第169話 歪み
キュロスの打ち合わせが始まっていて、まずはガイアがキュロスの片刃の長剣を検分している。背の低いガイアが持つとその剣の長さの異様さがわかる。
「わはははは! お前さん、こんなん振り回せるのか! これはすごいな!」
ガイアが上機嫌だ。
「ガイアさん、キュロスは振り回すだけじゃないですよ」
俺は『収納』からリンゴをひとつ手の平に『排出』しながら席を立ち二人の元へ。キュロスからは三メートルほど離れて立つ。キュロスが呆れた顔をしている。俺の手でも掴めるほどの大きさのリンゴを自分の頭に載せて手を後ろに組んで真っ直ぐキュロスを見据える。きっと俺の口元は笑っているだろう。
横目でガイアを見ると眉間にシワを寄せてキュロスと俺の両方を視界に納めている。再びキュロスを見る。腰に鞘を装着し終えたキュロスがこちらを見て「しょうがないわね」というふうに微笑む。キュロスは構えておらず、ただそこに佇んでいた。次の瞬間、キーーーン、と音が鳴っていた。キュロスが鞘に剣を納めた後のように半身に構え、鞘と剣の柄に手を掛けていた。
静かな部屋に納刀の音だけがいつまでも耳に残る。俺はキュロスの神技に敬意を表するようにお辞儀をして頭から落ちてくるリンゴを両手で受け取る。そのリンゴをガイアに渡す。リンゴを受け取ったガイアはリンゴをしげしげと見た後、上下を持ってお互いを引っ張った。パカっと音がして二つに分かれるリンゴから目が離せない。しばらくそれを見た後、キュロスに向き直る。
「その剣でこれが出来るんか。ふふふ。なかなか世の中面白いものよのぉ。その剣、ダンジョン産ちゅうとったな。お前さん、出来るのは居合いだけではなさそうじゃな」
ガイアが俺を見る。
「キュロスは居合いだけじゃないよ。やったことあるからね、次はまだまだ俺では勝てないなぁ」
呪いの掛かってないハンデなしのキュロス相手に剣技だけで勝てるわけがない。
「ふうむ。まぁ、打ってみたくはある。だが、ちと時間をもらう。刀の技術が欲しい。お前さんの得物に関してはそれが先に必要じゃ」
そこからはキュロスの理想の刀を二人で模索し始めたようだった。
出し物を楽しみ、お茶を飲み終わったティアナがライラに声を掛ける。
「美味しいお茶をご馳走様。じゃ、次は貴女たちの番ね。行きましょう」
シェリルが席を立つとティアナがライラを見つめた。
「ティアナ様、私はロック様のメイドであってパーティーメンバーではございません」
そう言って頭を下げた。
「まぁ、そうでしょうね。だから?」
話しが通じてないことに珍しくライラが戸惑っているようだ。今のティアナの言い方は『だから何なの? 早く採寸しに行きましょう』だったからだ。これはいい話だ。
「ライラ、こういうチャンスは逃さない方がいいと思うよ」
「いえ、チャンスというか、だまし討ちのような真似は出来ませんので」
ティアナは『何の話』という感じで俺を見た。サリアが飲み終えたカップを俺の持つソーサーに置く。
「良かったわね。貴女のも作って下さるってよ」
ティアナが「ああ、そういうことね」と言って歩き出そうとした。
「ティアナ様、ありがとうございます。ただ、私はロック様のお側を離れるわけには参りません」
そう言って静かに頭を下げた。それを聞いたサリアがちょっと残念そうに「ふん」と息を吐くと膝から降りて寝ているオルカの隣に座って頭を撫で始めた。
「サリア、みんなのことをよろしくね」
サリアは行ってきなさいとばかりに誰とも視線を合わせることなくヒラヒラと手を振った。誰よりも人懐っこいのに誰よりも孤高だ。俺も席を立ってティアナの後を着いて部屋を出る。
「へー、ここがティアナさんの工房なんだね。職人さんの工房にお邪魔できるなんて光栄だし楽しいなぁ」
「じゃあ採寸するわ。脱いで」
まずはシェリルだ。ライラは俺のメイドだ。だから服を脱がせるのは夫になる俺の役目だ。俺の目の前に神々しい姿が更に神々しくなった女神がいた。ティアナがシェリルの可動域を調べるために動きをリクエストすると、シェリルがその全てに完璧に応える。
「あんたたち、これで冒険者じゃないのよね? いったいどうなってんのよ」
ダークエルフをも混乱させていた。先の二人も何かやらかしてそうだな。
シェリルは俺の前で自分の何を見られても恥ずかしそうにしたことが無い。それが貴族の嗜みなのか、俺を子供扱いなのか、俺には何を見られてもいいと思っているのか、どれだろうなぁ。いつか彼女が恥ずかしそうにしている姿を見てみたいものだ。
