第157話 失言
最後の防壁を抜けメインストリートを進む。スラムの先端近くの円形広場の周回路に入ってすぐ左の脇道を進めばゲットーの元事務所だが、屋台を視察するためにそのまま周回コースに入って商業ギルド前で停車する。高級な馬車が何台も連なっていることで注目を集めまくっているので俺とオルカだけ降りることにする。俺が姿を現すとビートがホッとした顔をした。
「ビート、今日の調子はどうだい」
若干疲れた顔のビートが、それでもうれしそうに肉を焼きながら報告する。
「今日も昨日と変わらないぐらいの売り上げだ。彼女たちのお陰だな」
肉を焼くことではなく、女性店員に振り回されての気疲れっぽい。まぁ、そのうち慣れるだろう。そろそろ女性店員を減らしてみるかな。昨日に引き続き屋台を手伝っているリアンナが接客の合間に声を掛けてくる。
「ロック様、屋台でのお仕事、とっても楽しいですよ!」
テーブルで串肉片手に一杯やってる客が彼女を見て満足そうに頷いていた。あいつら行商人だろう。こんな時間にこんなところで油売ってていいんだろうか。
「大変な仕事なのにそれを楽しいと感じるなんて、リアンナには接客業の才能がありそうだね。今度いろいろなお仕事が出来る場所を作ることになりそうだからリアンナにも試して欲しいな。そこで一番楽しかったお仕事をやらせてあげるよ」
「屋台より楽しいお仕事なんてあるのかなぁ」などとリアンナが言っていると、他の女性たちも「わたしもいろいろやってみたい!」とアピールが入ったので「もちろん皆さんも」と応じる。今日あたり、追加の屋台用の制服が『夕暮れの泉亭』に届くと思うんだよなぁ。リアンナが残念がりそうだから今は黙っていよう。
ビートに、肉が無くなれば閉店にしていいから、ありったけの肉を焼いて事務所に持って来てくれと頼む。護衛に就いているライズ達に焼き上がった肉の配達を頼んで馬車に乗り込む。馬車が動き出すとサリアが「あんた、また女たちに安請け合いして、それ大丈夫なの?」と言ってきた。「仕事場はたくさん出来る予定だから大丈夫だよ」と言ったら「そっちの心配じゃないんだけどね」って言われた。そっちじゃないならどっちの心配をしたんだ? キュロスが苦笑いしてシェリルが微笑んでいた。シェリルから若干の圧を感じる。言いたいことがあったらはっきり言ってもらった方が助かるんだけどなぁと言ったらサリアに「鈍感男」のレッテルを貼られた。それはなんとも否定し辛い。「非モテ男は辛いぜ」って言ったら全員から睨まれるわサリアには溜息を吐かれるわで四面楚歌。
屋台の仕事でさえ、それだけでとてつもない安心感を得られるのがスラムの現状だ。屋台以外の仕事があることを彼女たちに示さなければならない。このままだと永久就職先としてビートがモテてしまう! 『偏西風商会』の傘下で働くことがいかにこのグランデールでのサクセスになるのかをアピールするために全力を尽くそう。
スラムの使用人たちが壁の中に入れる期間限定のタグを持ってきている。今夜、カレンと女中を旧デミトリーの屋敷に連れて行く。向こうの使用人、女中に預けて教育を始めたい。戦闘奴隷のリストは出来ていると思うからユーリに持って帰ってもらおう。女中と使用人は向こうで名前など聞き取ってウチの直接雇用か『ウェスタリー商会』の雇用で正式なタグを作らせる。
ゲットー事務所にあっという間に到着、しなかった! 道が行商人の荷馬車で渋滞を起こしていて、円形広場から出た瞬間に動かなくなった。列を整理していた奴隷が対向車線を閉鎖して優先的に通してくれてなんとか事務所に到着。さっそく全員で下車すると、それまで行商人や荷捌きで騒然としていた事務所前が静まり返った。シェリルだ。行商人のおそらく聖月教の信者が跪いて祈り始めた。路上の皆が自然と帽子やフードを取り始める。歩くと道が出来る。普段着で歩いているだけなのにとんでもないオーラを放ち始めている。キュロスが先頭、俺とシェリルが続いて右後ろをサリア、左後ろにオルカだ。開け放たれた扉を抜けて事務所に入ると、外の異変を察して身構えていた人たちが息を飲んだ。俺は中の連中に声を掛ける。
「みんなご苦労。カレン、お疲れ様。任せっきりにしてすまない。こちらが『偏西風商会』の名誉会長のシェリルだ」
そう言うと全職員が立ち上がって一斉に頭を下げた。なんなら行商人も頭を下げた! シェリルが一緒だと俺が目立たなくなって物事がスムーズに進む気がするなぁ。
