第158話 残業
裏庭に走り込んで来た荷馬車の御者台に座るのは小隊リーダーのロイだった。ロイが率いる荷馬車が四台、走り込んで来てぴたりと停まった。
「旦那! ここに持ってくりゃいいって聞いたから持って来たぜ」
「ロイ、ご苦労さん。保管が難しくなった分はとりあえずここに運んでくれ。どこかに山積みにしてるなら見張りを立ててそのままでいい。俺が直接言って受け取るから」
「ん? そりゃ一体どういう意味で」
「ロイ! ドッグタグを持って行ってくれ!」
ロイが戻ったと聞いたユーリがわざわざ声掛けに来た。きっと伝言なんかしてたらこの男がすぐにまた何処かに行ってしまうって感じなんだろうなぁ。ユーリ、苦労してそうだな。タグを受け取るロイに声を掛ける。
「ああ、そうだ。表に串肉あるから好きなだけ持って行っていいよ」
「はっはっ! もう預かってるぜ」
そう言うと部下の荷馬車の上で御者が大きなバスケットをポンポンと叩いてみせた。ロイが声を潜めて俺に話しかける。
「旦那、あれ、ボアだよな? スラムであんなもん売ってるってマジなのかい?」
胡散臭そうな目で言うじゃないか。
「美味いエールとセットで小銅貨五枚だ。美味いぞ? 向こうで食うなら軽く温め直して食えよ」
「あいよ! ちょっと荷が溢れちまったんでもう何回か持ってくるぜ!」
そう言うとあっという間に再び駆け出していなくなった。荷下ろしの奴隷は何も言わなくても走って庭を出て行くようになっていた。庭から出て行くとすぐに呼び戻されて、戻ると積荷が消えている。呼び戻された時に奴隷がそのまま後方に声掛けして荷馬車が駆け込んで来る。ルーティーン化して益々高効率化してきた。
俺はふと思いついて『出納』からテーブルとイスを出して冷たい果実水を飲んだ。なにも立ってる必要もないんだよね。オルカのリクエストでホーンラビットを出した。オルカが手を洗ってホーンラビットに味付けをすると焚火を出して吊るし焼きにする。仕事してるはずが裏庭でキャンプになった。馬車を呼び込む時にそれを見たスティングが目を見張って口を開けてた。次にスティングが顔を出した時にはオルカはボアのステーキを石に乗せて焼いていた。
「スティング! ちょっと来い!」
少し離れた場所に置いたテーブルにオルカがステーキを置く。
「スティング! お前の今日の働きの褒美に特別にオルカが焼いたステーキを食う栄誉を与える! めちゃめちゃありがたく思って食え!」
あっはっはっと笑う俺とドヤ顔を決めるオルカ。しばしステーキを見つめるとオルカに向かって頭を下げるスティング。
「はっ! お嬢、ありがとうございます! 頂戴いたします!」
なんだ、お前もやっぱり銀等級なんだな。そんなこと言えるんだ。席についてちゃんとナイフで切り分けてステーキを食うスティング。
「うっまーい! なんだこりゃー!」
たぶん二キロは余裕であったオルカの作った適当ステーキを荷下ろしが終わる前にペロリと平らげるスティングに前世の大食い番組を思い出した。
「ボス! ボスはお嬢の手料理が食べ放題なんだよな、くそ~。俺も嫁さん探すかぁ?」
いつの間にオルカは『お嬢』呼びになったんだ? 格付けが終わったんか? あとお前は奴隷だからそんな簡単に結婚とか出来ないからな。作った料理を美味しいと言われたオルカが荷下ろしの奴隷にも肉を振る舞い始めた。その場の荷下ろし奴隷全員に食べさせたあとに満面の笑みで満足気にテーブルに着いて俺としばらく見つめ合った後に急に慌て始めるオルカを見て笑った。うん。大丈夫。俺の分はゆっくり作ってもらえれば問題ないさ!
