第197話 風雲急を告げられて
「あら、裏はこうなっているのね。なにか賑やかな感じがするのだけれど。なにがあるのかしら」
シェリルが中庭というかバックヤードの裏だから裏庭を見ていた。
「ここはバックヤードで、その名の通り商品を保管したり従業員向けの施設があるんだけどね。子連れの従業員が働いている間に子供を預けられるようになっているんだよ」
「は? 子供を預かる? 預かってどうすんのよ」
「そりゃーもちろん育てるんだよ」
メイドのライラもポカンとしていた。いいぞ、この娘に人間的なリアクションを取らせたら俺の勝ちだからな。オルカはもうそういうリアクションはほとんどしてくれない! わからないことがあったら疑問を持たずに、ただ貪欲に知ろうとするから。
「育てて、どうするの? ん? 育てる? あんたが目的無しにそんなことするわけないわよね。人でなしなんだから。ってことは利用価値があるんでしょ? いえ、使える人間に育て上げるのね?」
サリアが酷いし物騒なことを呟いているけど独り言にしては声が大きいな! 人聞きが悪過ぎないか? ほら、ライラが自分の境遇と比べ始めちゃったじゃないか。
「ロック、あそこの大きな板、あれは算術が書かれているのね。あれを教えているの? 子供相手に?」
シェリルでも教会での施しと孤児院ぐらいしか子供を預かる施設への知識が無い人だから、これを理解するのはなかなか難しいだろう。
ここを取り仕切る商会長のカレンが説明をする。
「シェリル様のおっしゃる通りです。あそこでは今、算術を教えているところです。別の時間にはもちろん、文字を教えています。文字と簡単な算術は必修となっています。適性を見て以降の高等教育に進ませる準備もあります。それとは別に剣術、魔術、体術、格闘技、行儀見習いなどもやらせて適性を見ます。特に身体強化と魔力強化には力を入れています」
子供たちを見る全員に言葉が浸透するのを待ってから続ける。
「ここで働く者は誰も、もう飢えを心配する必要がありません。子を残して働きに出る必要もありません。ここで働きながら、目の届くところで子供は成長します。我が子が親である自分を超えた職に就くことが約束された職場です」
カレンの瞳にはそれを支える自負と共にここで働きながら子育てが出来なかった無念が入り混じっていた。
「これがここの秘密なのね。あんた、私塾まで始めてたんじゃない。ふふふ。いいわね。さすが神に仇なす者ね。国家反逆ぐらい朝飯前ね」
「またしてもとんでもない誹謗中傷! 朝飯食う前にテロとかやらないってば」
「人と頭を用意していただけるとは思っていませんでしたから、まったくロック様には敵いませんね」
楽しそうにユーリが言うとカレンも釣られて笑った。この二人が楽になる未来を作る者たちがそこにいるのだ。
「そう思うならあの子たちがもっとやる気になるような方法を考えてやってくれ」
「おや? それでしたらそろそろ来る頃なのではないですか?」
「ん? この極悪人ったらまだなにか企んでんの?」
サリアが酷い!
「ええ、サリア様。素質がありそうな孤児が間もなくここに住み込みで働き始めることになります。勉学が得意でない者は『再生の大地』の下部組織が引き取ります」
「どんだけ人数が膨らむのよ。そんなに人数増やして文句言われないの?」
「ああ、それはさ、スラムの浮浪児って人間扱いじゃないじゃん? どうしようと誰も文句言わないよ。言われてるの見たことないでしょ?」
「ええ、そうです。というわけで西地区だけではなく、全ての地区の孤児が集められ始めています。だいたいが中間基地で預かって育成に入る予定です」
「はー。あんた、どこまで先見てどこまで進めているのよ」
「お! ついにサリアが手伝ってくれるのかい!」
「やんないわよ。わたしはあんたの隣で見てるだけよ。いつまでもね」
「うーん。まぁそれもいいけどね。きっとそのうちにサリアも気になるような子が出て来るよ」
「あら? わたしのペットが出来るのなら可愛がってあげてもいいかもしれないわね」
そんな子が出たらいいねえ。
バックヤードを通って新エリアへ。視察中ということで閑散としている。カレンが先導しながら案内をしてくれる。
「こちらは庶民の買い物場所になります。提携の店なども多く入れています。商会は店舗場所を賃貸として収入を得ます。商業ギルドから仕入れた珍しい海外のものなども取り扱います。金は掛かりますが今まで貴族が占有していたような商品も手に入ります」
店の従業員は開店の準備に追われている。視察があることはわかっているが、店前で俺たちを出迎えるようなことは一切不要と伝達してある。
各人が気になった店に入った時のみ、軽く頭を下げ応対に出て来る。もちろん、そうは言ってもすべての従業員がド緊張して応対している。そんな時は微笑んで優しく声掛けするのが俺の自慢の家族だ。
「あら? この趣味丸出しの品揃えには見覚えがあるわね」
サリアのチェックが入った。服飾専門店だが見覚えのある服がディスプレイされている。
「いらっしゃいませ」
店の主人らしい恰幅の良い、人好きのする親父が声を掛けてきた。およそ夫人下着売り場には似つかわしくないが、今日だけと待ち構えていたのだろう。いつも世話になっている『彩雲の衣』の主人、服飾コスプレヲタクのキプロスだ。もちろんこの世界にはまだコスプレというものは存在していない。
「やあ、キプロス、準備は万端だね」
「ロック様! やはり貴方は大したお方でした。私は貴方様に付いて行くと決めたあの日の自分を誇りに思い、自慢して止みません!」
「同好の士に早くに巡り会えた幸運を嬉しく思うよ」
「あー、はいはい。まぁ、ロックが喜ぶものをわたしが提供出来ることにはこの店の助力に感謝してあげるわよ。キプロス、帰りまでにわたしたち五人分の『何か』を馬車に詰めておいて。任せたわ」
「サリア様、皆様も本日も大変お美しい。その美しさに少しでも貢献出来るよう、精一杯のお手伝いをさせていただきます」
店に誇らしげに飾られているのは、街の屋台や各飲食店で実際に使われている制服だ。もちろん完全非売品だ。『彩雲の衣』が取扱店であることがこれによって白日の元に晒される。いよいよキプロスの時代が来るのだ!
