第16話 マス男
「で? なんでしたっけ? 俺を誰だと思ってるんだーでしたっけ? はい、知りません」
どうぞ。とばかり黙る。こういうタイプの馬鹿もいるよね。自分の立場が上だと思って頭ごなしに見下してくる輩。俺はこいつの下でもなんでもないからへりくだる必要はこれっぽっちもない。
正直、グランデール自体にもそんなに興味はない。俺は今や金持ちなのだ! いざとなったらその金を使ってどこででもやり直せる自信がある。
極端な話、俺なら『恵みの森』で自活できると思ってる。だから怖いものはない。不意打ちの先制攻撃を受ければ負けるけど、それ以外で俺に勝つのは、おそらく不可能だ。俺は今や無敵の人なのだ。
「わたしは副ギルド長だ!」
「はぁ。で? その副ギルド長がなんですか? 装備品を置いて行けと? なぜ?」
「なんだとー!」
「あなた今、職員から話聞いたんですよね? どんな話を聞いたんですか。俺は何も罪に問われるようなことはしていないはずだ。なんならあなたの可愛い部下の命を救ったとも言えるんだけど? そこはどう考えてるんですか?」
顔を真っ赤にして口をパクパクしてる副ギルド長。後ろからは「そうだそうだー」と声が聞こえる。振り返ると長イスが埋まっている。なんなら立ち見も出始めていて、入口の方を見ると次々に人が駆け込んで来ている。どいつもこいつもニコニコ顔でこの大事なイベントに間に合った喜びに満ちた顔をしていた。さっき出て行った奴らが呼び込んだな。
それを見て最悪こいつをぶっ殺してでもと思っていた気持ちが変わった。これ以上血なまぐさいのは、そこにいる逃げるタイミングを失った受付嬢さんもかわいそうだしね。
「わたしはただこちらの受付嬢からお話しを聞きたかっただけです。それをそちらの……今はちょっとお休みになっている冒険者の方が突然、本当に突然、剣を抜き放って! わたしの! うしろから! 斬り掛かってきたのです。だからわたしは仕方なく反撃した。この場合、西地区冒険者ギルド出張所では彼にだけ正義があるとお考えなのですか? 斬り掛かられた者が自衛のために反撃に出てはいけないという決まりでもあるのですか? そんなものはあるわけがない! 冒険者とは! 危険をかえりみず常に己の命を己の剣に託す勇者だからです! 「そうだ!」 冒険者とは! 常に命の危険と共にあることに躊躇いを持たない荒くれ者のことです! 「俺たちのことだ!」 冒険者とは! 朝、隣で笑っていた友の死を肴に夜、酒を飲む大馬鹿野郎のことだ!「おおうっ!」冒険者に乾杯!」
「乾杯!!!」
「うおおおおおおおおお!」
俺たちは冒険者だー! と、酔っぱらいが大騒ぎをしています。一部大号泣です。なんでもいいんだよこいつら。騒ぎたいだけなんだから。
俺は受付嬢さんの顔は見ないようにしています。ジェイもそうしています。
「わたしは確かにまだ幼く、冒険者ではありません。しかし! 西スラムギルドには真の漢たちが集うと聞いてやってきたのです……そうですよね! みなさん!」
そうだー! マイクが悪い! 小僧は悪くない! マイクは死んで当然だ!
