第198話 テンプレバッドエンド
「なんて?」
集団の最後尾でユーリと立ち話をしている。仕事の話をしているのを察して、みんな気を使って俺たちを放置してくれている。
「皇都の貴族向けの学習院において前代未聞の婚約破棄騒動として醜聞が広まりつつあるという話でして」
「えーと、第三皇子が貴族だらけの学内で庶民だけど聖女とか言われてる特待生みたいな女の子相手に『余は真の愛を見つけたのだー』とか言うやつ?」
「さすがロック様、商会がその粋を結集して仕入れた極秘情報をもうご存じでしたのですね」
いや、それただのテンプレでんがな。うそだろ? ここって乙女ゲームの中だったのか? いやいや、ゲーム設定がハードコアすぎんだろが! 俺が何回死にかけたと思ってんだ! やっぱりクソゲーだったのかよ!
「それ、皇帝側はどういう感じなん?」
「はい。侯爵家を離反に導く愚かな行為であると第三皇子に激怒しております」
「あれ? 思ったよりまともな反応だな。面子を潰された侯爵家は?」
「表向きは、皇子に愛想を尽かされた不出来な貴族子女として三女を縁切りしました。裏では夫妻は王都を脱出して自領に戻りました」
「皇帝側と当該侯爵家の今までの関係は?」
「かなりの遠縁であり領地も遠方のため、今回、歴史的な復縁となるはずでした」
「第三皇子の処遇は?」
「城内の自室に軟禁中となっています」
「聖女候補と呼ばれた庶民の少女は?」
「処刑されました」
バッドエンド乙!
「なにがしたかったんだよ。どいつもこいつも」
誰が得をして誰が損をしたんだ?
「これ、こんなところで立ち話でする話じゃないだろ」
「時間がありません」
あー。この世界で唯一、俺が干渉できないやつね。
「えーと、ここに向かってる侯爵令嬢の人物像と向かってくる理由は」
「侯爵家の優秀な三女です。自分が家の結び付きを強化するために存在すること、それを目的に教育を施されていることを理解しているはずです。来歴、思想的に危険な兆候はなかったと報告を受けていますが、ウチの諜報網はまだ出来たばかりです。独自の情報があまりにも足りていません。ここを目指している目的は、正に先ほどカレン会長が言った通りです。『ウェスタリー商会』が女性ひとりでも生きて行ける場所であるとの喧伝の影響です。貴族ではなくなり、追い詰められた令嬢が己の才覚を生かせる、高く買ってくれる場所を目指しているということです」
「表向きはな」
ユーリが黙った。ここから先は確かな情報が何もないんだ。それはさっきユーリが言っていた。侯爵家とはいえ、皇子と婚約も決まっていた三女の情報まで網羅するほど暇じゃないし情報網も無い。
「裏がさっぱりわからん。庶民の聖女候補の女って本当に死刑になったのか? いわゆる姦通罪的なものが適用されたのか? それとも皇子を誑かした魔女認定とかか?」
「慧眼です。衆人環視のもと斬首刑が執行されました」
「庶民の女の子を悪者に仕立てて身内の皇族を守ろうってか。やっぱり腐ってるな」
乙女ゲーだとしたら聖女候補の転生者は絶望の中で二度目の死を迎えたってところか。ゲームにしちゃシナリオが破綻しているな。侯爵令嬢が出奔して辺境に落ちたなら普通は転生聖女側のハッピーエンドだろ。なんで死んじゃってんだよ。その元侯爵令嬢ってのに話を聞くべきなのか? すっげー嫌だ。くだらん。中央の政治とか本当に俺には無関係だ。俺を巻き込むな。
「皇族と侯爵家の対立は修復可能なのか?」
「おそらく無理です。侯爵家ではありますが、この国の中では特殊な部類でした。武功により着実に積み上げた東の要衝を支える実力第一の武家です。彼女は末子で、子供の中で唯一の独身ということもあり、大層可愛がられて育てられていたとか。そのために両親が自領を離れて皇都で三女と共に暮らしていたほどです。皇帝家より乞われて国のためにと渋々承諾した婚約でした。表向き縁切りをしなければならなかったのは両親である侯爵夫妻を逃がすための時間稼ぎです。両親を逃がし、自領で戦力を整えるためです。数か月先の卒業パーティーの前夜祭として行われたこの夏の夜会での突然の婚約破棄宣言。その数時間後に離縁して自領とは逆の西部辺境へと馬車を走らせています。もちろん、自分の身に危険があるとの考えもありますが、夜明け前には極秘に両親も東の自領へと最小の護衛のみで皇都の脱出に成功させております」
物語でいうクライマックスを一気に話し終えたユーリ。もしくはプロローグか。前者だったら主人公は死んだからバッドエンドだ。後者だと主人公は間もなく本編開始の地に到着する。いや、ここに主人公がいるパターンもあるか。
じゃあ俺の役目はなんだ?
