第206話 家名口上
風呂上り、自室に戻ってオルカと共に着替えが終わって冷たい果実水を飲んで呼び出しを待つ。
今日は家名口上の義を執り行う。そう、俺に苗字が付く。貴族ではない。まぁ、豪商の類かな? それにしては俺の名前は商会にもクランにも入ってないんだけどね。屋敷と商会運営のシェリルに必要だからという理由で名乗ることにした。
個人的には大して思い入れも意味も無いが、我が家にとっては重要な意味を持つ。このまま婚姻の義でもいいんだけど、外部への影響など注視すべきこともあるし、婚姻は婚姻でしっかりやるべきなのでまぁ、俺の襲名というよりは勝手に苗字を名乗り上げるだけの日だ。正直俺にとってはあまり意味はないが、それを望む人があまりにも多すぎるんだよね。
そんな今日の俺の出で立ちは、ひと言で言うと軍服だ。黒の詰襟に複雑な銀糸の刺繍がどこかの宇宙艦隊司令官のように荘厳な雰囲気を醸し出している。髪は後ろで結わえていて、いわゆるポニーテールだ。顔の横に垂れる前髪が鬱陶しいがこれでなきゃダメだとライラからキツく言われているからしょうがない。
オルカもフワリとセットされた少し伸びてきたウルフカットが美しくもカッコイイ。相変わらずの艶煌銀青の髪のその美しさは誰も敵わない。服は俺と同じデザインを踏襲しつつ、ひざ下のスリット入りタイトスカートだ。オルカのスカート姿は珍しい。腰には新装備の日本刀の大小を差していてとても凛々しい。パーティー会場では奴隷以外ではオルカとキュロス、一部の招待客しか帯刀は許されない。
時々シェリルが部屋着や街歩きでオルカにワンピースを着せるが、自分からスカートを履くことはない。俺とオルカが並べば副官かパートナーであることは一目瞭然だ。お揃いのデザインの服を着ていることでスカートであることには目を瞑ったっぽい。ご機嫌なことはユラユラとゆれるモフモフの尻尾の動きで丸わかりだ。
扉がノックされ、ライラが出迎えに行くと式典開始の呼び出しではなく、女中に案内された彼女たちが一斉に俺の部屋に入ってきた。やはり俺の部屋がたまり場らしい。
「やっぱりなんだかんだみんなの顔が見えてる方が落ち着くわね。あら、見違えたじゃない。ふーん、あんたにしては上等よ。時々その姿でわたしのお相手をしなさい」
赤基調のドレスを黒の差し色で締めたピンク髪ツインテールニーハイゴスロリの爆炎の魔女が俺の姿に見惚れながら言った。顔の小ささ、慎ましやかな胸元、細すぎる腰、脚の長さ細さが人間離れした美しき人形姫。
ツンとあごを上げて頬を上気させたサリアが偉そうにお願い事をしてきた。かわいい。つい、アゴクイ壁ドンしてしまった。
「あんっ」
「サリア、いつがいい? ただ、ごめんね。俺を待っている女が君以外にも大勢いてね。君の相手はその順番の一番最後になってしまうんだ。その代わり時間無制限で君の願いをなんでも叶えてあげるよ。その時を楽しみにどうして欲しいかよく考えておいてくれ」
頽れたサリアをお姫様抱っこでソファーにそっと置く。
「今日のサリアはいつにも増してお人形さんみたいで可愛いね。おもちゃみたいで好きに遊びたくなっちゃうよ」
「ロック、その服いいわねー。今度あたしのも作って。でもそれ、暑くないの?」
キュロスが声を掛けてきた。ピンと立った耳。夏らしい袖なしの白い半袖ブラウスシャツの裾は短く、贅肉の一片も無い細い腰とヘソが見えている。決して筋肉ムキムキではない。しなやかさと強靭さと女性らしさの軌跡のバランス。下はタイトな黒のミニスカートに黒のハイヒールを履いているので、身長は優に百八十を超えている。出るところが出て締まるところがこれでもかと締まって再び出ていた。長い脚とひざ下の長さ、煽情的なふくらはぎ、引き締まった足首が艶めかしい。ミニスカートの見えそうで見えないところからユラユラゆれる長い尻尾。完璧なプロポーション。これが暴飲暴食の結果成り立っていることを知ったら世の女性たちはどう思うだろうか。
キュロスは俺の後ろに立ってポニーテールにブラシを通し始めた。キュロスが俺の髪を梳くのは最近の朝のルーティンになっているのだが、いよいよ髪を切りにくい。男らしくバッサリいきたいんだけどなぁ。