「皆様、どうぞ頭をお上げになってください。我が商会に商品を卸しに来ていただいた皆様、お世話になります。『偏西風商会』名誉会長でロックの婚約者のシェリルです。以後、よろしく御見知り置き下さいませ。さぁ、皆さん、お客様をお待たせしてはいけません。これより先、私を見掛けても業務の手を止めるようなことのないようにして下さい」
出入り業者に慈母の微笑みを。従業員には厳しくも優しい言葉を。
シェリルは「失礼します」と行商人の列に頭を下げるとカウンターの中に入っていく。頭を下げたことで貴族ではないと判断した行商人がシェリルの素性がわからなくて混乱し始めていた。指揮を執っていたカレンが奥の席へと案内する。そこは会長席だったので、シェリルは座らず、横にあった応接セットに座った。俺はシェリルを真ん中に座らせて、その右に座ることにした。左をオルカに任せる。キュロスは俺とシェリルの後ろに立った。サリアは俺の右に来た。理由は単に右に座るチャンスと思っただけな気がする。そんなドヤ顔をしていた。
事務所内にはバリウスのパーティーが四方に立って警戒態勢に入った。微笑を湛えるシェリルがそこにいるだけで空間がピシリと締まった。緊張ではない。応援で入った仕入れ担当と行商部の人間に更に気合が入った。俺は緊張するカレンにシェリルを紹介する。
「カレン、何度か会ったことがあるが改めて。こちらが名誉会長をやってもらうシェリルだ。彼女は俺のパーティーメンバーで元ワイマール男爵家長女だ。カレンに相談せずに人事を決めて申し訳ないが、デミトリーに囚われていたワイマール家の使用人を雇い入れるのにこれが最善ということでそうさせてもらった」
「シェリル様、カレンです。よろしくお願いいたします。私は小さな商会をやっていただけの者です。どうぞ、商会についてはご自由に差配いただけましたらと思います。ロック様、全ては貴方様の思うがままに」
カレンは周りには聞こえないよう小さな声でそう言ってさりげない所作で頭を下げた。組織外の者の視線がある場所なので控えめな態度に始終している。前回の会議でイケイケで俺にアピールしていたことを恥じ入るかのように小さくなっている。キュロスも美人でスーパーモデル体型でヤバイのだが、シェリルが備える品格、そしてその対極にある艶っぽさはもはや人の域を超えそうなほどだ。奴隷から解放され、昔の家臣を再び得て、俺という絶対武力も背後に持ち、そして俺の右に並び立つ地位を確かなものとして、今や女王の風格を身に着けつつあるようだった。おそらく本人は男爵令嬢だった頃より控え目に振舞っている。行商人に頭を下げたのがそのなによりの証拠だ。子供のころに教会で奉仕に参加していた時と変わらない控えめな感覚なのではないだろうか? とにかく自然に振舞っているようにしか見えない。あるいは『貴族』を取り払ったこれが本来の彼女なのか? だとしたらこれこそが『王の器』だろう。彼女が俺の右にいるべきではなく、俺が彼女の右にいればいいんじゃないか?
「カレンさん、頭をお上げになってください。貴女が会長です。私はそのお手伝いをさせていただくだけです。それも、ロックの思い描くものを実現するためにです。お互いの目的は同じではないですか? そうでしたら貴女が商会を動かすことになんの不都合もございません。どうぞ、よろしくお願いいたします」
目的が違ったらどうなるんだ? カレンが少しだけほっとしたように微笑んだのは目的が同じだったからだろうか。
「ロック様、先ほどシェリル様のことでいろいろとお話された時に、ご婚約者様であるとお聞きしたのですが」
いきなりそこに突っ込んできたか。一応ね、組織的には『全員俺の女』みたいな見方にはなっていると思うんだけど、ね。
「ああ、そうなんだ。今朝、皆に発表する機会があってね。シェリルは俺の婚約者だ。五年後の俺の成人まで待ってもらっている」
「そうだったのですね。シェリル様、知らずに失礼いたしました。ご婚約、おめでとうございます」
そう言われてシェリルが心からの笑顔を見せた。
「ありがとう。他の方に婚約者だと言っていただくとこんなにも嬉しいものなのね。貴方の妻になれる喜びを実感できるわ」
嬉しそうに片手を大双丘、もう片手を俺の手に当てながら「五年後が待ち遠しいわ」などと心なしか大きな声で言うシェリルたん。「まったくその通りだね」などと言う俺。カウンター越しの卸業者の視線が痛い。これで明日の朝までに全スラムの住人がこのニュースを知ることになるのだろう。
「それでカレン、なにか困っていることはあるかい」
その言葉で仕事モードになったカレンが頷きながら報告をする。
