第19話 大人の事情
商業ギルドの職員が一番端っこの人目に付かない駐車場の壁の中にテーブルとイスを用意してくれたので、久しぶりに落ち着くことができた。俺はイスに座ること自体がいつぶりか思い出せない。ひょっとして今世初かもしれない。
座ってすぐにあたたかいお茶まで出てきた。これは間違いなく、今世初だ! 香りを嗅ぐとダージリンのようなフルーティな感じだった。すげえ。香りがあるお茶だ。前世ではコーヒー派だったので紅茶はあまり飲んでないのだが、せっかくの高級茶だからありがたく味わう。うん。わからん。
ギルド長のオーサーがじっと俺を見ている。
「こんな高級品を我々のような者にありがとうございます」
「ほう。わかるのかね」
「いや、ぜんぜんわからないです。たぶんうちの連中はみんなそうですね。俺たちは薄めたエールか果実酒が美味いと感じるよう特殊な訓練を受けていますので」
「がっはっはっはっは! それはまた楽しそうな訓練だな! 今度俺も混ぜてくれ!」
そういうとすぐに次の飲み物としてエールと薄めた果実酒が並べられた。当然、その辺の安酒場とはモノが違う。ライズたちは思いもよらぬ好待遇に困惑しっぱなしでまだ居心地が悪そうだ。
「ここにいるのは冒険者ギルド所属の『銀狼の牙』という冒険者パーティーです。彼がリーダーのライズです」
ライズは無言で軽く頭を下げた。オーサーも軽く頷いたのみだ。
「『銀狼の牙』には報酬を支払うことで素材の運搬と護衛を頼んでいるだけですのでその旨ご了承を」
ライズたちを俺の個人的な事情に巻き込みたくないので線を引いた。オーサーと同席している出張所所長のサイラスは「了承した」という感じで頷いた。
「俺は西スラムに来るのは今日が初めてなのでこの町の仕来りがよくわかっていません。ライズからは冒険者ギルドに所属している者は慣例的に商業ギルドに素材の持ち込みは出来ないと聞いています。世の中には様々な大人の事情があるでしょうからそれは構いません。ただ、幸い俺はまだこどもなので冒険者登録もできていません。狩人としては素材をより高く買っていただけるならどなたにでも喜んで素材を卸し続けたいと考えています。俺の言っていることで何かおかしなところがあったらぜひご教授いただけるとうれしいです」
十歳というのは大変めんどくさい。だけどもう取り繕うのも面倒だ。こういう場だと一人称も「私」と言った方が本当はやりやすいのだが、そこはあえて「俺」にしている。そのうち無理せずに話せるようにもなるだろうが今はこれでいい。
「商業ギルドとしてはどこの誰が持ち込みをしようが問題はない。それがたとえ冒険者ギルド所属の者でもだ。ただし、盗品などの疑いがある場合は除くがな。そのためここでは取引時には商品の出所に責任を持つという誓約書を作成することも多い。この街で起きていることはお前の言う通り『大人の事情』ってやつだ。で、その唯一の懸念だけ晴らしたいのだが、今回の素材の由来だ。ライズ、冒険者ギルド所属の冒険者としてここであらためて教えて欲しい。今回の素材の由来とロックと知り合った経緯だ」
ライズが俺の顔を見るから「真実だけを言え」と言って任せた。
「ロックとはついさっき知り合ったばかりだ。さっきも言った通り、街の外で 草原狼に襲われているところを助けられただけだ。そのあと冒険者ギルドに査定に行ったら、ちょっと目を離した隙に副ギルド長相手に大喧嘩しててそのままここに来た。ここに行けばいいなんてことは俺は絶対に言ってないからな。ロックが冒険者ギルドで買ってくれないなら商業ギルドに買ってもらえばいいって言って俺たちを巻き込んだんだ。疑うなら表にいる連中にも聞いてくれ。あいつらのほとんどが冒険者ギルドでの騒ぎの時にその場にいたからな」
じっとライズを見ながら話を聞いていたオーサーがひとつ頷くと俺を見た。