見ていて楽しい採寸が終わった。服を着るのを手伝うのも将来の夫の勤めだろう。着せ終わると「ありがとう」とお礼を言われた。これ、今後も俺の仕事にしようかな。ティアナに断ってシェリルをリビングに送っていく。俺はシェリルをいかなる時でも一人きりにするつもりはない。リビングに送り届けてからライラとティアナの部屋に戻る。
「じゃあ脱いで」
ライラが俺の目の前で躊躇せずメイド服を脱ぐ。これっぽっちの迷いもなかった。シェリルのことがあったからだろうか? 洒落っ気皆無の下着姿のライラが立っていた。太もものガーターベルトはレッグホルスターも兼ねていて投擲ナイフと両刃短剣が並んでいた。腰や手首のベルト、チョーカーの後ろにも握り込んで刺突するプッシュダガーなどの暗器が仕込まれている。ティアナが採寸していく。たぶんティアナはわざと俺とライラが正面から向き合うようにしている。ライラは俺から視線を切りたくないのでこれが望ましいのだが、俺がライラの方を見ている必要はこれっぽっちもない。その必要があるのか知らないがティアナがナイフを使ってライラの下着を切り裂いて取っ払った。
「ティアナさん、それは必要な措置ですか」
「いいえ? 特に必要ではないわね」
「ライラは俺のメイドです。意味もなく辱める行為は俺への敵対行為になりますよ」
ライラの影からひょいっと顔を出すと少し困った顔をした。
「それは良くないわね。私としたことが大変な失礼をしたわ」
そう言うとさっさと職人の作業服を脱ぎ捨てて生まれたままの姿になった。『一夜の夢』のエルフ、フランシーヌを思い出した。完璧な美がそこにあった。たぶん黄金律がどうこうとかの話しになる造形美だ。ライラがぴくりと反応した。謝罪にしてもやり方がおかしい。全裸の女性が二人もいる密室だ。ひとりはこの世のものではない美しい褐色の肌の妖精、ひとりは全裸ではあるが全身に革紐のホルスターに刃物だらけの倒錯した格好の青い髪の美少女だ。誰かが入って来たらどんな言い訳をすれば納得させられるのだろう。
「ティアナさん、私は女性には困っていないんですけどね。刀の製造工程を教えるとこんな役得もあるっていうお話ですか? ちなみに私は成人を迎えたらシェリルと結婚することになっていまして、それは私の命を賭けた誓いになります」
ティアナが興味を抑えきれない様子で聞いてくる。
「ロックは十歳だったわよね? 成人ってあとたった五年よね。瞬きするほどすぐ先ね。ふーん。この娘も大概だけど」
そう言うとライラの背後から手を伸ばし膨らみ始めた柔らかいものに触れようとした。しかし、それは叶わなかった。
「そこまでだ。それにその目的で触れることができるのはそれの主である俺だけだ。俺の許可なく俺のものに触れることは許されん。どうしてもというのであれば俺の許可を取れ。それが無い場合、お前に訪れるのは死だ」
本気の殺意と共に無数の刃をロックオンしていた。人類では到達できない美であろうが惜しくはない。例えそれが触れることのない俺の女と比べたとしても。拗らせた元日本人の純情メンタリティを舐めんなよ。紫水晶の瞳が色情に妖しく揺らめいていた。ティアナはライラに触れることなく、背後から耳元で囁く。
「ライラ、良かったわね。貴女の身体にその目的で触れられるのは彼だけだそうよ。彼がそう言ったっていうことはその気があるっていうことじゃなくって? 夜な夜な準備を怠るんじゃなくってよ? 磨いておきなさい。その時にこんな肌着では興覚めねぇ。あなたの主に、あなた好みの女になるための装いをとおねだりなさいな。あら、準備はいつでもよさそうね」
「ティアナ、それぐらいにしておけ。ライラは今日、ついさっき俺のメイドになったばかりだ。無茶を言うな」
「そんな感じだわね」
まったく。やり方がエグすぎる。チームワークを高めさせようとしているっぽいけど強引すぎるだろこれ。善意でもなさそうだなぁ。
「ティアナ、俺は貴女に礼を言うべきなのかな?」
「それはどうかしらね。今は謝礼を要求されない方がよろしいんじゃなくって」
そう言って妖艶に微笑んだ。「余計なお世話に礼はいらんか」と言ったら今度は普通に笑った。面白そうだから。それだけの理由でこんなことしてるのかよ。本当にエルフじゃなくて妖精なんじゃないか?
