第155話 冒険野郎
どう見ても冒険者にしか見えない金髪碧眼の野性味溢れる男が声を掛けてきた。
「ロック様、シェリル様、お食事中に失礼します。少々お時間よろしいでしょうか」
錆を含んだ声音に戸惑いや恐れはない。他者に頼らず、自らの力で闘う者の声だ。「どうぞ」と話を促す。
「おれ、私を『偏西風商会』で雇っていただきたい」
「えーと、お名前を伺っても?」
「ロイです」
働くこと自体は決定事項のようだ。青い瞳が値定めようと俺を射抜く。俺の実績は話で聞いたからそれはその通りなのだろう。だが、やはり自分の目で見て判断してみたい。そんなところかな? いかにも現場の人間だ。
「ロイさん、先ほども言いましたが焦る必要はありませんよ。もう少しゆっくりして、身体と心を休めてからでいいんです。うちの商会も実質的に今日から稼働を始めたようなものですし」
「そこです。あちらで商会の話を聞きました」
ロイが目をやった方を見るとオズワルドが商業部の人間に囲まれていた。それだけではなく、屋敷の使用人や女中もあちこちで囲まれて話をせがまれているようだった。女中から話を聞き終わると同僚と合流してなにやら話し合いを始める。情報収集をしてその話を持ち寄って検討を始めているようだ。
「俺は隊商を率いる行商部の者です。一つ所にじっとしているのは性に合わない。デミトリーが消えた今、この二、三日で買い取りが滞った商品を『偏西風商会』が買い占めようっていう話を聞いて黙っていられるはずがない。こんなおもしろい商機はそうそうありはしない」
取り繕うのをやめたらしい男が自分の言葉で話し始めていた。この男に休養は不要なようだ。
「ロイ! ロイ! 先走るな!」
短めの銀髪が理知的な雰囲気の四十代前半に見える細身な男がロイを窘めていた。
「ロック様、シェリル様、お見苦しいところをお見せして失礼しました。私は商業部を取り纏めておりましたユーリと申します」
旧知だろうシェリルは穏やかな笑みを浮かべるだけだが、俺にとっては全員が初対面だ。時間を掛けて顔と名前を憶えていこうと思っていたのだが、食堂の中がにわかに活気を帯び始めていた。現状を把握しつつある商人たちが攻勢に出ようとしていた。
「騒がしくして申し訳ありません」
ユーリがそう言うと、食堂内を振り返って低いがよく通る声で呼び掛ける。
「みんな、話はだいたいわかったな。他の商会やギルドへの就職を希望する者は左奥の席に座って待っててくれ。『偏西風商会』との契約を望む者は窓側の席だ。その中で仕入れ担当と隊商希望ですぐに動ける者はこっちに来てくれ」
左奥の席へ向かう者はいなかった。目の前の席が埋まり始める。ロイの後ろにいる奴らは商人に見えない者が多い。ユーリの近くに集まった者は物静かなタイプが多そうだった。外勤と内勤で見事なコントラストが生まれていた。
「イルマ! 頼めるか?」
イルマと呼ばれた二十代後半と思われるセクシー美女がしゃなりと歩み出てきた。濃い紫の髪に銀のメッシュが入ったロングヘアに金色の瞳が神秘的だ。なぜか後からヤリスが着いてくる。
ユーリが再び俺に向き直ると現状の説明を始める。
「ロック様、今ここにいる者は心身ともに問題無い者たちです。すぐに動けます。最後に呼んだイルマは呪術部門の代表です。彼女自身は奴隷商人も契約屋も出来ます。まずは彼女と契約していただけますでしょうか。契約屋を増やせば契約作業の時間短縮になります」
「それは願ってもない話だけど。ヤリス、イルマさんとは知り合いなのか?」
「あ、は、はい。あの、あの、姉さん弟子、です」
大勢の前でがんばって自分を紹介したヤリスを優しい目で見るイルマ。このルックスで性格も良いとか。スペック高いんですね。
「イルマさん、ユーリさんはこう言っていますが休まなくて大丈夫ですか?」
「ロック様、お初にお目に掛ります。イルマと申します。お気遣いありがとうございます。呪術師部門全員で対応させていただきますのでご心配なく。シェリル様、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って静かに腰を折ると、露出の多い服の胸元が豊かなものの存在感をものすごく主張していた。イルマは頭を上げる時にシェリルを見ていたずらっぽく笑った。見た目の妖艶さとは違って相当にお転婆なお姉様らしい。シェリルを見たら俺を見返しながら少し胸を反らしたのは俺に対する牽制だったのかもしれない。
「イルマさん、よろしくお願いします。シェリル、ユーリさんと契約条件の確認などお任せするよ」
ワイマール家の商業部が水を得た魚のように活気付いていた。デミトリーが仕入れようとしていた商材が宙に浮いていることは彼らが一番わかっていた。
彼らも、俺に対して思うところはあるだろうが、かつての主人の忘れ形見を担いでひと暴れできそうなのだからやる気にもなるだろう。この厳しい世界で、ストライクゾーンに来た甘めの初球を見逃すような奴に成功は無い。二度は無いどころか一度目のチャンスさえ与えられないのが当たり前の世界なのだから。それを知るプロフェッショナルたちが俺を祭り上げることを選んだ。いや、いざとなれば子供の一人ぐらいどうとでも操れるとか思ってるかな? なにせ俺にはバックグラウンドが存在しないからな。俺としては、シェリルたちを幸せにしてくれるのであればそれでいい。俺は彼女たちに拒絶されれば明日にでもいなくなる存在なのだから。順調に財と武が揃いつつあることは良い傾向だが、盤石の体制にするまではまだまだ気が抜けない。
