第195話 異世界料理道
「ただいまシェリル。コンソメスープはどうだった?」
「おいしかったわ。贅沢すぎていろいろ考えてしまったのだけれど、とても素敵な時間だったわ」
「ロックぅ」
遠くを見るような眼差しのオルカに名前を呼ばれた。
「なんだい、オルカ」
「これ、入ってないのにお肉が入ってるの」
寝ちゃったのか? と思うように目を閉じて静かにそれだけを言った。
「そうだね。お肉も入っていたからね。他にもいろいろ入っていたでしょ? 何の肉なのか、何の野菜なのか、味を当てるゲームだよ。おいしいゲームだったでしょ?」
目を開いてゆっくりとこっちを向いた。段々と満面の笑みに変わった。
「うん。串肉当てより難しいわ。今のわたしじゃまだぜんぜん当てられないの。最初に食べたお野菜の味をもっと確かめながら食べればよかった。美味し過ぎてすぐに食べてしまって失敗したわ」
「あー、そういうことなのね。先に食べた野菜から作っているのね。冷たい生のままの野菜なんて知らないわ。ドレッシングとかも付け過ぎてしまったら味が消えてしまうものね。ふぅん。これは一回や二回食べたぐらいじゃわからないわね」
「あー、そーかー。あたしたちがこれを少しはわかるのはさー、ロックの料理を食べてきたからじゃない? ロックと知り合う前はたくさんの味も知らなかったものね。味は濃ければ濃いほうがいいって、最初の頃は少し思ったこともあったもの。前は肉だーって言って食べていたけれど、今はステーキなのかハンバーグなのかカラアゲなのかって、いろいろな味を覚えてしまったわ」
食事中に珍しくキュロスがよくしゃべった。オルカは味を反芻しているのか再び目を閉じた。
バターと白ワインでソテーされた白身魚が出て来た。匂いでオルカが目を開ける。
「これは魚だね。みんな食べ慣れてないだろうから無理しなくていいよ。最初は少しだけ食べてみて」
そう言ってまずは自ら大胆に切り分けて皿のソースをたっぷり付けてかぶりつく。うん、臭み抜きも出来ていてあっさりの白身が引き締まってて美味しい。香ばしく焼き上げた皮目も素晴らしい。二切れ目はレモン、三切れ目は塩胡椒で味変を楽しむ。どれも素晴らしい。
森の川に到達したと連絡が来た瞬間から網を使った漁をさせた。魚を運ばせて料理研究を続けていた成果が出ていた。運搬には、わざわざ氷が作れる希少な魔法使いを同行させていた。
俺が大胆に美味しそうに食べているのを見てみんなも躊躇なく食べ始める。
「あら。あらあらあら」
シェリルが可愛くなった。黙っていられないほどのインパクトがあったらしい。
「へー、これが魚なんだー。川で焼いたのとはぜんぜん違うねー」
キュロスが串刺しにした塩焼きと比べての感想だ。白ワインをカパカパ飲んでいる。
「あー、これは美味しいわね」
サリアにも刺さる気はしたけど想像以上かも。そして右を見るとシェリルがもぐもぐしながら俺を見ていた。泣き笑いのような顔だ。シェリルの少女チックな顔はなかなかレアだ。内面をひっくり返せた時だけ見せる表情だ。家の外ではして欲しくないなぁ。俺だけが知る彼女の秘め事なのに。
とりあえず白身魚のソテーはシェリルとサリアのお気に入りということは覚えておこう。
今日は視察なので量は少な目、タイミングも早めだ。
続いて氷菓子。レモン風味のシャーベット。お口直しだ。キュロスは白ワインと共に味わっていた。サリアも少しリクエストしたようだ。それをシェリルが見ていたので代わりに頼んでおく。シェリルがお礼を言いながらすこし恥ずかしそうに飲んでいた。
いよいよメインの肉料理だ。今日は角野牛の赤ワインソースステーキ。ステーキは鉄板で提供の方が好みだが、ここはレストランなので白い陶器の皿で上品に。使用部位は希少な背中肉、極上サーロインだ。キョロスのところにはすでに赤ワインが置いてある。どうやらスタッフにあらかじめ命じて合う酒を同時に持って来させている。賢い! 人の使い方がわかってる~。ビールもエールも置いてあって自分で確かめながらマリアージュを楽しんでいる。
スっと入るナイフ。もぎゅっという食感。肉汁が弾ける瞬間感じる「美味い!」
俺は塩だけで充分だが、ワインソースやガーリックバターもお好みで。
「あらあら。お肉までとても美味しいのね。これが貴方の世界なのね」
「俺が作り出したものではないよ。それにここまで素晴らしいものを食べていたわけでもない。持っていた知識を伝えて、作ったのはここのシェフだから。褒めるなら俺じゃない。シェフだよ」
