第167話 浪漫兵器
『鉄槌と金床』へ向かう馬車の中で昼食はどうしたのかを確認したら、ユーリとミランダが持って来たケータリングを美味しくいただいたとのことでホっとした。打ち合わせの進行具合がわからなかったから俺とオルカだけで昼食を済ませてしまってたんだよね。今度、美味しい店を聞いておくから近い内にみんなでね、とフォロー。携帯欲しい。ポケベルでもいいよ。マジな話、素早い長距離移動と通信技術が無い世界の不便さ半端ないです。
壁の中の職人街の端にその店はあった。入口は狭く、小さな板切れに『鉄槌と金床』を模したイラストが描いてあるだけの看板が扉に打ち付けてある。ここはただの工房であって店ではない。開いてるかどうかわからないのでとりあえず扉をゴンゴンとノックする。返事が無いので無造作に扉を開けるとあっさり開いた。
護衛として着いて来たバリウス達を御者と共に見張りで残して、一人増えたライラも入れて六人で中に入る。屋敷が完成するまでは『夕暮れの泉亭』でメイドとして就いてもらうしかないからね。
工房にはいつでも来いって言われたし、勝手に入って構わないだろうと、俺が先頭で中に入って最後尾のライラが扉を閉めた。工房内は入ったすぐの部屋は意外と広くて、ガランとしていた。端の方にテーブルとイスが何脚か置いてある。パーティーで訪れて打ち合わせをしたり、武器を確認するためのスペースだろうか。工房内へと続く通路の扉は開きっぱなしだが部屋には誰もいない。カウンターに呼び鈴があるので押してみる。「チリーン チリーン」
「はーい」
通路の奥から意外にも若いが落ち着いた女性の声が聞こえた。ぜんぜん急がない足音が聞こえて開け放たれた扉の向こうの暗がりから現れたのは綺麗に日焼けしたように健康的な褐色の肌をした、人類の美しさを超越した絶世の美女だった。それは見事な銀髪をポニーテールにしているのだが、まつ毛の長い切れ長の少し強めの力のある目元の大人っぽさとのギャップ萌えが凄い。瞳は紫水晶のように煌いている。だが、彼女の一番の特徴はその尖った耳先だろう。着ているものが作業着なのがおかしいが、プロポーションの完璧さを損なうことはなかった。ダークエルフの職人。
『ダークエルフ』俺の中の認識ではそうなる。この世界の正しい知識がないので声には出さないがとんでもなく驚いた。普通に受付に出てきたってことは、グランデールでは大して驚くべきことではないということなのだろうか。後ろのみんながどんな顔をしているか気になる。
「突然の訪問をお許しください。私はロックという者です。ガイアさんに武器の発注と防具の相談をしたく、お邪魔させていただきました」
話しの最中から、つかつかと俺の目の前まで来ると、高い身長から俺を見下ろしてきた。距離感がバグってるのかやたら近い。ほとんど上を見上げるようになったが、双丘が邪魔で顔がよく見えない。こっちから見えないなら向こうからも見えてないだろう。
「あー、はいはい。聞いているわよ。へー、あんたがロックなんだ。女の子にしか見えないって聞いてたけどその通りね。こりゃ驚いたわね」
話しながら俺のアゴを掴んで持ち上げて右、左と動かしてしげしげと眺めながらそう言った。俺の後ろでざわりと気配が動く。誰だろう。
「ああ、悪いわね。あまりにも珍しいからちょっと興味出ちゃったわ。美しいってのは罪よねぇ。そんで、なに、あんたそんな可愛いナリしてもうこんなにたくさんの女に手を出して。そんな悪いことしてんのかい? ますます興味持っちゃうわねぇ」
自分のことを棚に上げているのか自覚が無いのか。後ろの女性陣をゆっくりと眺めまわしながら話しているのだが、左手で俺の耳の先をこねこねいじり続けている。そこに尖がりは無いよ?
