第161話 風呂遣い
まずは職人たちに手分けして現状で補修や改良が必要と思う部分を調べてもらいつつ、主要部門の担当者と共に屋内に移動した。ホールにテーブルと椅子を持ち込んで打ち合せ。各人の部屋、キッチン、風呂、使用人部屋、護衛用の部屋や建物などなど。キッチンはバロッサにお任せ。使用人用の部屋はオズワルド仕切りなのだが、メイドたちを仕切るメイド長がいないらしい。スラムで女中を仕切っているミランダが相応しい気がするのだが、いきなり元ワイマールの女中のリーダーになれといって出来るものかどうかわからない。今後要相談だな。
エルダー親方は建物全体とホールやサロンなどの大きな部分の再設計、リフォーム担当。内装関係と風呂担当はそれぞれドワーフの女性だった。内装担当がエルダー親方の奥さんのルーミー、風呂は長女のリリー。リリーは風呂に魅了され、わざわざ東方まで留学に行ったそうだ。各担当がわかったところで個別の打ち合せに入る。
「ロック様はお風呂が好きなんですよね」
リリーにそう言われてたぶん俺の目がキラリと光ったと思う。
「リリーさん、俺に風呂を語らせたら右に出る者はこの国にはいないと思いますよ?」
「ほう? 親の猛反対を押し切ってまで東方に旅立ち、命懸けで風呂を極めたわたしにそれを言うとは。なかなかの自信家ね」
リリーの瞳に剣呑な鈍い光が宿る。たしかに! この国でそれを身に着けるのは並大抵のことではないだろう。そして、俺にはそれを造る方の知識があるかと言われれば否としか言えぬ。が! しかし! 俺はユーザーでありプレイヤーなのだ。風呂プレイヤーとしては風呂最先端国日本での三十年のキャリアがあるのだ。異世界風呂マニアといい勝負ができるはずだ!
「ふっ。リリーさん、建築のプロとしての貴女のその知識に勝てるなんて失礼なことを言うつもりはないのでご安心ください。その部分に関しては私は貴女には敬意しかありません。その技術をこの西部辺境の地までお持ちいただいたことに感謝を」
胸に手を当てて深々と頭を下げる。素直に敬意を示す俺の態度に「おや?」と態度を軟化させつつあるリリー。マンツーマンで風呂について話す俺たちのテーブルの熱量が伝播して隣でオズワルドと打ち合せしているエルダーが心配そうな顔でチラチラとこっちを見ている。
「でもね、リリーさん。こっちは風呂に入るプロなんですよ。風呂遣いとして頂天を極めた私が意見させていただきますのでご覚悟のほどを」
そう言ってニヤリとする。そうでなくてはと目を見開き半開きの口の口角を上げるリリー。
「ふっふっふっふ。ロック様、こちらをご覧あそばせ!」
そう言うなり、バッサー! とテーブルに図面を広げるリリー。
「昨日、屋敷に忍び込んでアタリを付けた図面になります」
キタコレ不法侵入。となりでエルダーが胸を抑えてぶっ倒れそうになっている。オズワルドは聞こえない見えないフリをしていた。
「ほう? ここはなんの印ですか?」
「そこはガラスによって内外が仕切られています。下に隙間を作るのでお湯は中と外で自然に循環します。ただし、外の方が冷えやすいので、別途少しずつ給湯が必要です」
「ふむ、露天風呂は必須だったのでこのデザイン自体は素晴らしいですね。ガラス壁には曇り止めの措置が必須でしょうね。あと一枚ガラスだと見栄えは良いのですが、それと気付かずに激突の恐れもあります。あえてガラスとわかるようにすることも必要です。デザインに凝り過ぎると機能を失うことになりかねません。あとは、絶対に割れないことが必須ですね。それと、この中と外を出入りする部分ですが、やはり扉はあった方がいいでしょうね。空気や虫の侵入は避けたいところです。木戸でも雰囲気が良いものを選べば違和感がなく、アクセントにもなるかもしれません。あるいは、扉の前に岩など置いて目隠しにするのもいいかもですね」
「い、岩を置いて目隠しにするですってー!」
興味深く俺の話を聞いていたリリーが大声を出しながら思わず席を立つ。そのまま走って俺のところまでテーブルを周り込んで来て図面を覗き込む。
「ああ! なるほど! 湯舟の中には座っているのだから死角を作るのにそんなに高い壁にする必要はないのね!」
その場で立ったりしゃがんだりして視界を確かめるリリー。
「あんたさっきからやるじゃない! 今すぐうちに転職なさい!」
ぱっこーん! エルダーがリリーの頭を丸めた図面で引っ叩く良い音がした。
「この馬鹿娘が! お前はお客様になんちゅー口を利いとんじゃ!」
「お、親父」
「親父じゃねー! お父様と呼ばんかい!」
そこは親方だろ。
ドゴン! 奥さんのルーミーがエルダーの頭をぶん殴った。そのまま襟首を掴んで椅子に座らせると戻って来た。
「ロック様、大変お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。このあと、ふたりにはキッチリと言い聞かせますので、どうぞ寛容なご処置のほどよろしくお願い申し上げます」
ルーミーに血だるまにされる二人しか想像できない。
「あぁ、ルーミーさん、俺はぜんぜん気にしていないので大丈夫ですよ。俺は、ほら、貴族でもなんでもないんで! リリーさんも非常に優秀で俺の趣味の話しにもしっかりと対応していただけそうだし、こんなに楽しい打ち合せはありませんよ! どうかお気になさらず。えーと、あれかな? ここだと周りが気になるなら風呂の話は別室でやろうか?」
「それはダメっ!」
三人娘の声がハモった。三人で顔を見合わせるとサリアが進み出て来た。
「今朝、無自覚無双の話はしたわよね。今がそれにひじょーーーに近いわよ? お風呂の話をする時は必ずわたしたちの誰かがいる前だけになさい。いいわね? リリー、あなたもよ。危ないのよ?」
リリーは自分の身が危ないと言われてとりあえずガクガクと頷いていた。奥さんのルーミーがリリーを見て溜息をついていた。俺とエルダーは「一体なんの話だ?」と顔を見合わせていた。
「リリーさん、まぁ、気を取り直して続けましょう。そもそもこのお風呂は同時に何人まで使用することを想定されているんですか」
「同時に入る人数ですか? どうでしょう。中と外に分かれて入れば二、三十人とかでしょうか」
だよね。想定してないんだよねこれ。でかい湯舟だからそれぐらいは同時に入れる。だがそれは違う。