「この服はね、冷風も出るけど服自体に体温調節出来るように細ーく水の管が通ってるんだ。快適だよ。それにしてもキュロスのスカート姿は貴重だよね。しかもなんと魅力的なんだろう。もったいなさすぎて外に出て欲しくないな。誰にも見せたくないほど素敵だよ。ところで最近は俺の髪を梳いてくれてありがとう。面倒掛けてないかな」
「うふふ。これはねー、あたしの仕事だからこれでいーのよ」
「あらあら。良いお仕事を取られてしまったわ。それはもう最初に見つけたキュロスのものね。私も良いお仕事を探さなければね」
風呂の中から風呂上りのドライヤーまでを独占しているが、それとは別の仕事をお探しになるという。シェリルは純白の大変けしからんワンピースだ。別に穴だらけとかそういうけしからん感じじゃない。清楚な、どこまでも清楚なワンピースドレスだ。だが、彼女はもはや美とエロスの化身だ。精神的負担が消え、バランスの良い食事と適度な運動、質の高い睡眠が彼女たちを更なる美へと昇華している。森での研鑽、魔力の高なりが健康への影響を感じる。じゃないといろいろと辻褄が合わないぞ? 出迎えの時のオズワルド始め使用人たちの顔とその後の会話でも賞賛が止まらなかった。やはり森で過ごす内に変わったのだ。
清楚なドレスが昼の女神と夜の堕天使の両面を表してしまう。どんな魔術だ?! 聖女の聖の字が変わってしまいそうだ!
優し気な眼差しと左目の涙ぼくろが背筋をゾクリとさせる。それ以外には見える肌のどこにもシミひとつ、ほくろひとつない。首筋から鎖骨に繋がる線の優雅さ、そこから思い切り主張するのは野郎共の『そこにあるから超えるのだ』という野望を刺激して止まない大双丘だ。思い切り絞られたウエストラインからのあからさまに征服欲を刺激する第二の双丘。そして足首の細さに見えない大腿の妄想が膨らむ。
街中で歩くと、すれ違う人から白の月の唯一神、女神アウレリアスの化身と思われて「ああっ、女神さま!」と膝をつかれるのも日常茶飯事。聖月教の信者を探すならシェリルをただ歩かせればいい。
「シェリル。やはりシェリルの美しさは全てを超越するね。今日のドレスもとても似合っているよ。シェリルには純白が似合うね。でも今度、黒や赤にも挑戦して欲しいかな。もちろん、俺の前だけでお願いだよ」
「ふふふ。ありがとう、ロック。あなたの今日の出で立ちも大変素敵ですよ」
とまぁ、四人も彼女がいるので大変だよね。ぜんぜん苦じゃないし楽しいからいいんだけど。時間は、まあ掛かるよね。
扉がノックされて家令のオズワルドが一歩だけ部屋に入ると優雅に一礼した。
「皆様。準備が整いました。これよりご案内いたします」
シェリルの左手を取って階下へ。場所は中庭だ。この日の式典のために中庭の造園を先に終えていた。
式典と言っても呼んでいるのはごく一部の知り合いだけだ。ただ宣言するだけで、あとは簡単な事務手続きをすれば終わるようなことだからだ。
参加者はウォーカーとオーサー、後ろには顔見知りの家臣が連なっていた。わざわざ関係した人たちを呼んでくれたのか。やっぱりこういう気遣いは高位貴族ならではだな。もちろん、彼らは気の良い連中だから打算など無しでやってそうだけど。
暇なら食事がてら参加してよと言ってあった『誓いの剣』の連中の顔も見えた。なんだよ、やっぱりお前たちも良いヤツかよ。困るなぁ。
隣には『銀狼の牙』もいた。グランデールでは知らぬ者はモグリとか言われている『誓いの剣』を目の前にしてえらく緊張している。少しは大人になったと思ったけどな。英雄を前にしたら誰もが子供になるってやつかな? その後ろにはちゃっかりジェイもいた。
待機していた『北の瀑布』の職人たちもグランデール重鎮の貴族の参加している儀式に緊張していた。その他にも見知った顔がいくつも見える。
あとはウチの関係者だ。『ウェスタリー商会』商会長のカレン、番頭のユーリ、補佐のベルガー。『再生の大地』のバリウスのパーティー『蒼い月』の連中が近衛代わりだ。レッドショルダーも壇上後方に整列している。
夏の強い日差しが中庭に屋敷の影を落として涼を感じる。右手にシェリルを伴って白い台上へと立つ。左にはオルカとサリア。シェリルの右にはキュロス。台の後背階段下、整列するレッドショルダーの前にはライラが控えている。
集まった人たちの視線を感じながら大きく息を吸った。