「キプロス、正念場だ。頑張ってくれ。開店からしばらくはここいら一帯は重点的に警備を厚くするからな」
「いやいや、まだまだ一般庶民の方々には無名な店ですので。ほっほっほ。そこまでしていただかなくとも。そのお気持ちに感謝申し上げます」
モールの貴族部門はすでにプレオープン済みだが、庶民部門はこのあとオープンだ。冗談と受け取ったのかキプロスは笑っていた。俺はそれ以上は言わなかったが、後日、キプロスから警護の集中配置を大層感謝された。
モールでは、ありとあらゆる商品を取り扱う。おそらくモール外の既存の商店はいくつか潰れるだろう。小さな商会も。可能な限り誠実な商会は仕入れ先として優先度を上げているが、そもそもの行商人が『ウェスタリー商会』への直接納品を希望している状況を止めようが無い。
そういった、商売や人格に問題のない人材には『ウェスタリー商会』への転身、就職を斡旋したりもしている。収入的にはその方が安定して、しかも多くなることがわかると転身する者たちが続出している。
一度その流れが出来るとあとは口コミだ。自薦はだいたいダメ。財務状況や評判調査でガンガン落としていく。先にスカウトした者たちが仲間を誘うパターンが最良だった。
「この接客はなんなのよ。ここ、庶民向けよね? わたしたちを相手にしているとはいえ、まるで貴族相手のような言葉遣いができているじゃない。ほら、あの娘、庶民よね?」
キュロスを相手にしている店員の少女を指差している。
「この一、二ヶ月でずいぶん教育が進んだからね。あとは本当に貴族や豪族の娘達が就職希望で殺到してるんだよ。最初は制服目当ての屋台だったりしてね、そこからステップアップしてるんだ。本人がさ、どこかの金持ち親父の愛人でもいいっていうならそれでいいんだ。まあ、自立とか自由恋愛とかを考えれば引き取るよって感じかな」
「っていうように洗脳して仕向けてるのね」
「またそんな根も葉もないことを。お茶だ宝石だドレスだ社交だって育てられた中身のない人間はどうでもいいけどね。親の見栄だろうが高等教育を受けた人間の人生の末路が金持ち親父の慰みものとか馬鹿らし過ぎてぶっ壊してやりたくなるじゃない?」
「あー。あのー、ロック様?」
どしたカレン?
「いよいよオープンのこの時期なのですが、行儀見習いの前にまず教員募集の時点で中央など各地の貴族子女から応募がありました。お陰で優秀な教師を得ることも出来て結果も出ています」
うん。知ってる。皇都に出した小さいアンテナショップがバズったっていう影響でしょ? いいことだよね。
「辺境の、しかも新興の訳あり商会へ飛び込んだ勇気ある彼女たちなのですが」
おおう。それはそう! ここ、国の端っこだからね。来たが最後、二度と故郷に戻れないほどの覚悟が必要だろう。彼女たちの勇気に敬意を。
「彼女たちがここの現状を手紙などで報告しています。弟妹だったり、自らと同じような不満や志を持つ友人、知人宛てにです」
まあ、仲が良いなら近況報告ぐらいするだろう。字が書ける教養があるんだし。
「内情を知った者たちが続々と辺境、『ウェスタリー商会』の名の下に集いつつありますぅ」
「わぁー、めんどくさい」
辺境を目指して跳ね返り娘が出奔中! そんなキャプションが付きそうな連中が集まって来ているだと?
「そうは言っても俺たちが欲しいのは労働力だからな。貴族相手に施しを与えるなど言語道断、本末転倒だ。適性が無いならきっぱり断れ。家格は無視しろ」
「はい、それは徹底しております」
「揉め事は気にするな。貴族に媚びを売るな。尻尾を振るな。奴らは敵だ」
カレンとユーリ、そして部下たちが一斉に頭を下げた。『深淵』の基本方針が示されたのだ。俺たちは誰の支配も受けない。
「ここまで来てから断るのも面倒だ。皇都に出張所でも作って密かに試験をすればいい。辺境まで来るリスクをしっかり浸透させろ。辿り着く前に死ぬぞ」
「それで、ロック様」
ユーリがまだ何かありそうだ。聞きたくないなぁ。
「先ほど仕事の話が途中になっていまして」
そうだった。俺が途中で逃げ出したんだった。正直すまん。
「そうだった。どした?」
ユーリがみんなから離れた場所へ俺を誘う。
「商会への就職希望で第三皇子より婚約破棄されたという侯爵令嬢が明日到着予定となっております」




