第192話 異世界ショッピング
翌日、目覚めた時にキュロスの抱き枕にされててこれっぽっちも身体が動かないという目にあってちょっとダルい気がするけど朝風呂に入ったらスッキリした。
「シェリル、今日はカレン会長とユーリと待ち合わせてて、モールの見学に行くんだけど、行かないかい」
「あら、それはもちろんご一緒するわよ。あなたが考えた商いですもの、いろいろ聞かせてもらいたいわ」
シェリルは『偏西風商会』の名誉会長、実質のトップだからね。元ワイマール男爵家令嬢の意識はもう無くても、世間的な立場を忘れず立ち居振る舞うのはこの若さにしてとても立派な行いだ。とはいえシェリルもまだ二十三歳だ。俺の精神年齢は中高生だが、知識レベルはアラサーだ。この女神にしか見えない女性も、ひとりの若い女の子なんだと理解出来る。だから俺は自分の子供の身体を忘れていつでも彼女を甘やかすし甘えることにしている。
「うん。シェリルに見て欲しくて作ったシェリルのためのお店だからね。アドバイスも欲しいから気が付いたことがあったら何でも言って欲しいんだよ。俺はこの世界では十歳のスラム孤児としての知識しかないからね。間違いだらけなんだよ」
「ふーん。あんたやっぱり変わってるわね。おもしろいわぁ。十歳の子供にいろいろ手を出して、三十の大人にいろいろ教わる感じがたまらないわね」
「おお、サリアが久しぶりに凄いこと言ったなぁ。今のは結構、腰骨のあたりがゾクっとしたよ。まだ朝だよ? 飛ばし過ぎじゃない?」
「おっほっほっほ。わたしの凄さがわかったらもっと敬いなさいな」
「いいよ! なんでもしてあげるから夜までに考えておいてね!」
「あっ、はぅっ、な、なんでも」
よし、そろそろ行こうか。シェリルの手を取って立ち上がらせるとライラがドアを開けてくれた。
「ライラ、今回のグランデール滞在は一週間の予定なんだけどね、その間は外出時の同行もお願いするよ。ライラが居てくれると楽なんだよね。甘えてしまって申し訳ない」
「とんでもございません。望外の喜びにございます。ロック様」
「ははは。相変わらず固いなぁ。ま、そこもライラの可愛いところだよね」
「恐縮にございます」
ライラは甘やかして伸ばすことにした。暗殺技術を仕込まれた戦闘メイドとして育てられた彼女は、奴隷にされて己の能力を封じられた上に、死ぬことも許されずに屈辱の中を生きてきた。この数ヶ月、生活を共にすることで彼女の心の支えとして俺という存在が必要不可欠なことがよくわかった。彼女を支配するような振る舞いはしない。自由に愛し愛されるぐらいの関係でちょうどいい。このまま俺と一緒にいることを選ぼうが、いずれ自我が勝って俺から離れ、独り立ちする時が来てもどっちでも俺の勝ちだ。今の俺にはそれぐらいの甲斐性はあるつもりだ。
シェリルと階段を降りている途中で振り返るとオルカと手を繋ぐサリアと目が合ったので微笑み掛ける。ボッと赤くなるのはいったい何を考えているのやら。最後尾をのんびり歩くキュロスは昨日のアルコールはどこに消えたのかスッキリした表情でニコニコしていた。
馬車回しには商会の馬車が待っていた。
「お、これはカレン会長の馬車だね」
「へー、宿の馬車に負けていないわね」
商会長用の馬車だからね。そのあたりはユーリが抜かりなくやってくれている。きっとカレンは面食らっているだろうな。その日暮らしもままならないスラム生活から屋台の売り子になったと思ったらグランデール最大の商会の会長だもんね。今日はストレスが掛かり過ぎていないかよく見極めよう。
サリアと馬鹿話をしながら商会本部前の建物の広い馬車回しに到着する。
街の一ブロック丸々の道路の長さが馬車回しになっている。光景でいうとタクシーがずらっと並んでいるような感じ。ここで降車してモール、つまりショッピングモールに入場する。ここは馬車入場専用の入り口だ。
乗員が降りたあとの馬車は隣のブロックの馬車用の駐車場に乗り入れて行く。そこでは馬の世話をしたり、馬車を駐車したり、洗車するサービスもある。この洗車サービスが大受けしている。車内清掃も承るし、下回り洗浄のついでに注油や点検もする。問題があった場合はそのまま修理も受け付ける。その間の代車も完備だ。この代車がまた豪華! もちろん、受注注文受け付けます! 代理店業務もやっているので。
