第204話 実益とニホンジン
昨夜は重い話にしては早くに部屋を出ることが出来てよかった。あのあと彼らが何を話したのか、話さなかったのかは知らない。やっぱり俺は積極的に関わる気にならないからだ。俺はこの国の脇役、モブだ。なんなら関係者ですらない! それよりも火が着いたオルカを冷ます方が大変だった。
俺は今さらこんな遅れた文明の社会なんか欲しくないんだよ。どう考えても発展させるための時間が足りない。文明の加速は無理だ。俺は今を生きたいんだ! こんなもの全部を進化させるなんてご当地の為政者の仕事だろ。俺は言ったら未来人だからな? 十年だって待ってられないんだよ。マイナスをプラスにするよりゼロから始めた方が楽だってことだ。
そして今日は我が家の大事なイベントだ! そう、屋敷のプレオープンだ!
庭などはこれから追い込むらしいけど、建物自体は出来上がっている! 『夕暮れの泉亭』を出る日は近い。
お披露目はまだ先だ。今日は各所の確認だ。それと同時に午後からは大事な式典がある。とはいえ参列はごく一部の知り合いだけだ。
「ロック、あんた本当にそんな恰好で行くの? いつもと変わらないじゃない」
ちょっとよそ行きチックなドレス服のサリアが腰に手を当て仁王立ち。
「やあサリアの服は今日も可愛いね。屋敷の見学だから俺はこれぐらいでいいよ。動きやすいし涼しいし。午後の式典の時は着替えるよ」
「あら、でもこれ新しいのね。夏用かしら? 薄手なのね」
俺の服をいじりながらチェックが厳しい。
みんな森の冒険者服から街中用の平服だ。ずっとキャンプで過ごしていたから新鮮だ。みんな女性らしくてかわいらしいしキレイだ。
俺はできるだけ男らしい恰好を目指してコーディネートしているのだが、ライラがあまり良い顔をしない。「ロック様、そちらはお似合いになりません」とはっきり言う。で、結局任せることになる。家族からはそれで文句を言われたことはないので俺も文句はない。今更家族である彼女たち以外の人の好感度は欲しくないからだ。
ただね、サリアが口を出してくるとなんか俺の女装化が始まっていく気がするからさりげなく修正を掛けている。一回それを確かめるために思いっきり女装してやろうか? 最初のころにワンピース借りた時はどうだっけ? そこまであからさまな反応はしてなかったよな? どこかのタイミングでなにかの扉を開けてしまったのか?
うちの新居は貴族街でもない、商会本部と同じ階層なのであっという間に到着だ。貴族街への壁はセキュリティの面からどうしようもないが、東西南北の壁は撤去が始まっている。
ここまでは『夕暮れの泉亭』の馬車で来た。今日からは自分たちの馬車に乗れるので、乗って来た馬車は俺たちを降ろすと宿に戻って行った。
馬車から降りた俺たちを使用人一同が出迎える。
みんなの仕事の手を止めるのも、仰々しいのも好きではないが、こればっかりはやっておかないと働いている側の人の気持ちが収まらないだろう。自分たちが仕えて奉仕する主人たちが偉大であればあるほど誇らしく感じられるのだろうから。
シェリルの左手を取って正面玄関に進む。正面玄関からここまでの馬車道は白い石畳だった。しかし、段差はぜんぜん気にならかった。素晴らしい仕事だ。
今日は庭工事も止まっている。改修工事を担当している『北の瀑布』の従業員、親方家族も今日は作業は休みだ。この日のためにここまで急いで施工してくれたのだ。存分に楽しんでもらいたい。
使用人の真ん中にいるのはこの屋敷の全てを取り仕切る家令のオズワルドだ。
「ロック様、シェリル様、皆様、おかえりなさいませ」
そう言って優雅に首を垂れる。
「おかえりなさいませ」
オズワルドに続いてすべての使用人が一斉に頭を下げた。
一糸乱れぬとはこのことをいうのだろう。素晴らしい仕事だった。今この場に客人がいないことがどれほど悔やまれたか。彼らはこれを習得する努力をしているのだ。その仕事、敬意に想いを馳せて感動していた。
「オズワルド、みんな。留守の間に屋敷を守ってくれてありがとう。みんなのお陰で我々は安心して屋敷を空けることが出来るのだと、今あらためてそう思うよ」
俺の後ろにいる家族たち、目の前にいるすべての人たちの誇らしげな笑顔。俺はこの日、この瞬間、この感動を忘れることはないだろう。前世、今世で最も感動したことのひとつだ。
ドワーフの職人たちが一言も発せず見つめていた。彼らの瞳の中にも感動と賞賛の光があることはすぐにわかった。
「エルダー親方。長い間、任せっぱなしにしてすまなかった。それも『北の瀑布』の仕事の確かさを信頼しているが故のこととして許して欲しい。思った通り、素晴らしい仕事ぶりだ。屋敷からここまでの馬車道のすばらしさ、正面から見る屋敷の外観の荘厳さからも充分、伝わってくるよ。今から屋敷の中を見るのが楽しみで仕方がないよ」
「だ、旦那様、もったいないお言葉でございます。我ら『北の瀑布』一同、丹精込めて作業した甲斐がありました」
そう言って頭を下げると横に立つ奥さんのルーミーと風呂担当で娘のリリーも頭を下げた。それを見た従業員一同が親方を真似て頭を深く下げる。人族の風習に馴染まないドワーフからの敬意だ。さきほどの使用人たちの誇らし気な傅きに感銘を受けたのだ。身分の上下だけではない、心からの敬意による礼を知ったのだ。
「ん? 親方、どうしたんだい。らしくないんじゃないか。いや、すまない。親方は最初から紳士だったかな?」
そう言うと従業員の間に徐々に笑いが広がった。
「ぷっくく、親方が紳士ぃ?」
「だったら俺は淑女になっちまうぜ!」
腰をくねらせる職人のおっさん。
「どわっはっはっは!」
「おめーらざけんなー!」
ゴ!