「貴女ほど美しい女性にそんな風に言ってもらえるならこのナリもそんなに悪くないのかなと思えますね。よろしければお名前をお伺いしても?」
妖艶にニッコリと微笑み、小首を傾げるように俺を見た。
「スウェリティアーナよ。ティアナでいいわ。あんた、ずいぶんと堂々としてるわね。エルフに会ったことあるの? それともこんだけのキレイどころに囲まれてればもう慣れっこかい?」
また話しの途中から後ろの女性陣を見ていたが、そうすると今度は手が俺の髪を梳き始める。やっぱり距離感バグってるんだな。
「はい」
そう答えたら髪を梳く手が止まって俺を真っすぐ見てきた。俺はこれ以上は言葉を持っていないぞ。まだお前のことを知らないからな。美しいエルフ相手だからといって話せないことの方が多いんだ。サリアがしゃなりしゃなりと俺の背後に立つと後ろから覆い被さるように俺を抱いてダークエルフから引き剝がした。サリアは俺の髪に頭を埋めてうっとりと匂いを嗅ぐようにしながらダークエルフに言う。
「この人にはね、そーいうのはあんまり効かないわよ。これが欲しいならもう少し素直に御成りなさいな。ただし、あんたはもうずいぶんと出遅れてるから順番待ちの列は長いわよ」
最初はちょっと呆れ気味。最後は完全に挑発して勝ち誇っていた。
「ふーん。そういう貴女も並んでるひとりなの?」
見えないサリアが邪悪に笑った気がした。
「わたしってば満足し辛い体質なのよねぇ。わたしの後ろに並んだ女には順番が回ってこないかもしれないわねぇ」
目の前の美貌の紫水晶が溶けだして世界を染めてしまうかのように微笑んだ。
「手に入らないものほど欲しくなるわよね」
一体なんの話しだよ。俺抜きで進めるな。付き合ってられるか。
「ティアナさん、ガイアさんはいますか?」
世界に色と音と時が戻った。なんだよ、最初からこうしておけば良かった。
「あぁ、そういえばあんたお客だったんだね。いるわよ。なんか欲しいの?」
およそ武器工房らしからぬやり取りが続くなぁ。
「武器が欲しいんです。後ろの彼女たちの分です」
「あ、そう。着いてらっしゃい」
あっさりとそう言うと振り返って奥に続く通路に進んで行く。一瞬、みんなを振り返ってから通路に入る。通路に入った瞬間、耳がツンとなった気がした。俺の真後ろのサリアが小声で囁く。
「侵入防止の呪いね。よくできてるわね」
そんなものあるんだ。覚えておかなきゃ。通路を抜けると広いリビングのような場所に出た。続きにキッチンもある。工房兼自宅なのかな。
「適当なところに座って待ってて。親父を呼んで来るわ」
そう言ってティアナはさらに奥へと消えて行った。シェリルとサリアはさっさとソファーに座った。肝が据わってる人は違う。サリアがロングソファーの端に座ったのは席次を考えてだろう。俺がシェリルの隣に座るとオルカが隣に来る。キュロスとライラは立ったままだ。キュロスはシェリルの右側に立っている。ライラは俺の後ろだ。キュロスはパーティーメンバーとして動くが、ライラは俺のことしか考えていない。ライラは他の彼女たちのことは俺を守るのに使える壁や戦力としか考えていない。
他人の家だし勝手に『出納』から飲み物を出すわけにはいかないよなぁ。さっきのやり取りもあってすこーし場に緊張感がある。通路の奥からドスンドスンと足音が聞こえてきた。
「おう、思ったより早いな。どした?」
いきなり本題から来た。いかにも現場の職人だなぁ。
「ガイアさん、こんにちは。オルカに短剣が物足りなくなったみたいなんで、もう少し先に進めたくて。それと彼女たちのものも更新と新調できればと」
「お前さんはええのんかい」
俺かぁ。別にいらないといえばいらないんだけどなぁ。
「そうですね。刀があれば欲しいんですけどね」
そう言ったらガイアとティアナが同時に「あ~」と言った。
「それはなぁ。あれはあれでおもしろそうだけどな。作り方がわからんからどうにもならんのだわ」
あるんだ、刀。作り方だけならわかるんだけどなぁ。前世で刀匠の動画は何回見たかわからないぐらい見たからなぁ。あの厳かで厳格な作法の中で美しい兵器が作られる様は何度見ても飽きないんだよなぁ。動画見ながら空でナレーション当てられる自信があるぞ。
「作り方だけならわかるんですけどね」
そう言うとふたりが身を乗り出す。
「はあっ!? お前、なに言ってんだ。あんなもん、ダンジョンからしか出ないんだぞ? なんでそれが作れるんだ」
そうなの? この世界のどこかで作られてんじゃないの?
