第180話 吸って吸われて
「こんにちはー」
荷馬車の上に飛び乗ってご挨拶。現場では異常を察したウルフたちが一斉に距離を取るために戦線を後退させた。体制を立て直す 草原狼の戦術だ。群れを見ると森狼も混ざってる。混成部隊か。初めて見る。
「『偏西風商会』の『神々の黄昏』です。契約で助太刀に来ました。よろしく」
眼下で馬鹿げた大きさの両手剣を構える 深い海の色の髪の偉丈夫に向かって呼び掛ける。彼が頭目だろう。
「『誓いの剣』だ。ちと敵が多くてな。契約の制限もあってどうしたものかと思っていたところだ」
声というものに鋼が打ち込まれているならこうなるのだろうと思った。後ろ姿しか見えないが、まだ二十歳をいくつか超えたぐらいだろうに、どうやったらこんな貫禄が身に着くんだ? 決まってる。超えたくもない死線をいくつも超えてきたからだ。真似はしたくないね。
「『ウェスタリー商会』の『神々の黄昏』ですか。ウォーカー殿からお話は常々。こんなところで初顔合わせとは。同じ宿に住んでいるというのにおかしな巡り合わせですね」
深い海の色の偉丈夫の左隣に立つ金髪碧眼の二枚目が白い歯を見せながら爽やかに微笑んでいた。一瞬、歯が光ったように見えた。
「あー、ウォーカーさんが言ってましたね。頼りにしている冒険者パーティーがいるって」
「えー? その程度の認識なのかよ。これでもグランデールじゃ相当売れてんだけどなぁ。かわいい顔してんのになかなか肝が据わってんだなぁ」
目の前で弓を番える深緑の髪の若者が俺を見ながら呆れたように言った。
「こら、カシム、失礼よ! この子はたしか、あなたロックよね?」
淡く輝く金色の髪と瞳の超絶美少女が俺の顔を覗き込みながら尋ねてきた。
「はい、俺がロックです」
「ほら、この子は男の子って言われてたでしょ。謝りなさい」
「あー! あのロックか! 悪ぃな! でもさー! 男でもかわいい顔なのは間違いないだろ? お前、なんかすげーな。」
「おーほっほっほ。あんたは相変わらずねぇ。男まで虜にしようってぇの?」
サリアが不穏なことを言いながら俺のあごを持ち上げながら顔を寄せる。カシムと言われた深緑の髪の少年がサリアを見て目を剥いた。
「うお、人形みてぇな可愛子ちゃんじゃん! 俺、カシム。あとで一緒にお茶でもどお?」
「ふふん。残念ねぇ。わたし、もうとっくにこの男のモノだから諦めなさいな」
「ええ! マジかよ! ロック、お前やっぱすげーな! よく見たら全員女の子ばっかりじゃねーか! うおお! すっげー美人ばっかりだ!」
「あんた。カシムと言ったかしら? なかなか見る目があるけどね、言っとくけど、全部ロックの女だから口説くのは諦めさないな」
「えー!」
カシムと巨大な盾を持ったダークオレンジの髪の好青年も大きな声を上げたが、声を上げたことが恥ずかしかったのか真っ赤になっていた。
「おおう、ダッジが女の子に反応を。誰にだ?」
カシムが興味津々といった感じで何かを探していた。すると鋼の声が先を促した。
「さて、そろそろ続きといこうか。ソニー、ダッジ、荷馬車と通行止めを頼むぞ。あれを見せられたからな。俺も混ぜてもらおう」
「あのー、ちょっといいですか」
深い海の色の偉丈夫に声を掛ける。
「この戦いで倒した魔獣と荷馬車一台は俺たちがもらうってことであそこの馬鹿商人と取引したんですよ。それで、商品にするのに傷をあまり付けたくないんです。もしよかったら討伐は俺たちに任せてもらえませんか?」
「ふむ。そうか。喉元だけを斬るということで承知してもらえぬか?」
その巨大な両手剣で喉だけを? 胴体ごと真っ二つにされそうだと思って声掛けしたんだけどね。
「ああ、はい。それならもちろん構いませんが、いずれにせよ素材はこちらのものになってしまいますが」
「構わんよ。やりたいことをやるだけだからな」
そう言うとウルフの群れに向かって歩き出した。
「キュロス、オルカ、引き続きよろしく。やり方は任せるよ」
残りは二十五、六匹だ。
「カシムさんもお休みでお願いしますね」
「マジか。えらい余裕だな。傷付けなきゃいいんだろ? あとはそうだな、うちの大将のロイドのことも、まぁ見てな」
ロイドが長大な両手剣を無造作に持ったまま敵の中に突っ込んでいく。オルカとキュロスは少し戦線を引いていた。さっきはこっちの手の内を見せた。今度は見せてもらう番だ。身内以外が戦ってくれて俺がそれを許したってことはそういうターンということだ。
