第164話 重い想い
アルの仕事に満足して別れた。そして携帯が無いから誰とも連絡も取れないんだよね。とりあえず散歩代わりに歩いて屋敷に戻ってみたらスティングたちが見張りに就いてたのでみんながまだ中で打ち合わせ中なのがわかった。
「お嬢! ちょっと手合わせ願いたいんだが」
スティングの口調が気になるけど、鍛錬を積むのはオルカのためでもあるからね。
「まだ打ち合わせしてるみたいだから適当に身体動かしてていいよ」
「ありがと。終わったら戻るね。スティング、ロックがいいよってさ」
なんか言葉だけ聞くと誤解されそうな会話だなぁ。スティングの同僚で盾役の獅子獣人のゴードンも順番待ちしている。「仕事忘れるなよ」と声掛けして中に入った。商会本部の視察のついでにユーリとメイド部屋の相談でミランダが来ていた。
「ユーリ、ミランダすまないけどちょっといいかな」
二人を呼んでアリと進めてきた屋台の相談をした。女中候補から無理に売り子を出さなくていいことを強調した。貴族の女中というのは教養や家庭教育の基礎が必要なので、そういった素養のないこの世界の一般家庭の婦女子では務まらない。女中の中でもメイドと呼ばれる者は格式が上がる。勤め先の家人の専属女中となる者が『メイド』と呼ばれる資格を得るからだ。『私のメイド』なのだ。仕える主人のスケジュールやファッションコーディネート、プライベートまでを任されるのがメイドだ。だから通常、メイドには貴族家の家督権順位の低い婦女子程度の教育が施された者のみが就くことのできるエリート職業となる。現代でいうと公私に渡る秘書、マネージャーだ。場合によっては、配偶者よりもプライベートに踏み込んだ相方ともいえる。貴族の屋敷という安全圏が職場となり、高給で衣食住が保証されるという、女性が就くことのできる私的な職業としては『上がり』とも言えるのが『メイド』なのだ。まあ、うちはそもそも貴族ではないけどな! ちなみに商家などで雇われる女中は格でいうと『家政婦』になる。だから、貴族教育ができる女中やメイドクラスの婦女子は商家に雇われる場合はとんでもない高給となる。本来ウチはこれに該当するわけだが、シェリルがいるからね。
男性使用人にも同じことが言えるが、男性にとっては使用人は『上がり』とはとても言えない職業なのは自明の理だ。今後、『ウェスタリー商会』では人材教育部門を立ち上げるつもりだ。女中は無理でも一般家庭出で素養がありそうな娘に貴族が来るような飲食店の給仕が出来るぐらいには教育したい。グランデールは魔物素材が名産品なのだ。金が稼げる街なのだから、金を使う街になってもいいだろう。
屋台用の施設では地下の保冷所にすでにいろいろ置いてきたことを伝える。ユーリの顔が屋台もないのにもう始めるのかと引き攣っていた気がするけどスルーして続ける。
「ミランダ、屋台の売り子用の仮ユニフォームのみんなの評判はどうだった? 使い勝手で要望があればまとめておいて欲しいんだよね。ポケットの大きさとか位置とか、通気性、デザイン、とにかくなんでも好きに言って欲しい。同じように女中服、メイド服も差別化したい。女中頭のミランダ専用服も必要だね。あとはそれぞれ夏用、冬用、外に出る時のためのカーディガン、上着、コートなどもね」
ミランダがいきなり女中頭と言われて少し困った顔をしていたがもうそれでいいだろう。ユーリがミランダをここに連れて来てオズワルドがそれを許している時点で合格をもらっているということだ。そして服のことは、そこはもう俺の趣味だから許して欲しい。一番重要なのはデザインだよね。服屋の『彩雲の衣』の主人、キプロスに要望を出してもらうようユーリに頼む。キプロスまで届けば何かあれば俺のところまで来るだろう。なんなら十代用の女中服は夏服は膝上丈にしてもいいと思うけどどうだろう? たまにそれをミランダに着てもらうのはイケナイコトかい?