極上ステーキを食べながら本心からそう思った。俺は別に料理人ではなかったからね。俺の中途半端な知識をここまで昇華してくれた料理人に感謝を。
オルカもキュロスも話す余裕はない。サリアと目が合う。うっとりした顔を見られたことに気付いたのか赤くなる。
「う、ううん。ロック、褒めてあげるわ」
「うん。ありがとう。サリアに喜んでもらおうと思って作ったモールだからね。褒めてもらえて光栄だよ」
最後にデザート。シフォンケーキに牛乳ベースのアイスクリームを添えて。甘みの多いビワのような果物も合わせる。なかなか甘いといえる果物がないのでデザートはまだまだ模索中だ。
お好みでコーヒーか紅茶。少しレモンを絞った氷水も。シフォンケーキではなく、ホットケーキかパンケーキもいいね。このへんは日替わり週替わりでもいいな。ゆくゆくはお客のリクエストに応えられるようにしたい。
「これで本日のお任せコースは以上だね。今日はお試しなので量は少な目で三分の二程度の量にしているけど。あとはバゲット、白パンをカゴで提供していつでも好きに食べられるようにするんだ」
「ロック、あんた、こんなのにダメ出しなんかできないわよ。まったく。わかっててやってるわよね」
サリアは困ったような笑顔だ。たまに素直だ。かわいい。
「ロックぅ。おいしかった。また来ようね」
オルカが率先して感想を言うのも珍しい。ニコニコしている。美味しいものに対する感性はとても敏感だ。
「にゃははは。これはすごいわねー。信じられないわ。ねぇねぇ、この国で一番の贅沢を味わった気分だわ。いえ、間違いなく一番よ。世界? 世界一なのかしら?」
この世界の人間から始めて聞く世界一だ。ホロ酔いの美しい戦士から出た言葉だった。
「うん、そうね。あなたが言っていた世界だわ。見せてくれてありがとう」
「ご歓談中失礼いたします。ロック様に料理長がご挨拶をさせていただきたいとのことです」
「ああ、ぜひお会いさせてください」
支配人の後ろからコック帽を手に持つ料理長が進み出た。
「失礼いたします」
「バロッサ!」
立ち上がって両手を取る。バロッサが驚いて後ずさりそうになる。
「バロッサ、最高だったよ! とても、とても美味しかったよ。感動したんだ。この世界に生まれて一番の料理を食べたよ。俺からもバロッサのことをみんなに紹介させてくれ」
バロッサから笑顔と自信が溢れる。
「みんな、紹介するよ。俺の拙いアイディアを形にするだけでなく、ここまでの作品に昇華してくれた炎の料理人、バロッサだ!」
「過分なご評価痛み入ります。バロッサでございます」
「バロッサ、あなただったのですか。驚いたわ。とても美味しかったわ」
「シェリルお嬢様」
バロッサは泣いていた。
「バロッサはデミトリー邸に捕えられていた元ワイマール家のお抱えシェフだ。そうだ、みんなにお知らせなんだけど。バロッサは実はこの店のシェフじゃない。完成間近の我が家の専属シェフだ。だからウチは毎食バロッサの料理が食べられるんだよ」
「にゃははははは」
キュロスが大笑いしてシェリルたちが驚きに口を開けていた。
「でもまぁ、ここまでの腕を俺たちだけで独占するのはさすがに傲慢だからね。『ウェスタリー商会』の料理部門の総料理長も兼任する。各レストランから屋台まで。味と品質管理を任せる。もちろん新料理もね。後継者育成も頼むよ」
急な栄転人事報告に涙がぶっ飛ぶバロッサ。
「ま、まさかそんな大役を?! わ、わたしはロック様に教えていただいたことを再現したにすぎません、そんな大役が務まるとは到底思えません、ロック様、ロック様もおっしゃってたじゃないですか、キッチンのおっさんって!」
「バロッサ~、人は成長し、いつか大人になって責任というものを背負わねばならなくなるんだよ」
「いや、ワシはもうとっくに大人だから、それはまだ子供のロック様のことでしょう?」
いよいよキュロスが涙をこぼしながら大笑いしていた。シェリルも口とお腹を押さえて笑いを噛み殺していたが成功はしていなかった。
「バロッサとやら、料理とても美味しかったわ。でもデザートはまだ改良の余地がありそうね。あんたにしか出来ないことはまだまだあるのではなくて? ロックの言う通り務めて精進なさいな」
ハっとしたバロッサが深々と頭を下げた。
「ロック様、差し出がましい口を利きまして大変申し訳ありませんでした。力の限り、精進して参ります」
「うん。硬くならずに今のままのバロッサでいいよ。キッチンのおっさんのまま天下獲っちゃいなよ」
バロッサが我が家の専属シェフになることには全員が大歓迎だった。




