第191話 七の月、キュロスの日
開拓がスタートして二週間が経った。基地の敷地分の伐採は完了して、今は視界を広げるために更なる拡張を続けている。そして、基地の外壁にあたる部分に丸太を埋め込んでいる。【出納】を使うと、お掘りのように溝だけ掘れば丸太を差し込むのは一瞬で出来てしまう。
意外だったのは思ったより魔獣が戻って来たことだ。やはり恵の森というか、人間が森を切り開くのがよほど気に食わないらしく、いろいろな魔獣が五月雨にやって来る。迎え打つ方もだいぶ慣れて、俺たちが手伝わなくても撃退出来るようになった。多人数でボーガンや弓での迎撃がかなり効果的だ。
そんな伐採と開墾と狩りの合間にあったのはキュロスの誕生日。それをきっかけに一週間ほどの予定でグランデールに戻って休暇を取ることにした。休暇が名目で実際は問題山積みの商会の覇権争いと裏組織乗っ取りが毎日、毎夜続くだけなんだけどね。
俺の目的はキュロスの誕生日を祝うことだったので、シェフに頼んでキュロスのための特別な晩餐にしてもらった。場所は『夕暮れの泉亭』のレストランバーだ。その日は『再生の大地』の貸し切りでパーティーをした。途中で場所が足りなくなってユセフさんが中庭も解放してくれた。宿に泊まってた商人や冒険者にもお騒がせしてますということで好きに飲み食いしてくれと解放!
『再生の大地』のトップのための大宴会ということで、通りすがりの連中にも振る舞い酒をした。お陰で大混乱! にはならなかった。『再生の大地』の連中がいるからね。揉め事になりそうになった瞬間そいつらはあっという間にどこかに連れて行かれる。それを見てキュロスが大笑いしていた。
グランデールで誕生日を祝う風習は貴族とか、それを真似る豪商ぐらいにしか存在しない。キュロスの権勢を誇示するのにも今回のパーティーは大いに役立つだろう。
今日は『再生の大地』のパーティーだ。奴隷と一緒に飲み食い出来ない連中の方がお呼びじゃない。
俺の知らないグランデールの冒険者たちが噂を聞きつけてどんどん挨拶に来る。キュロスさん大人気。キュロスは『再生の大地』のクランマスターだからね。二つ名持ちの英雄の超有名人だから。
『再生の大地』が本格的に動き出してから西スラムの治安は一気に改善した。それはそうだ。悪さをしていた奴らが全員奴隷になって治安維持に回ったんだから。
構成員は防具の左肩を暗い赤色に染めている。
通称『レッドショルダー』
防具を着ていない者はそれに準じる腕章を左腕に付けている。本当は右が良かったんだけど、色が付いてると肩の動きがわかりやすいということで左にした。世間では早くも『再生の大地』より『レッドショルダー』の名前の方が通りが良くなっている。うん。異世界だから文句を言う人もいないから大丈夫だ。
夜や暗いところではわかり辛いが、狩りの時に目立っても困るから地味で構わない。あまりにも構成員が多くて見分けがつかないから始めたのだが、メンバーには好評だ。相変わらず粗野で学のないことには変わらないが、奴隷故に決して悪さをしない。命令の中に治安維持が入っているので犯罪を見過ごすこともしない。鍛えまくって食いまくって強くなっていく。おまけに最近では見た目もこざっぱりしている。街の悪ガキの憧れになる。奴隷なのに誇りを持ってイマココ。
バリウスの元には『再生の大地』に入れてくれという連中が子供から現役冒険者までひっきりなしらしい。
そういう連中はわかっているのかね? 『再生の大地』に入ったら奴隷が自分たちの先輩、上司になるんだが? 奴隷の言うことを聞く一般人ってなに?
バリウスと相談して、『再生の大地』の下部組織として別組織を立ち上げる方向で話を進めている。若い入隊希望者もうちに断られたところで冒険者になるしかないような連中だから、フリーでやるよりウチで仕切ってやった方が連携も取れて食いっぱぐれもなく、死亡率下がるし、治安維持にもなりそうなんだよなぁ。あとはウォーカーと相談だ。
「ロック!」
若い男の声がした。久しぶりに若いやつに呼び捨てにされたな。
「えーと、『誓いの剣』の」
濃い緑の髪とエメラルドグリーンの瞳が好奇心にクルクルしている笑顔の似合う陽気な少年。名前なんだっけ?
「カシムな! 俺たちに興味示さないお前に俺は興味津々だぜ」
「ああ、そうだ! カシムだ! 珍しいね。宿にいたんだ」
「そーなんだよ。仕事でいろいろ駆け回ってたんだけどな、うちの大将が王都でちょっとやらかしてな」
それ以上は言えないって感じでジョッキを煽る。俺も巻き込まれたくないから聞きたくない!
