第15話 エール
腰ひもをほどいて濡れたズボンで手を汚さないようにズルっとひざ下までおろした時、階段の上の方から声がした。馬鹿の膝はさっきしこたま殴ったから痣だらけだ。
「これはいったい何事だ!」
手を止めて見上げ、ないよ?
そのままズボンを引っ張るけど足首が引っ掛かって脱げない。
あーもう、臭いからこれいらねーや。そのまま放置。
胸当ては売っぱらうから中身の確認しようっと。
貯金がないこいつにはここしか見るものないしなぁ。
「ジェイ! 何事かと聞いている!」
「え? 俺? あー、いや、まぁ、喧嘩? みたいなもんで……」
俺の隣にいる冒険者だ。そんなところにいるお前が悪い。
「その小汚い子供はなんだ! マイクはどうしたんだ! 誰か説明せんか!」
怒鳴りながら階段降りて職員の方に向かって行く。職員がひとり走り出て来てなんか言ってる。俺は胸当てのポケットを探って中身を全部床にぶちまける。
俺に声を掛けていたジェイと呼ばれた二十台半ばの男が興味深かそうに覗き見てくる。マイクのことはもうどうでもいいらしい。こいつ、本当に人望ないのね。
とりあえず財布の麻袋の中を見る。ジェイがめっちゃ見てくる。なんなら隣にしゃがみ込んできた。そんなに見たいなら一緒に見せてやるよ。袋を開いて中を見せてやると「あー」と残念なものを見たという顔をした。そしてカウンターの受付嬢の方を向いて顔を横に振った。次に酒場の連中の方を向いてハンドサインで「ダメだ」と送った。
可愛い受付嬢さんは無表情のまま「ふっ」と、口の端だけを持ち上げ溜息を洩らし、これ以上ないぐらいの侮蔑を込めた目でジェイを見て、余計なモノが目に入って今度こそ怒りの表情になった。俺とジェイは怖くなってあわてて目を逸らして検品作業に戻った。
すると少し大きな袋の中にもうひとつ麻袋があって、そいつがチャリンと鳴った。思わず顔を見合わす俺とジェイ。これは、あれだな? 貯金だ! ヘソクリだ! ジェイも「おー」とか言ってうれしそうだ。くっくっく、お主も悪よのぉ?
その頃になると酒場にいた連中も全員がエールのジョッキ片手に近くに寄って来て次は何が出て来るんだとことの成り行きを肴に飲み始めていた。長イスを持って来て座ってるやつもいる。俺は全員の期待に応えるよう麻袋を持ち上げ、ひっくり返して中身をもう片方の手のひらの上に一枚ずつ落とした。
ちゃちゃ、ちゃり、ちゃり、
銅貨、銅貨、銅貨
酔っぱらいが口々に「あ~ぁ」とか「なんだよ。シケてやがんなぁ」とか「マイクがんばれよ~」とか好き勝手言ってる。おいマイク! この空気どうしてくれるんだよ! お前! お前はこんなもんなのか? それでいいのか? もう俺は恐ろしくて振り返れないが、受付嬢をあのままにしておいていいのか! いけ! いくんだマーーーイク!
ちゃり、ちゃりーん 銀貨!
「うおおおおおおおお!」
その瞬間、冒険者たちから歓声が沸き起こった!
ジェイは満面の笑みで俺の肩をバンバン叩いている!
取り囲む冒険者の中には泣いている者もいた!
そして、期せずして起こるマイクコール!
「ま・い・く! ま・い・く!」
どうですか! と銀貨を見せるように受付嬢に振り向く俺とジェイ!
そこには世にも恐ろしい氷の魔女がいた。俺とジェイは振り向いたことを後悔して散らかしてしまったマイクのゴミを片付け始めた。冒険者たちのマイクコールはまだ続いていた。フルチンでひっくり返るマイクに「やったなー!」と泣きながら呼びかけているおっさんもいたが俺はもうその喧噪の中には入っていけなかった。ジェイも同じ気持ちのようだった。世の中には知らない方がいいことは結構あるのだ。
「おまえたちぃだぁまれえええいっ!」
さっきの偉そうなおっさんが顔を真っ赤にして怒鳴ってる。俺は金になりそうなものだけ自分の麻袋に入れて、いらないと思ったものはマイクの袋に戻した。そして冒険者章と袋を裸のマイクの上半身に向けてポイっと投げた。
冒険者たちは「なんだよ盛り上がってきたところなのに」とか文句を言って酒場へ戻って行った。
俺は剣を拾ったあと、胸当てとブーツと装備ベルトをどうしようかなーと思ってそれを見ていた。
「おい! そこの小僧! それを置いて出て行け!」
は? なんだと? 俺がゆ~っくりとおっさんに振り返るのを見てジェイが「あちゃー」という顔をしていた。酒場に戻ろうとしていた冒険者たちはまたロビーに戻って来て長イスに座りだした。
ま、わかるけど。インターネットどころかテレビも無い世界だからな。娯楽に飢えてるんだよなぁ。日常と違うことは全部娯楽にしないとやってらんないんだよな。それが人の「死」だろうと自分のことじゃないなら「イベント」なんだよな。っていうか俺が揉めるの前提にすな。俺は常識ある日本人だぞ。
「なんで置いていかないといけないのか教えてください。納得できるならそうします」
「なんだと! 貴様! わたしを誰だと思っておるんだ!」
「初めて会うのにわかるわけねーだろ。あんたは俺のことわかるのかよ」
「きさまー!」
平然と見返してくる浮浪児を見て怒りが頂点に達したのか、つかつかと俺のところに近付いてくる。
いや、わかるよ? こいつ、ギルド長か副ギルド長とかそういうんでしょ? でもこいつ、元冒険者とかじゃないだろ? ぜんぜん一般人じゃないか。落ちこぼれ貴族か? 武術とか魔術がダメで流されて来たタイプっぽいんだよな~。俺がぶん殴ったらそこで漏らしてひっくり返ってるマイクより酷いことになるよな?
おっさんがプルプルしてる。ジェイと職員さんたちもプルプルしてる。振り返ると冒険者たちが笑うのを我慢してガタガタしてる。
あー。あれ? 横のジェイに向かって言う。
「俺、声出てた?」
後ろで何人かの冒険者が「もうダメだー!」と笑いながらジョッキを持ったままギルドの外に走って出て行った。




