第160話 自覚あり
起きた。というか目が覚めた。少し重い。俺の上にサリアがうつ伏せに乗っている。なかなか斬新な起こし方だなぁ。
「おはようサリア。サリアはちっちゃいから軽いなぁ」
こめかみをゲンコツでグリグリされた。
「いてててて。怒らないでよ~、言葉が足りなかった! ちっちゃくてかわいい! 羽みたいに軽いからいつでも抱っこできるね! 俺が言いたかったのはこれ!」
「あんたねー。言葉には気を付けなさいよぉ。一生ものになるってことはもうわかってるでしょ」
おおう。シェリルとのことを言っているのかい?
「いや、でもあれは結果的に大正解じゃない?」
「ま、ね。あんたにしてはよくやったわ。お陰でわたしも便乗できたしね」
「ん? 便乗? いやいや、サリアをそんなおまけみたいに思ったことは一度もないよ」
「あら、それは失礼」
あ、これはダメなやつだ。受け入れてもらえないとしても俺だって受け入れて欲しいという気持ちはあるんだ。ちょっと投げやりに見えるサリアの顔を両手で挟んで至近距離から目を合わせる。
「サリア、俺の言葉足らずだ。俺はサリアのことを本当に大切に思ってるよ。普段、話をしていて気軽に軽口を叩き合えるところも、いつも周りのメンバーや俺のことを大切にしてくれるところも、サリアは俺にとって特別で大事な女だよ。今までちゃんと言葉にしていなくてごめんね。シェリルに結婚の話をした最初の夜、あの時サリアがいても俺は同じことをサリアに言っていたよ。誰かだけが特別なんじゃなくて、みんなが特別なんだよ。だけど、ごめんね。俺は卑怯なことを言っているから。サリアだけだって言ってあげられなくてごめんね」
サリアの身体から力が抜けて、ぼすんと俺の胸に落ちた。きれいなピンク色の髪が鼻腔をくすぐる。甘い匂いがした。
「うん。そうね。知ってたわ。でも良いものね」
サリアが俺の胸にあごを付けて下から覗き込んできた。
「ねえ、シェリル姉さんに言ったやつ、わたしにも言いなさいよ」
いつものいたずらっぽさの抜けた愁いを帯びた桃色金剛石の瞳を見ながら、自分がどれだけ卑怯なことを言っているのかも自覚して、言葉に想いを込めた。
「サリア、五年後に俺が成人した時、きみに愛する人がいないなんていう奇跡が起きたら、俺のお嫁さんになってよ」
サリアは再び俺の胸に耳を当てると、ふふふと笑った。そして「考えておいてあげるわ」と小さく答えた。しばらく何も言わずお互いの鼓動を聞いていたら、控えめにドアがノックされてキュロスが起こしに来た。
今日は鐘四つ(午前十時)に譲渡候補の屋敷に集合の約束だ。急いで準備して、ユセフにボア肉と氷を預ける。届いていた屋台用の制服もライズに持って行ってもらうように頼んだ。ボア肉は宿でもレストランでも皆で食べるでも好きに使ってくれていいからと言って大量に渡したら料理長が歓喜していた。
出掛けにフロントのアレリアさんに挨拶をする。カレンさんは今日は休日だから、食事の手配とお風呂を自由に使わせてあげるのと、お昼過ぎたら起こすついでに美容系のサービスは全部やってあげてと伝えて馬車に乗り込んだ。
屋敷までの道中はみんないつもの通りだった。昨日の商売が上手くいって良かったとシェリルが胸を撫で下ろしていた。オルカは肩で寝ていた。サリアと馬鹿話しをして膝に乗っかってきて、キュロスが微笑んでいた。買い付け金額の相場とかはあとで帳簿を見せてもらおう。
仕入れたものはほぼ俺の『出納』に入っている。何がどれだけ入っているかは全て把握出来ている。二、三日分の西地区だけの物資にしては多くないかこれ? きっと元ワイマール家というのを聞きつけて挨拶代わりにと他の地区の御用商人も来ていたに違いない。ユーリはわかっているはずだ。これを機に他地区との垣根を越えて商売にまで手を広げたい。きっと行商人もそれを狙っているはずだ。
仕入れは今日も続く。もう止まらない。今日中に倉庫の手配を終わらせて卸業務だけでも再開しないと困る店がたくさん出るし、他の卸業者に仕事を取られてしまう。今頃は裏でもう『ウェスタリー商会』が動いているはずだ。
実は、『出納』の中に小麦や大麦、大豆に混ざって『米』が入っている。『コーヒー豆』もだ。俺の知識にそれがあるからすぐにわかった。昨日、ロイと回ってる時の収納品の中にあった。『出納』に入った瞬間、思わずオルカを抱きしめたからね。オルカに「米がある!」って伝えたけどキョトンとしていた。脱穀していないから食べられるようになるには手間が掛かるが、それも含めて楽しませてもらおう! ユーリに確認して仕入れルートを確保したい。脱穀前に種籾を選別しないとね!