振り返り様に馬鹿話をした職人の頭にゲンコツを落とす親方。
バゴンッ!
「旦那様の前で下品なことすんじゃないよ!」
と、自分の旦那の頭に強烈なのをブチかます奥様。
「わはははは」
『北の瀑布』は相変わらずだった。でも仕事は良いから問題なしだ。
使用人たちには午後のイベントのためにそれぞれの持ち場に戻ってもらい、ドワーフの連中は屋内の一室で待機だ。酒や食事はこのあと出るからほどほどに。待機中にもなんか部屋の中をいじって仕事している連中がいるっぽい。「ここの仕事した奴ぁどこのどいつだー!」とか聞こえてきた。
空っぽの部屋を全員でひとつずつ回る。瑕疵が無いか、リクエストがあればそれも。親方と奥さん、番頭、商業ギルド不動産担当のサビーネを伴って修正箇所をチェックしていく。
そして俺の大仕事。OKが出た部屋を後追いでオズワルドと巡る。そう、俺はチェックはしない。わからないから。全てはシェリルとサリアにお任せだ。キュロスは彼女たちの護衛。俺はオズワルドと巡るが、オルカとライラだけは俺と一緒だ。
「オルカ、自分の部屋を見ておいでよ。リクエストがあったら遠慮なく言っておいで」
「んー、とくにないかなぁ」
オルカは自分の部屋に興味が無い。そもそも自分の部屋というものがよくわからないし、たぶんいらないんだと思う。ずっと俺といるからだろう。自分の部屋でひとりでいることが想像もつかないし、そうするつもりがそもそもないんだと思う。オルカの部屋にもベッドはあるが、使われる日は来るのだろうか? あ、俺が使えばいいのか。
で、俺はなぜオズワルドとチェックの終わった部屋を回っているかというと、【収納】から家具を設置しているからだ。あらかじめ指定をもらった家具を図面通り置いて行く。想像と違ったり、不明なところはその都度チェックしてく。あとでもう一度シェリルとサリアに見てもらう。
屋敷二階の一室に行くと中でシェリルが待っていた。
「お待たせ。さぁ、どこに置こうか。やっぱり窓際がいいかな」
「うふふ。そうね、こちらにお願いするわ」
シェリルが昔から使っていたお気に入りのティーテーブルセットだ。セットするとさっそく嬉しそうに座って窓の外を見る。
「まだ庭は完成していないけれど。ここから見える景色全部がシェリルのものだよ。どんどんリクエストしてね。庭師も喜ぶから」
「ロック。ありがとう」
さらりと出たその言葉にどれだけの思いが込められているのか。
シェリルの部屋の隣に位置する自分の部屋に入る。ここはもう俺がいじるところはない。ベッドもソファーも新しく作られたものが置いてある。個人の居室とは思えない広さだった。
まさか自分が天蓋付きのベッドで寝るようになるなんて想像さえしたことはない。なんという広さのベッドだ。まったく、何人で寝るつもりだよこれ。ああ、五人か。これから身体が大きくなる三人の成長も考えて『夕暮れの泉亭』の寝室よりデカいベッドだ。
ソファーもこんなに大人数用のものを用意するっていうことはもうここでみんなで過ごそうとしてないか? 誰も物欲が無いんだもんなぁ。あ、サリアは服の趣味があるかな。
窓際にはティーテーブルセットがいくつか置いてある。シェリルの部屋に置いた思い出のテーブルセットに雰囲気が似ている。
暖炉はあるけど魔石燃料用だ。暖炉の形にする必要は無いのに雰囲気のためにわざわざこうしてるんだな。
ちなみに屋敷内は土足禁止になっている。広い玄関ホールで靴を脱いで上履きに履き替える。スリッパ、スリッポン、シューズ、各種取り揃えている。希望者は革靴もそのまま履いていいが、屋内専用の靴になっている。
女中の中には可愛らしいモフモフのスリッパを履いている者がいる。当初は皆が遠慮して誰もスリッパを履かないと女中頭のミランダから報告があったので、率先して履いてくれとミランダにお願いした。ミランダがモフモフスリッパを履いたことで女中も履く者が増えたそうだ。屋敷内でかわいいスリッパを履いている女中には積極的に声を掛けて褒めている。俺たちが来るということで遠慮してシューズ履きにしていた者も時間が経つにしたがって可愛くなっていった。
「あんた、これ、実用性がどうこう言ってたけど本当はただの趣味なんじゃないの? ヘンタイニホンジンの性癖?」
「なんてことを。見てごらんよ屋敷の中を。上履きのお陰で土埃のひとつも落ちてないんだよ? もちろん、靴でも同じ状態だとは思うよ? でもそれは使用人のみんなの掃除のおかげだからね。上履きにしたことで掃除がすごく楽になったはずだよ。聞いてごらん」
「えらく早口でよくしゃべるわね」
嘘は言ってない。
「でもさ、すごく楽でしょ?」
「うっ。それは、否定できないわね」
サリアの足元はピンクのモフモフで耳と目と『w』の口が付いたウサギさんだった。
後日、キュロスは革ひものサンダルでカッコイイし生足がセクシーだったのでペデュキュアを教えたらめっちゃ喜ばれた。それを見たサリアが指先の開いたサンダルやスリッパも履きだした。サリアのサンダルとスリッパのコレクションが増えそうだ。そして風呂上りにドライヤーの他にペディキュアを塗るという趣味じゃなくて仕事が増えた。