という怒号で溢れる特設イベント会場。
ちなみにマイクはギリ死んでない。全裸で気を失っているだけだ。
「い、い、いや! ちがう! そうじゃない! そこじゃない! お、お前は、そうだ! ウソをついた! 我ら冒険者ギルドに対して、虚偽を働いたのだ! それは決して許されぬことだぁっ!」
オールバックだった髪を振り乱しながらビシーっと、俺に人差し指を突き付けて起死回生の一撃を放った高揚に頬を上気させながら喚くおっさん。おっさんの高揚頬上気は誰得なのさ……
「嘘? 嘘はわたしが生きていく上で最も忌避すべき事柄のひとつですが。はて? なんのことでしょうか?」
「ふ、はっはっはっは。語るに落ちたな! 散々偉そうなことをほざきおって! 貴様! そこにある魔石を持って草原狼を討伐したなどと我が可愛い職員に嘯いたそうだな! これを虚偽と言わずなんと申すか!」
「うわぁ、可愛い職員とか言っちゃったよ。これ、大丈夫なん?」
俺がそう言うと全員が「いやー、それはないわー」と引きまくった。
受付嬢はおっさんからちょっと離れた。
「うるさい! うるさい! うるさーい! それよりウソだ! オマエウソツキー!」
母ちゃんでべそって言うかと思った。こいつ大丈夫か。しかし、冒険者たちもそう言われて「それはそうだよなー」という雰囲気になっている。うーむ。どうしようかなぁ。こんなことになる気がしたからこっそり受付嬢だけに相談しようとしたんだけどなぁ。
その時、解体所と繋がっている扉がドバーン! と開いて、太った男が眉間にシワを寄せてドカドカと入ってきた。
「おー! 副ギルド長! ちょうどいいところに!」
「なんだ、ブルツ、今は取り込み中だ」
「あー、いやそれはすんません、ライズの奴らが草原狼を倒したとかほざいて素材を持ち込んだもんで」
「ちげーよ! さっきから俺らが倒したんじゃねーって言ってんだろ! あ! ロック! あいつだよ! あいつがひとりで倒したんだよ!」
ライズが俺を指さしながら捲し立てた。
だからさー、さっきも言ったよね? 「ルールに従って粛々と仕事してくれればそれでいい」って。いいから黙って査定して金を払えばいいだけじゃないか。なにを揉める要素があるんだ?
ライズが俺のところまで来て謝りだした。
「ロック! わりぃ! なんでかわからないけどアイツが査定してくんなくて揉めてたんだ」
副ギルド長が割って入る。
「ライズ! お前までそんなこと言ってるのか! お前も共犯なのか! 許されんぞ!」
「はあ? なんのことだよ?」
その時、固唾を呑んでことの成り行きを見守っていたギャラリーからどよめきが起こった。アリーナはもう立ち見満員御礼だった。
「おおおおおお!?」「でけぇ」「すげーな」「あの毛皮、一枚ものじゃねーか?」
冒険者が口々に話すので騒然とするライブハウス『スラムギルド』
ドアからアーノルドたちが素材を持ったままロビーに入ってきたのだ。
毛皮は二人掛かりで一本の棒に吊るされている。それを一目見ればどこにも斬られた跡や血の付いた所の無い、大変美しい逸品だとわかった。爪に欠けもなく、しかもツノ付きだ! 加工前にも関わらずここまで美しいなら草原狼でも貴族の邸宅の壁に掛かっていてもいいと思わせるものだった。
副ギルド長は口をぽかーんと開けたままその美しい毛皮に見とれていた。実家の壁に飾られているところでも妄想しているのかもしれない。これを持って帰れば義父殿も……彼は娘婿だった。
しかも、それだけではなく、その後ろから二人では持ちきれないほどの大量の肉も出てきた。
「ライズ~、全部持てないんだよ、取って来てくれ~」
肉を持ったメンバーに言われ慌ててライズが解体所に走って行った。査定が始まらないので目を離すわけにいかず、肌身離さず持ってきたのだ。誰かに盗られないようにね。
「アーノルド、魔獣の素材っていうのは商業ギルドでも下取ってもらえるのか?」
その言葉に口々に騒いでいた冒険者含めその場の全員がぎょっとして俺を見た。
「い、いや、冒険者ギルドに所属している者は商業ギルドには卸せないんだ。それはマズいよ」
「ふーん。なるほどね。明文化されたルールじゃないけど、か。くだらん縄張り争いか?」
それは半ばタブーな話題だった。雲の上の利権が絡んでくる話になるからだ。
ライズが残りの肉を持って出てきた。
「ライズ、場所を変えるぞ。それを持って来てくれ」
俺はそう言うともうここには用は無いとばかりにカウンターの魔石を拾って麻袋に入れ、マイクの防具とベルトなどを片手剣に引っ掛けて「おねえさん、うるさくしてごめんね」と声を掛けてギルドの出口へと歩き出す。
「ライズ、付いて来てくれ。追加の仕事だ」
そこで一回立ち止まってライズを振り返って言葉を付け足す。
「追加の仕事だから報酬も追加だ。その肉の他に毛皮の下取り金も付ける。行くぞ」
そう言って歩き出すと人垣がサーっと割れて俺たちを通してくれた。
うしろでは副ギルド長が、
「え、え? ちょと、え? いや、毛皮、それ、うちの壁に、あ、あ、あ、あ?」
なにか言ってたけど知らん!
いくぞ。商業ギルドだ。




