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輪廻がイヤなら異世界転生。底辺職の先行斥候だけど『出納』スキルで好き勝手に生きてやる!  作者: 秋乃せつな
第8章『審判』

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第162話 夢と風呂は大きい方が

 まだ若いな。これでは趣味全開なだけでユーザー目線に立てていない。指導!


「まず個人邸宅用にしては大きすぎます。無駄です。それと、根本的な問題として洗い場が想定されていないんですよね。これ、個人宅用の風呂を大きくしただけに思えます。ひとりで使用する風呂ならこれでもまぁいいんですけど。リリーさん、少し考え方を変えましょう。まず、風呂で何をするか? 頭、身体を洗うところです。だから、洗う場所を作りましょう」


 最初は「なにを言ってるんだこの子は」というリリーが段々と前のめりになってくる。この文明社会にも水道、蛇口の概念はある。それがあるのは調理場だ。


「俺は水道やこのお風呂のお湯がどこから流れてきているのか、温度調整がどう行われているのかもわかりません。なので、俺の考えていることがどうやれば実現できるかはわからないまま理想を話します。たとえばこの風呂場の壁際にお湯のでる蛇口を並べて、その前にイスと手桶を置きます。手桶にお湯を溜めて頭や身体を洗うのに使うんです。湯舟のお湯は使いません。これで湯舟の人はゆっくりと湯に浸かれます」


「すごい。美しいわ。これはですね、できます。というかなにも難しいことはありません。なんでこれが思いつかなかったの」


 リリーが悔しそうだ。元々の手本になった風呂に衝撃を受けてその技術を習得しようとしたからそこで止まったままだったのかな。


「洗ってる人の姿を見せたくないなら洗い場も壁や岩を置いて目隠しします。ウチの場合は壁なしでいいです。見えなくなっちゃうので! リリーさん、その蛇口なんですけどね、こう頭の上あたりから出るようにしたいんですよ。イメージだけでいうと、小さい鍋の底にたくさん穴を開けて、そこから勢いよくお湯が出るというか。頭が洗いやすいでしょ?」


 リリーは、最初に言った「ウチは身体を洗ってる姿が見たいから壁はいらない」っていう部分で一瞬、疑問が浮かんだようだが、続くアイディアに思考が持っていかれてすぐに忘れたっぽい。個人宅用ですからね、うちのお風呂は。個人の趣味が出てしかるべきでしょうが。


 シャワーヘッドの良い例が思い浮かばなくて鍋と言ったけれど、手で「これぐらい」と説明してシャワーの概念を伝える。大事なのは水の勢いと温度調節。そして、シャワーブースの説明。温かいだけじゃなく、冷たい水も選べれば暑い時期の風呂上がり前のクールダウンにも使えるよね、と。そこからさらに滝湯の概念も盛り込む。打たせ湯のマッサージ効果は気持ち良いんだよ。


 最初は「すごい!」と興奮していたリリーが途中から段々と険しい顔になっていった。実現不可能な変なこと言ってるのかと心配になったのだがどうやら違ったみたいだ。


「親方ぁ! ちょっとこっち来て! あー、もう! 母さんも手伝って!」


 リリーの悲痛な叫びで娘を心配した両親が飛んで来た。


「リリーどうした落ち着け」


「落ち着いてられないわよこれ。ロック様がちょっと変なこと言い出したのよ。これ作ると革命が起きるわ。サウナ大好きなこの国でどこまで浸透するかわからないけどね。とりあえずこれには名前を付けておくべきよ」


 名前ってなんだ? 名付けと聞いてエルダーの言葉にも力が入る。


「名付けだと? どういうことだ? 説明しなさい」


 リリーがエルダーとルーミーにさっき俺が説明した洗い場、カラン、シャワーという風呂場の概念を話す。各部署の人が全員、いや、打合せをしていた全員がこの小さいテーブルに集まっていた。途中、リリーがうまく説明できないところを俺が補足しながら話終えると、職人たちが唸った。


「問題は、お湯を作る方法だと思うんですよね。それが出来ないから風呂がないんですよね?」


 お湯を作るというのはとんでもない贅沢なのだ。水は魔法で出せる世界だ。風呂ほど大量の水を魔法だけで作り出すのも現実的ではないが、その大量の水を温める燃料が高価なのだ。木はまぁ、ある。広大な森があるから。ただし、風呂のために大量のそれをここまで運ぶ手段が無い。薪や炭は高価な燃料なのだ。料理には使わざるを得ないが、風呂の水を沸かすために使うのは無理だ。サウナというのは水を気化することで少ない燃料で水蒸気を大量生産できるから都合が良いのだ。


