第178話 生活攻撃魔法
「俺さ、シャワー出したり風呂にお湯を溜めたりする時に気付いたんだけどさ、慣れてくるとけっこう遠くに水が出せるようになったんだよ。遠くに向かって出すんじゃなくて、遠くの場所で出すっていう意味ね」
前の三人を追いながら水を出す。対岸を指差してそこで水を出す。指を動かして水を出し続ける。
「ピンポイントで出すんだ。針の穴を通すぐらいピンポイントで思ったところに。遠くで」
サリアが真剣な顔で聞いている。俺が魔法のことでこのタイミングで話すことに何かを感じている。前の三人が止まって対岸を見ている。向こう側に角魔熊がいた。デカい! サリアにわかりやすいようにホーンベアを指差す。
水を出す。ホーンベアの口の中に!
パニックを起こすホーンベア。サリアは口と目を開いたままホーンベアから目が離せないでいた。三人娘は俺を見ていた。ホーンベアは何が起きているのかわからず、それでも直前に見ていた三人娘を疑ったのか森の中に逃げ込もうと決めたようだったが、時すでに遅しだった。大量に注がれ続ける水に暴れるがやがて動かなくなった。それでも水を流し込み続け、やがて【収納】されて死亡確定。みんなが近くに来ていた。
「あんた、相変わらずめちゃくちゃするわね」
サリアが頬を紅潮させながらとてもうれしそうに言う。
「うん。めちゃくちゃにするのは得意だよ」
サリアの目を見ながら言うと身体を震わせながらお喜びだった。三人がいなかったら押し倒されていそうだ。
「ただね、今のは相手がパニックになったからよかったけど、口を閉じたり、真下を向かれても水が入り続けるかは微妙かな。とはいえ、行動の自由は奪えるね。たとえコップ一杯の水量だとしても口の中や顔の真上、視界を奪うようにピンポイントで出し続けたらまともには動けないからね。要はコントロールだよね。あと、これはちょっと我ながら酷いとは思うんだけど、熱湯を出すとほぼそれで終わる」
「うわぁ。それはダメよ。あたし、それやられたら絶対に負ける自信あるわ」
「ふっ。ふふふ。まったく、ちょっと考えればわかったことよね。自分は魔法の天才だなんだなんて言っておきながらこれよ。生活魔法で角魔熊を屠ってキュロスでさえ負かすですって? あんた、あといくつこんな楽しい魔法を持っているのよ」
「まぁ、手はいろいろ持ってた方がいいからね。実際には出来ることと出来ないことはあるんだろうけどね」
「あはははは。さっきのだって普通は出来ないんですけどね。だから考えもつかないわ。だけど、考えられなきゃそもそも出来やしないですからね。あー、おかしい。出来ないから考えていなかったわたしが馬鹿だったのよ」
「いや、ほら、俺って元々魔法がない世界の人間なんだよ。だからさ、すべての魔法が『出来ないこと』なんだよ。だからさ、今はなんでも全部出来る気がするんだよね」
「出来ないはずのことが出来ているんだから出来ないことなんてない? あぁ、そうね、そうなのね? それがあんたの魔法の根源なのね」
「違うよ、サリア。君の魔法も俺の魔法も同じだよ。君は魔法の天才でスキルも持っている。サリアに出来て俺に出来ないことがあっても、俺に出来てサリアに出来ないことなんて無いよ」
「あんたにできてわたしに出来ないことはない? あはっ! いいわね、それ、嘘でも気に入ったわ」
小悪魔が邪悪に笑ってかわいかった。
そこからまた川を遡ってもう一度漁をして少し行ったところで街道に出た。
「これが大辺境都市グランデールと最前戦線都市フロンティアを結ぶ街道か。こんなに魔獣がいる街道を安全に行き来するなんて無理だろうなぁ。でもこの橋はなかなかいいね」
この橋のある場所が両都市間のだいたい真ん中らしい。
「砦を造るならこの橋より川上がいいかな。それで、砦の川上側にもう一本橋を掛けよう。これより大きい橋を。都市間の交通がこれ一本じゃあ、何かあった時にどうにもならないよね」
橋はグランデールから定期的に部隊を編制してメンテナンスをしているそうで、状態は悪くなかった。砦建築の下見で街道を横切ってさらに川上へ行こうとした時だった。フロンティア側から、明らかにスピードオーバーな隊商がこちらに向かって来る。周りを身体強化を掛けた冒険者が剣を抜いてカバーしていた。最後尾の三台目の馬車の荷台の上には若い男が仁王立ちで弓を番えて後方に向けて連続で射っていた。
「おだやかじゃないし面倒ね」
まったく恐怖を感じていない声音で少し迷惑そうに麦わら帽子を脱ぎながらサリアが言う。俺もそう思った。明らかに助けを求められない限り、助けたところで獲物を折半などと言われたらやってられないからね。ここはパーティーリーダーとしての器と交渉能力の見せどころだ。全員の帽子を回収してその時に備える。
橋の欄干に座って馬車が来るのを待つ。先頭の馬車の御者台に座って指示を出している派手な服を着たやつが俺たちを指差して並走している冒険者に何か喚いていた。冒険者の方は前方を指差して何か言っている。御者台の奴は俺たちに魔獣を擦り付けろとでも言ったのかな? 冒険者の方はそのまま停まるなとでも言ったのだろうか。冒険者は俺たちに向かって「逃げろ」と怒鳴り声を上げた。大迫力だな! ここまで聞こえたぞ。
あ、ありゃダメだ。 橋に辿り着く直前、先頭の馬車の後輪が脱輪しかけて動かなくなった。過積載の上にメンテ不足で暴走による過負荷といったところか。奴隷の御者が慌てて引馬の手綱を引くと橋の真ん中で停止した。なかなか腕が良い。が、隣の偉そうな奴が奴隷を叱責している。いや、どうにもならんだろ。後続の馬車は前車に対して車線をずらしていたために難なく横を通り過ぎて橋に進入して来た。弓の射手が乗っているのが見えた三台目の馬車もギリギリ車線変更が間に合って橋を渡る。射手は停止している先頭の馬車の荷台に飛び乗っていた。
「おー、すごいすごい。御者の腕が良いね~」
俺は拍手で馬車を迎えた。サリアを除くパーティメンバーもパチパチと気の抜けた拍手をしていた。通り過ぎる馬車の奴隷御者がのんびりした俺たちの姿を見て唖然としていたが、我に返って叫んだ。
「ウルフの群れだ! 逃げろ!」




