第193話 裏がお好きでしょ
「ロック様、あとで少しお時間をお願いいたします」
「ユーリ、久しぶり。お昼ご飯の時にでも食べながら話そうか」
「はい、そのように」
ユーリには『深淵』の存在は伝えてある。表の世界は『偏西風商会』が経済から覇権を獲る。『深淵』が裏から支える。いや、全てを支配する。
今、『深淵』の名と概念を知っているのは最初の会議にいた者たちと『神々の黄昏』の家族、戦闘メイドのライラ、商会補佐のユーリだ。ライラとユーリに話した時は二人ともなかなかいい反応だった。
◇
昼から夕方までずっと『再生の大地』で模擬戦をやらされ、最後は幹部からオルカ、キュロスまで出て来て疲れ果てたあと、『夕暮れの泉亭』での風呂上り、サブベッドの部屋でライラにマッサージを受けている時だった。うつぶせになった俺の腰の上に軽く体重を掛けて跨ったライラに背中を揉まれていた。十歳児の俺にマッサージなど必要ないがわざとやらせていた。ま、ライラを喜ばせるための俺の奉仕みたいなものだ。
「ライラ、ライラは俺の専属メイドだよね」
「はい。その通りです」
「ライラは他に命令系統を何も持っていないし、俺以外の全ての者から自由だ」
「ロック様の寛大なる差配によりそのようにさせていただいております」
「ああ、勘違いしないでくれ。なにかを咎める話じゃないから。気楽に聞いて欲しいんだ」
「はい、なんなりと」
俺が起き上がる気配を察してライラが名残惜しい気持ちをその表情に隠しもせず、それでも躊躇いなく背中から降りる。ベッドの上に向かい合わせて座る。オルカはすぐ隣のソファーで裸同然でクールダウン中。その瞳だけはぼんやりと俺の姿を追い続けている。ここには二人きりではないからだ。目の前に危険な女がいる。
ライラが俺の顔に両手を伸ばし髪に涼やかな風を当てる。
「俺には配下の者たちがいる。家族は配下ではない。もちろん、彼女たちは俺にとっては神より上位の存在だ。特別な女性たちだ。ライラ、今こうなった以上、ライラもまた俺の中で特別な存在となる。俺が寵愛を与える者は特別な者だ。言っておくが俺はそんなに慈悲深くないからな、だから特別だ」
ライラの瞳が潤みうっとりとした表情になり、口の端が微かに上がる。
「配下の組織とは『ウェスタリー商会』だ。経済で誰もが逆らえなくなる。世界を支配してやろうなんてつもりはない。文句を言って来ないようになればそれでいい。文句を言って来られないようにするにはどの程度支配すればいいかは今試しているところだ」
ライラの目が妖しく光る。死言の話だ。
「支配すれば既成勢力共がそれを嫌い反発する。経済が無理なら暴力に訴えるだろう。実にわかりやすい。馬鹿は操りやすくて助かる。その時のために『再生の大地』がある。俺の暴力装置だ」
さもありなんとライラが静かに頷く。わたしもその一人だと言わんばかりだ。
「さて、これは表の顔だ」
ライラの目が見開かれ、瞳孔が開き、歓喜に戦慄く。先ほどの自分の考えが思い違いだと気付いたのだ。
『わたしは表の暴力装置などではなかった!』
「俺には裏の顔がある。その生き物の名は『深淵』だ。存在理由は俺の家族を守る者が必要だからだ。存在意義は俺の家族を守ることだ」
『嗚呼、戦闘メイドとして生きることを許された!』
今から行われるのは彼女にとっての騎士任命の義に匹敵する行為だ。全てを有るがままに。
「ライラ、俺の女たちを命を賭けて守れ。お前がいる場で彼女たちが死にお前が生き残ることを許さない。お前が命を落として彼女たちを守ったのなら、お前は俺の心に永遠に刻まれ俺と共に在ることと同じ意味となる。お前は『深淵』だ」
「すべてをあなたさまにささげあなたさまのいのままに」
オルカが優しく微笑みライラを背中から包み込む。
◇
「ユーリ、なにか困っていることはないか」
夜中まで事務仕事に追われ、ふたりで打合せをしながら小休止と称して軽食を摘まみながら声を掛けた。俺のとっておきのおにぎりを美味そうに食べながら間髪入れずにユーリが応える。
「人と考える頭と時間が足りません」
「そうだなー。人と頭は自分でどうにかできるだろ。時間は俺にはどうしようもない」
「はっはっはっは」
