第181話 約束を破ったら
見張りに出していた奴隷から討伐完了の報告を受けて商人がやって来た。
「キュロス、ちょっと」
『誓いの剣』の面々も無表情だ。このレベルの冒険者をアゴで使うような契約を結べるってどういう奴なんだ。
「ほほう。こりゃすごいな。全部、喉だけを斬って倒したのか。ちっ、こんな簡単に片付くなら流しの冒険者なんか雇うんじゃなかったな。ほれ、報酬だ受け取って去ね」
チャリリーン。と銀貨を橋の上に放り投げた。
誰も動かない。誰も何も言わない。
「ほら! 邪魔ださっさと道を空けろ!」
深い海の色の髪と瞳色の偉丈夫がおよそ人が振るうべきではない巨大な両手剣を片手に持って商人の前に立ち塞がった。
「ベクタルム殿、俺は先ほどそこの冒険者殿に貴殿が一台分の荷馬車と討伐された全ての魔獣との引き換えを条件に握手したと聞き及んでおるのだが相違無いか」
「知らんな! ワシは銀貨四枚を提案しただけだ! ほれ、わかったらウルフどもの毛皮を剥がんか! 時間が無いぞ!」
微妙に銀貨の数も減ってるな。
「はぁ? 俺らは魔獣討伐は受けたけどなぁ、処理までは契約に入ってねーだろうが。やるわけねーだろアホらしい」
カシムが悪態をついて荷台の上にひっくり返った。
その時、馬の嘶が聞こえて一台の荷馬車が走り去って行くのが見えた。
「はあっ!? なにをボサッと見とるんだ! お前らサッサと追わんか! なんだ?! おい、お前達、あの黄色い獣人はどこに行った!」
うちのパーティーの全員が遠ざかる荷馬車を指差した。
「ふっ。ふはっはっはっはっはっ!」
豪快な鋼の笑い声が橋上から川を響き渡った。それを呆然と見ていた二枚目の白い歯が光ったと思ったら、釣られたように一緒に笑い出した。
「はっはっはっはっはっ!」
「ぐふっ、ぎぎっ、く、ぐわっはっはっ!」
堪らずカシムと好青年のダッジまでもが笑い始めた。
「うふっ。ふふふ」
超絶の金色の美少女は鋼の美丈夫を見て眦の涙を掬っていた。この娘は何に笑ってんだ? いや、泣いているのか?
「貴様らー! なにを笑っておるか! 追え! 追わんかー!」
「今更どうやってあの距離のものを追えるのだ。術が無いものは如何様にもならぬわ。にしても鮮やかなものだったな」
「ふふふ、疾いのは太刀筋だけでは無い御様子ですね」
二枚目がどこまでも爽やかに言った。まさか盗まれたものは心ですとか言わないだろうな?
「貴様ら、バーランド辺境伯家に逆らってグランデールで生きていけると思っているのか!」
「ん? お前、バーランド辺境伯の身内なのか?」
「なんだと?! 小娘がっ! この私を知らんのか! 我こそはグランデールを取り仕切る大商会『黄金の壺商会』の後継となる貴き者、ベクタルム様だ!』
「また自分に様付けしてるよ。お前、小物っぷりが凄いな。シェリル、こいつのこと知ってる?」
全員が白い女神を見た。シェリルの存在感が増す。注目を浴びたことで自然と雰囲気が開花していく。
「そうね、名前は聞いたことあるような無いような? そのちょっと、口に出すのは控えたくなるお名前の商会なら知っているわよ。たぶん、このひと月ほどで三分の一ほどの建物はウチが買って差し上げたかしら。もう三分の一もどこだかが買ってしまったって報告があった気もするわ」
最初からそこにいたはずなのにその場にいた全員が今初めて彼女の存在に気付いたように視線が釘付けになっていた。ロイドが疑問の表情をしているのを見て二枚目の副官が気を引き締めたのがわかった。シェリルを得体の知れない相手として警戒したのだ。右腕としては百点の心構えだ。でもシェリルはなにもしていないけどね。
カシムは呆然としながら上半身を起こしていた。
「め、女神だ」
思いが言葉になっていた。もうサリアから乗り換えか?
「な、なんだお前は。なにを、なにを言っているのだ。ウチを、買った? 三分の一を? 誰がだ? お前、お前まさか、シェリルだと?! その美しさ、傾国の娼婦! シェリル・ワイマールか! 貴様! 貴様の『ウェスタリー商会』が卑怯な真似をしているせい、で、ひぃぃ」
「ちっ、お前如き矮小な輩がよく喚く! その半分も喋らせぬ内に潰しておくべきだった! 契約も守れぬ商会に未来などあると思うな! お前は死人だ。明日の朝を迎えられぬ者だからな。縊り殺すか? 魔獣の餌か? いや、引き千切った後に餌にしてやろう。生きながらにして腑を引き摺り出されて死ねっ!」
シェリルを娼婦呼ばわりで馬鹿にされた。俺はもう自分で自分を止めることが出来ないなと思いながら、まずはこいつの右腕を引っ張って引きちぎろうと思ったところで後ろからフワリと大きなモノに包まれて立ち止まった。さっきは俺が止めた女に今度は俺が止められていた。
「あなた、私のために怒ってくださるのね、嬉しいわ。私ったら、愛されているのね。そんなあなたがその価値も無い事へ手自ら手を下すところは見たくないわ。大丈夫よ、もうひと月もしない内にすべては私たちのモノになるのですから。もう、今更なにを足掻いても無駄ですわ。今、それを止める術を自ら放棄されたのです。商いという戦があることを身を以て思い出していただきましょう」
そしてそのままくるりと回れ右をされ、柔らかいモノでフワフワと押されるように歩いた。橋の袂まで来ると手を繋いで欄干に乗り、河原に向かって飛び降りた。河原に降りると川上に歩く。すぐに立ち止まってシェリルと向き合う。
「シェリル、奴に喋らせ過ぎた。すまない」
悲しませてしまったことが悔しかった。奴に痛手を与えることも出来ていないことが情けなかった。
「うふふふ。あれで良いのです。あの商会はあまり褒められたやり方をしていなかったものですから、失してしまった方が良いと商会の方で提案されていたのです。さすがに全てを失くすのはと思い、やり直せるだけの規模は残すよう指示を出そうかと悩んでいたところでした。しかし、私がわかっていないだけだったのですね。やはり現場の方の意見は確かでした。これからは物事の本質を見ることを更に肝に銘じましょう」
久しぶりにこの世界の腐った部分に触れた。劣った文明、社会に於いては強制力のある社会制度でなければ制御も進展も見込めないという部分があるが、権力は腐敗する。特に、労せず手に入れた力は腐りやすい。
橋の上からは変わらず間抜けの怒鳴り声が響いているが、なにを言っているかまではわからない。日陰で昼飯にすることにした。美味いモノを食えば気分も上がるというものだ。特注で作った錆びない金属で作った焚火スタンドをグリルにして魔獣肉を焼いていると森の中からキュロスが現れた。