「いや、作れないですよ。作り方をなんとなく知ってるってだけです。でもあれですよ、どれぐらいの温度で、とかそういうのはわからないですよ。まず玉鋼が必要だけどそれの作り方もなんとなくしか知らないし。もちろん、作ったことはないし」
「こんなこと言うのはマズイとは思うんだけどな。お前さんがそれを軽々しくここで口にするっていうことは、お前さんにはそれが大した話じゃないと思っておるんじゃろ。本来ならこんなこと言うのはご法度とは思うがの、やっぱり職人としては知りたいという欲求には勝てんて。お前さんのその知ってることっちゅーのを少しでええから聞かせてもらえんか。それが与太だろうがなんだろうが構わん」
まぁね。日本刀の製法なんか知った日には卒倒するだろうけどさ。そもそも今ここにある技術を知らないからその価値もわからない。
「私の見聞きした話でどこまでそれが再現できるかは保証も何もできませんけど、彼女たちの武器をお願いできるなら構いませんよ」
「いや、そんなもん、お前さんのパーティーメンバーなんじゃからわしが出来るもんならなんぼでもやるわ」
「ちょっと待ったー! それ、わたしもお願いしたいんだけど! 代わりに防具作るから!」
ティアナがそう言うとガイアが嫌そうに文句を言い始めた。
「お前は防具だけ作っとればええじゃろ! なんで今さら刀の製法が欲しいんじゃ!」
「いや、そろそろ武器も作ってみようかなーってだけよ」
なんなんこの二人。っていうかティアナが防具職人なの?
「あのー、ひょっとしてこの防具ってティアナさんが作ったんですか」
そう言ってオルカの手を持って装備している濃藍甲殻蜥蜴の手甲を見せる。
「そうよ」
返事が軽い! ティアナがそれがなにか? みたいな顔してる。えー? なんでダークエルフが工房にいて職人やってんの? 見かねたガイアが補足してくれる。
「こいつな、変わっててな、俺の武器が気に入ったから弟子入りさせろって押し掛けて来たんだ。あまりにもしつこくてな。なんとなく居ついて勝手になんか作ってんなと思ったら武器じゃなくて防具作っててなそのまま居ついて二、三十年だ。それがなんで今になって突然刀なんだよ!」
「なんだろうね。刀が欲しくなったわ」
それはわかる。浪漫武器として魅力的すぎるでしょ。この人たちって金ならもうあるし、生活のために作ってないんだよね。だから作ってもらうのが大変なんだよな。興味持ってもらうしかないんだから。
「刀って浪漫ですよね。なんというか、こう、美しさの中に儚さというか、それでいて質実剛健なところもあって」
「で、教えてくれるんかい」
ガイアに突っ込まれた。
「もちろん。そして、お二人で開発した方が正解にも早く辿り着けると思います。刀の開発は俺も手伝いますから、先に武器防具をお願いしてもいいですか。刀の話をしちゃうと武器防具の製作どころじゃなくなりそうなんで」
そうなる未来しか見えない。そしてそれは俺も同じだ! キュロスに大太刀を振らせてみたいってずっと思ってたんだよ!




