第153話 関白合戦
作業ホールを出てデミトリーの執務室があった部屋に移動した。元の調度品は何も残ってなかったはずだが、今は良さげなものが設えてあって会議をするのに不都合はなかった。首脳陣が集まったと聞いてオズワルドが就いて飲み物を淹れてくれた。なんと、デミトリー邸にはコーヒーがあった。みんなは紅茶だったが、俺はコーヒー、オルカは果実水をもらった。ひと口飲んだところで話を始める。
「禁止薬物の件はどうなりましたか?」
俺の意表を突く発言にウォーカーもオーサーもピクリと眉を動かす。
「それもまた頭の痛い問題だ。ロックの方でなにかあるのか?」
ウォーカーがカップを置きながら聞いてきた。
「元ゲットーの方で探らせていますが、壁の中の組織が絡んでいて南地区からの流れも確認出来ています。その先はまだわからないのですが、金の流れ的にはデミトリーからバーランドにも繋がっていると思います。ゲットー側は長男のザイツェフの独断だったようで、全容までの情報は持っていないです。今回の約定書の精査で金の流れがわかるといいのですが、所有していた商会あたりで資金洗浄や原材料の仕入れをやっていた可能性が高そうですよね」
みんなもう俺がこういう言動をすることには慣れたみたいだ。ふたりからは「この忙しくて人手が足りない時にどうすっかなー」と頭を悩ませていることが伝わってきただけだった。俺がウォーカーを見ながらのんびりコーヒーを飲んでいることにウォーカーが気が付いた。
「お前、言いたいことがあるなら言えよなー」
苦笑いを零しながら言うウォーカー。なにかを期待する目だ。
「いや、もうウォーカーさんが領主みたいなもんだし口に出して言えばいいじゃないですか。ともだちだし、頼み事なら断らないと思いますよ?」
「はっはっは。そうだな。ロック、お前のところはまだ人が余ってるよな? 出来ることがあるならやってもらいたいんだが?」
「いいですよ。でもこれって、依頼ですよね? 成功報酬でいいですよ。潰した奴らの資産と捕縛した敵対組織の構成員の奴隷化が希望です。それと、うちの奴隷が壁の中で諜報活動をする許可をください。南地区の犯罪組織が絡んでいるので、向こうでも活動できるように話を通して欲しいです」
「こっちの懐がまったく痛まないという一番怖い条件を突き付けられたわけだが」
ウォーカーがそこまで言ってオーサーを見る。
「そうだな。奴隷なんざ何人いたところでロックひとりと比べればどうってことないからな。今さら何人増えようがいいんじゃないか? 好きにさせれば」
もう、なんか育児放棄並みにほったらかされた気分だ。
「わかった。資産は折半でどうだ。あと、必要な分だけ奴隷にしてもいい。南は冒険者ギルド長官のノエル・マクラクランを頼ろう」
普通に街に住んでいる人間でさえ貴族の前では何も持っていないも同然なのに、犯罪者に人権なんかあるわけがない。ここはそういう世界だ。牢屋に入れて飼って反省を促すなどというのは金持ちの道楽か余興というものだろう。
「『再生の大地』の壁の中で活動するメンバーには冒険者章で対応するしかないか」
ウォーカーからの提案だ。
「ここで捕らえた奴らって牢に入れてあるんでしたっけ? あいつら高階位冒険者なんですよね?」
「おう、そうだ。あいつらは銀等級だったな。三、四組いたよな」
たしか、野戦テントの近くに二組いて、ひとりをキュロスが真っ二つにした。あとはバーズが足止めしていた二組だ。バーズは現役の銀等級八人を無傷で足止めしていた。端的に言ってバーズはバケモノだ。目の前のおっさんはその仲間だ。
「まぁ、ウチではまともな方の部類だから奴らを使いましょう。スラムの方にも似たようなのがいるからそいつらも投入します」
「銀等級がまともな方、ね。強さが限界突破してる奴は言うことが違うねぇ」
ウォーカーが冗談でもそれが言えるってことは自分がバケモノでも普通の感性がちゃんと機能しているということだろう。やっぱこいつに天下取らせるかぁ。
オーサーが俺を見ていた。
「ロック、なにする気だ? 面白いことなら一枚噛ませろよ?」
今、スキルは使われていなかったと思う。俺がウォーカーを見ていた視線で判断したのか。オーサーも同じようなこと考えてそうだな。
「いいですよ。ぜったい面白いですから一緒にやりましょう」
「あーん? 俺抜きで進めるなよ? 面白いことなら混ぜろ」
俺とオーサーとバーズが同時に「釣れた!」という顔をしたと思う。
「もちろんですよ。一緒に遊んでこその友だちですから」
オーサーが「ぐふぐふ」と右頬の白い大傷を歪めて笑い始めていた。完全に悪の結社の誕生にしか見えなかった。ドアにノックがあり女中がオズワルドに何かを渡していた。
「ロック様、当館で捕らえている者たちの誓約書が出来上がったそうです。シェリル様とサリア様の血印が押された誓約書がただ今こちらに参りました。それと、奴隷商人のヤリスが待機しておりますがいかがいたしましょうか」
シェリルたちにポーションを施したか確認したら当然のように処置済みだった。俺が真っ先にそれを確認したことでオズワルドに笑みが広がった。言ったろ? 大事にするって。次にウォーカーたちにヤリスの入室許可をもらった。フードを外してきょどっているヤリスがガタガタ震えながら入室してきた。
