな、じゃないだろお前は。ロック、まだ何も聞いていないのか?」
今日はオーサーの方がずいぶんとまともらしい。
えーと、さっきユーリいたよな。どこ行ったかな。




