第200話 風営
みんなには黙っているが、まずこのミックススパイスは肉料理用として開発したものだ。これが売れたら次は野菜用や夏用、冬用などと称してバリエーションを増やすのもいい。辛いバージョンも売れそうだ。くっくっく。
「あんた、今度はなに企んでんのよ」
「え? なにが? 今夜のお風呂が楽しみだなぁって思ってただけだよ」
「ん~。そういう顔ではあったわね」
欲が出てたか。あまり欲張ると商売が失敗するからな。気を付けよう。やっぱりサリアには隣にいてもらいたいね。
「今度は完全に変なこと考えているわね」
「サリアはずっと俺の顔ばっかり見てるよね。そんなにこの顔が好きなのかい?」
「はっ! なッ! あんたバカじゃないの?! こんな人のいるところで!」
「そうなの? 俺は誰が見てても気にならないけど。だからして欲しいことがあったらいつでも言ってよね」
「ふぅ。そうね。でも、帰ってからでいいわ」
あ、帰ったら続きをやれとのご命令だ。
「はい、仰せのままに」
恭しく礼をするとサディスティックに微笑んだ。かわいい。
「さて、そろそろ開店の時間だね。邪魔者たちは消えようか」
バックヤードから中庭を突っ切って子供たちに買ってきたクッキーの土産を渡してから貴族ゾーンに入る。午後の営業が始まった貴族ゾーンは、オープンを待ち構えていた流行りモノに目が無い貴族連中が押し寄せていた。特に飲食、エステ、化粧品に夫人が殺到していた。こいつら、遊びに行ける場所が無いんだよね。自宅のお茶会なんて出掛けるのに相応しい良い店がないからやるんだよ。なにせここは辺境だ。そこに突如として現れた皇都にもまだない巨大エンターテインメント施設。夢中にならない理由がない。
買い物をしない俺たちは通路のど真ん中を歩いている。俺たちを見て貴族がひそひそと話しをしている。
「うふふふ。ロック、今日は素晴らしかったわ。エステは最高ね。化粧スタッフも優秀でとても勉強になったわ」
シェリルが振り返り後方の俺に聞こえるよう、わざと大きな声で話し掛ける。通路の両隣がザワリとした。
「コース料理もすごいのね。あんな美味しいものは皇都でも食べるのは難しいでしょうね」
全てが抽象的で皇都を否定もしていない。ステマだ。こええ。さすが名誉会長。今の話を聞きつけた貴族たちが、それレストランだ化粧品だと歩き出した。これだけの美姫だ。素性がわからずともその源は確かめたくなるだろう。
グランデールは東西南北で縄張り意識が非常に高い。その垣根が今、崩れ去ろうとしている。デミトリーがいなくなり、ウォーカーと南のノエル・マクラクランが改革に動いたお陰だ。モールに駆け付ける貴族同士も面識が無い者がいるのは珍しくない。ましてや、今は噂を聞きつけた近隣の都市や街の最先端大好き奥様や娘もこぞって訪れ始めている。シェリルを見れば単純に『どこかの美しい貴族の娘』にしか見えないのだ。
その美しい娘が大勢の取り巻きに囲まれながら通路のど真ん中を闊歩している。この中は取り巻きを連れ歩くのが難しい。金が掛かるのだ! 『あの美しい娘は誰だ』と、奥様、お嬢様がお連れの旦那様、パトロンの方々がソワソワしていた。
そして、そこに耳打ちする者も当然いる。この状況を作り出した平民、いや、元娼婦の英雄、英傑を知る者たちだ。羨望の眼差しで見る者、顔面蒼白になる者、様々だ。だが、うちの姫たちはその視線全てにガン無視を決め込んでいる。そもそも興味が無いのがその理由だけど。
サリアがススっと近付いて来る。
「ロック、あそこ、変じゃない? なんで高位貴族があんな狭くて暗いところに入って行くのよ。しかも女ばっかり。グループで?」
あちゃー。よりによってサリアに見つかった。いや、サリアだからこそ見つけたというべきか。
「はー。やっぱりサリアは常に俺の隣に侍らせておくべきイイ女だなぁ」
「うふ。いいわよぉ。侍ってあげるわぁ」
機嫌が良いらしい。かわいい。
サリアだけに聞こえるように少し歩く速度を落として耳元に囁く。
「元々ゲットーの娼館ってのがあったろ。いい女は片っ端から捕まって奴隷化されて慰み者にされてた。それがあいつらの資金源の全てと言ってもいい売り上げを叩き出していた」
サリアはその全てが想像出来る。
「世の中にはいろいろな趣味がある」
サリアがピクっとする。
「それがどんなものかは夜のベッドで話した方が楽しいかもしれないんだけど。俺としてはいつ話しても面白くないものに奴隷の男娼ってのがある」
サリアがハっとした。一瞬で全部が繋がったのだ。サリアは俺と似たようなことが思いついてしまう。サリアの視線がいそいそと暗がりに吸い込まれる貴族のおばさんを見る。侮蔑を込めた視線だ。
「ふぅん。そういうのなのね。そのお店、そこでヤってんの?」
「いやいや。さすがにいろいろバレるし、マズいでしょ。そこの先はさ、帰り用の馬車回しなんだよね」
「え? うそでしょ? 連れ出してんの?」
「そりゃそうでしょ。そんないかがわしい店。ここは健全な場所だからね」
貴族街を謎の馬車が巡廻している。代車の馬車がそれだ。誰も不思議に思わない。誰かが修理に出しているんだなとなるだけだ。馬車は中が見えない。中からも外は見えない。金を出せば指名したホストが馬車の中にいるというサービスは大変好評をいただいている。ご希望と料金さえ払えばそのまま馬車を走らせ続けることも可能だ。すこーしだけ窓を開けるのもまた一興。馬車が吸い込まれるのは馬車工房の看板が掛かるデカい倉庫だ。中は豪華サロン、スゥィートルームだ。
「ちなみにウチのホストに奴隷はいないよ」
「へー。じゃあ担当者は相当儲かるじゃないの」
「すっごい儲かると思うよ。だからみんな喜んで働いてる」
「じゃあ次はそれの男版ね」
「さすがサリア。俺と同じだ」
「わたしはあんたほどヘンタイじゃないわよ。で? そっちはどうしてんのよ」
「それは商会では出来ないからね」
「なるほどね。アビスへの資金にしてるのね。全部闇に飲まれちゃうんでしょ?」
「まぁ、そうだね」
「どうやって集客しているのよ」
「それは簡単だよ。普通に店をやってもいいし、酒場にはひとり、ふたりと話を付けてくれる親切な男がいるものだからね。男性用サロンのバックヤードが出入口になっているよ」
そもそも風営法が無い。どれも違法じゃない。世間体だけを気にしてやればいいから男を操るのは女以上に簡単だ。
プレオープンだがとんでもない金が商会とアビスに転がり込んできている。裏稼業はもっとも簡単に稼ぐ方法だ。まぁ、騙すようなことも家を潰すほど貢がせるようなこともしない。貴族を干上がらせてもその下の庶民が苦しむだけだからだ。なに事もほどほどに。そもそも俺は別に金には困ってないからね。奴らが従順になる程度に痛めつければいい。経済的にね。
「さあ、今回の視察はこんなものかな。帰っていろいろ話を聞かせてよ」
みんないろいろ買い込んでたよなぁ。馬車に人が乗るスペースが残ってるといいんだけど。




