第189話 リゾート化計画
橋の掛かる街道だが、この道路は自然に出来た場所で森が南北で断絶していると言っていい。場所によるが狭い箇所で五十メートル、広いところでは数百メートルもの間隙がある。今のところグランデールとフロンティアを繋ぐ唯一の道だ。
狭いところは森に飲み込まれないように拡幅工事が行われるが、魔獣も多くてなかなか思うように整備は進んでいない。この地域を治めるバーランド辺境伯の怠慢のせいだ。金の成る木なんだからガンガンに投資すりゃあいいのに何をやってるんだと歯がゆいばかりだ。今、そういう危険個所を洗い出していて、拡幅工事を計画中だ。いつかウォーカーにこの借りを返してもらおう。
さて、すっかり十二歳の少女との実力差に凹んでいたスティングだったが、一念発起したらしく、今はまたオルカから何か盗もうと必死に後を追っている。オルカにとっても部下を使う良い機会だ。これからはそういった役割も勉強していいだろう。
オルカがハンドサインでスティングに『右方向から周り込め』と指示した。よく見つけたな。魔獣化した鹿の群れだ。その数十七頭。指示通り進んだスティングがようやく探知圏内にホーンテッド・ディアを捕え、オルカの意図を理解した。森の奥へ回り込んで追い立てる猟犬の役割を果たそうと動いている。狩る者と追い立てる者、どちらの方が実力が上かは言うまでもない。そんな役割をスティングがしっかりとこなしている。
追い立てる方向の樹上にオルカが待機している。ディアたちに気付かれないよう、大木のとんでもない高さまで昇っている。
「ごおおあああああ!」
虎獣人の面目躍如! 魔獣であるホーンテッド・ディアがスティングから逃げている! オルカが自由落下をもどかしがって幹を駆け下りてきた。最後の瞬間は垂直落下の【縮地】で地面に現れた時にはボス鹿の首筋は断ち斬られていた。
恐ろしい。距離感ミスったら地面に激突だぞ。これはもう完全にスキルを使いこなしているということでいいかな?
群れのボスを失って混乱したディアたちがバラバラに逃げ出した瞬間、オルカが手近な三頭を屠った。スティングも一頭の首筋を斬っている。もういいかな。
「うおっ?!」
スティングが驚きのあまり声を出して後ずさった。俺が残りの十二頭に向かって同時に【出納】で攻撃。岩石弾で首を折られたディアが即死で頽れながら消失した。
「ははっ。こいつぁすげえや」
うれしそうにスティングが独りごちた。刃物と飛び道具じゃ争いにならないんだよ。オルカが少しぼんやりと遠くを見ているような様子をスティングが神妙な顔で見ている。オルカはぼんやりしているわけではない。力を抜いて全力で全方位の情報を収集中なだけだ。オルカなりの残心だ。
ぽーんとスティングが後ろに飛んだ。きっと少しオルカに手を出すイメージをしたのだろう。その証拠に冷や汗をかいている。
「それやるなら事前に声掛けておけよ。本当に斬られるからな」
今斬られなかったことこそ僥倖だぞ? あからさまにその気がなかったから斬られなかっただけだ。特に俺が一緒にいる場所でその手の冗談は通じないぞ。オルカは護衛だからな。たぶん次の訓練でお灸を据えられるだろう。
「鹿が戻ったか。熊もいれば虎もいるし、生態系って言葉が存在するのかもあやしいな。それと森には魔獣しか出ないってのも本当っぽいね」
「そうっすね。スライムもいないっす。でも、遠くの山とかだとワイバーンとか竜種なんかもいますからね。あいつら、元の獣がわからんので魔獣って言っていいのかわからんすよね」
「ふーん。それと、よくわからんのは、ダンジョンから持ち帰ったスライムが表に出しても死なないってところだよな。外の環境下でも生きて行けるのに自分からは出てこない。そんなにダンジョンの方が生存に適しているのかね」
「そうなのかもしれないっすね。俺としては出て来ないならそのまんまでいてくれた方が良い気もしますが」