「んん?! なんだこれ?!」
ジョッキを見ながら驚いている。
「あぁ、ビールかな? 新しく商会で売り出すんだよね。今日はそれのお披露目も兼ねてるからエールと飲み比べてみてよ。冷たくても美味しいから夏の時期にぴったりでしょ」
「うん、喉越しがいいな。うめぇ。あっ! キュロス姐さん! 誕生日おめでとうございます!」
めっちゃ調子良いな。でもこれがこいつの持ち味だなぁ。
「あれ? 今日はサリアちゃんはいないの?」
「サリアは部屋で休んでるよ」
「そうだ! 部屋にいるみんなに知らせなきゃ! じゃあ、あとでな! みんなを呼んでくるから!」
ホントかな? こんだけ騒いでたら気付いてそうなもんだけどな。たぶんユセフが気を利かせて各部屋を回って知らせを入れてると思うけど。
シェリルとサリアは乾杯が済んだら少しして部屋に戻った。収拾がつかなくなるから。今日はキュロスの日だ。そして今回、キュロスからのお願いという形でプレゼント類は一切受け取らないことになっている。そういう利権は邪魔なだけだ。
しばらく会ってなかった『銀狼の牙』の連中も来てくれた。
「ロック、久しぶり! キュロスさん、誕生日おめでとうございます」
ライズ、ちょっぴり大人っぽくなったか?
「ライズじゃーん。ひっさしぶり〜。飲んでる〜?」
親しげにがっしりと酔った美人英雄に肩を組まれて赤くなるライズ。まだまだだった。
オルカはルシアに連れられてどこかに行ってしまった。あれは放っておこう。
「ライズ、最近は何してるんだ?」
「お、おお。最近は森に入り始めたんだ。ロックに紹介してもらったり、譲ってもらった装備のお陰でだいぶ戦えるようになったからな。まだ単独じゃ無理だけど、レイド組んでなんとかやってるよ。この前、ホーンテッドディアを狩ったよ」
「いいね。無理だけはするなよ。来年、再来年ボアが狩れるようになるぐらいでもまだ早いからな。狩りで食っていけてるならやり方は合ってるんだ。決して焦るな。名前を売ろうと思うな。お前はメンバーの命を預かってることを忘れるなよ」
「うん、わかった。ロックがこれでいいというならそうなんだろう。地道にやっていくよ」
「いやいや、ディア狩ってる時点ですごいから。そうだろ! ジェイ!」
「ん? おお、そうだぞ、ライズ。俺がお前ぐらいん時はまだホーンラビットに苦労してたからな」
タダ飯、タダ酒、あわよくばだれか女性を、なんて顔でうろついてたジェイを呼び止めた。
「ロックさん! ビール、めちゃめちゃ好評ですよ!」
『金獅子の醸造所』の跡取り息子のネスターが興奮した様子で報告に来た。
「ネスターさん、ここからだから! 安定供給よろしくお願いしますよ」
「任せてください! ビールはもう俺が仕切ってるんで! やってやりますよ!」
部屋をぐるりと見ると、バリウスのパーティー『蒼い月』の連中がジョッキをチビチビやりながらあちこちに分散していた。特に指示を出していないが、自主的に警護に就いている。奴隷同士は問題を起こさないが、街の冒険者はその限りではないからだ。揉め事が起きそうになると当事者たちの首根っこを捕まえて外に連れ出している。仕切るの上手いな。
ちょうど昼に始まった誕生日パーティーだが、あらかじめ日付が変わると共にお開きと告知してある。食べきれなかった食い物と飲み物を持って円形公園辺りで勝手に続きをやるだろう。明日の朝には公園は死屍累々の酔っ払いだらけだ。
最後にキュロスから今日集まってくれた礼を言ってパーティーは終焉した。初めての企画にしてはなかなか上手くいったのではないかな?
「あー、面白かった! ロック、誕生日パーティーなんてやったことなかったから楽しかったし嬉しかったよ! ありがとう!」
部屋に戻るなり良い感じに出来上がって上機嫌のキュロスが笑いながらハグしてきた。う、動けん。手にはまだジョッキを持ったままだ。どんだけ飲むんだいったい。
「じゃあ、ロック、お風呂!」
酒を持ってない方の手で引っ張られて連れて行かれるが、今日の主役なので誰も何も言わないで「いってらっしゃい」された。そういえばキュロスと二人きりで風呂に入ったことってないような?
気を使ったのか珍しくオルカも入って来なかった。オルカは自分の誕生日を知らない。スキルを授かった日は寒い時だったと言っていたので冬に誕生日会をすると約束している。今日のパーティーで誕生日会のイメージは出来たかな?
今夜だけは暗躍も無しでしっかりと寝ましょうね。




