第185話 集団作業
急ぎ橋まで戻ると欄干に立つキュロスが見えた。今まさに飛び降りるところだったみたいでそのまま飛んで来た。
「ロック。オルカも、無事でよかったわ」
びくともしないハグをされて出迎えられた。これやられると何やっても外れない。
「心配掛けてごめん。ちょっとおもしろいのがいたよ」
埋もれながら平然とモゴモゴ言うしかない。
「ぷはっ。牙と装甲のある虎だったよ」
「えっ?」
心配で駆け付けたバリウスパーティーの面々がシェリルたちの後ろで信じられないといった感じで声を上げた。
「ん? あんたたち知ってんの?」
サリアが振り返って声を掛けた。これもまた非常に珍しい光景だ。
「はい、牙のある虎といえばサーベルタイガー、角があれば魔獣化したホーンテッド、装甲アリとなると上位種の装甲牙虎です。金等級のフルパーティーでも相性によっては難しい相手です」
「ふーん。あんたたちだとどうなんのよ」
「我々『蒼い月』でも無傷はまず無理、死人が出る可能性も充分あります。ほとんど主クラスの魔獣です」
「ですってよ。まぁ、あんたのやることだものね。それに戻るのもずいぶん早かったわね」
「そうなんだよ。ちょっと試してたらけっこう強くてマジになっちゃったからさ、オルカがさっさとやっちゃったんだよね。お陰で俺の新武器使う暇も無かったよ」
俺の刀を見えるように鞘の上から触って言った。
「ん? あんたがやったんじゃなくてオルカが倒したの?」
「え? そうだけど」
サリアが首だけ振り返って『蒼い月』を振り返ると全員が目を開いてオルカを見ていた。オルカはいつものように少しぼーっとしていた。
「さ、さすがオルカお嬢だぜ。ちくしょー、次は絶対見に行くぜ」
まぁ、スティングだよね。
「それでこそ、だな。銀狼様のご活躍だ。皆に知らせてこようぜ」
こいつは毎回スティングといっしょに凹まされてる盾役のゴードンだ。
「ボス、すぐに用意するんで装甲牙虎の血抜きをさせてくれないか」
バリウスがいつになく真剣な顔だ。
「ん? ああ、やってくれるならいいけど」
「うおおおお」「てめーら! 早く用意しろ!」「いそげー!」「装甲牙虎だぞ!」「お嬢がやったぞ!」
にわかに活気付く拠点。
「どうでもいいけど開拓作業は続けろよ?」
やっと自分で作った豪華休憩所で座ることが出来た。冷えた果実水を飲みながらキュロスに装甲牙虎とどうやって闘っていたか話していたら呼び出された。
◇
「へー、仕事早いじゃん」
大木に滑車でロープが張られ、下に大穴が開けられていた。
「そこもうちょっと下がって、そうそう。出すぞー」
穴に頭の位置を合わせて【排出】
「うわぁぁぁ!」「でっ!」「でかいぞー!」「縛れ縛れ!」「上げろ上げろ!」
大声で怒鳴り合う喧噪の中、パニック気味に作業が行われる。毛皮に血が付かないように頭にもロープを掛けて顎を引っ張り上げる。なんでこんな巨体があんな速く動けるんだ。というかそもそも生物として大きすぎるだろ。
「おい! 吊り上げロープをもう一本増やしておけ!」「急げ!」
ここまで連れて来ている本職の解体師のトップが直々に指示を出しながら四人掛かりで処理をしていく。
「マジだ。装甲牙虎だ。ん?」
スティングがすごい勢いで吊り下げられた装甲牙虎の周りを回る。
「ボス! こ、こいつ、首のところしか傷がねー!」
興奮して言葉がだいぶ足りん。言わんとすることはわかったわ。
「そりゃそーだろ。そこしか斬ってないんだから」
「ま、マジかよ」
解体師の声しかしなくなった。たぶんどうやって討伐したかイメージが湧かないんだろうなぁ。
「あー、でも右前足の付け根と脇腹に打撃痕があるかもしれん。石ぶつかってたから」
「え? どこだ? うーん、これかなぁ。わからんな」
「ボース! こいつぁ魔石抜いていいんですかい!」
「うーん、いや、血抜きだけでいい。バラすのは戻ってから落ち着いてやった方が良さそうだ」
ここで血抜きしてるのはこいつらが珍しいから見たがってるってだけだからなぁ。
「バリウス、寝床の確保大丈夫か。そろそろ日が暮れるぞ」
「へい、進めます」
血抜きは脚の付け根からも行われたが、解体師が工夫をして毛皮に血が付かないように処理し終えた。
「ボス、これで血抜き終わりました。何が使えて何が使えないか研究しないと何もわからんですわ」
収納し終えると解体師の頭からそう懇願された。
「わかった。そうするよ。ところで今夜は血は埋めないでこのままにした方が匂いで他の魔獣が寄って来なかったりしないかな」
「お前ら! 血ぃ集めろ! 急げー!」
俺のことは見向きをせず貴重なガラス瓶を煮沸したあとに地面の血を掬いだした。
「あー! ちくしょう! 俺様としたことが! ボス、ありがとうございました。すいやせん、貴重な血を無駄にしちまいました」
「いや、うん、いいけどさ。本当にそんな効果あるかね」
穴を見たら濃し布に血を吸った土を入れて血の抽出作業が続いていた。
「お前ら、そんなもん集めるのに夢中になって魔獣に襲われたりするなよ。本末転倒だぞまったく」
なにがおかしいのか大声で笑う解体師を横目にキャンプ地に戻る。
「うーむ。根っこだらけだな」
そろそろ空が赤くなるかという時間だ。倒された木を片っ端から【収納】すると切り開かれた土地が現れたのだが、抜根作業はまだまったく行われていない。切り株を【収納】できないかと思ったが無理だった。どこまで根が張ったいるかわからないのがネックになってる気がする。
「よーし! お前ら! 今日の作業はここまでだ。バリウス、作業止めさせろ。川で水浴びさせろよ。解体班も人をやっていい加減休ませろ。水浴びした奴からメシだ。酒はエール一杯だけだからな!」
うおおおお!
