第205話 趣味とアイデンティティ
自室の中の両方の壁に扉がある。片方を空けて入るとトイレと風呂があった。
「うわぁ。広いなぁ。ライラ、俺さぁ、もう自分の部屋だけで充分住めるよ」
「おっしゃることはわかります。しかし、これも王の務めです」
「いや、王じゃないし! なに言っちゃってくれちゃってんの?!」
「ロック様。この屋敷は貴方様の最初の城です。この部屋の中の音は外に出ることはありません。貴方様を我が王と思う矮小な我が身のささやかな願いをお許しくださいませ」
そう言って目線を切って頭を下げた。って、おい!
「いや、まぁそんなにそうしたいなら思うのは許すもなにもないけどさ、誰かに聞かれたら俺が許されないんじゃない?」
「ほっほっほっほ。我が王はいつも冗談がお上手です。この世の誰が貴方様の何に文句が言えるのですか? 貴方様はこの世で唯一、何者にも『干渉されざる者』でございましょう。この国の支配者を名乗る者は皇帝を称しています。王とは被らないのですから何の問題もないでしょう」
問題ありまくりだし『干渉されざる者』とやらを名乗った覚えはこれっぽっちもない。この娘、大丈夫か? 屋敷に入って完全に『メイド』になったことで暴走してないだろうな?
「ライラ、君が望むなら俺は君の王であることは出来る。でもね、俺は君を支配しないと決めたんだけど?」
「ロック様、それは私の想いとは若干齟齬がございます。私はすでに貴方様のものです。魂を含めた全てを捧げております。もちろん、これは私の一方的な想いでございます。貴方様はただ、私めに命じていただければ結構でございます」
ダメだ。こんな立派な屋敷に住むことになった事実に酔ってる! 熱が冷めるまでちょっと放置しよう。
「うん。まぁ、無理はしないようにね」
広い脱衣所、屋内なのに岩風呂じゃないかこれ。あー、岩の向こう側は白いタイルだ。雰囲気がぜんぜん違う。外の青い空がまぶしい。打ち合わせのあの時、リリーにアドバイスした目隠しだ。へ~、良く出来てるなぁ。下の本命の風呂はこれからチェックだけど、マジでここだけでも充分だよねぇ。
風呂はさらに隣の部屋とも繋がっている。もちろん、シェリルの部屋とだ。
部屋に戻って反対側のドアを開けるとそこはライラの居室だった。主人たる俺のメイドだ。ライラの居室は他の四人の奥さんと同じように贅を尽くしてくれとルーミーさんにお願いしている。その願いは見事に叶えられていた。ただ、女の子の部屋にしては殺風景だ。
「うん、いいね。この部屋をライラの物で埋めてくれ。それが俺の願いだ。欲しいものはなんでも俺に言ってくれ。オズワルドでも誰でもいいから言ってくれ。たぶん君は何も買わず、ものを持たない人だろう。欲しいものさえ無いというかもしれない。それでも、なんでもいいからものを置いてくれ。君の物を増やすんだ。それが俺の願いだと思ってくれ。なんなら愛玩動物でも構わないからね」
「かしこりました。我が王」
たぶんわかってない。
「時々ライラの部屋に遊びに来させてもらおう」
そう言うととても良い笑顔を見せた。
「さて、オルカの部屋に行こうか」
オルカの部屋は俺の部屋の向かい側だ。綺麗な部屋だった。オルカに聞いたらサリアに任せたと言っていた。打ち合わせではけっこうノリノリで参加していたように見えたんだけどな? あれはいったい何の打ち合わせだったんだろう。
「ここがオルカの部屋か。オルカも好きなものを置くといいよ。置きたいものや欲しいものがあったらなんでも言ってね」
「ロック、剣と投擲ナイフを置いておいて。訓練用の模擬刀も。あとは的が欲しいわ」
部屋の中でナイフ投げの遊びかぁ! 止めろとも言い辛い!
「予備の革の胸当てとブーツも」
「あー、はい。戦闘用のやつだね」
お出かけ用ではなさそうだ。オルカの望みは少ない。モノを知らないからだ。食欲が満たされて安心して寝ることが出来ることで充分な幸せを感じている。もう俺がいなくても君が生きていくのに不自由がないことに気付いているのかい?
オルカの部屋は武器庫か倉庫になりそうだ。
さて、あとは本命の風呂だな。リリーが待っている行こう。
「オズワルド、じゃあ俺は風呂を見てくる。午後の式典の準備を頼むよ」
「かしこまりました。ロック様。それではまた後程」
そうして二階にある風呂へ。そう、大浴場が二階にある。とんでもない技術だ。どうやってこの大質量を支えているのか。下の階には使用人用の男女別の風呂がある。
風呂の出入口の前には東屋風の涼み処がある。ここではいつでも冷水が飲めて歓談が出来るようになっている。リリーがいた。
「リリー、待たせてすまない。さぁ、今日一番のお楽しみを案内してくれるかい」
「ロック様! もうすっごいですから!」
テンション高めのリリーに案内されてちょっと離れたところにある家族風呂の、のれんを潜ってドアをスライドさせて脱衣所へ。
「おー、清潔で広い脱衣所だ。ベンチやイスもあってクールダウンもできるんだね」
「はい。湿気がこもらないように換気や空気の流れも考慮してあります!」
確かにジメジメする感じもなく、快適な空間だ。ズボンの裾をまくって上着を脱いでいざ、風呂場へ!
