第179話 共闘乱舞
御者が俺たちに向かって声を掛けながら橋を渡り切ったところで荷馬車を停めた。荷台に乗っていた奴隷と共に武器を持って馬車を飛び降りる。覚悟の決まった顔をしていた。どんな契約だか誓約だか知らないが、きっと停止した荷馬車の御者台に乗っている雇い主を守りに行くのだろう。俺たちの前を通り過ぎようとした時、ぎょっとした顔をしていた。「なんでこんなところに女ばっかりのパーティーが」とか思ってそうだな。ひとりが一瞬、スピードを落とす。
「早く行け! 大群だ! 助からんぞ!」
それだけ言うと全力で走りだした。もう一台の馬車も同じように奴隷が二人、剣と槍で武装して走って行った。俺たちに掛けた言葉は、先の奴隷と似たようなものだった。まともで気の良さそうなあいつらみたいなのがなんで奴隷になったんだ?
丸々と太った隊商を率いている商人がこっちを指差して何か喚いている。護衛の冒険者が魔獣のウルフを相手に善戦しているようだが、いかんせん相手の数が多いな。
「お? 魔法使いがいるね」
女性の魔法使いが荷台の弓使いの隣に立った。範囲攻撃魔法で一気に戦力を削るんだろうと思ったら、奴隷に囲まれた商人が何か喚いて魔法使いの詠唱を止めさせたみたいに見えた。
「あれ? なにやってんだ?」
「あー、あれね。きっと範囲攻撃魔法で商品に被害が出るからって止めさせたんでしょ。よくあるわよ」
えー、それで死んだら元も子も無いだろうに。
「あー、魔獣がこっちに来そうだから離れようか」
とりあえず森に少し入って目の前の荷馬車から距離を置くように移動を始めた時、奴隷に囲まれた商人がこっちに小走りで来るのが見えた。
「うわ、あいつこっちに逃げて来たよ。早く離れよう。巻き込まれると面倒だ」
みんなで荷馬車を追い越して離れ始めたら、商人が俺たちの方まで何か喚きながら近付いて来る。
「待たんか! そこの冒険者! 待てと言ってるだろうが!」
誰が待つかよ。五十メートルほど離れたところで奴隷の独りが全力で追って来た。
「すいません! そちらの冒険者の方々!」
とりあえずここまで離れればウルフにも襲われず済むだろう。
「ああ、止まってくれた。すいません、我が主の話を聞いてはいただけませんか」
「断ります」
「ええ~。あの、お気持ちはわからなくもありませんが、今ここに来ますので、聞くだけで結構ですので」
「それは依頼ですか。依頼なら条件を提示なさい」
「あ、いえ、その」
「冒険者にタダで働けと言うのならこちらにも考えがある。今すぐお前の主とかいう無知な輩に忠告してこい。行け!」
奴隷は鞭に打たれたように踵を返して、こちらにヨタヨタと近付いて来る主の元へと戻って行った。
「ふっふっふ。いいわねぇ。楽しくなってきたじゃないのぉ。あんたはわたしたちの旦那になるんですからね。せいぜいわたしたちの価値をみくびる輩には思い知らせてやりなさい」
サリアが桃色金剛石の瞳をメラメラと燃やしながら馬鹿な商人を睨め付けていた。
奴隷からの伝言を聞いた商人が顔を真っ赤にして怒鳴っている声が聞こえて来る。とてもうちの妻になる女性たちに聞かせられる内容ではないが、遮るものが無いので丸聞こえだ。肩を怒らせているようだが何の迫力も無い肥満体がようやく目の前まで来た。
「貴様ら! ワシが声を掛けているのに散々無視をしおって、どーいう、つも、り」
俺の左右にならぶ美女、美少女に当てられて商人の勢いが無くなっていく。奴隷たちも、やっとまともにこっちの顔を見ることが出来て惚けたようになっている。この馬鹿商人に彼女たちをタダで見せてやること自体に腹が立ってきた!