 俺はこの時、初めて知った。風呂がグランデールには最高級宿『夕暮れの泉亭』と、最高級娼館『一夜の夢』にしかないことを! 俺は一発目に風呂付宿を引き当てていたことを知って驚いた。では、この二か所はどうやってお湯を作り出しているのか? それはリリーが知っていた。


「超希少魔物素材です。両店とも炎竜(ファイヤードラゴン)の魔石を使ってます。普通は買えません。売ってないからです。お金で買う場合はオークションになると思いますが、数年に一個出品されるかどうかだと思います。ちなみに、水竜(ウォータードラゴン)の魔石で水を作ってます。それで、水竜(ウォータードラゴン)の魔石の方が希少価値が高いです。水棲の魔物は狩るのが難しいと聞きました。他にも同様のことができる魔石はありますけど、いずれにせよ高価です」


 なるほど、ウォーカーがやけにあっさりと風呂の秘密をバラすと思ったらそういうことか。実現不可能だからじゃないか。ん? でもリリーは風呂作るって聞いてるって言ってたよな。誰から聞いて来たんだ?


「それで、ロック様は魔石を持ってるんですよね?」


「え? うーん、それは誰に聞いたんですか?」


「もちろんウォーカー様ですけど? ロック様が魔石を持っているので、お風呂の秘密を話しても構わないと。違うのですか?」


 やっぱりそうなんだな。俺が持っているということはデミトリー絡みか? 超希少魔物素材由来の魔道具でもある風呂の秘密を知ってしまったサビーネとメイドのカローネが「聞きたくなかった」という顔をしていた。同じくメイドのライラは表情が変わらない。君もそろそろちょっと怖いよ。


「ふーん。ウォーカーさんが持ってるって言うなら持ってそうだね。今夜にでも確認してみるよ。とりあえずウォーカーさんを信じて持っているってことで話を進めましょう」


「あ、はい。それで名付けですが、このお風呂の設計は、今後お風呂を作るなら必ずこの作りになるはずです。今までのお風呂がこのお風呂に取って変わりますし、既存のお風呂もこれに作り替えられることになるでしょう。これ、とんでもないですよ。竜の魔石と同じぐらいの価値がありますよ!」


 そんな価値はないだろう。工法やデザインなんかに権利なんかないからね。価値があるとするなら、この風呂が欲しいなら作ってやるから金を出せってことでいくらでも吹っ掛けることができるってことかな。作る前に複数個所の工事契約を同時に結べば大儲け間違いなしなのかな。


「でもまぁ、俺のはアイディアだけで、実現できるノウハウも技術もありませんよ。出せるのはアイディアとお金だけですね」


 そう言って笑ったら誰も笑わなかった。エルダーが真剣な顔で俺を見る。


「ロック様、アイディアと金が無いと実現できないのです。風呂が作れる、いや、この話ならキッチンが作れるだけの技術でいいのです。要するにお湯のシステムが作れるのなら誰でもいいのです。リリーである必要はありません。ロック様がいないと実現できないのです。だからこれはロック様のものです」


 まぁ、そういう理屈で言えばそうなのかなぁ。


「うーん、今さら『北の瀑布(ばくふ)』以外と組むこともないですからね。じゃあ折半しませんか? 『偏西風(ウェスタリー)商会』と共同開発しましょう。今回、この風呂が実現できたとして、すぐに売り物になるとは思えません。数年単位でこのアイディアを誰もが欲しいと思う物に『偏西風(ウェスタリー)商会』がします。しかるべきタイミングでこれを広い世界に向けて売りに出しましょう。その時にリリーさんに現場監督として世界に出てもらいましょう」


 俺の言っていることのスケールが大きすぎて頭がおかしいのか子供の与太話なのか、うちのパーティーメンバー以外の顔が苦笑いになっていた。


「まぁ、契約書だけでも作りましょう。今後、売りに出した時に儲けを折半するという契約です。ウチの屋敷の工事ですからね。今回の開発費は全部こっちで持ちます」


 『北の瀑布(ばくふ)』にとって損は無い話だ。リリーにとっては宝くじみたいなものだ。エルダーも損が無いのだから乗らない手はない。温泉地でもない限り魔石がないと実現不可能な施設だから、超金持ち相手にしか商機がないのだ。それこそ世界を股に掛けるような商会でもない限り売り物にならないスケールの大きな話だ。


 最後には「これが売れたら金貨が何百枚になるんでしょうなー!」とみんなが笑顔になっていた。その頃になるとウチのパーティーメンバーの顔がちょっと困った顔になっていた。特にサリアの目が俺に言っていた。「だから今朝言ったわよね?」と。いや、好き勝手やっていいって言ったのもサリアだからね? 俺は世界に風呂やシャワーを普及させたいわけじゃない。俺が必要としているだけだから!




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