「ユーリ、相談なんだが『再生の大地』の本拠地をスラムの入り口に作りたい。今後は冒険者として森での狩りがメインの活動になるからな。系列の飲食店に獲物の肉を回してコストダウンを図りたい。解体所や武器防具のメンテが出来る場所、狩りから帰って来たらそのまま洗浄出来る施設、訓練をする教練場も欲しい。ここだけの話しだけどね、完成したら事実上の『軍事基地』になると思う。もちろん、武力支配その他の意図はまったくない」
「軍事基地ですか。お話しを聞く限りそうなってしまいますね。現状で冒険者の数が数百人単位になります。当然ですが、認められるわけもない規模の施設です」
それはそうだ。だが、今回は大丈夫なはずだ。ウォーカーとオーサーに相談済みなことと、もう少し先にはその大半の冒険者がグランデールを離れる構想であることも伝える。
「森の中に拠点を築こうというのですか。それが出来たとして、その先もあるわけですよね」
「もちろん、ある。あるけど、その先に関する情報が不足していて絵図が描けていない。具体的に言うと『フロンティア』の情報だ。グランデールが落ち着き次第、俺も向こうに行ってみるつもりだ。俺をいかに早い段階でフロンティアに行かせられるかで全てのプロジェクトの進行速度が変わってくるからな」
「はっはっはっ」
ユーリが笑ったことでみんなの注目が集まる。そこからはユーリが声を潜めた。
「貴方は何をしようとしているのですか。私は何をさせられようとしているのですか。私はもう四十も超え、歩んで来た道は多少の茨であった自覚もありますが、商人なのですよ。軍師でも戦士でもありませんよ」
ユーリどうした!? 目が爛々と力を帯びて怖い! 俺、そんな変なこと言ったか?
「どうだろう? 前にも言ったかわからないけれど、俺は俺と彼女たちのことしか考えていないんだよ。悪いけどユーリもミランダや他の誰かのことも考えてやっているわけではない。だからみんなも俺を利用してくれていい。俺に恩義を感じる必要は無いんだ。自分自身の人生として後悔しないように生きてくれ」
ユーリがニヤニヤしている。ええっ? 何が火を着けたんだ? はっきりしておこう。
「いや、マジで『天下取ってやる!』とかこれっぽっちも思ってないからね。嫌だよ俺、そういうの。世直しもしないからね。ユーリ、ミランダ、誰にも言うなよ。俺の理想は俺の村だ。それ以上は望まない。自給自足が出来て、魔獣、魔物素材が収穫できて金と食い物、物資に困らない、どこの誰にも邪魔されない村が欲しいだけだ」
「その時に必須となる物は魔獣、魔物、穀倉地帯、他にはありませんか」
「水だな。農業のために清涼な川が必須だ。その上で理想は温泉だ。個人宅は魔石で賄えることがわかったが、村としては温泉が必要だ。木材では燃料として心もとない」
「そうですか。ロック様は風呂のことを言っているのですね。わかりました情報はそれとなく集めておきましょう。村ねぇ。今でも冒険者が数百、これから始まる商会絡みも同程度かそれ以上です。どれだけの人数が移民を希望するかによりますが。そうですか。国起こしですか。ふふふふふふ」
ユーリが独りでなんかブツブツ言い始めたぞ。口元から微笑が消えなくなった。この人ってこんな野心家なんだっけ? 気を付けないといろいろ焚き付けて来そうだな。それに比べてミランダは冷静だ。国盗り合戦みたいな話は興味無いよね。
「ロック様、ロック様のお付きの者としてライラを付けることをお許しください」
そう言って静かに頭を下げる。突然なんのことだろう。嫌な話な気がする。
「お付きの者ってなんですか」
「お屋敷にいる間、常に身の回りのお世話をする者です。彼女はひと時も離れることはありません。今、ロック様の周りでその役割に相応しい者がメイド候補の中でもライラだけということもありますが、今後、その適性がある者が他に来たとしましても、彼女より優秀な者はいないので今後も結果は変わりません」
ミランダの言っている意味がわかるようでわからない。ここにオルカがいなくて良かった。ああ、オルカがいないから話しているのか。