「仕入れた商品の保管場所が足りないわ。今はとりあえず納品を終わらせるために空き地に野積みになりつつあるの。護衛を立てているけど、その人数にも限界があるわ」
「わかった。それは今から俺が何とかするから、気にせずどんどん仕入れてくれ。建物の裏に業者の荷馬車を直接入れてくれ。バリウス! 出番だ。裏庭を整理して納品の馬車を入れる。合図があるまで馬車が入ってこないよう誘導してくれ。キュロス、サリア、シェリルを頼む」
ふたりが口々に「任せて」と言って送り出される。オルカは俺の直衛だ。この先永遠に彼女が俺の側にいたいと望む場合は、許可を得ることなく常に俺の側にいることが出来る。それが出来るのは彼女だけだ。俺にもそれを止める権利はもう無いと思っている。彼女こそが真に自由だ。なぜなら、彼女にそう生きてもらいたいと思い、育成しているのが俺だからだ。彼女はこの一週間で毎日、いや、毎時間という勢いで成長し続けている。促成栽培とは言っていたが、天性の才と異常とも言える向上心で信じられない早さで成長している。正直、オルカの成長のために今すぐ街を出て森に連れて行きたい。
バリウスのパーティーからスティングと犬の獣人で斥候のファルを借りて裏口から外に出る。裏は庭のように開けていたのだが、商品を置くためになにもかも取っ払ったあとみたいだ。だが、今はもうそこも商品が山積みでこれ以上受け取り不可になりつつあった。人払いをしてスティングとファルに誰も入って来ないように路地を見張らせる。オルカ以外誰もいなくなった瞬間に全ての商品を『収納』する。スティングに声掛けだ。
「スティング、荷馬車を入れろ!」
同時に四台の馬車を呼び込んで人払いしていた奴隷に荷下ろしをさせる。戻ったスティングと荷下ろしの奴隷がガランと何も無くなった裏庭に唖然としていた。荷馬車から下ろした荷物はその場にそのまま置いておけと命じて荷下ろしを命じる。命令されたので動き始めるが、誰も何も納得していないのは明らかだった。
「お前達、これが『偏西風商会』だ! わかったら動け!」
ぜんぜんこれが商会なわけはないし、行商人は奴隷が何を戸惑っているのかもわからないままだ。全員の頭の上に『?』マークが出ているがテキパキと処理だけが進む。荷馬車から荷を下ろすだけなのでアッという間に作業が終わって荷馬車を逃がす。業者への支払いはスティングの手前で商会の人間が済ませているので、今までの遅延が嘘のように荷馬車が流れていく。荷馬車を逃がしたらまた人払い。さすがに『収納』するところを直接見せるのはまだ早いだろう。作業を繰り返すうちに理由はどうでもよくなるのか奴隷もおもしろがり始めてますます作業が捗る。馬車の呼び込みでスティングに声を掛けたら串肉片手に現れた。
「ボス! 昼から何も食う暇無かったから肉の差し入れ助かるぜ!」
一応、礼のつもりらしい。片手を上げて応える。荷下ろしの奴隷にも聞いたらここに来る前にスティングに言われて交代で食ったらしい。あいつエラいな。自分で食う前に手下に食わせたのか。
「オルカも食べる? 温かいうちの方が美味しいと思うよ」
「ロックの分も持って来る?」
お腹は空いているだろうに平気な顔をして聞いてきた。この娘はもう完全に『飢え』というものを克服したんだなと感じた。
「働いている人みんなが食べ終わっていたらもらうよ。オルカも遠慮なく食べていいよ」
そう言ったらオルカがニコリと笑って首を横に振った。
「ううん、違うわ。私は『働いている人』じゃないもの」
荷下ろしが終わった馬車が走り去るのを見ながらオルカの言った言葉の意味を考えた。今の言い方だとオルカのことも『働く人』と見做したようにも受け取れるか? 俺は自分の発言がいかに間違っていたかを思い知った。オルカに向き直ると軽く抱擁して謝った。
「そうだね。俺が間違ったことを言ったよ。そんなつもりじゃなかったけど訂正して謝るよ。ごめんね。オルカは俺だ。オルカが俺のそばにいる時、俺たちはひとりだ。俺が見つけたオルカは俺のものだし、オルカが選んだ俺はオルカのものだ。あとで一緒に食べよう」
抱擁を解くとオルカが笑顔で言った。
「謝罪を受け入れます」
恭しく頭を下げるしかなかった。うーむ。そんな言葉をどこで覚えたんだ? 俺、どこかでそんなこと言ったっけか? シェリルはわかるけどオルカまでこんなこと言い出すとは! これは失言ひとつでとんでもないことになりかねないなぁ。
荒々しいが的確な操作で裏庭に走り込む荷馬車の御者台に座るロイを見ながらそんな風に思った。