「ヤリス、そこの机を使ってくれ」
キュロス、オルカと並んで血印を押す。パーティーごとに四枚の誓約書があった。それとは別に俺の前に契約書が何枚か並べられた。文字が読めない俺に代わって黙ってキュロスがそれを手に取る。すべてに目を通してから再び俺の前に置く。オズワルドが説明を始める。
「そちらは我ら使用人の契約書になっております。シェリル様の血印はすでにいただいております。問題が無いようでしたらロック様にご決断いただきたいと思います」
「オズワルドさん、これ、ちょっと待ってもらえませんか」
オズワルドの顔に微かに不安が現れた。ここで言ってもいいか迷ったがうやむやにも出来ないので言うことにした。
「えーとですね、シェリルに確認をしないといけないんです。ワイマール家再興の意思を。これはシェリルと俺との個人契約ですよね? 中途半端な気がするんですけどこれでいいのですか?」
オズワルドが「嗚呼」と呻いた。
「これは私が焦り過ぎました。シェリル様とロック様のご婚約という話に舞い上がっていたようです。まさかそのようなことが起こり得るなど」
デミトリーに奪われたものは奪われた人々に返されるべきだ。ウォーカーを見た。
「そうだな。ロックとしてはデミトリーが奪っていったものは奪われた者たちに返されるべきだと思うんだよな。それはもちろんその通りだ。デミトリーがグランデールに持っていたものは全て没収だ。再興や復興に掛かる費用はカルチェンコ家に支払わせる。今な、訳ありの冒険者を動かして周辺貴族をまとめている。カルチェンコ家への包囲網戦だ。ジラール家を中心に動かしている。俺個人が戦争ができるほどの戦力を持っているわけではないから、せいぜい美味しいところだけは取り損ねないようにしないとな。ワイマール家再興はもちろん可能だ。跡継ぎがいればいいだけの話だ。シェリルが立って、ロックが支えるならそれでいい」
オズワルドが畏まって聞いている。ウォーカーの話が終わったので俺がみんなに提案する。
「シェリルのところに行きましょう」
そう言って席を立とうとした時、女中がやって来てオズワルドに耳打ちした。困惑したオズワルドが用向きを伝える。
「シェリル様とサリア様がいらっしゃいましたのでお通しいたします」
二人が入ってくるとサリアはさっさとオルカの隣に座り、キュロスは席を立つとシェリルをエスコートして俺の右隣に座らせた。
室内には女中が茶を淹れるための茶器が触れる音しかしなかった。シェリルは微笑んだままずっと俺を見ていた。そんなシェリルの視線から目を背けることが出来るわけもなく、俺はただ見つめ返すことしかできなかったが、シェリルが何を考えているのか、ここへ何をしに来たのかまったくわからなかった。
テーブルに紅茶が置かれると、やっと俺から目線を外して女中の顔を見ながらお礼を言う。そのあまりに自然な優しさに触れて思わず微笑んでしまう。再び部屋の時間が進み始めた気がした。
「シェリルこれなんだけど」
契約書を示す。
「これでは俺とシェリルでの共同個人契約にしかなっていない。もちろん、期限を設けているし、契約だからいつでも結び直せばいいものだから、暫定的にはこれでも構わないんだ」
一旦言葉を切って言ったことの意図が伝わっているか確認をしようとしたのだが、シェリルの目はただ続きを促しているだけだった。全てが見透かされている気がした。彼女は何をしにここに来たのだ? 誰も彼女を呼んでいないぞ。
「シェリル、デミトリーが死んでカルチェンコ家に制裁を加えることが可能な今、ワイマール家を再興することが出来るんだ」
すっとシェリルの人差し指が伸びて来て、俺はそれを防ぐことができず、そっと唇を塞がれた。
「貴方がそれを言うと思っていたし、貴方があの朝、私を解放した時にはそれが出来ることもわかっていたわ。私、これでも貴族の娘ですもの。でも、それを私が言わなかったのは、私がそれを望んでいないからよ。ジーナ様も言ったでしょ? 貴方が私を解放した瞬間から私はただのシェリルよ。ワイマールの名はとっくに無いの。ロック、私はそれを望みません。私が居る場所は貴方の隣よ。いいこと? 私が第一婦人です」
シェリルが俺の右手に両手を沿えてそう言った瞬間、キュロスとサリアがそっと頭を下げた。それを見たオルカも真似をした。およそ自己顕示という言葉にはほど遠い彼女からの有無を言わせぬ宣言だった。
オズワルドと部屋にいる全ての女中も頭を下げていた。女主人の言だ。主人には頭を下げるものだ。俺も思わず頭を下げそうになって危なかった。今、頭を下げていたらこの先一生頭が上がらなくなるところだった。シェリルが俺を見て破顔したのは、イタズラが失敗したのを笑ったのだろう。「ちぇ、失敗しちゃった」って聞こえた気がした。あぶねぇ。この借りは何年か後にベッドで返させてもらおう。って思ったら手をぎゅーっと握られた。うーん、これは一生勝てないかもしれない。
向かいでオーサーが小っちゃーい声で「おっかねぇ」って言って既婚者たちが小さく頷いていた。




