第182話 一途
「ん~、いい匂い」
キュロスが散歩の気軽さで森の中から現れる。
「あははは。まるで匂いに釣られて出て来たみたいだよ」
「ん~、間違いじゃないわね」
みんな声を出して笑った。あの場にいなかったキュロスの明るさに救われた。
そろそろ肉が焼けるという時に橋の欄干から緑の髪の少年が飛び降りると、ブラブラとこちらに歩いて来た。
「サリアちゃーん、相変わらず愛くるしいね」
意図的なのか生来のものか両方か。明け透けな笑顔でカシムが近付いて来る。
「あれ? そっちの剣士の彼女はさっき馬に乗って行っちゃったのでは?」
「あんたねぇ、気の多い男は嫌われるわよ」
サリアが警告してあげたのだが。
「うーん、それでいうとそっちの彼氏の方がマズいってことになるんじゃないかなぁ」
「あははは。そりゃそうだ。カシムの方が正しい」
「ああ、この男はいいのよ。どこの世界にも例外や規格外ってのがいるのよ。それがコレなのよ」
真剣に肉を焼いている美少女にしか見えない男の子に絡みつくように抱きついて余裕の表情なのは流石すぎる。ほら、カシムが悶えている。
「かーっ! 君みたいないい娘がグランデールのどこにいたんだか。忙しく街を空けてばかりじゃダメだなぁ。もっと休みが欲しいわ」
「そうだねー。冒険者ギルドになんか入ってるからダメなんだよ」
「え? いやいやいや、なに言っちゃってんの? ん? そーだ! そう言えば『神々の黄昏』はギルドに入ってないって言ってたんだ! なぁ、それってどうなってんだよ? お前ら金に困ってるようにはまったく見えないっていうか、俺らよりも優雅なのはなんでだ? いや、そもそもこんなところで何やってんだ?」
それを探りに来たのかと思ったけど、本気で今気付いたって感じだな。焼けた串肉をみんなが手に取る中、二本持ってカシムの元に行って一本を差し出す。片眉を上げながら受け取るカシム。うしろのそこここから「いただきます」の声が聞こえる。
「どうぞ。けっこうイケるよウチの串肉」
ひと口かぶりつく。肉汁と塩胡椒の絶妙な塩梅が最高だが、肉そのものが美味い。これは熟成させた魔獣肉だ。
「うっま!」
肉を頬張ったままカシムが呻く。目線は手に持った肉に釘付けだ。
「最近、壁の中の屋台の肉をこれに切り替えたんだ。熟成肉の供給体制が整ったんでね。値段を上げられたおかげで利益率も上がって屋台だけでもかなりの利益が出るようになっちゃったんだよね」
「そっか、ウェスタリー商会の商会長ってあのやたら迫力と色気のある姐さんだろ? だけどそこの女神様がトップなんだもんな。お前、裏でなにやってんだ?」
言うわけがない。これは言葉遊びだ。
「カシムさ、もっと休みと金が欲しいならロイドに言っておいてよ。冒険者なんかやめてウチと契約しなよって。っていうかここの奴らってみんな冒険者ギルドに入りたがるけどなんでだろうね?」
「いや、それが普通だろ? ん? 普通?」
「カシム、っていうかロイドってなにがやりたいんだ?」
そう言った瞬間、カシムの目の奥で危険信号が灯ったのがわかった。なるほど、これがスイッチだったか。この辺にしておくか。別に興味があるわけじゃないからな。
「今はもう商業ギルドにだって素材を卸せるし、住むところも金も、もうあるんだろ? さっきカシムが言ったみたいにさ、割の良い仕事を自分で選んでそれだけやればいいじゃん。あ、いけね。こんなこと言ってたのがバレたらウォーカーのおっさんに怒られる! 今の聞かなかったことにしてね」
カシムが肉をもぐもぐしながら俺を見ていた。
「うーむ。お前がよくわからんがお前の言ってることはなんとなくわかるし、すっげー良いことだらけに聞こえたわ。お前、危ないな」
「危険な男が相手なほど燃えるのよ。覚えておきなさい」
続いて「坊や」って言うかと思った。カシムは初夏の青い空を見ていた。目からこぼれる汗をガマンしていたのかもしれない。
「っていうか、カシムなにしに来たの?」
