第165話 俺による俺のための独裁
許しを求めているだけなのは理解しているけど他力に頼るしかない。俺は独裁者になれるほど自我が強いわけでもない。楽しそうに部屋の改築の打ち合わせをしていたサリアが、俺に呼ばれてミランダと話している姿を見るとでっかいため息を吐きながらこっちに来た。
「あによぉ」
すっげーぶんむくれてる。
手を引っ張って膝の上に座らせる。完全にジゴロの手口だが俺を甘えさせてくれ~。だがサリアの機嫌はさらに悪くなった。
「サリアさん」
じっとサリアの目を見る。彼女に「しょうがないわね」と言ってもらいたいから呼びつけたんだ。やっぱりそれはダメだな。サリアの目を見たことで反省できた。俺に厳しい女でいてくれてありがとう。不思議なことに三人娘の中で一番のお姉さんはサリアなのかもしれない。手を離した瞬間に居なくなってしまう。サリアにはそんな焦燥感を感じる。怖いんだよ。甘えるな、俺。
「サリア、あそこにいる青い瞳のメイドはライラっていうんだ。彼女を俺のメイドにするよ」
非難されるべきは俺だ。サリアに責任を押し付けるのは止めよう。
「ふーん。なぁに。そんなこと言うために。わざわざこのわたしを呼びつけたっていうの」
「そうだよ。最初に相談すべきはサリアだ。今はもう相談じゃなくなってるけど。サリアには一番最初に伝えたかったから呼んだんだ」
サリアは何を考えているかわからない桃色金剛石の瞳で俺を見つめるとふいに顔を振った。
「ライラ、こっちにいらっしゃい」
ライラは打ち合わせの相手に座を空けることを謝罪したあとにこちらに歩いて来る。艶のあるグレーの髪、透き通る青い瞳で静かな佇まいの美しい少女だ。髪の色といい、影の薄さがどこかオルカを彷彿とさせる。
「サリア様、お呼びにより参りました」
そう言って軽く礼をした。
「あんた、ロックのことが欲しいんですって」
言い方!
「心の底より。この命を賭して」
頭を下げて胸に手を当てたまま言ったその言葉に背筋が震えた。命が掛かっていた。それを聞いたサリアが俺の首に両手を絡め頬をくっ付けながらライラを睨みつける。
「あんたがこの人と一緒にいる時、あんただけが生き残ることを許可しない。あんたの身体も命もどうでもいいのよ。周りの命を使ってでもこの人だけを生かしなさい。それが出来る者だけがこの人と一緒にいられるわ。あんた何人殺せるのよ」
ライラがそのガラス玉のように透き通る青い瞳を燃やしながら静かに答える。
「千でも万でも。全ての命を」
お前も殺すと言っていた。サリアが俺を見る。
「あんたも難儀よねー。あんたの周りの女ってこんなのばっかりね。身近に置いておかないと逆にいつか殺されるわよ」
そう言って舌なめずりをするとさっさと膝から降りてライラを一顧だにすることなく自分の打ち合わせに戻って行った。ライラは女中、メイドでサリアは主人の内のひとりなのだ。今のサリアの言葉も重かった気がする。ライラのことを言ってそうで自分のことだよね、それ。肝に銘じます。ミランダがライラにひとつ頷いた。ライラが嬉しそうな表情ひとつ見せず、何も言わずに俺の後ろに立った。とりあえず俺はライラの存在を忘れることにした。
えーと、あとなんだっけ。
「ミランダ、他には?」
「先ほど私を女中頭にとおっしゃいましたか」
「言った。あ、でもミランダの希望があればその通りにするよ。なんでもやりたいことを言って欲しい。屋台の売り子でも、ユーリの下でも、誰かの専属のメイドでも、とにかく好きなことをやる許可を与えるよ。それが一時的でもいいよ」
彼女はそれぐらいの権利が与えられることをやってくれてた。元ゲットーに捕まってた奴隷がひとりも自死を選んでいないのはミランダのおかげだろう。それだけで賞賛に値する。
「私は、私にそんな重責を担う立場が務まるようには思いません。私はそんな大した家の出ではありません」
少し困惑したような表情でそう言うミランダさん。俺はミランダさんの出自はまったく知らない。