「たしかにそうだな。よし、そろそろ昼飯だな。戻ろうか」
河原の安全は確保できているので、可能な限り森の中を進んで戻った。移動速度が速いせいで広い範囲を移動できる。お陰で魔獣の討伐にも事欠かない。スティングはパーティーの前衛だ。敵を引き付け、メンバーの安全を確保しつつ攻撃をするのが戦闘スタイルだ。オルカのように後先考えず突っ込んで暴れまくるというのは完全にソロプレイヤーの特殊な立ち回りになる。スティングの戸惑う気持ちは傍からみていれば理解できる。斥候のはずのオルカの方が前衛より強いんだからしょうがないよな。
時々、オルカが休憩がてらわざとスティングに攻撃権を与えている。これも一種のパーティープレイだ。オルカの立ち回りをじっくり見ることによってスティングにも大振りが減って洗練さが見えるようになってきた。今まではパーティーに頼る部分があって、大雑把で済んでいたところがソロ討伐では甘さに繋がっていた。最短距離を最速で刃を通す。次の次の次に繋がる剣筋と踏み込み。
一連の動きで森林狼の首を立て続けに斬り裂いた。
「おっ。今のは良かったな。偶然じゃなく、その前から誘って彼我の位置を調整できていたのがいい。それが出来れば対人戦でも相手が嫌がるんだ。自分が操られてるかもしれないと思わせたらもうこっちのもんだからな」
「おっもしれー。ゴードンにぶつけて隙を作るのはそれはそれでいいが、ひとりでも出来ることがまだまだあるんだな」
「そうだよ。普通は子供の時にでも気付くんだけどな。お前、がきんちょの時からぶっちぎりで強かったんだろ? 負けない環境の中にいればそりゃ進化も止まるよな。己の敵は己と肝に命じろよ。昨日の、今の自分に勝ち続けろ」
オルカが『帰ろう』とハンドサインを送ってきた。お腹が空いたんだな。もうすっかり昼飯を食う生活にも慣れたようだ。食欲旺盛でよく食べるが、食い貯めはもうしない。いつでも食えるようになったからだ。
オルカに『行け』とハンドサインを出すと同時に、自分のうまく決まった攻撃の感動に浸っているスティングに声を掛ける。
「スティング、焼き鳥食いに帰るぞ!」
◇
「ただいまー」
「あら、おかえり。早かったのね。ロックバードは狩れたの?」
サリアがお気に入りとなった帆布のサマーベッドに横たわりながら聞いてきた。
「狩れたよー。せっかく解体班と調理班がいるからね。素材にしてもらうチャンスだからできるだけ狩っておきたいよね」
「ロックー、今日のお昼はなーにー」
キュロスはソファーベッドでゴロゴロしている。
「もちろんロックバードだよ! キュロス、あとで河原にも東屋作ってあげるよ。川の水が流れる音と川面を渡る風が涼しくて昼寝が捗るよ」
「うふふふふ。いいわねぇ。私もぜひお昼寝を捗らせてみたいわぁ」
珍しくシェリルにウケた。
「うん、最高に贅沢なリゾート施設を作るからお楽しみにね」
「まったく、どうして森の中でのんびり昼寝する話になってんのかしらね」
「にゃははは。昼寝してまた長い夜も楽しみよね」
「キュロスは夜のお酒が楽しみなんでしょ」
「そーよー? 焚火を見てるだけ、月を見てるだけ、全部が映る湖を見るだけでお酒が美味しいなんてね、そんな悪いこと教えた男のせいだわー」
キュロス酒飲んでないよな? 俺は渡してないぞ。
「あらあら。ずいぶんと楽しそうな見張り番の過ごし方をしているみたいね。私も見習わなきゃ」
「あんたこそ昼寝が必要みたいね。今夜も寝る時間はなさそうよ?」
「みんなと一緒ならどれも楽しい時間だから大歓迎だよ」
「そんなにイイならわたしも夜の東屋で見張り番をしてみたいわ。シェリル姉さん、午後は、虫避けの魔法を覚えてくださらない?」
「うふふ。そうね。私たちばっかり楽しんじゃサリアがかわいそうだものね」
俺の睡眠時間が確実に減る相談がなされる会話を後にロックバードの処理のために解体班に向かった。