「あ! そうだった! さっきの壊れた馬車な、あんなもん直せないからな。奴隷に持てるだけの積荷を持たせて歩いてグランデールまで戻ることになったんだわ。無事な荷馬車に荷物載せるとかあの馬鹿が言ったけどよ、元々限界以上に載せまくってるからこれっぽっちも載せられねーのよ。わははは。てなわけで俺らもう行くわ。ウルフ、そのままだから早めに処理しちまいな。俺らいなくなったらすぐに魔獣が寄って来るぜ。あとな、やっぱこの辺の魔獣の数がすげーよ。気ぃつけな」
橋の欄干を見ると淡く輝く金色のロングヘアが初夏の陽光を浴びてキラキラと輝いているのが見えた。が、それ以上にそのシルエットから怒りのオーラがメラメラと立ち昇っていることも明白だった! そして欄干の上に立つと躊躇無く飛び降りて真っすぐこちらに歩いて来た。俺の視線を受けてカシムが何かを察して、そろりと振り返る。
「ひぃっ! やっちまった!」
慌てて走り出そうとするカシムを呼び止める。
「カシム、ちょっと待って。みんなの分の串肉も持って行きなよ。みんなが美味いって言ったら街に戻った時に壁の中のウェスタリー商会経営のレストランで金使ってくれ」
オルカが焼いた肉をドヤ顔で持って来てカシムに渡す。
「お、あんがとな。は~、きみのお名前は? オルカちゃんっていうのね。きみもすごくキレイだね。その髪の毛どうなってんの? 銀? 蒼? ウチの朴念仁が見惚れるわけだよ。ロック! 楽しかったぜ。ウチのメンバーがフラれることがあるとは思わなかったけどな。お陰でおもしろいもんがいっぱい見れたわ」
最後も未練たらしくサリアに流し目を送っていたがサリアは知らん顔だった。もちろん、惚れた腫れたは冗談半分だ。そう、半分は本気だ。最初の機会を逃したら一生後悔するのがこの世界の残酷なところだ。彼氏彼女、妻夫、誘うのは悪だが絶対悪でもない。暴力無しで奪われるなら奪われる方にも問題や責任があるのだ。なんちゅう野蛮な世界だよ。そんなわけでカシムの誘い方はスマートとさえ言える。もちろん、ぶん殴られても文句は言えない行為だけどな。
「じゃあ、またな。ロイドとソニーには聞いたまま話すよ。オルカちゃん、オルカちゃんもロックと結婚すんのかい?」
「けっこん? ロックとわたしはふたりでひとりよ」
カシムはそう言うオルカの透き通る青灰色の瞳を見てぶるっと震えた。
「うん、そっか、わかった。ありがとう。ロック、じゃあな! 肉、あんがとな!」
遅刻してパンを咥えて走る学生さんみたいに脱兎のごとく駆け出す緑の髪の少年。スキルか? 身体強化では説明がつかない速さだ。せめてその肉が遅刻に対して沈静の効果を発揮することを祈るよ。
「おっかねー。結婚の意味も関係無いほどロックのことしか見てない目だろ。寝床の上じゃねーのに繋がりっぱなしとかマジかよ。イカれてんぜ。ダッジよ、あれは俺以上にメがないぞ」
カシムは長く靡く淡く輝く金色の髪の美少女の横をスリ抜けて走り続けた。この娘が用があるのはカシムじゃないってことか。
「ロック、さっきは助かったわ」
そんなこと言うためにわざわざここまで来ないだろうことは誰だってわかる。オルカ以外の面子にピリと何かが走った。三人がこうなる程に淡く輝く金色の娘は美しかった。
「いえ、大したことでは。返って余計なことだったかもしれませんね」
「わたしはソフィアよ。ロックにお礼を言いたくて」
「お礼? あ、はい。それはもうじゅうぶんな言葉をもらいましたから」
「ううん、ちがうの。こっちの話。あの人があの日以来、初めて笑ってくれたから。ありがとう。じゃ、また、ね」
「ありがとう」に込められた万感の想いは確かに伝わった。返事はしなかったし、いらなかっただろう。ま、人それぞれの事情だろう。
後ろから食べ掛けの串肉を猿ぐつわのように嚙まされた。
「あぐっ。うむ」
「なーによ。あの女。雰囲気出しちゃって気に入らないわね」
自分の食べ掛けを俺の口に無理やり突っ込んで溜飲を下げないで欲しい。
「ま、若い内はいろいろねじ曲がりながら進むものだよ。最後に真っすぐになるならその寄り道も悪くはないだろ」
「はいはい、あんた、時々年寄りくさいのよね。ま、あれは放っておいて良さそうね」
さて、うちのお嬢様たちのご機嫌が戻ったらウルフの収納に行ってこようかな。




