第196話 最高が一番?
「ロック、あそこ、なんのドアなの?」
食後に店を出た直後にサリアに聞かれた。一見、バックヤードへの従業員出入口に見えなくもない。
「お、気付いちゃった? あそこはね、奴隷専用の出入口だよ」
「え? なにそれ?」
「このモールに入る時、奴隷を連れている場合、その奴隷は必ずあの中に入れておくことって決まってるんだ。奴隷を連れてモール内を歩くこともレストランの席に着くこともできない」
「ふぅん。それってどうなの? 奴隷を連れている貴族なんて他人に見せびらかすために連れ歩いているのよ?」
「はっはっは。悪趣味で反吐が出るよね」
奴隷は主人の後ろで立ち続けるか足元に這いつくばることを強要される。その場の全員がニヤリとした。
「ふーん。ちょっと中を見せなさいよ」
怖い笑顔のままサリアが迫るとカレンが先導した。
「サリア様、どうぞ」
奥まったところにあるドアを奴隷のドアマンが開けて頭を下げている。もちろん『再生の大地』の奴隷だ。
「あんたねー。やってくれたわね!」
中に入って開口一番のサリアだ。
「にゃははは」
キュロスが大笑いしていた。
「うふふふ。これはちょっと思いつかないわね」
中は大層豪華なカフェテリアだ。食事用のテーブルからくつろぎ用のソファー、仮眠用のサマーベッド、半個室のプライバシー確保の部屋。奥には食べ放題、飲み放題のバイキングゾーン。午後の営業開始に備えて準備万端だ。
「ちょっと、料理が豪華じゃないのよ」
「美味しそう」
サリアとオルカが今にも手を出しそうだ。
「うん、美味しい。さっきのお店と同じぐらい美味しいわ」
キュロスはもう食べてた。
「はぁ?! あんた、あそこ、アレ! アイスクリームじゃないの!?」
おー、そうそう。食べ放題アイスコーナーね。
「こんなの表にもなかったわよね!?」
「はっ、この国の貴族にあれ以上のものを食わせてやる意味ないだろ? あれだけのものを食わせてやるんだからありがたく金貨を吐き出して喜んで帰ればいいんだよ」
「ここの支払いはどうなってんのよ」
ニヤリと笑ったら誰も何も言わなかった。カレンとユーリも同じような顔をしていたからだろう。
「にゃはははは。今日はもう笑いっぱなしでお腹が痛いわ」
食べすぎ、飲みすぎじゃなきゃいいんだけど。
「グランデールの大手サロンよりも居心地が良いわね」
シェリルにそう言ってもらえれば合格だろう。
「はっ! あそこ! あの通路は何? 怪しいわ」
サリア探偵のアンテナが反応したらしい。俺の思考を読み始めたな?
カレンが悪戯っぽい笑顔のまま先導する。
「あー、はいはい、もーいいわ」
サリアが何かをあきらめたっぽい。キュロスがうずうずしている。今日はダメだよ?
「ふっ。あんた、これ、風呂じゃないのよ」
「まぁ、さすがに風呂は難しいからサウナとシャワールームだけどね」
「主人が買い物中にサウナ入ってシャワー浴びて食べ放題のご馳走食べてアイス楽しんでベッドでひっくり返って昼寝してるってことなの? それ、主人と奴隷、どっちが優雅に過ごしてんのよ」
「ご主人様が満足して帰るならそれでいいんだよ。ご自慢の奴隷とやらがキレイになるなら満足だろ」
「あー、ご主人様の美容サロンもちゃんとあるんでしょ?」
キュロスから正しい指摘。
「そういうこと。満足はさせてやるからね」
「はっ! あんた、ここ、馬車も預かるってことは御者もあっちで待機してるわよね?」
「まー、当然?」
奴隷じゃない御者もいるし、従者もいる。御者は似たような場所に軟禁して懐柔する。レストランでは席に着かない、飲食をしない者の同席を禁じている。同席が無理な者は別の場所でメシを食わせる。全ての費用は雇用主の支払いになるのは当然だ。
この場所では身分で差別はしない。金を出した者が偉いのだ。
「じゃあ、そのハイクラスを見に行こう」
年間基準を満たした一部のセレブのみが立ち入れるサロン。広いロビーは金持ち具合を自慢できる交友サロン。それとは別に二階にスゥィートルームも与える。ご婦人方にはエステサービス。サウナとシャワー完備。買い物は専任のコンシェルジュが全てを承る。
「いやー。これはまた豪華ねー」
「ふーん。これを知ったらもう下のランクには戻りたくなくなるわよね。ここに来るまでにお金を使って、ここに来てまたお金を使うのね」
「そうね。そしてロックが売ってるのは物ではないのね」
「ん? それってどういう、あっ! そうなのね! 貴金属、宝飾品や服は物だけど、エステや食事、サービスに金を出させている? わざとなの? 無形のものにお金を出させて相手に何も残さないの? あんた、そんなのもう泥棒と同じじゃない」
「うお、またしても謂れなき誹謗中傷! ここから帰る貴族の顔を見てみればいいよ。きっと満足して、また来たいっていう顔をしてるから」
「あんた、ここってば宿屋並みの施設なのに夜には閉めるから全員追い出すのよね?」
「おお! もうサリアの成長が止まらないね。俺の代わりにモール関連を任せられる日も近いね!」
「イヤぁよ? わたしは一生働きたくないもの」
堂々の専業家事もしない主婦宣言! でもかわいいから許す!