そこからはすぐに採寸作業になったが、二人が全裸のままだったのはすこーしだけ困った。ティアナは詫びのつもりか? いや、俺がどんな反応をするか楽しんでるだけか。しまったな。もっと初々しい反応を見せたらエスカレートしてくれたかもしれん。採寸が終わるとティアナは新しい下着をテーブルに置いてさっさと部屋を出て行った。
「お目汚しを致しました」
そう言って眼を伏せるライラ。いえいえとんでもない。眼福でございました。
「何言ってるんだ。とても良かったよ。鍛え上げている肉体は美しいね。ティアナと比べても何も見劣りすることはなかったよ。さすが俺のメイドだと皆に自慢したいところだけどね。素のままの君を見ることができるのは俺と俺の家族だけだから誰にも自慢が出来なくて残念だよ。下着の件は言われるまでもない。ここに来るのが明日以降ならあんな屈辱的な言葉を言わせることは無かったのになぁ。この事態を予測できなかった俺の落ち度だ。恥を掻かせてしまい申し訳なかった」
そう言って頭を下げた。ライラが「ひっ」と息を飲むのがわかった。
「頭をお上げください」
テーブルにお湯の入ったボウルとキレイな手ぬぐいを出しておしぼりを作ってライラに渡す。深呼吸したライラが清拭をしてからティアナから贈られた黒レースのどえらい下着とメイド服を身に着ける。ボウルと手ぬぐいを『収納』する。ライラに命じてイスに座らせる。氷入りの果実水を二つ作ってひとつをライラに渡す。カップを合わせて「これからよろしく」と乾杯する。氷入りの果実水に驚きながら喉を鳴らさんばかりに美味しそうに飲んだ。
「ライラ、先は長い。君が俺に何を見たのか俺はわからない。実際の俺は君の理想の俺ではないと思う。そして、この先も君の理想の俺にはならないと思う。成人するまで俺の身体はシェリルのものだ。ライラも俺もまだ若い。時間はまだ俺たちの味方だ。ゆっくりやろう」
「ロック様、お手数をお掛けいたしました。私にはなんの不満もあるはずがございません。実は、願いが叶ってからまだ足元が浮ついております。申し訳ありません」
そうだったのか。それはわからなかった。やっぱりどの世界、どの年齢の女性も謎の存在だ。
「そんなことも俺はこれっぽっちも気付いてやれていなかった。俺はね、自覚は無いんだけどサリアに言わせると鈍感男なんだよ。だからおかしいと思ったら俺のためだと思ってすぐに言って欲しい。よろしく頼むよ」
そう言うとライラは少し微笑んだ。彼女の自然な笑顔を見たのは始めてかな? 笑うと年相応の女の子に見えてほっとした。人間味が残っているなら人として生きられると思う。この先、歪みまくってしまったこの娘に相応しい男が現れてくれることを祈ろう。