うちは最大で五人同時だからそれ以上の大きさは求めていない。はずだったのだが?
「おお! すごい! 思ったより広く感じるね」
「はい! 下に使用人の方々の風呂を作ると上だけ狭くするのももったいないのでバランスを取ってこの広さになりました。掃除の手間以外の運用コストはそんなに変わっていないんですよ」
「そうなんだね。うーむ。これは文句の付けようも無いなぁ。俺の部屋の風呂で充分かと思ったけど、これを見せられたらそんな気持ちも吹っ飛んだよ! 素晴らしい! お? そうか。ここに入った瞬間に風呂の全てが見通せるんだね」
「入った瞬間に全体が一望できるようになっています。ここからは洗い場を含めすべてが見渡せます。風呂場に入った瞬間にご家族の誰がどこにいるかわかるようにするためです」
「なるほどね~。しかもここは人が待機できるようにしてあるわけだ」
「あ、気付かれました? さすがですね。もし、お付きの方などがいらっしゃる場合はここで待機できるようになっています」
客が来た時にここを貸す場合、お付きのメイドや護衛がここに待機すればいいように考えられているのだ。客用の風呂も用意しているのでここを貸し出すことはないけどね。
「素晴らしい気遣いだね。これは喜ばれるだろうね」
うちではまぁ不要だろう。ライラもわざわざここに立つことは無いだろう。
ちなみに俺の部屋以外では家族全員の部屋にそれぞれシャワールームが付いている。家族以外では家令のオズワルド、女中頭のミランダ、メイドのライラ、シェリルの部屋の隣のメイド部屋にも付いている。
シャワーブースは天井シャワーからノズルシャワーまで完備。
「シャワーブースは三人同時か。充分だね。温度調節はスライドバー、その下のレバーが水量調整か。うん、使いやすい」
次にシャワーブースの反対側。ある意味、一番風呂場で大事なところ。洗い場だ。
「風呂は身体を洗う場所だ。ここがイマイチだといくら湯舟が良くても気持ちよくならないから不思議だよね。風呂場の印象を決める大事な場所でもあるからね」
新築というのがあるとしてもなんとも清潔で使いやすそうな設備だ。
「隣とのスペースも充分、実に良いイスだね。早く座ってみたいよ。オルカ、ここの視察が終わったら式典の前にサっと入ってしまおうよ。もちろんみんな一緒にね」
「だったらもう入りながら見てしまえばいいんじゃない?」
リリーが真っ赤になっていた。
「まぁ、リリーが困ってしまうから入るのはあとにね」
「ふーん。わかったわ」
「リリー、これはいいね。とても使いやすそうだ。掃除もしやすそうだし、なにより床暖房がいいね」
「あ、これも気付かれましたか! ロック様に言われた工法、なんとかものにしました! これもロック様がお持ちだった魔石に余裕があったからなんですけどね。天然温泉のある場所だともっと気軽に余ったお湯を使って床暖房作れそうです!」
湯舟から溢れたり余計に作られた湯だったり、一階の厨房へ流れ込む前の湯を風呂の床下に流しているのだ。人が踏む場所のタイルを必要最低限の厚さにして、その床下のパイプに湯を流すことで床暖房が出来ている。冬になればその真価を発揮するだろう。
「おお! かけ流し! やっぱ大浴場はこれだよなぁ。なんという贅沢だ」
『夕暮れの泉亭』以上の規模。内風呂と露天風呂、そしてサウナもある。内風呂と露天風呂は繋がっている。遮るのは巨大なガラスだ。
「このガラス、ちょっと特別で割れないと思います。曇らないし、本当に特別です。最近、このガラスが知り合いの工房で作れるようになりました。先ほどの洗い場とシャワーブースの全身鏡もこの工房の作です」
「これは見事だ。ぜひ、今後も良きお付き合いを希望するよ」
外に出ると露天風呂は屋根のある部分と屋根の無い部分があった。
「あえて屋根なしの部分も作ってます。太陽光があれば湯が冷めにくいはずです。あとは単純に解放感ですね」
サマーベッドと籐のソファーやイスも置いてある。涼み処だ。空が見えている解放感。そして外からはまったく見られないプライバシーの確保がなされていた。
「リリー、さすがだよ。お湯を通すパイプの位置、外灯のデザインから配置まで完璧だ。文句なしだよ。さっそくこのあと入らせてもらうよ。ありがとう。リリー、これで終わりじゃないからね」
「まだ何かお考えが?」
「うん。いろいろある。とりあえずは実用的な風呂を作る必要がある。恵みの森の中に造ってる拠点の中の風呂だ。また今度、打ち合わせをさせてくれ」
「いつでもお任せください!」
外に待機している女中に三人に風呂に入ろうと伝言を頼んで風呂場前の東屋で通り過ぎる使用人との会話を楽しんでいるとほどなくして全員がそろった。サリアが怪訝な顔で聞いてきた。
「ロック、お風呂に入るって聞いてきたんだけど?」
「そうなんだ。みんなこのあと着替えるでしょ? 軽く汗を流さない?」
「まぁ、少しは時間あるからいいけど。あんたがこれだけはどうしてもって言って唯一任せた場所がここですからね。図面は私もまったく見てないけど、相当自信あるって感じね」
そのあと、みんなで風呂を楽しみ過ぎて時間ギリギリになった。