「ミランダさん。みなさんと知り合って間もないということはもちろんあるのですが、私は解放した方々の出自というのは誰のことも知らないです。そして知ろうという気もないです。私が知りたいのは誰が何を出来るのか、誰に何を任せられるのかということです。どの家の出だとかはまったく問題ありません。貴女は貴女に適切な教育を施した方々を誇り、感謝すれば良いだけではないですか。そして、誰かに認められるほどのものを身に着ける努力をしたご自分こそを誰よりも誇るべきです。先ほどミランダさんが言ったのではないですか。ライラこそが私の側仕えに相応しいと。それはその能力の高さ故だと。ここにいるユーリもオズワルドも私が間違ったことを言ったら絶対に黙っていませんからね。私のミスはシェリルへの負担になるのだから」
最後まで黙って聞いていたミランダ。俺は主人かもしれないが独裁者ではない。俺に忠誠を誓おうとも奴隷ではないのだ。時には主を導くのも家臣の大事な務めで、それが出来る人物であると評価されたことは誇り、受け入れるべきだ。やらないうちから自らその機会を手放すのはこの世界では非常識なのだから。
「ロック様、過分なご評価いただきましてありがとうございます。ご期待に沿えるよう誠心誠意、務めさせていただきます」
「ありがとう。よろしくね。完璧は求めていません。私は既にミランダさんの仕事とお人柄に満足しています。これからは気楽に楽しくやっていきたいと願っています。貴女の幸せが私の幸せだということを忘れないで頂きたいです」
ミランダさんが一瞬何かを我慢するように歯を食いしばった気がする。言いたいことがあればはっきり言ってもらった方がいい。特に同じ家に住む者同士ならそれはとても大事なことだと思う。それとわからないようにミランダさんが深呼吸をしている。隠したいならそっとしておくのが大人というものだ。数秒の間をおいてから、さも「今気付いたけど」というように話しかける。
「そうだ、なにか追加で聞きたいことがあればなんでもどうぞ」
「はい。あと、その、女中頭用の服というのは不必」
「それは絶対に必要なのだキプロスにそのまま伝えておいて!」
メイド服は正義だから。せっかくこれが目の前にあって当然の世界にいる俺だ。こんな娯楽も何もない空っぽの世界で、俺を楽しませることが出来るものをひとつでも手放す理由があるだろうか? いや無い! このことに関して俺は独裁者となることをミリも躊躇わない! 何に金を使うってこういうことだろうよ! なあ、御同輩! 同好の志よ!
「『再生の大地』の冒険者用宿舎は奴隷女中が担当ですね。そちらも女中服は差別化します。もちろん、女中頭は特別な服にします。役職や仕事内容に応じて作業がしやすかったり、上級職だとひと目でわかるようにして「あの服が着たい」と思うように、モチベーションになるようにしたいですね。私の配下では本館である当屋敷の女中頭とメイドが最上位の女中服になります。時々趣味に走ります」
「最後の部分に若干の不安がございますが万事かしこまりました。すべてを受け入れ、私のご主人様に最上位の忠誠を」
ミランダは席を立つと今度こそ全てを受け入れるかのように深々と頭を下げた。そうして俺との話が終わったミランダが女中部屋の打ち合わせに戻った。
「ロック様は人心掌握に長けていらっしゃいますようで安心いたしました。私も彼女を推した甲斐がございます」
ユーリがなんか言ってる。今までの会話のどこに人心掌握に繋がる部分があったのかはよくわからん。ちょっと俺が拗らせている部分を見せ過ぎてしまったと反省しているところだ。ここまでの話はキプロスとだけで良かったはずだ。ただ、もうミランダには知られてしまったし、全部やってくれるって言ってたから気楽になった。作るもの全部着てもらって開発モデルになってもらおう。今後は、それが女中頭としての大事な仕事になっていくだろう。忘れていたが当然ライラもその責を負うことになる。だってそこにいるんだから。一回り歳の離れたモデルを二人確保できたことに俺は満足した。
さて、お遊びの話しはここまでだ。 屋内警備に就いているバリウスを呼ぶ。