「わかったライズの言葉を信じよう。今度はロック、お前だ。 草原狼は自分が倒したものと誓えるか」
なるほど。なにかあるなこれ。よしいいだろう。
「商業ギルド長オーサー様、草原狼は俺が倒したものに違いありません」
俺が話す間、オーサーは瞬きもせず俺の目を見ていた。
「よし、わかった。今回の取引にはなにも支障はない」
なにかスキルを持っていそうだな。まぁ、そこも俺が気にすることじゃないからいいだろう。
「ありがとうございます。次回の持ち込みの時は誓約で済ませられるよう契約内容の確認のための立会人を連れてきます」
「うむ。それでいい。ではもう一点、お前に言っておかねばならんことがある。今回、ウチと取引したとして、その後、お前自身に降りかかる火の粉の処理までは保証できん。商業ギルドはいつでも「持ち込まれたから買っただけ」と言うことができる。だが、売った方の事情までは関与するつもりはないし出来ない」
持ち込まれれば買い取るけど、その人間がそれによりどこかの誰かと対立しても責任は取らないということだ。今回でいうと俺が冒険者ギルドに狙われる対象になっても知らんぞ、ってことだな。
俺が子供だと思ってなのか、かなり正直にぶっちゃけて話している印象だ。少なくとも俺にはここに出入りしている他の商人と同等に扱ってもらっているように感じる。トップと話せて良かった。
「はい。問題ありません。ただ、そうですね。今回一度の取引だけで外部とのゴタゴタまでのリスクを負うのは俺も割に合わないですね。今後もこちらに素材を持ち込んだ場合は適正価格での買取りを続けていただけるなら、ということでいかがでしょう」
「取引成立!」
一瞬の迷いもなくオーサーが右手を出してきた。ここでも右手の握手は敵意の無い者同士の挨拶だ。俺も右手を差し出して握手をする。ライズたちは難しい顔をしている。これで俺と冒険者ギルドの対立が決定的になったようなものだ。でもな、ライズよ。もっと物事をシンプルに考えることも必要だぞ。
「ありがとうございます。逆にこちらが気になってしまうのですが、俺もさすがに向こうから仕掛けられたら身を守らねばなりません。そうなった後もそんな私と取引を続けることが出来ますか?」
いけね。地が出た。ただこれは要確認だ。俺が冒険者ギルドの奴から攻撃を受けたら確実にやり返す。お尋ね者になったあとの俺とも取引を続ける気はあるのか? それがお前らにできるのか? 今度は俺がオーサーの目の奥を覗き込む番だ。
「怖いこと言うねぇ」
頬の大傷を歪ませながらちっとも怖くなさそうにニヤリと嗤うオーサー。そうだ。その顔が見たかったぜ。
「さっき、そこのライズに聞いたんだけどな。お前、この 草原狼、その腰に差したボロナイフ一本で殺ったんだってな?」
サイラスが目と口を開いてあぜんとしていた。
「もう握手はしちまった後だぜ。西地区商業ギルド長オーサー・オブライエン、お前が素材を持ち込み続ける限り、適正価格で買い取ることを家名に誓って約束しよう」
オーサーの顔には、血みどろの戦いを期待するかのような獰猛な笑顔が広がっていた。そして今度は『銀狼の牙』一行が目と口を開けてあぜんとする番だった。貴族が家名を持ち出して誓うところを見るのはもちろん初めてだし、今後の人生においても再び見ることが出来るとは思えなかった。
俺たちは見てはいけないものを、聞いてはいけないことを、知ってはいけないことを知ってしまったのではないのか。まだ「見習い」が外れたばかりの、銅の冒険者章さえもらっていない俺たちが、この場にいていいはずがないと思った。
「ああ、そうそう。今回の毛皮と肉の売却金は全て『銀狼の牙』へここまでの運搬代として支払う約束なので彼らに渡してください」
今度はオーサーが目と口を開けてあぜんとした表情になった。
あらま。さっきまでカッコよく決めてたのになんかスマン。