ユーリは、まず自分とロイの契約を済ませるとすごい勢いで指示を出し始めた。突発的に始まった契約だったので商会長のカレンではなく、名誉会長のシェリルとの契約となったが、ワイマール家の者としてはこの方が働きやすいだろう。しかし、どう見ても賃金に関して交渉した様子がない。イルマに「ここに書いて」と言われたところに名前を書いて血印を押しただけで働き始めていた。これは彼らにとっての闘いだ。デミトリーが得るはずだった利益を全て奪い取るのだ。スラムに向かうための馬車の手配の完了が告げられた瞬間、ロイが勢い良く席を立ちながら俺を見た。
「ロイ! 戻りのことは気にするな! 行ける者で先に行ってくれ! ゲットーファミリーの本部跡だ。買い叩く必要はなく、優秀な行商人を確保して永続的な仕入れ先を確保するのが目的だ。だが、お前に期待するのは別なことだ。俺の代わりに下種を潰して来い!」
敵討ちにでも向かうように神妙な面持ちだったロイが破顔した。
「あいよっ旦那! ロイ小隊! 行くぞ!」
どう見ても野盗の集団にしか見えない、むつけき野郎どもがシェリルに向かって笑顔で手を振りながら駆け出した。シェリルも小さく手を振り笑顔で見送った。貴族ではなくなって庶民との距離感の違いに戸惑いもあるだろうに、シェリルは上手くやっていると思う。さっきは巷で言う「下々の者」と一緒に食卓を囲んだのだ。彼女の左手の上にそっと手を重ねて頷いてみせると、想いが通じたのかやさしく微笑んでくれた。奴隷を経験したことで強くなったと、無理やりポジティブに考えるしかないかな。
ユーリが慌てて二人の部下に契約書の控えを持たせてロイを追わせた。せめてそれぐらいは持っていないと身内に対しても身分の証明のしようもない。カレンやベルガーには値段を吹っ掛けてくるような奴らは門前払いと言ってあるが、ロイにはそいつらからは次の取引は度外視で買い叩きまくれと命じたのだ。『偏西風商会』の名前を出す取引で阿漕なことはやりたくない。それは俺が個人的にやろうと思っていたことだったので、ロイに任せられるなら俺は急いで戻らなくてもよくなった。
次の仕事に取り掛かる。デミトリー邸に監禁していた銀等級冒険者の奴隷を食堂に連れて来るよう守備隊に連絡を入れる。待っている間に食後のお茶を飲んでゆっくりしていたサビーネを呼んで、シェリル、オズワルド、ユーリを交えて物件の打ち合せを始める。俺は傍から見ているだけで、質問されたら答える程度での参加だ。みんながどのような立地を良いとするのか勉強させてもらおう。
食堂の入口が開いて商業部の人間とは明らかに違う人種の奴らが入ってきた。奴隷紋がある。今この邸宅で奴隷紋があるのは『再生の大地』のメンバーだけだ。俺が居なくても問題無いサビーネとの打ち合わせを抜けて、没収していた装備を死角になっている隅の床に『排出』する。俺が席を立つとオルカとキュロスも席を立った。そのまま三人で奴隷の元に行く。
「初仕事だ。装備はそこに置いてある。他に必要なものがあればまとめてあとで知らせろ。お前達は『偏西風商会』に内包される冒険者クラン『再生の大地』のメンバーとなる。キュロスがクランマスターだ。装備を身に着けろ」
ひとりひとりを観察すると、栄養状態も清潔度合いも問題無さそうだった。俺の戦闘奴隷ということでそれなりの待遇を得られていたのだろう。装備を身に着け終わった戦闘奴隷達が再び整列する。そこに呼び出していたバリウスがやって来た。バリウスに気付いた長剣を差した獣人が「なんでお前がここにいるんだ」と、声を掛けていた。「全員注目」と命じるとバリウスがオルカの隣に並ぶ。バリウスはこちら側だ。
「クランボスのキュロスが不在の場合は、ここにいるバリウスが指揮を執る。それ以外はまだ決まっていないが、お前達は銀等級だよな。それなりに期待している。とりあえず別命あるまではこの屋敷にいる使用人と『偏西風商会』のメンバーの護衛任務に就け。特に女性スタッフの安全確保に気を配れ。彼らは組織内において奴隷身分の貴様達より格上であることを忘れるな。ここには守備隊の兵士が多く活動している。間違いが起きたら責任を取らせるからな。命懸けでやれ。以上だ」
こいつらの責任の取り方はひとつだけだから、ぜひ気合を入れて欲しいところだ。ユーリにこいつらを紹介しようとその場を離れたらバリウスが取り囲まれて「てめーがなんでリーダーなんだ」「うるせー俺が決めたんじゃねー」とか聞こえてきて、仲が良いみたいで安心した。
壁の中の銀等級だからそれなりに護衛や要人警護の経験もあるだろうし、女性冒険者がいることも都合が良かった。こいつらは屋敷の守備兵としての役割は課さずに、使用人専用の護衛任務となる。オズワルドとユーリに『再生の大地』による護衛の件を伝えて紹介する。今後、『偏西風商会』の要望に合わせて冒険者として護衛や素材採取などの依頼を出すことになるだろう。『再生の大地』は奴隷身分なので、『偏西風商会』のメンバーより立場は下になるから都合がいいな。ユーリに冒険者を面通しして好きに使えと指示を出す。
おかしい! 午前中にはここでの仕事は終わってスラムの買い取りで大暴れして丸儲け! っていう俺の楽しい予定がことごとくひっくり返ってしまった! シェリルも久しぶりに自由な外出を楽しむはずが血印押しまくりで貧血になってしまうのではないかと心配だよ。サリア、君の出番がまったくないけどストレスで暴発しないでおくれよ?