「ミランダさん、オルカがいるのでその役割の人は不要です」
「ロック様、お言葉を返すことをお許しください。今、ここにオルカ様がいらっしゃいません」
だよねー。俺も言っててそう思ったもの。
「あのですね、そんな片時も離れずにお茶を淹れていただく必要は俺に関して言うとまったく不要なんです。それと、ひょっとして護衛とか人間の盾的な話しをしている気もするのですが、俺に関して言えば俺より弱い人を付けられると足手まといになって、その人のことも守らなくてはいけなくなるので、俺の生存率が下がって迷惑です」
女中、メイドという役割の者が俺の立場では必要と思われるのかもしれない。この国、この文明、貴族社会ではね。それにはもちろん男にとっての『都合のいい女』の役割という部分もあるのだろう。でもね、俺、まだ十歳だからね? それと嫁候補が四人もいるからね? 言えないけれど俺の道徳観念の半分は現代日本人なんだよ。不倫文化上等な部分は否定できないけれど、俺にもその気はありまくってるけど、それでもこれ以上そういう相手が欲しいとは思ってないんだよ。そしてなによりオルカがいるんですよ。オルカは自由だ。その自由の中には、今すぐ俺の側から居なくなってもいいという自由もある。逆に、いついかなる時も俺の隣にいてもいい。俺がシェリルたちと一緒にいたとしても、彼女がそれを望むのなら、その褥の隣にいてもいい。俺はオルカを拒まない。拒めない。もし、そのメイドの役割がどうしても必要なのだとしたら、オルカにやってもらうよ。
「ちなみに、なぜライラなんですか。そんなにその役割をするのに相応しいという根拠はなんですか」
ミランダの瞳に光が宿った。しまった。地雷だったか?
「ライラはそのために育てられた者だからです。彼女はデミトリーが潰したワイマール家に連なる者です。シェリル様とは面識も無く、ご存じありませんが、本来なら、ワイマール家に更に仕えるべき御子が産まれた際に側仕する役割が与えられるはずでした。彼女は戦闘女中です。生まれた時からそうなるように育てられ、その才に恵まれた娘なのです」
聞くんじゃなかったわー。はぁ、そうだったよ。この世界の人の身の上話聞いたらだいたいこういう重い流れになるんだよ。戦闘女中ってなんなんだよ。戦闘奴隷として無理矢理教育を施された俺と同じじゃねーかよ。しかも、彼女は奴隷でもない裕福であろう家に生まれたが故にそれをされて、挙句に奴隷になって、あの野蛮人どもに奴隷として何をされて生きてきたんだ。奴隷紋が失くなった今も彼女が生きている理由を考えた時、俺がこれを断ったら彼女は存在理由を失うんだよな。そうなった彼女が自分自身をどうするかぐらいはさすがに鈍感と言われる俺でもわかる。
「だったらですね、その技術を生かして冒険者になって自由になるのはどうですか。それかシェリルに仕えるべきではないですか」
「私もそれは提案しました。これは彼女のたったひとつの望みです」
いやー、厳しいって! 想いが重いやつじゃないかよこれも。ミランダよ、この人事、本当に俺のためのものなのか?
「困ったなぁ。シェリルが婚約者としてそこにいるのに身近にそういう女性を置くのは良くないですよ」
「勘違いしないでいただきたいのですが、普通にメイドとして扱っていただければいいのです。これからのロック様は話しをする相手も多くなり、それらを管理するだけでも大変になりますよ。彼女となら優秀なお世継ぎも望めますが、もちろんロック様にはその手のお話しが無用なことは、ライラ自身が一番わかっています。彼女自身も今の自分の身はそれに相応しくなくなったことを理解もしております。彼女は自分が女性に生まれたことを憎んでいるのです。本能、本心の部分を隠しながら、今となっては彼女はただ、騎士として仕えたいだけなのです」
説得上手いのやめろー。死に場所を求めている浪人なんだよそれ! 俺の心は最初からオーケー出してるんだよ。断る理由探してるだけなんだよ。
「サリア、ちょっと来てもらっていいかな」
今、俺に一番正しいアドバイスをしてくれるのは彼女だと思う。