「おい、馬鹿商人。我々に何の用だ。お前の奴隷に伝言を託してやったのにまだそんな口を利くのか。俺たちに喧嘩を売ってると見做してるってことでいいんだな」
さすがに惚けていてもここまであからさまに否定されたら言葉も耳に入ってくるだろう。
「な、なんだと! ワシを誰だと思っておる! バーランド辺境伯御用達商人のベクタルム様だぞ!」
「商人が自らの名に様だと? 貴様正気か。それでは我々に敵対行為を働いていると認めるのだな。だったらここで死んでも文句は言えなよな」
シュキン! と、オルカがわざと鞘鳴りをさせながら片刃の剣を抜いた。『鉄槌と金床』のガイア謹製のどう見ても普通じゃない片手剣が初夏の陽光を浴びてギラリと光っていた。
「うぬぬぬ、いやいやいや、待てぃ! 貴様らと敵対するために呼び止めたのではないわ! なぜ魔獣に追われる我らを加勢せぬのだ!」
こいつ、馬鹿なのか? 周りを囲む奴隷もうんざりした顔をしているぞ。
「はぁあ? あんた馬鹿じゃないの? なぁんでわたしらがあんたを命かけて助けなきゃなんないのよ! 商人やっててそんなこともわからないとかどうやって商売してんのよ!」
サリアが俺の代わりをしてくれた。かわいい。
「そういうことだ。お前、冒険者に命令する権利でも持ってんのか? なんの権限があって俺たちに命令しているんだ。笑わせるなよ。俺たちに何かさせたいなら対価を払え。馬鹿が」
奴隷たちがもっともな話だと頷いている。商人は後ろを振り返って現状を確認しようとしたが、壊れた馬車をバリケードにしてなんとか近接戦闘職が数十匹のウルフを食い止めている状況だった。さすがにあの数は厳しいか。それにしても五人だけであの数の森狼だか 草原狼の群れを完璧に抑えて、こちらに一頭も通さないのはなかなか見ない手練れだな。
「わ、わかった、銀貨五枚を支払おう!」
「わっはっは。俺たちもずいぶんと安く見積もられたな。話にならん。みんな、行こう」
とっとと踵を返して歩き始める。
「まままま待て! 待ってくれ! ではいくら払えば良いのだ!」
「運んでいる荷の半分! と言いたいところだが今日の俺は気分が良い。荷馬車一台分だ。それ以下ではやらん」
「なんだと! そんな法外な! おおおい! 待て待て!」
無視して歩き続ける。マジでいらん。
「わかった! それで手を打つからウルフだけを討伐せい!」
「この戦闘で討伐された全ての魔獣の素材ももらい受けるぞ」
「それでよい!」
すっごい嫌だけど家族の誰にも頼めないので俺が代表して商人と握手をする。
「取引成立」
商人が手を離そうとするが俺が離さない。こいつ、挨拶の言葉が無いぞ。手に力を込める。
「取引成立! 取引成立だ!」
「約束を違えたら殺す。肝に命じろ」
さて、取引したからには働くか。
「オルカ、キュロス、好きにやってくれ。シェリルとサリアは俺の近くに。荷台の上に行こうか」
オルカとキュロスが走る。オルカの姿が十メートルごとに現れては消えるのを繰り返して一瞬で戦闘に参加した。縮地による短距離高速移動だ。橋の上などという平で直線移動が出来る場所ほどオルカの特性を生かせる戦場も無い。攻撃の順番待ちをして緊張を解いているウルフの喉笛を立て続けに切り裂いてあっという間にパニックを生み出していた。キュロスが群れのど真ん中に斬り込んで行く。あっという間に数頭が鮮血を撒いて倒れ伏した。その中心に剣を鞘に納めたキュロスが抜刀の構えを見せていた。現場ではキーーーンという納刀音だけが響いている。