俺は何もしないと言ったことに笑っていた。まだまだ余裕があるってことだ。打ち合わせはふたりだがオルカがソファーで寝ている。そこだけ暗がりにしてあるオルカの安らかな寝顔を見ながら言葉を続ける。
「二日前に焼け落ちた商会な、俺がやっておいたから」
ユーリの動きが止まった。そんな気はしていた。証拠はない。焼け落ちた商会建物には十四人の人間が寝泊まりしていた。商会長家族も含む。
「奴隷だった番頭と丁稚、馬番はこっちに付いていたから生きている。八人だ」
じゃあ残りの六人は? いや、そもそも焼け落ちた跡にはたしかに十四人分の焼死体が確認されているのはこの街に住む者なら誰でも知っている。火事はいつでもニュースだ。自分たちにも無関係ではなかったかもしれない事件だからだ。不思議なのはまったく延焼しなかったことだ。ニュースが大ニュースになるには充分なネタだった。如何せん、この街の住人は娯楽に飢えている。
「逃がした奴隷は『再生の大地』の内部で働いている。しばらくは出て来ないが、まぁ中継基地の中で表に出られるようになるだろう。あるいは他の都市で」
ユーリが、奴隷を活かす方法ならこの若い主人はいくらでも思いつくだろうという顔をしている。
「お前達が仕えているのはシェリルだろう」
カレンではない。シェリルお嬢様を唯一、人の前で呼び捨てに出来るのがこの少女にしか見えない少年だ。ユーリに反発心は無い。
「表向きはな」
ユーリの表情が、いつか、新しい屋敷での最初の打ち合わせの時のことを思い出したかのように活き活きと輝きを帯びてくる。
「表向きですか。表があるなら裏が在りましょう」
なかなかおもしろいことを言う。俺の顔もユーリと似たようなことになっているかもしれない。さぁ、楽しいダロ?
「シェリルがいて『偏西風商会』がある。『偏西風商会』には『再生の大地』がある。立派な暴力装置だ。だが、表でしかない。なかなかやれることにも限りがある」
もったいぶるつもりはないが冷たい清涼な水で喉を潤す。
「だが、すべては俺の家族を守るためのものだ。それ以上でもそれ以下でもない。お前たち、表だけでは役不足だ。すべてを飲み込むものとして『深淵』が存在する。奴隷たちは自らそれと知ることなくすべての人間が『深淵』の構成員だ。俺の家族を守ること。これだけだ。他には何もない。お前たち、表の者も同じ目的で存在しているが、この話を知った以上、お前は今生においてこの呪縛から脱することはない。俺の女たちを守る存在としてのみお前の存在を認める。不服があるなら言ってくれ。できるだけ苦しまないように殺してやる。答えは今すぐ言え」
「貴方様の思うがままに」
ユーリ、お前は武将で革命家だ。生まれる家、世界を間違えたな。歓喜に打ち震えろ。俺が正してやる。
「これでお前は『深淵』だ。この存在を知る者は『神々の黄昏』、カレン、ベルガー、バリウスだ。存在を知らずとも俺の配下すべてが『深淵』となる。邪魔するものは刈り取る。権力、金、国家、宗教、神、すべてを凌駕する組織だ。勘違いするなよ。世界を、街を支配するために存在はしていない。家族に不自由させないための組織だ。すべてはそれを成すために必要なことを成すのみだ」
「はっ。では、まずはグランデールにて経済の基盤を起こし、フロンティアでダンジョンを押さえるために中継基地を立ち上げ、ここより北方の地で『楽園』を築き上げましょう」
「はははっ。さすがユーリ、良いセンスだな。楽園か、楽しみだな。早く俺を楽隠居させてくれよ」
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【あとがき】
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『最弱スキル『地図』が『こうしえん』になった!? - 高度戦術支援地図で最強クランに成り上がれ!』
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秋乃せつな
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