巨大な両手剣に負けない巨体からは想像もつかない静かな足取りと速度でウルフの群れに肉薄すると、大振りともいえるスイングで両手剣を振るった。ゆっくりに見えたその剣筋は思いの外速く、いや、とんでもない速さで剣が奔っていた。どうやったのかわからないが、剣が一閃したあとには四頭のウルフが首から血を吹き出して吹っ飛んでいた。振り出しとブオンという音がズレている気がする。
そして、ロイドと呼ばれていた青年は止まらなかった。ブオオン! と言う風切り音は巨大な両手剣が通り過ぎた後から聞こえていた。振るところは見えているはずなのに、避ける間もなく首を斬られるウルフが続出した。陽動や死角から襲い掛かろうと動くウルフにはオルカとキュロスが先回りをし、あるいは行く手を塞ぐようにして斬りまくっていた。
オルカは消えたり出現したりを繰り返したかと思うと駒のように廻り、キュロスはそもそも大太刀を抜ているようにも見えなかった。
荷馬車の上ではサリアが退屈そうにそれを見ていて、時折、振り返って商人を牽制していた。俺は右手でシェリルの手を握っていた。手を離すと飛び降りて長剣を振るいに行く気がしたからだ。途中で抗議の意なのか身体強化を入れて握り返された。わかるんだけどさー、オルカとキュロスが遊び始めちゃって手の内晒し過ぎなんですよ。うちの力はこれ以上出したくないのをわかってー。途中で空いてる左手で前線の二人に『押さえろ』と指示を出した。
圧の下がった前線を抜けて来たウルフをダークオレンジの髪の、見るからに温厚そうな好青年のダッジが巨大な盾を使って絶妙なタイミングで跳ね返す。盾殴打、いや盾捌きだ。ウチは盾職がいないからなぁ。いいなぁアレ。盾職がいればサリアとシェリルを任せて俺も前線に飛び込めるんだけどなぁ。
ダッジがパリィで弾き飛ばしたウルフは金髪碧眼イケメンの前に飛んで、あっさりと片手剣で喉を斬られて絶命した。あまりに無造作に簡単に斬ったものだから見過ごすところだった。西洋剣での居合だ。速いし正確だ。キュロスに当てられたかな? ちょっと力み過ぎだ。
「あらあら。みんな張り切っちゃって」
頬に手を当てて困ったものねという感じで淡く輝く金色の美少女が独り言ちた。チラりと俺を流し目で見てくるあたり、俺の指示出しのせいだってわかっているらしい。女の子の前でいいカッコをしたがる男の子たちを見る目は冷静そのものだ。モテる女の子は余裕があって怖いなぁ。
荷馬車に接近してきた森狼の目をカシムが弓で撃ち抜いた。サリアに振り向きながら恰好付けて親指を立てたが、サリアはガン無視して俺の左腕に絡み付いて見せた。そんなカシムを見て呆れて溜息を吐く美少女に気付くことも無くカシムが声を掛けて来た。
「あのさ、サリアちゃんって言うんだよね。歳を聞いてもいいかな。俺は十七」
「いいわよぉ。わたしは十五よ。ちなみに第四婦人ね」
「ええ?! もう?! けけけけ結婚してんの? こんな若くてかわいいのに?!」
「ああ、まだ婚約中です。俺が成人していないので」
「あ、ああそうなのね。ホントにこの四人なんだな。お前、本気ですごいな。年下だけど俺は尊敬するぜ」
スティングと同類か? ダッジと呼ばれた好青年の盾が脱力したかのようにそっと地面に落ちた。目線は遠くを見ていた。残るウルフは数頭だ。それをオルカが追い回して屠っていった。一足先にキュロスが戻って来る。荷馬車を降りて出迎えに行く。
「キュロス、お疲れ様。怪我はなかった?」
両手を広げると、わしっと正面から抱き着かれた。胸当ても着ていないから柔らかいものにむぎゅっとされた。
「あははは。ん~、気持ちいいいわぁ」
そう言いながら俺が逃げられないようにがっしりと捕まえたまま下を向いて頭を何度も吸っていた。逃げようと頭をぐりぐりと振るが相変わらずビクともしない! くそ、いつか俺が猫吸いしてやるからな!
討伐を終えたオルカが戻って来るとようやくキュロスが解放してくれた。オルカは頭を差し出してくる。もうすっかり俺の方が背が低いからなぁ。俺の肩にあごを乗せるオルカの頭を撫でながら活躍と、なにより怪我の無い帰還を褒める。敵を屠るより、怪我なく無事に帰ってくることの方が大事なのだ。おれたちはパーティーだ。ひとりで重荷を背負う必要はこれっぽっちもない。最初はソニー、次にダッジが俺を見ていた気がするなぁ。
サリアが軽く舌打ちをする。来たか。