「もちろんだよ! 俺はペットを働かせるほど酷い飼い主じゃないから!」
「ふっ、くぅっ! あんたはまたなんてこと言うのよ! だったら一日中でも可愛がりなさいよね」
小声で言ったけど俺の地獄耳は聞き逃さないから。かわいい。
サリアの言う通り、高級サロンはあくまでデイタイムの社交場だ。高位貴族街と中、低層貴族街に宿屋を用意している。金額は明確に差を付けている。ステータスを買わせるためだ。だが、最高位の宿でも手を緩めている。本命はここではないからだ。ユーリと目が合った。微かに微笑む二枚目のおっさん。
理想都市『楽園』
まだ俺とユーリの中にしかない構想だけの街だ。『神々の黄昏』のための街。ユーリは最近『国』と言い始めている。本人のやる気の表れなので言い直させはしていない。自給自足が出来て、経済の発信地にするつもりなので村は無理だ。街という規模にはならざるを得ないだろう。
グランデールの屋敷の改築を任せているドワーフの職人、エルダー親方の『北の瀑布』が『ウェスタリー商会』の傘下になった。グランデール内での事業規模がデカくなりすぎて、民間工房としての資本、人材では間に合わなくなったからだ。
『ウェスタリー商会』の通商部エースのロイをリーダー、『再生の大地』の上位冒険者を護衛として交易と称して土地を探している。そこに『北の瀑布』の工兵が同行している。
最近になってグランデールの北方の川の上流に、かつて入植に失敗したであろう候補地を見つけたと報告があった。おそらく、魔獣対策が不十分という戦力不足による失敗だろう。グランデール、そして東方への道を作るところからスタートの事業だ。
フロンティアとの中間基地構築で開拓メンバーに自信と実力が備わりつつある。来年の春には道路作りから開始したいものだ。
「ロックー。ハイクラスはわかったわ。まぁ、快適そうね」
これがキュロスの感想だ。あまり興味が無いんだな。わかるよ。我が家でやっていることに比べたら特別欲しくてたまらないものではないんだよね?
「ん~、でもここにはロックがいないからあたしはいらないかなぁ」
「キュロス姉さん、それは身も蓋も無いわね。でもわたしも同じだわ。金儲けの話としては文句の付けようもないわね。でも」
「ええ、そうね。みんなの言う通りだわ。私たちはもうこれを知ってしまったあとなのね。いえ、これ以上を知っているのだわ。キュロスの言う通りよ。この場所にはロック、あなたを感じないの。これなら宿の部屋であなたと一緒にいる方が素敵な時間が過ごせるわ」
「うーん、みんなにはバレてしまったか。まぁ、自宅より楽しい場所なんてロクなもんじゃないからね。俺たちは自宅でイチャイチャする方がいいよね」
カレンが苦笑していた。この世の楽園と思ったご自慢の施設が自分の家以下の存在だと断罪されたのだ。苦笑で済んでいるのは、カレンも『夕暮れの泉亭』に泊まって俺たちの部屋を訪れたことがあるし、俺という変な子供のやり方を知っているからだろう。彼女も俺の女にと立候補したことがある程度には俺のことを知っている。
「ロック、まだまだ見ていないところがあるわよね? そっちの方にも興味あるんだけど」
キュロスが嗅覚の鋭さを発揮している。オルカも同じ意見のようだ。
「じゃあ別の顔を見せてあげよう」
高級サロンを出て、バックヤードを通る。貴族向けのモールとは客は行き来出来ない別の場所に裏から向かう。