時間通りに屋敷に到着。馬車回しに馬車を停めると鐘が鳴り始めた。スラムで聞くより鐘の音が大きく聞こえる。玄関前にみんな集合しているようだ。一番目立つところにサビーネとオズワルド、料理長のバロッサが立っている。オズワルドの後ろに何人かメイドもいる。周りを囲むのはドワーフの職人ぽい。俺たちの馬車が到着したと同時に何人かが四方に散った。バリウス達だ。
「皆様、おはようございます。本日もよろしくお願いいたします」
サビーネが丁寧に挨拶をしてきた。続けてオズワルドとバロッサ、メイドの明るい犬耳獣人のカローナと、スラムのクール美人メイドのライラが挨拶すると、皆が口々に挨拶をし返す。カローナはずいぶんと若いけど、シェリル付きのメイドのひとりとして何か訳ありなのかなという気がしていたからここにいるのはわかる。しかし、スラムにいたライラがここにいる理由がわからない。そして、やけにライラの視線が気になる。オズワルドの考えだろうから、聞けるタイミングがあれば確認するか。
どうやらサビーネはまだひとりで担当するらしい。それが本人の意思なのか、オーサーの思惑の内なのかはわからない。本人のやる気の現れということにしてあげよう。
「ボス、おはようございます」
「おはよう、バリウス。今日もバリウス達が護衛に就くのか。向こうは任せっきりで大丈夫かい」
ここに『再生の大地』のナンバーワンとツーが揃ってしまっているのだが。
「はい。代理を立てているので大丈夫です」
バリウスが大丈夫と言っているのだからよっぽど信頼できるのだろう。彼らは失敗できない立場だ。女中や使用人の生命やその身に危険がある時は要注意だ。命を賭けた仕事を他人に委ねるのだからよほど信頼できるのだろう。誰を指名したのか気になるな。
サビーネが身内の挨拶が終わったのを見計らって職人を紹介してくれた。
「ロック様、シェリル様、今回、お屋敷の改修全般をお願いする、建築技術においてはグランデール一の職人集団『北の瀑布』の皆様です。こちらは親方のエルダーさんです」
「エルダーだ。お前が発注主か。若いな。この姉ちゃんにな、男だからと何回も念を押されたんだわ。気にしとるなら申し訳ないがな、これだけ別嬪だと疑いたくもなるし自分で確認もしたくなるというものだろう」
「えー? おっさんと一緒に風呂に入る趣味は持ってないなぁ。美しい女性となら大歓迎なんですけどね」
「どぅわっはっはっはっはっ!」
後ろに並ぶ美姫たちを誇示するように両手を広げながらそう言うと職人のドワーフ連中が一斉に大笑いした。
「そりゃそーだ! 親方と一緒に風呂入って見せ合いっこなんて俺だって勘弁だぜ!」
親方が笑いながら弟子の頭をゲンコツでぶん殴った。サビーネが「じゃあ私が」とか言いたそうにしている気がするけど俺の後ろに並ぶ女神たちを前に断念したようだ。
「はっはっは! お前さんは確かに男らしい! お前、おもしれーな。これだけのドワーフの職人を前にしてちーとも怖くないってか。デミトリー殺ったってのも嘘じゃなさそうだなぁ」
サビーネが青くなって「ちょ! そういうことは!」とか言っているがエルダーは俺の目を見るだけだ。
「ウォーカーとオーサーのおっさんが困ってて、助けてって言うからさ。友だちは助けてあげないとね。あぁ、でもあいつの息子を殺ったのはサリアだよ」
そう言ってサリアに視線を送ると「ふん」とばかりにあごを上げる生意気そうな美少女がいた。不躾な職人の俺に対する態度への抗議だ。かわいい。しかし、逆にこの小柄な少女の生意気な感じがドワーフの若者たちに刺さったっぽい。「おー」とか声が漏れ聞こえた。それをきっかけにドワーフ連中が俺の後ろに並ぶ女性陣に注目した。美しいだけじゃなさそうだ、と。
「まぁ、俺らにはあんまり効かねぇが、それでもお前さんらがそっちじゃあ、どえらいことぐらいはわからぁな。五人パーティーの家族が住むって聞いてんだけどな。男はお前さんだけ、なんだよな?」
「あはははは。そうだよ。俺だけが男だよ。俺の名前はロック、シェリルと、オルカと、キュロスと、サリアだよ。ちなみに全員俺の彼女でお嫁さんになる予定だから手を出したらダメだからね」
今度こそ全員が「おーっ!」っと手を叩きながら賞賛の声を挙げた。
「ほう、そうか。わかった。なんかよくわからんがすごいな。いろいろ聞いて悪かったな。ウォーカー様からの紹介だしな。元より仕事は請け負うつもりだし、手を抜くつもりも、手加減するつもりもねぇ。おもしれーもん作らせてくれるとも言われているしな」
「おもしろいかどうかはわかんないけどね。俺はキッチンと風呂! 風呂はちょっとうるさいからね。その他の部屋は彼女たちとオズワルドに聞いてよ。予算はいくらでもって言いたいけどそこはオズワルドに任せてる。だけど期待はしていいと思うよ」