今はウチの技術部のドワーフ連中が急速に馬車作りのノウハウを吸収中。洗車点検で有名店の馬車を扱うといろいろわかってきちゃうんだよね。不可抗力だわこれ。
「ロック、わたしはここの図面打ち合わせから見てたからね。わかってきたわ。あなた、客からお金取りながら馬車の製造ノウハウ盗んでるわよね?」
「盗むだなんて、なんという誹謗中傷。これは自然学習で不可抗力だからね。仕事をしてたらいろいろ上達するのはしょうがないよ」
「言い得て妙ね。というか正当化が酷いわ」
「酷いのが好きでしょ? サリアと一緒にいたらサリアに対していろいろわかって上達するのと同じだと思うんだけど、それってしょうがないことだし、嬉しいことじゃないかい?」
「はぅっ、あ、あんたそれ、さっきの仕返しなのね?! 宿の階段のところからずっとやってるわよね!」
「あ、バレたか」
「いいけど外ではやめなさいよ? 歩けなくなったら恥ずかしいでしょ」
「うーむ。それはもっとやれっていうフリなのかなあ? ライラはどう思う?」
「はっ、はいぃ? あ、あの、嬉しいと思います」
「うーん。あんたも結局そんな感じになるのね。お陰で少し冷静になれたわ」
馬車を降りると目の前の大きな扉が制服を着た二人のドアマンによって開かれる。ドアの中と外、左右にはドアマンとは別に門衛が剣と盾と槍で武装して立っている。ドアマンは入場客に対して頭を下げるが、門衛は周囲の警戒に集中して客のことは完全に無視している。それを見てシェリルとキュロスが良い仕事だと微笑んだ。
ドアマンに対して目礼するのは俺とシェリルとサリアだけだ。頭を下げないのは護衛対象がいることの証だ。
最初のドアを潜って風除室へ、後ろの扉が閉まったあと、開いた目の前の扉を潜って店内に入ると、吹き抜けのエントランスの開放感を感じる。少し窮屈に感じる風除室を通ることにより、外から中に入って開放感を感じる不思議。そして、真夏なのに涼しい。
「ふわぁ。なにこれ? きもちいー」
魔石エアコンに対するキュロスの素直な感想が嬉しい。オルカもサリアも目と口が開き気味だ。言葉は出てないが驚きを感じていることが伝わってくる。吹き抜けの天井を見上げていたライラと目が合うと赤くなってニコリと微笑んだ。彼女には珍しい人間らしいリアクションだ。思わず微笑み返した。
手を繋ぐシェリルを見ると天井をゆっくりと見渡しながら微笑んでいる。
「入った瞬間からこんな仕掛けがあるのね。この先にいったい何があるのか、ワクワクするわね」
目の前には広い廊下と同時に左右とその奥に様々な店舗が際限なく広がっている。店舗ごとに区切られてはいるが、この中は全部でひとつの店だ。経営母体は『ウェスタリー商会』だ。
「ここは馬車を利用している客が入ってくるところなんだよね。それがわかってるから、いわゆる高級店が並んでるんだ」
宝飾品、化粧品、靴、高級仕立て服店の先、広い廊下の十字路にこちらを見ている集団がいる。涼しい店内を左右の店を見ながら歩いて集団に近付く。
「ロック様、シェリル様、皆様、ようこそいらっしゃいました」
そう言ってカレンが優雅に頭を下げた。同時に後ろに控えるモールの幹部も頭を下げた。
「カレンさん、まだ到着したばかりですが、いえ、着いたばかりだからこそ、ここがどれだけ素晴らしい場所かよくわかりました。こんな素晴らしいお店は皇都にも、この国のどこにも無いでしょう」
「シェリル様にそのようにご評価いただきまして大変喜ばしく思います。ただ、これは全てロック様のご指示の下の結果にございます」
そう言って再び頭を下げる従業員一同。みんな嬉しそうだ。
「カレンさん、それは違いますよ。わたしはここまで素晴らしい場所になるなど想像できていませんでしたから。間違い無く商会で働いてる人たちみんなの素晴らしい仕事のお陰です。ありがとうございます。そして、おめでとうございます」
「ロック様、もったいないお言葉です」
そう言って頭を下げた。
「ここまで結果を出してもらったらこちらも気合いが入りますね。フロンティアからの商品流通を急ぎましょう」
「それは楽しみです。では、御案内いたします」
カレンさんに緊張は見られない。あるのは自信だ。
このショッピングモールの運用が始まることで、いずれこの街の貴族から他の地域の貴族にも伝聞が広まるだろう。西部辺境、そしていずれグランデール中の富が集中することになる。どこまでやったら国を動かせるか試してやろうじゃないか。