なにが楽しいんだか冒険者も建設従事者も雄叫びを上げながら川に飛び込んで行った。野郎どもによる集団全裸沐浴など見ていて楽しい風景でもない。
「まったく、なにをはしゃいでるんだか」
「ボス、こんな早く作業が終わって、水浴びでさっぱり出来て、このあと待ってるのは魔獣肉のバーベキューパーティーですぜ。しかもエール付きだ。奴らの体を見てください。この三ヶ月で鍛えられまくって精強部隊の出来上がりでさ」
「ふーん。ま、文句が無いなら俺も文句はないよ。それよりメシ作ってるのは女の奴隷も多いな。あれ? 女の冒険者はどこ行った?」
「女たちはもう少し川上にキャンプ地があります」
「ああ、そういうことか。ちょっと離れると危ないな。野郎どもの野営地を橋の川下にしてこのあたりを女用にしとけ」
「わかりました。このあとそうします。ボスはどのあたりに野営張りますか」
「そうだなぁ。女たちの野営地よりは先の森の中かな」
そう言うとバリウスが渋い表情になった。
「なんだ? なにか言いたいことあったら言えよ」
「まぁ、言いたいのはこのあたりで野営張ってもらえたらなってことですけどね」
「えー、嫌だよ。うるさいし。お前らも上司が居ない方が羽伸ばせていいだろ」
「そりゃどこの宴会の話ですかい」
「ボース!」
だみ声で呼ばれた。さっきの解体師の頭だ。
「ボス、これを持って帰ってくだせえ。さっきの虎の血でさぁ。痛むと良くねぇ」
後ろに付き従う部下たちが大事そうにボロ布に包まれたビンを持っていた。フタは蝋封で密閉されている。ビンだけを【収納】すると部下たちは踵を返して水浴びのために川に走っていった。頭も礼を言って部下のあとを歩いて追う。
「意外とみんな綺麗好きだったよな」
スラムにサウナ文化を取り入れて二ヶ月以上経ったが、導入当初から大人気スポットになった。しかし、如何せん元が汚れまくりなので、最近になってようやくまともな衛生環境になってきた。
「ボスが壁の中から水を引いたのがデカいです。元々サウナが嫌いな奴はいないですからね」
スラムの冒険者とか、元々サウナを知らない連中は今でも怪しい。ウチの組織では風呂は命令、強制で習慣付けの真っ最中。商会で石鹸作りをフル稼働しているところで、そろそろ成果が出そうだと報告を受けている。
「バリウス、今日の死傷者は」
「死者、再起不能共にいません。怪我人はいますが後送するまでもないので作業に支障はありません」
「へー、これだけ森の奥で魔獣を狩ってるのに死亡どころか重傷者ゼロはなかなかやるな」
「指揮官付きの十人以上の部隊ですからね。騎士団並みでしょう。それに武器防具が揃ってるのが大きい。申し分のない戦力です。ただし、今日もありましたがイレギュラーなクラスの魔獣が出ると話は変わります」
「それはまぁ運が無かったってことで。死ぬ気で逃げろ」
「ふっ。えーと、明日、土石竜が入ります」
「え? なんて? 土石流が? 入る?」
「土木系の仕事で使う蜥蜴です。蜥蜴なんですが現場では竜呼ばわりするんですよ」
「えーと、蜥蜴なのに竜って呼ばれる工事用の土石竜っていうのが来るんだな? なにに使うんだ」
「足が遅いんで先発で出してたんですが、結局明日の入りになりました。俺たちはそれを追い越して今日現場入りしたんで。土石竜は草食蜥蜴ですが、そのくせほとんどメシを食わんのです。それで、力が強いので重いモノを運ばせるのに使います。今回はそこら中にある魔木の根を掘り起こすのに使うそうです。俺も専門家じゃないので報告を受けただけでよくわからんです。抜いた根はそのままエサになるって話でした」
「ふーん。ま、実務は任せる。明日の魔獣狩りも調子に乗らず慎重にやらせろ。あ、そうだ。今日、前線で撤退命令を出してた指揮官がいたろ。功労勲章代わりにエールの小樽をひとつ回してやれ」
「わかりました。以上です」
「ほい、んじゃ、お疲れ~」
森林伐採では『神々の黄昏』は役に立たないってことがわかったので、しばらくは魔獣狩り専門になりそうだ。
「オルカ、みんなのところへ戻ろう」
豪華東屋セットに戻るとサリアはサマーベッドに横になってネイルにヤスリを掛けていた。シェリルはお気に入りテーブルチェアで読書を。キュロスはサリアの隣でうたたね中。俺が近付くと薄っすら目を開けた。どうやって感知してるんだ?
「ロック、お帰り。虎の血抜き、思ったより時間掛かったのねー」
「ただいまキュロス、なんか、抜いた血を集めろーとかいって大変だったよ。お待たせ、そろそろ今日のキャンプ地に移動しよう」
移動の前に『再生の大地』の魔獣狩りをしていた三グループの内、成績の一番良かった奴ら用にエールを二樽置き土産にして移動した。
湖と違って川はうるさいので、少し離れたところに自分たちのキャンプ地を作って、昨日同様、快適に過ごしてぐっすりと寝た。今夜の見張りネットも俺は固定で隣がシェリルとオルカの番だ。装甲牙虎が出たお陰か魔獣はまったく近寄って来る気配の無い夜だった。