知ったことか! これこそが女神のストーリーくさいじゃないか。俺様を脇役で使おうってか? ナメんなよ。たかが一国の支配の話なんかどうでもいいわ。勝手にやってろ。
「もう貴族でもなくなった小娘ひとりってことだろ。特別なことは何もないなぁ。普通に試験をさせればいい。実力、性格に難ありでも落とせ。特別対応する余裕はないし、ウチはそういうのはお呼びじゃない。今聞いた実情のすべてが無関係だ」
ユーリの瞳に何か迷いが見える。珍しいな。
「なんだ? 気になることがあるなら言っていいぞ」
「はっ。確証はまったくありません。気になるほどでもありません。しかし、何かが繋がりそうで繋がりません。『誓いの剣』が皇都から逃げるように帰りました。この状況を伝えておいた方がいいような気もします」
「侯爵令嬢の歳は?」
「十五です」
「十五の成人で学園卒業か。まともだな」
どこかのゲームのように、この世界では十七、八歳まで学生をやらせておく理由も余裕も無いからな。この世界の成人が十五なら十五で卒業、そして結婚は無理のない話だ。日本の法律や道徳に合わせたゲームと言えるほどの理不尽さを感じないな。やっぱりゲームの世界とかではないというのか。
「うーん、『誓いの剣』かぁ。あいつらの事情に関わりたくないから話を聞かないようにしてたんだよ」
あいつら臭うんだよ。この世界で目立ち過ぎだろ。キャラが立っているともいう。なんかやるなら俺の知らないところでやれって思って関わらないようにしてたんだ。
ストーリーが一気に動き始めた感じが嫌だ。女神が介入していないというのなら聖女候補の少女が処刑されたという部分だが、それを実際に確かめたわけでもない。全てを疑え。神の采配の上を行かないと後悔させられるぞ。俺が十歳なんだからあと五年ぐらいはシナリオ動かすのは反則だろ!
「わーかった。ユーリ、そういう勘は信じていこう。あいつらには俺が今夜にでも話しておくよ。ウォーカーとオーサーに今夜『夕暮れの泉亭』に来いって伝令を出せ。先触れじゃない。命令だ。今夜のお前との会合はキャンセルだ。元侯爵令嬢のテストは任せた。明日はうちもイベントついでに屋敷のお披露目の予定を入れたりして忙しいんだよ。可能なら途中経過。結果は知らせろ」
頭を下げたユーリが部下と共に去って行った。
「おっもしろーい! 匂いのしない化粧品のシリーズだって! あっちは逆にいろんな匂いなの?! にゃははは。全部ほしー!」
楽しそうに買い物を続けていたみんなの元に戻る。俺を癒してくれ~。
「お気に入りは今日買えるから遠慮なく店員に申し付けてね。それはほら、オルカの時にみんなに言われて思い付いた商品だよ。動物を相手にする狩人や冒険者、御者や馬番向けなんだ。日焼け止めは男性も使った方がいいからね。実際に動物で実験もしているから効能は間違いないよ」
「わたしたちは風呂もトイレも当たり前になっちゃったからね。もう香水を付けてごまかす生活には戻れないわよねー」
美しい戦士のキュロスが長い尻尾をくゆらせながらそういった。時々妖艶だ。
「男性としては女性が付ける微かに漂うオシャレの香水は堪らないものもあるけどね。特に首筋か鎖骨のくぼみあたりがね」
「あら、それはその人のためだけに『その時』につければイイのよね?」
「うん。『その時』っていうのもそそられるけど、その人のためだけっていうのがいいよね」
「あんた、キュロス姉さん相手にもソレ、やれるのね」
何に感心してるんだか。
「あら? ここ、ずいぶんいい香りねって、あんた! これ、ぜんぶ石鹸じゃないの?!」
サリアの視線の先にあるのは山のように盛られた四角い紙包だ。石鹸を紙に包んだだけだから近付くだけで匂いがする。奇跡的にとんでもない早さでアロマオイルの精製に成功した試験用の石鹸だ。今回、オープンに際して試作品として儲け度外視で売りに出している。まだアロマオイルの精製が不十分で、香り飛びが早そうだから安売りだ。売る時に注釈付きで売るつもりだ。
「まだ試作品なんだけどね。大量生産のテストも兼ねてお試しで売るんだ。他には日焼け止めもあるよ」
「日焼け止めはいいわね。男は馬鹿だからこんなものいらねーとか言って付けないんでしょうけどね。女性冒険者ならみんな欲しがるわよ。わたしもなんでこれに気付かなかったんでしょうね。匂いが無い商品の方が需要があるだなんて。悔しいわね。簡単なことなのに」
商売する気が無いのに悔しいんだってさ。かわいい。
「そう言う発想のものって意外とあるんだよね。これも、ホラ、俺が考えついたものじゃないしね。ここにこれがあるのはチートだよ」
『チート』という言葉はみんなにはニュアンスでは伝わったけどオルカが首をひねった。
「ロック、『ちーと』ってなぁに?」
わからないことは知りたい。考えてもわからないなら遠慮なく聞く。そして自分の力に変える。勉強というものを始めたばかりのオルカは遠慮を知らない。見習いたい部分だ。
「チートっていうのはね、ズルってことだよ。ズルい、卑怯な事っていう意味だね」
「ロックは卑怯じゃないよ? ロックはね、強いだけだよ?」
「ありがとうオルカ。でも俺はズルくて卑怯でいいんだ。全てを使って、チートも使って強く在るのが俺だって決めたんだ。欲しいものもやりたいことも我慢しないんだ。だからみんなのことを俺のものに出来たんだ。俺はチートを使うことを遠慮したり恥じたりはしていないよ」
サリアが唇を舐めていた。キュロスは尻尾を揺らしていた。シェリルを見ると腕を組んで人差し指を唇の横に当てて微笑んでいた。オルカに向き合うと頬を紅潮させて満面の笑みを湛えていた。
後ろでサリアが囁いた。
「あんたは悪い男よね」