ユーリが助っ人の仕入れ担当を連れて駆け付けたお陰で買い付けの判断を間違うことなく完了した。仕事を終えたユーリにスラム事務所の女中の半数をデミトリーの屋敷に連れて行ってもらい、プロの女中に預けて適性を確かめることになった。ちなみに女中希望は募集したところで百パーセントみんなが希望するので聞く意味はない。今後、女中が必要になるのはウチとカレンの屋敷と商会本部ぐらいだが、現状だと飲食店経営なども考慮すると圧倒的に人数不足だ。
スラム事務所のミランダさんは残ってもらい、屋台を二日間手伝ってくれた明るいリアンナと、会議の時に廊下で待ってくれていたクール美人のライラは今夜の移動組みだ。カレンも今夜のうちに移動させようとしていたのだが、買い付けの作業が終わらなかったので居残り残業になった。事務作業が終わった時点でシェリルたちの仕事も終わりなので『夕暮れの泉亭』に帰している。
俺の『収納』を使ったことにより、なんとか日付が変わる前には買い付け作業は完了してスラム事務所を閉めることが出来た。カレンは昨日からほぼ働き詰めなので、明日は強制的に休みにした。そして、まだ邸宅の用意が出来ていないということで今夜と明日はライズとルシアと共に『夕暮れの泉亭』の前回の部屋へ宿泊させた。明日は元ワイマール家の買い付け担当に任せることになる。ベルガーとユーリのコンビがどうなるか見ものだな。俺はスラム事務所の『収納』が終わったあとにロイが裏で買い付けた商品の『収納』に回った。回ると言っても暗くて馬が使えないのでロイと共に徒歩移動だ。夜中のスラムを三人でそぞろ歩く。すでに俺とオルカはスラムの夜を歩く緊張はないが、ロイも緊張はしていないみたいだった。ちなみにロイの武装は背中にボウガンと腰にデカいナイフとボウガンの矢筒だ。
「ロイ、裏の買い付けはどうだったんだ。俺は結構楽しみにしてたんだけどなぁ」
「ははっ。旦那も隊商に向いてそうだな。久しぶりに一方的に殴ってもいい相手だったからなぁ。楽しかったぜ。奴らが今後また来たらどうするんです」
「ん~。今日、約束を守ったところより安くしか買い取らない。一生足元見てやるさ」
まともに商売しようとする者を裏切るような真似はしない。今日の買い付けで事務所や荷捌きに元デミトリー、そして元々ワイマール家の商人がいることは行商人の間で周知となった。さらにシェリルの存在が表に出たことにより『偏西風商会』は元ワイマール家ということになるだろう。シェリルが俺を婚約者と公言しまくっているのでワイマール家復興にはならない。じゃあ婚約者のロックってのは何者だってことになるよなぁ。今夜は彼女たちと重要な話をするはずだったんだけどな。今日ほど一日の予定が思い通りにならなかった日はないなぁ。しかも、日付の変わった今も仕事が終わっていない。
あちこちの空き地に買い付けた商品が山積みになり、行商部と『再生の大地』の戦闘奴隷が警備に着いていた。俺たちが到着するとその場でスラム事務所に帰して、ロイには次の場所に向かって歩かせる。その場から誰も居なくなったところで『収納』した。帰した奴らも訝しんでいたが、ロイの方がよっぽど困惑していただろうなぁ。どうせ聞いても答えなんか返ってこないのがわかっているから何も言ってこない。ただし、実はロイにとって俺は直接の雇用主ではない。俺とロイは契約でも誓約でも繋がっていないからだ。
『偏西風商会』にも『再生の大地』にも俺の名前は入っていない。『偏西風商会』は名実共にシェリルのものだし、カレンが責任者になっている。デミトリーを殺したのが俺で、シェリルが俺を立てていることから暗黙の了解的に俺が影の支配者だと認めているだけだ。『再生の大地』にしてもトップはキュロスだ。一部の人には『深淵』を伝えたけど、実はこれも言っただけで実態はない。俺は『出納』の中身さえ吐き出せばいつでもいなくなれる。
それから二時間ほど掛けてすべての集積物を回収した。ロイにも『夕暮れの泉亭』での休暇を提案したが、丁重に断られて、今夜は部下の待つスラム事務所に戻ると言われた。まさかこんな時間から打ち上げとかやらないよな? 事務所の女中にだけは迷惑を掛けるなよと念を押して現地解散とした。
さあ、オルカ、うちに帰ろう。




